16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル

胡椒も涙に濡れる 1552年 マラッカ

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〈フランシスコ・ザビエル、ドゥアルテ・ダ・ガマ、ペドロ・ダ・シルヴァ、アルヴァロ・デ・アタイデ、ディエゴ・ペレイラ、クリストバル(インド人)、フェレイラ修士、アントニオ(中国人)、ルイス・デ・アルメイダ〉

 1552年6月6日、マラッカの港。
 ドゥアルテ・ダ・ガマの船で日本に向かう組は船上の人となる。私をはじめ、明国に向かう一行は揃って見送りに出る。ああ、アントニオ、あなたも一緒にいたのだったか。そう、そうだ……そのあとにいろいろな問題が起こったので、あの晴れがましい出航の記憶が少しおぼろげになってしまったようだ。

 日本に向かう組に入ったバルタザール・ガーゴ司祭とは短い時間でいろいろな話をしたので、派遣することに何の不安もなかった。アルカソヴァ修士とダ・シルヴァ修士も心おきなく出発を迎えられそうだった。前回のようなことがないように、現地の領主に献上する珍しい品々も十分に積み込んだ。
 ただ、ガーゴ司祭は今回のように、命を受けた宣教師が任地に行くのをためらうことを、彼なりに危惧していた。

「どのような宣教地にも本国と同等の、教育の機会と場所が必要だと私は思います。現地で改宗した人々のために必要だと思いますが、何より、宣教師自身が修練を重ねずに宣教にあたることが問題です。この点はローマのイエズス会にも諮って改善していくべきでしょう。今回のように、あの国には行けないとか、あの人が一緒でないと行けないというのでは、使徒としての役割を果たすことは到底できません。ですので、私は日本に着いたらトーレス司祭によく現地の事情を伺った上で、入会希望者にきちんと日数をかけて霊操(れいそう、黙想を主とするイエズス会の修練)を行うよう、提案します。
 もちろん、私たち宣教者も神の小さきしもべの一人としてそこに加わるように」

 それは私にも大いにうなずけることだった。日本でそのような環境が整えば、明国(中国)の宣教活動に役立つ先例となるだろう。ガーゴ司祭は実地で務める中で宣教活動に必要なものを自身で見い出し、皆のものとして広げていくすべをよく理解しているようだった。
 それは、導く人として必要な資質だ。

 マラッカの港でそのようなことを思いながら、出発する人々とあいさつをしていると、後方にルイス・デ・アルメイダが目立たないように立っているのが見える。まだ、派手な衿の付いた商人のいで立ちには馴染んでいない。私は微笑ましく感じて彼の方に近寄っていった。それに気づいたルイスも慌てて駆け寄ってきて、私に礼を述べる。

「ザビエル司祭、ランカパウ島でガーゴ司祭にミサをあげていただくこと、ご快諾いただいて本当にありがとうございます。ガーゴ司祭からも温かいお言葉をいただきました」

 私は微笑んで首を軽く横に振った。

「ルイス、あなたがたのお役に立てて光栄です。同志たちも、医師の資格を持つあなたがいれば安心して旅ができるでしょう。どうか皆をよろしくお願いします。
 それと……今もそうでしたが、あなたはいつも控えめにしていますね。商人という趣ではないが、謙遜は立派な徳のひとつです。神があなたのような方を見ておられないはずありません。幸せを心からお祈りします」
 ルイスは目に涙を浮かべていた。

 明国(中国)の沿岸を経由して日本に行く一行を見送ると、私たちは少し寂しい気分になる。海峡を進む船はしだいに遠ざかり、小さくなっていく。



「さて、私たちはペレイラの船を待つ間に、自分たちの仕度をしよう」

 ペレイラの船、サンタ・クルス号を主船とする船団は急な天候の悪化さえなければ数日でマラッカに入港するはずだった。彼らはモルッカ諸島で大量の胡椒を積んで到着するはずだ。その積み降ろしが終われば、すぐに中国に向けて出航することになっていた。

 サンタ・クルス号は6月13日、マラッカに入港した。商人であり、ポルトガルの中国派遣使節に任命されたディエゴ・ペレイラが岸にたどり着くのを、私たちは今か今かと待っていた。ようやく陸に上がったペレイラを見つけて、私は駆け寄っていく。ペレイラは相変わらず日に灼けて元気そうだ。マラッカ現長官のペドロ・ダ・シルヴァと後任であるアルヴァロ・デ・アタイデが彼を出迎えるのを待って、私はペレイラの前に立った。彼は嬉しそうに私に話しかける。

「ザビエル司祭、お久しぶりです。いや、今回はそれほど間が空いていないですね! どうか喜んでください。ジャワ(島)で上等の胡椒を大量に買い付けてきました。これで、明国の皇帝に堂々と対面を求めることができるでしょう」

 ペレイラは晴れがましい顔で私に話しかけてきた。私は彼に握手を求めてこれからの日程を相談するために、夜にゆっくり話そうと申し出た。
 私たちの後ろにはマラッカの長官二人がまだ立っていたので、私は早々にその場を離れることにした。船員たちが船の荷を積み下ろす段取りをあれやこれやと話している脇を通り抜けるとき、私はふっと後ろを振り返った。
 港の喧騒の中で、ただ黙ってむすっと立っている二人が目に入った。
 マラッカの長官二人だった。
 私は少しばかり、その姿に胸騒ぎを覚えていた。

 その夜はペレイラと面会し、船荷の積み降ろしが終わると見込まれる6月16日にマラッカを出航しようと決めた。その時、ペレイラも私と同じ印象をマラッカ長官に抱いたことを打ち明けた。
「アタイデ新長官はあまり面識がないのでよくわからないのですが、シルヴァ長官があれほどぶっきらぼうな態度を取ったことはこれまで一度もありませんでした」
 私はうなずいて聞くしかなかったのだが、お互いのこの不安が杞憂であることを祈らずにいられなかった。

 しかし残念なことに、それは杞憂ではなかった。船荷の積み降ろしが終わった頃にたいへんなことが起こったのだ。
 長官の部下が続々とサンタ・クルス号に乗り込んできた。そして船の舵を外して、持ち去ってしまったのだ。
「長官の命により、サンタ・クルス号の出航を禁じる」
 ペレイラの使用人が慌ててそれを私たちの宿所まで伝えに来た。ペレイラは突然の出航禁止命令に対して、アタイデ新長官と折衝している。使用人の話によれば、アタイデ新長官はこう主張しているのだという。

「現在、ジャワがマラッカを急襲しようとしているとの報告が入っている。要塞の防御のためには一隻でも多くの船が必要だ。国王への奉仕のために船舶を提供せよ」
 このアタイデ新長官の命令に対して、ペレイラはそれが事実と違うことを訴えた。
 自分たちはつい先日、ジャワから戻ってきたがマラッカを急襲するという話はまったく聞かなかった。それどころか、ジャワの一部で内乱が起こっておりその鎮圧に手一杯で、客観的に見てマラッカを狙うことなど考えられない、と。
 するとアタイデ新長官は、本当の狙いをあからさまにペレイラに告げた。

「おまえが国王使節として中国に渡航することは決して国王への奉仕にはならない。ゆえに渡航は禁止する」

 これは悪意の妨害に他ならなかった。
 私はペレイラがうまくアタイデ新長官と調整をはかれるように祈りながら、善後策を考え始めた。そのためには、どうしてアタイデ新長官が急にサンタ・クルス号の渡航を妨害しようと思ったのか、はっきりとした理由を見つける必要があった。ペレイラの使用人はそれを尋ねた私に、ひどく簡潔な言葉で答えた。

「É rancor e ganância.」
(妬みと欲です)

ーーペレイラが国王使節としての親書を持って、大量の胡椒を積んだ船で晴れがましくマラッカの港に入った。何だ、あの偉そうな態度は。ひどく癪に触る。見れば見るほどいらいらする。たかが一商人がそれほどの重責を任され、明国に赴いて貿易の許可を取り付けたら、ペレイラがその利益を独占し、莫大な利益を得ることになるだろう。その利益は次期長官であるこの、アルヴァロ・デ・アタイデが手にするべきものだ。私は国王に任命された長官なのだからーー

 アタイデ新長官はそう考えたようだ。
 確かに、ペレイラの使用人が答えた以上にうまく表現する言葉はないようだ。
 妬みと欲、兄弟をも殺めてしまう恐ろしい感情……。
 それは罪であると永く説かれている、説いている。

 私はため息をつかずにはいられなかった。

 そして、これまでの旅での出来事を思い出してみた。
 ナヴァーラで生まれ育った城を破壊されたこと、パリ大学でイニゴ(イグナティウス・ロヨラ、イエズス会総長)と長く仲違いしていたこと、ローマやヴェネツィアで看護活動に従事したときのこと、リスボンでのこと、アフリカを大回りして長い航海をしたこと、インドの酷暑、バダカ(軍兵)の襲撃、何度かの嵐、寒い日本の冬……困難だと思えることはいくらでもあった。
 しかし、ここまであからさまな妨害を個人から受けたことはなかったように思う。

 私は取り急ぎ、現長官のペドロ・ダ・シルヴァと話をすることにした。現長官がアタイデ新長官と同じ考えなのか確かめたかったというのが第一だった。そうだとしても、現長官を何とか説得すればそこからきっかけが掴めるかもしれない。私のこれまでの印象では、現長官がそれほどの妨害を進んで行うように見えなかったというのもある。



 マラッカは一年中真夏の気候で、突然大雨(スコール)が降ってくることがしばしばある。私がダ・シルヴァ長官に面会しに出ようとしたときも、いきなり雲が現れて空からザァーッと音を立てて、雨が降ってきた。アントニオ、あなたはそのときに言っていた。

「今は待つときです。もうすぐ止みます」

 私は少し遠くに青空が見えているのを見てうなずいた。ほんのわずかの時間待っていれば、また真っ青な青空がここに戻ってくる。
 私はただ空を見ていた。激しい雨が木々の葉を打ちつけている。それでも葉はみな揺れながら耐えているように私には見えた。
 空が激しく泣いていて、その嘆きを大地に必死に伝えようとしているようにも……いや、私のそのときの心情だっただろうか。なぜなら、これまでそのようなことを考えたことがなかったからだ。

「早く上がるといいですね。胡椒も涙に濡れそうです」

 アントニオ、あの時あなたはそう言った。
 私も同じ思いだったよ。
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