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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル
南蛮人と名刀 1550年 周防国(山口)
しおりを挟む〈フランシスコ・ザビエル、ファン・フェルナンデス、ベルナルド(河邊成道)、大内義隆、内藤興盛(おきもり)、セサル・アスピルクエタ〉
私たちが山口の町に入ったのは1550年(天文19)11月初めのことだった。
ここは薩摩や肥前よりもかなり大きな町で、人の往来も格段に多かった。そして、町の造りがどこかしら優雅に感じられた。ベルナルドによると、ここは京都を模して建物が配置されているということだった。
私たちはどうやって、領主の大内義隆公に目通りを頼むか考えていた。平戸の領主、松浦隆信公からの紹介状は預かってきたのだが、問題は私たちにあった。徒歩が多かったため荷物の大半は平戸に置いてきていた。置いてきたのは領主に献上するお土産、ミサに使う聖具のうち持ち運びが大変なもの、あるいは自分たちの衣類である。そう、私たちは衣服の替えすら持っていなかったのである。
とにかく早く京都に至りたいーーそればかり考えていたので、道中でこれほど衣服が埃っぽくなるとは考えていなかったのだ。宿を取って、休みがてら洗濯するのがよいだろうということになり、さっそくベルナルドが宿を探しに行った。
私たちが道端の木陰で休んでベルナルドを待っていると、武士装束の男性が近付いてきた。長い刀と短い刀(脇差)を身につけているが、ベルナルドのように若くはない。貫禄のある初老の紳士だ。
すでに私たちを遠巻きに眺めるたくさんの人々がいたので、何事かと思ってやってきたのだろう。彼は私たちのところに来ると、深々とお辞儀をして自身の名を告げた。
「拙者はこの周防国の国主、大内家家老、内藤興盛と申す。貴殿らは異国の人のように見受けられるが、いかがしてこちらに来んさった?」
ベルナルドがいなかったので、フェルナンデスが内藤殿と話をした。
自分たちはポルトガルとスペインという国からやってきて、キリスト教の宣教のため日本に来た。これから京都に向かおうと思っているが、その前に領主の大内義隆公に目通りして、この町でキリスト教宣教の許可をいただきたいーーということである。
そのうち、ベルナルドが戻って来たので内藤殿は彼とも話をした。ベルナルドが薩摩の武士であることを知って、「ほう、島津家中のお人なんか」と内藤殿はいたく興味を惹かれた様子だった。
「宿は取ったということじゃが、もし良ければわしの屋敷に来んさい。服も家人に洗わせるけん……それではさすがに目通りはきついのう」
至れり尽くせりの提案だったので、私たちは遠慮なく内藤殿の好意に甘えることにした。ベルナルドだけが少し恐縮していた。家老といえば、家臣の筆頭にあたる重職でおいそれと話すことはできないという。内藤殿にしてみれば、貿易船の進出が近年めざましいポルトガルの情報を聞きたいというのもあったのだろう。
その晩は話も進み、干飯(ほしいい)ではなく温かくふっくらとした麦飯や味噌汁、魚などの美味しい食事に出会うことができた。ベルナルドだけは、いつもより遠慮がちにしていた。
そのような幸運があり、領主・大内義隆公への目通りはすぐに叶うこととなった。服が乾いた後だったが。
大内氏の館は広大なものだった。京都の将軍の館を模したものだと内藤殿が言っていた。もちろん、私が住んでいたシャビエル城より広大な敷地だった。とはいえ、シャビエル城の回りには丘陵が広がっていたので、それも含めれば比肩するのかもしれないが。その高台な広大な敷地にいくつもの庭や本邸、別邸、奥には城郭が見えた。特に庭の素晴らしさには感嘆したよ。大きな池に美しく配置された木々、冬だったので広葉樹は見られないようだったが、松の木の形はたいへん美しかった。そうだな、木についてはモザンビークやソコトラ島でも感嘆したが、日本のものは人の手によって整えられているという印象を受けた。
私たちは別邸(築山御殿)に招き入れられた。別邸とは言っても相当な広さで、ベルナルドも含めて皆、きょろきょろと辺りを見回すばかりだった。そして私たちは大勢の人々がすでに入っている大広間に通された。その中央に大内義隆公がいた。少し髪に白いものが混じりはじめていたので、私と同じぐらいの年齢だろうか。(著者注:フランシスコよりひとつ年下)
アントニオ……結論から言ってしまうが、この初めての謁見はあまり上手く行かなかった。
確かに、私たちがキリスト教について懸命に説明しているのを、公はうんうんと頷きながら聞いてくれたが、私たちが、「姦淫や男色は罪である」とキリスト教の戒めの説明をした時に表情を一気に強張らせた。
それ以降、他のいくつかの点についても承服していない様子が伺われたし、同席していた他の家臣も難しい顔をしている者が多かった。
私は気がつかなかったのだ。
後で知ったところによると、公に寄り添っている若い男子は愛妾だということだった。私は従者だとばかり思っていたので、意識してはいなかったが、公を批判していると受け取られたのだ。
結局、布教についての許可は下りなかった。持参した手土産がごくわずかな、小さなものだったことも不服だったようだ。私たちはがっくりと肩を落としたよ。
しかし帰りがけ、内藤殿は私たちを慰めようとしたのか、突然礼の言葉を口にした。
「ぱーどれ、殿を諫めてくれたことに感謝申し上げる。男色も女色もあれは戦から逃げたいがための遊興なんじゃ。戦に飽いているのは皆同じ。しかし、領主が現実を忘れてはいかんとわしは常々思うておったけん、あまり肩を落とされぬよう」
聞けば大内義隆公は、京都の貴族の風習を真似して優雅に遊ぶことが何よりも好きで、武道や軍事といったものにはほとんど興味を示さないのだという。
彼は忠臣の嘆きを率直にわれわれに語った。
「そうだったのですか」
内藤殿はさらに、私に告げる。
「わしは貴殿の申す神については正直まだ合点がいかぬ。やけんが、西洋の素地たる教えだけあり、道徳としては頷ける点も多い。何より、貴殿らはかの地の王に遣わされ、海を何千里も越えて初めて周防まで来られた。いわば賓客じゃ。今後のわが国を思うに、大切な一歩と思うておる」
内藤殿は彼なりの受け止め方で、私たちの話を熱心に聞いてくれていたのだ。
「そのようにおっしゃってくださるとは、感謝いたします」
私は心から感謝の気持ちを伝えた。異教徒の国で為政者から、これほど温かい言葉を受けたことがあまりなかったからである。
内藤殿は微笑んでうなずき、ふと思案顔になる。
「さて、使節の長たるぱーどれ・ざびえる殿、貴殿の生まれは、ぽるとがるのどちらじゃ」
この質問には困った。
神に仕えるものに国や出自・出身地は必要ない、と言えばよかったのだが、そのまま伝えるのはためらわれた。彼は好意から聞いているのだから。しかも私の出身国はもうスペインになってしまっている。
「いいえ、私はポルトガル人ではありません。私たちの会にはいろいろな国の者がおります。きちんと修養を積んで任命されれば、ポルトガル王の許可を得て渡航できるのです」
「ほう、実に開明な王じゃ。それで、ざびえる殿の生国はどちらじゃ」
内藤殿は私個人のことに興味があるようだった。
「内藤殿、ナヴァーラ王国にございます。ザビエル司祭の父君は一国の宰相を任ぜられておりました。内藤殿と同じです」
答えたのはセサルだった。私が答えあぐねていたのに気づいたのだろう。
「そうかそうか、一国の宰相のご子息とは。まことに立派なことじゃ」
内藤殿は頷いていたが、突然ひらめいたようにパンと手を打って言った。
「天竺から南海を経て渡来せし使節の長、なばら国の宰相の子たる、ざびえる殿……貴殿らについて評定でどう述べるべきか考えていたが、決めたぞ。決めたぞ。南蛮渡来の南蛮人と呼ぶことにいたす。どうじゃ」
これ以降、われわれイエズス会の布教者を初めポルトガルの商人者は皆、南蛮人と称されることになり、それが全国に広まっていった。
後でそれを知った私は、母国ナヴァーラの響きが残るこの呼称をどこか面はゆい気持ちで聞いたものだ。
このように、内藤興盛殿は私たちに宿を提供してくれただけではなく、さまざまな便宜をはかってくれた。布教は認められなかったが、持参した本(使徒信条)を読み上げるだけならばと主君に諮ってくれたのだ。その結果、不慮の事態のため周防に人員を留めておくのも認められた。
「領内での正式な布教許可はしばらく時間を置くとよい。周防は勘合貿易で利を成しておるから、他国との通商が大切なことは皆よう知っておる。貴殿がぽるとがるとの交易の糸口になるであろうことも承知じゃ。しかし今は……こちらに戦の火の粉が及ばぬようにすることで精一杯なんじゃ。これぐらいしかできぬが」
また、内藤殿は他にもたいへん貴重な助言をしてくれた。日本の次は明国にも宣教師を派遣したいと思っているという考えを伝えたときのことだった。
「明国は正式な使節しか受け入れん。わが国でも先頃遣明船を出しようたけんが、公式な訪問にも関わらず、皇帝にお目見えするまで随分待たされた。そうじゃな、もし、貴殿が明国のことを詳しく知りたいと言うのなら、策彦周良(さくげんしゅうりょう)様に聞くのがいちばん早かろう。あの方は殿の命で二度明に赴き、使節の仕事を果たされたのだから。あの方以上に明のことに詳しいお方は、日本にはおらんと思うぞ」
「そのような方がいるのですか」と私は聞き返す。
「うむ、京都天龍寺という名刹(めいさつ)のご住持じゃ。時宜が合うならば、面談してみたらよい。わしが文を書いてやろう」
この国の王がいるという京都にそのような僧侶がいるのならぜひ話を聞きたい。私は心がはやるのを覚えていた。
セサルやフェルナンデスも町でいろいろな情報を集めてくれていた。内藤殿が言う通り、大内義隆公は勘合貿易や鉱山経営で莫大な富を築いており、遣明船の費用も全て周防で出している。一方、国王である天皇とその家臣である公卿は財政が逼迫(ひっぱく)しており、天皇自筆の書を売って糊口(ここう)を凌いでいるほどだという。
それならば、この国の王はあまり領主・国民から顧みられることがないということなのだろうか。
天皇に任ぜられた武士の頭領が将軍といい、実質的な支配者になるらしいが、セサルが言うには、将軍が全てを掌握しているわけでもないらしい。
「では、誰がこの国を治めているのでしょうか」と私はセサルに問う。
「そうだな、イタリアのように地方の領主がそれぞれの地域を治めて、あるいは領地を拡大しようとしているのだろう。薩摩然り、ここ周防の大内家もそうだ。しかし王の意向はまだ権威があるようで、然るべき役の勅許を得ようとあらゆる領主が虎視眈々と京都行き(上洛)を狙っている」
セサルはいったい、いつの間にこれほど日本に詳しくなったのだろう。これまでに滞在したどの国よりも、彼が日本の状況に深い興味を示していることは明白だった。
「イタリアのように」
そう彼は言った。
これまでイタリアという国はなかったし、今もない。各地方を治める領主が周辺の国を巻き込んで勢力争いをしているのが現状だ。イタリア国というのはセサル、いやチェーザレ・ボルジアの築こうとした国なのだ。それとこの国に何か通じるものがあると感じたのだろう。
ーーーー
山口を出発する日、たいへん世話になった内藤殿にあいさつをすると、彼はおもむろに一振りの刀を出してきてセサルに渡した。
「じじぃ、貴殿は立居振る舞いからして、我々と同じ武士とみた。この刀をお貸ししよう」
セサルは心なしかうれしそうに刀を受け取り、慎重に抜いて手に持ち、感嘆の声をあげた。
「おお、何とすばらしい輝きだろう。そして力に溢れている」
内藤殿は微笑んでセサルを見ている。
「それは、足利将軍家もご所望されたほどの名物。大内家きっての名刀、荒波じゃ」
「アラナミ……」
「海の荒れたときの高い波ということじゃ。貴殿らはそれをよく存じておろう。この刀ほど貴殿に似合うものはないようにわしには思える」
私は望外の好意に少し戸惑う。
「しかし、よいのですか。このような宝物をお借りして」
「……殿が戦場でこの刀を使うことは、もうなかろうからのう……ええんじゃ」
少し寂しげに彼はつぶやいた。
私たちがその意味を知るのは少し後になってからである。
「いざとなれば、この刀で将軍に謁見を求めればよい。京都の者には目利きが多いからのう」
私たちは大内家の家老に深く頭を垂れ、山口を出発した。
ふと、セサルを見ると、彼は小刻みにふるえていた。そして、ベルナルドに言った。
「これを使えるようになりたい。教えてくれないか」
彼は何か、過去に忘れてきたものを思い出したようだった。
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