16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル

手を振るパウロ 1550年 薩摩から平戸へ

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〈フランシスコ・ザビエル、コスメ・デ・トーレス、ファン・フェルナンデス、パウロ(弥次郎)、ジョアン、アントニオ、アマドル、ベルナルド、忍室、セサル・アスピルクエタ〉

 1550年の初夏、私は熱を出して寝込んでいた。周りの皆はかいがいしく私の世話をしてくれる。なかなか熱が下がらないので、心配していたようだ。
 日本は、私たちがこれまで旅してきた国々のどことも違っていた。前年の真夏に薩摩に着いたとき、その暑さにはまったく驚かなかった。なぜなら、インドやマラッカにいたときはもっと湿気が多く暑かったのだから。しかし、日本にははっきりとした秋冬があった。この寒さというものには久しく出くわしていなかったので、身体に堪えたのだ。私たちの衣類は真夏の気候に合わせてあつらえたものだったので、冬にはまったく歯が立たなかった。これにはパウロ(弥次郎)ら薩摩出身の日本人の家族が、布地を重ねて厚くした服を作ってくれたのでたいへん助かっていた。

 女性たちはとても働き者でたいへん器用だ。服もあっという間に仕立ててしまう。私はそれぞれの家を訪問して礼を言ったことがあった。彼女らを始め、多くの家族が洗礼を受けていたので、いつも私たちに敬意をもって応対してくれていた。
「たいしたごてありもはん」
 女性たちはにこやかにそう答えていたものだ。

 そしてまた夏が間近になり、この国は雨季(梅雨)に入った。私が熱を出したのは雨季に入ってしばらくしてからだと思う。そうして、7月になるとポルトガル船が肥前国平戸(現在の長崎県)に入港したという報せが届いた。私はそれを聞くと、まだ熱でふらふらする身体を起こして旅の支度を始めた。
 ポルトガル船がやってくるということには大きな意味があるのだ。その船はゴアやマラッカからやってくる。ゴアやマラッカから、さらにローマやコインブラやリスボンからの荷物を運んでくる。私たちが日本に来ていることはゴアの人々が知っていたし、ローマやポルトガルのイエズス会の人々も知っているはずだった。彼らの手紙を私たちは心から待ち望んでいたのだ。
 ただ、船が港に入っている間に手紙の受け取り手がいなければ、手紙は持ち帰られてしまうだろう。それだけは絶対に避けたいと思ったので、平戸に向かおうと思ったのだ。

「これまでの疲れがたまっているんだ。トーレス司祭やフェルナンデスに行ってもらったらどうだ」とセサルが言う。
 私はセサルの心配をありがたく思いながらも黙ってうなずくだけだ。

 そして、私は7月中旬に平戸に行く船に乗っていた。荷物や人の大半は薩摩に留まってもらって、数人だけで急いで向かったのだ。薩摩から平戸までは10日ほどの航海だったので、体調はあまりよくなかったが倒れるような問題は起こらなかった。
 手紙を受け取ろうと気が急いていたのと、少し横になっていたりもしたので、船や景色はあまり見ていなかった。ただ、船はこの後も日本でよく乗ることになる弁才船(べざいせん)だった。帆は大きな木綿でできたものが1反だけで、造りはジャンク船に通ずるものがあるように思った。

 船は九州大陸を常に左手に見て進む。途中から眼前にたくさんの島々が目に入ってくる。肥後国(熊本)に入っているのだ。この辺りから肥前国(長崎)にかけては島が多いという。その島々ひとつひとつが濃い緑色をしており、海の青と見事に調和している。
 平戸はその島々を越えたところにある。
 私は停泊しているポルトガル船を見つけた。なぜかひどく懐かしい感じがする。
「Você é o padre Xavier, não é? Estou honrado em te ver.」
(ザビエル司祭ですね。お会いできて光栄です)
 フランシスコ・ペレイラ・デ・ミランダ船長が私の手を取って歓迎してくれた。私の話を誰かに聞いて、楽しみにしてくれていたらしい。
 しかし、船長の船に私あての手紙はなかった。これには目に見えるほど落胆したよ、アントニオ。その証拠に、船長がそれを見て、本当に申し訳なさそうな顔をしたのだから。

 こういうとき、私の書いた手紙は本当に見られているのだろうかと思う。いや、すべて届いていないのかとさえ思うこともあった。
 届いていてもいなくても、見られていてもいなくても、私たちのすることが何か変わるわけではない。逆にそのようなことが、私たちを神に近づけ、イエス・キリストを感じる力にもなるのだと思う。落胆していたのは主に現実的な問題だ。ゴアから本当に人が来てくれるのだろうかーーというようなことだ。それはもう少し待たなければならなかった。

 というわけで、私たちは平戸の町をじっくりと見ることもなく、手ぶらでまた薩摩に戻ることになった。しかし、体調も落ち着いてきた帰りの船ではまたこの先の移動についてゆっくりと考えることができた。薩摩には少し人を置いて、引き続き宣教活動をしてもらう。そして私たちは平戸をまた経由して周防国に行き、ミヤコ(京都)を目指す。誰をどこに置くかということについても、じっくりと考えた。私は、特にパウロ(弥次郎)は薩摩に残ってもらおうと考えていた。

 パウロが家に戻った時の光景が私にはとても温かいものに思えたのだ。彼には両親も妻も子もいて、彼の帰りを心から喜んでいた。その光景を見て、自分がそれをなくしてずいぶん経っていることに気がついたのだ。そう、どれぐらい経ったのだろうか。パリ大学に向かうために出発して以来だから、その時でもう25年ほど経っていたのだろうか。見送ってくれた母、マリア・アスピルクエタの姿が目に浮かんだ。
 途中からセサルが付いてきてくれたので、そんなことを思い返さずに済んでいたのだ。

 私は動き続けることが使命だが、皆が同じことをしなければならないわけではない。ひとつところに留まって、信仰を根付かせる人もいなければならない。それならば、パウロには薩摩に信仰を根づかせる役目を担ってもらおう。そのように考えていた。

 しかし、薩摩に戻ると、少し状況が変わっていた。
 
 私の不在の間も留まっていた人たちがたゆまず宣教活動をしていてくれた。その結果、信徒は150人ほどになったという。それはたいへん喜ばしいことだった。ただ、その分、仏教僧からの妨害が目立つようになってきたという。町を歩いていると罵声を浴びせられたり、ときには石をぶつけられることもあるという。私は福昌寺の忍室の礼儀正しい態度を知っていたので、その話にはたいへん驚いた。キリスト教徒が増えたことで、仏教僧が危機感を覚えたからーーというのは明白だったが、それがどうしたら収まるのか、解決が難しいことだった。
 例えばインドやマラッカであれば、ポルトガルの総督や長官の力を借りることもできる。しかし、この国でそれはできない。最も簡単なのはしばらく活動を控えることだったが、その方法は取りたくない……。

「様子を見ながらということになるのだろうな。何しろ薩摩の王はポルトガル船が平戸に行ってしまったことが不服なようだし、次はポルトガル船が薩摩に入ってもらうようにマラッカに伝えておいたほうがいい。今この国で私たちが頼れるのは結局商人だと思うが」

 セサルは沈着冷静に情勢判断をしていた。
 確かにその通りだ。
 この国では貿易、商人に手を借りる必要があると強く感じたのはこの時だったかもしれない。

 私たちが薩摩に着いてから1年が経とうとしていた。
 宣教活動は軌道に乗り出していたのだが、僧侶の妨害が止むことはなく、結局国主の島津貴久公もキリスト教の宣教活動の禁止に踏み切らざるを得なくなった。
 薩摩での活動はいったん止めて、私たちは平戸へと出発することに決めた。ミヤコ(京都)にもできるだけ早く向かいたいというのもあった。
 そして、パウロ(弥次郎)にはやはり薩摩に残ってもらうこととした。ポルトガル船が来て貿易というきっかけができれば、島津公も気持ちが変わるかもしれない。それまでは妨害もあるだろうから、外で説教をするなど無理をせず、心穏やかに信徒になった者の世話につとめ、自身の信仰をいっそう深めてほしいと伝えた。
 パウロは初め、私たちとともに平戸に行きたいと言ったが、家族がいることを考えて残ることに承知した。

 島津公には目通りは叶わなかったが、市来城の伊集院忠倉公には別れのあいさつをすることができた。その城にはパウロのすすめで洗礼を受けたミゲルという家臣がいたので、彼にパウロとともに信徒を保護してほしいと依頼した。そして、川内の福昌寺にもあいさつに行った。
 ここでは僧侶の妨害を受けることはなかった。
 相変わらず、かくしゃくとした老人である忍室は、もう去ってしまうのかーーと残念そうな顔をしている。そして、私たちが退出しようとしたら付いてくる。門前まで見送りに出てくれたのだ。
 それは薩摩でのよい思い出のひとつとなったのだよ。

 1550年8月末、私たちは平戸に向けて出発する。港には信徒になった人々がやってきて、私たちを見送ってくれたが、その最前列にはパウロがいた。

 パウロは懸命に手を振っている。

 私はマラッカで初めてアンジロウ(弥次郎、パウロ)に会った日のことを思い出した。彼がいなければ、私たちは日本を訪れることがなかったかもしれない。
 そう思うと感無量になってとめどなく涙があふれてきた。
 薩摩に戻るつもりでいたのでまた会えるだろう。その時はそう思っていた。

 しかし、あれがパウロとの永遠の別れとなったのだ。

 私たちは1550年9月に平戸にたどり着いた。
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