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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル
幕間の詩とことば
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わたしはふたたび、ふりかえることを願わないので
わたしは願わないので
わたしはふりかえることを願わないので
この人の才や、かの人の能力をうらやんで
かかるものを、もはや争って手にいれようとはしない
(どうして年老いた鷲が翼をはる必要があろう)
どうして、世の常の力が消えうせたことを
なげく必要があろう
わたしは、現世のもろい栄光を
ふたたび知ることを願わないので
わたしは考えないので
わたしは、ただひとつの本当のつかのまの力を
とうてい知りえないことを知っているので
そこにはもう何もないので、わたしは、かのところ、木々が花さき
泉がわきでるところで飲みえないので
わたしは、時がつねに時であり
場所がつねに、そしてただ場所にすぎないことを知っているので
そして、この世のものは、ただ一度だけ、そして
ただひとつの場所において、現実であるにすぎないことを知っているので
わたしは、物ごとが、あるがままにあるのを喜び
あの祝福された顔をあきらめ
あの声をあきらめる
わたしはふたたび、ふりかえることを望みえないので
それゆえに、わたしは喜び、喜びの
いしずえとなるものを創りあげねばならない
そして、われらのうえに、慈悲をたれんことを神にいのり、そして
わたしはみずから論じすぎ
説明しすぎた事柄を
忘れるよう神に祈ろう
わたしはふたたび、ふりかえることを願わないので
これらの言葉をもって
すでになされたことの答えとしよう、ふたたびなされることのないように
われらのうえに裁きのきびしすぎないことを願って
『聖灰水曜日』Ⅰ T.S エリオット
上田保 訳
『エリオット詩集』(思潮社)より抜粋
Ash-Wednesday I by Thomas Stearns Eliot
published in 1930, London and New York
ーーーーー
以下、またひとことふたこと書きます。
第2、6、7章にわたる、フランシスコ・ザビエルのお話をようやく書き終えました。第三者から見た伝記ではなく、独白にするというのはたいへんな挑戦でした。私はキリスト教徒ではありませんので、書くにあたってたいそう悩んだことは第2章のあとがきでも書きました。そもそも、キリスト教徒である遠藤周作さんも、『沈黙』を書くのにあたって、それでも悩まれていたように思います。
16世紀の世界を大きなひとつの旅として描く、というのがこのお話の骨格です。この世紀の半ばで大きな旅をしたフランシスコはその意味で必要不可欠な人です。ですから、書かないわけにはいきません。いえ、ぜひ書きたかった。彼がどのように旅をしてきたのか、知らない人が多いのではないかと思いました。フィクションは混ざっていますが、セサルとニコラスと数人のこと以外はほぼ史実に添うように書きました。
本文ではキリスト教のことだけではなく、フランシスコが出会った宗教ーーヒンドゥー教、仏教ーーについても書きました。お話では京都で天龍寺の策彦周良と対話してもらいましたが、現実でもそうだったらどんなによかっただろうと思います。遣明船に二度も乗って、皇帝に謁見した彼ならば、フランシスコにたくさん明の重要な情報を知らせられたのにと思いました。それができるのは彼だけだったし、同じ時期に京都にいたのです。と、書きながら地団駄を踏んでいました。
ずいぶん大胆な挑戦でしたが、シモンチェリ司祭さまと2度電話でお話できたことが、大きな後押しになりました(第2章の『幕間のことばにかえて』を参照ください)。
そして、書き進める上でほぼまるごとベースキャンプにしたのが、『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』(東洋文庫、平凡社)です。ご本人が書いたこと、声に出して筆耕してもらったこと。これらがなければ、きっとうわべをなぞったようなものになったでしょう。また、訳者の河野純徳さんが詳細な訳注を付けてくださったので、より深く理解することができたと思います。
何より、お礼を申し上げたいのはフランシスコ教皇さまです。もちろん、直接お会いできたりするわけではありませんが、ツイッターやインタビューを拝見することで、どれほど有益なサジェスチョンをいただいたことか。ピエール・ファーブルをあのように真摯で純粋な青年として描けたのは、教皇さまがインタビューで語られていたからです。そのことに始まり、本当に数えきれないほどたくさんの発想をいただき、教えていただきました。それがなければ、この章たちは独りよがりの、もっともっと無味乾燥なものになったでしょう。いいえ、不十分なものかもしれませんが、学ぶことなしには、決して書けなかったと思います。
今月、教皇さまは来日されますが、それにフランシスコの章が間に合って、個人的に本当に嬉しく感じています。
ありがとうございます。
このお話を読んでくださっている皆様へもあわせて、心からお礼を申し上げます。
『オデュッセイア』はまだまだ続きます。西洋も東洋もなく書いていくつもりです。この後の章も、どうかよろしくお願いします。
尾方佐羽
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