16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第6章 海の巡礼路(東洋編) フランシスコ・ザビエル

アラガオの小屋にて2 1552年11月末 三洲嶋(現在の広東省上川島)

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◆アラガオの海辺の小屋にて 
明国(中国)人アントニオの独白



 西紀1552年11月も末になろうとしている。
 もう大分寒くなった。吹き込んでくる海風を少しでも避けようと、隙間を他の小屋の跡にある木切れや、ぼろきれで覆うのが私の主な仕事になっている。ここに来てから何日たつのか、自分だけでは決してわからないだろう。沖で停泊しているジャンク船から毎日、人がやってくるので今日が何日だか分かるのだ。船乗りは自前の暦に印をつけているのだから間違いはない。彼らは食糧を持って来てくれるので、私が飢えることはない。ときには船長のアラガオも来てくれる。彼の好意がなければ、私たちの境遇はもっと悲惨なものになっていただろう。

「どうだ? 師の具合は」
 私は静かに首を横に振る。

 今のフランシスコ・ザビエル師は食事を採ることも難しい。危篤のままだ。
 人の身体がこれだけ熱を発することができるのかと悲嘆を持って見守ることしかできない。

 師は話し続けておられる。話が止んで私が慌てて側に寄ると浅い眠りに就かれている。眠っているときも呼吸は苦しいようだ。そして、目覚めると熱に灼かれながら、また話し始める。ポルトガル語でもスペイン語でも、もちろん中国語でもない、私に聞き取れない言語で、ずっと話し続けておられる。アラガオもそれを聞いているが、ラテン語やイタリア語でもないという。私たちにはお手上げということである。

 私たちには聞き取れないが、神には届いているのだろう。そう信じるしか今の私にできることはない。

 それにしても、私が書き続ける記録が役に立つことなどあるのだろうか。ザビエル師が書くのであれば、もっと素晴らしい、神のしもべとして忠実な、神聖な、正確な記録ができるのだと思う。そのようなことを思い書きながらも、私から出てくるのはジャンク船で寝込んでいる従者クリストバル(インドの人)と、ここまで来て早々にゴアに戻っていったフェレイラ修道士への恨み言ばかりである。クリストバルはまだいい。体調は回復しているようで、じきにこの小屋でともに師の看病につくということだから。
 しかし、ザビエル師を助けて布教する大きな役割を持つ人間が、早々に退いてしまったことを私はいまだに納得していない。中国本土、明国の布教は、海禁策が取られているため危険が見込まれることを師も十分に分かっているのだ。だから、何とか足掛かりだけでもつかむことができないかとほうぼうを当たられていたのだ。
 フェレイラはそんな師の骨折りを見ていたはずなのに……ああ、それを私が言ってはいけない。
 確かに私たちのようにここが自分の生まれた地域、海であるならば、逃げ出そうなどとは思わないのだろう。アルヴァロ・フェレイラは西の国の人である。生まれ故郷から遠く離れて、言葉も習慣も見てくれも違う人間の中で生きていかなければならない。同国人の集団がいればまだいい。しかしこの三洲嶋から先はそうではない。
 それを思い悩んでいるうちに心の支えが切れたのだろう。

 かつて仏陀釈尊は、広く布教の旅に出る弟子たちが二人で出発しようとしたときに、「一人で行きなさい」と諭したと言う。仏教で言う「出家」というのはそれほどの覚悟を持ってするべきものだ。生地も家族もそれまでの人生すべてを捨てる覚悟である。私たちの回りにそこまで禁欲的な仏教徒はほとんどいないが。
 私から見れば、フランシスコ・ザビエル師も出家した求道者と同じ精神を持っているように思う。そこまでの覚悟があるからここまで来たのだ。私も、そのような師の導きがあったからこそ、イエス・キリストに自身の心を預けることにしたのだ。おそらく、そのように新たな神に心を預けることを決めた者も多いはずだ。

 しかし、そこまでの覚悟をしきれないで来てしまう人もいる。

 師はそれを理解した。おそらく、師にも同じようなつらい経験がいくつもあったのだろう。だから彼を許し、除名には処したがゴアに戻した。フランシスコ会やドメニコ会などゴアにある他の修道会に入ることを妨げないように、という手紙まで託して。
 そう、彼を許しているのだ。
 それ以降、師は彼について文句などをこぼしたこともない。私はそのような師の態度に倣うべきだと思うのだが、まだそこまでの寛容、慈悲を得るにいたっていない。いったいどうしたら身に付くのだろうか。

 自分を窮地に追いやった者を許す。

 それができるようになれば、私にももう少しましな記録が綴れるようになるのかもしれない。

「もし、ザビエル師の体調が回復したらもっと環境のよいところに移そう」とアラガオは言っている。
「それならば、もう師はゴアに戻してほしい」と私は彼に懇願した。マラッカではダメだ。総督のアタイデがどんな冷淡な態度を取るか、目に見えるようだった。ゴアまで戻ることができれば、ゆっくりと体調を元に戻して時期を見てローマに帰る道もある。そのようにした方がいいと私は強く思っていた。

「私も同感だが、ゴアは遠すぎる。ここからならば、日本にまた行く方がはるかに近い。サツマやブンゴには師を篤く迎えてくれる環境があるだろう。この前日本に向かったバルタザール・ガーゴ司祭もいるはずだ。いずれにしても、とにかく回復してもらわないと」とアラガオはつぶやく。

 アラガオが去ってしばらくすると、ザビエル師がまた目覚めて話を始める。
 もちろん、何語かは分からないのだが、私は当初のようにうわごとだとは思わなくなっていた。その声はたいへん静かであったし、神への告白そのものであると信じるようになっていた。それに時折、師は御名を告げ、聖母マリアを呼び、また、さらに少ないが、「アントニオ」と呼び掛けてもくださる。それだけ聞き取ることができるのが私にとっての大きな救いだった。

 私は師の寝台の脇に進んでいき、師の左手を握る。そして、師の回復をひたすら神に祈った。


※著者注 今回のお話は、第二章『海の巡礼路』の第一節(話)『アラガオの小屋にて』とほぼ同時制のお話です。アントニオの出自や、フランシスコ・ザビエルが中国への布教を目指すまでのいきさつをごく簡単に記していますので、ご参照ください。
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