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第1章 星の巡礼から遠ざかって チェーザレ・ボルジア
ひとつの終わり1 1508年2月 ミラノ
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<ミケーレ・ダ・コレーリア、ソッラ、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチ>
彼はその朝、少し遅く目覚めた。
太陽はすでに街をくまなく照らしている。
真冬のミラノ、宿のベッドの中、隣で寝ているソッラという女性がささやく。
「ねぇ、今日は出かけなければダメなの? 」
夜更けまで、暖炉に火が入ったままだった。
彼は裸のままうーんと伸びをする。無駄なく筋肉がついた腕をしなやかに組む。黒い長髪を掻きあげることもせず、伸び放題の髭が埋め尽くしている顎をなでた。そしてはっとする。
「いけない、もう行かなければ」
ソッラは困ったような顔をする。
「ねぇ、ミケーレ、私何か嫌な感じがするの。怖いわ。今日だけ、今日だけは私の側にいて」
ソッラの甘えた声に彼は少しだけ躊躇する。そして毛布にくるまったままで身を起こした裸の彼女を微笑んで見つめる。
昨晩もソッラと何度も抱き合った。
彼女は吸い付くような肌をしている。触れているだけで天国にいるような心地よさを感じる。身体の相性がいいというのだろうか、何もかもがぴったりはまって一つに溶けていくようだ。
彼女も驚くほど自分に尽くしてくれる。頭のてっぺんから脚の先まで、彼女が愛さなかったところはない。その手も唇も決して器用ではないが、切ない目で懸命に自分に触れる様子を見ると、欲望がどんどんふくらむばかりだ。
ミケーレは彼女の寝顔を見ながらよく考える。
魔法にかかってしまったのだろうか。
なぜだろう、今まで抑えてきた何かが暴走してしまっているのではないかとミケーレは思う。長く地下牢に入れられていたからか。それとも……。
ミケーレは今まで飽きるほど、言ってしまえば数えきれないほどの女を抱いてきた。しかし、そこまで自分に快楽と安らぎを与えてくれる存在に会ったのは初めてだった。
それは、愛といっても差し支えないかもしれない。
彼女は極上の絹の大きい布のように、彼をふわりと包み込んでそのすべてを受け入れた。
そして、ためらうことなく彼女のすべてをミケーレに与えた。
男が皆そういう女を欲するわけではないかもしれないが、ミケーレが欲していたのはそういう女だったのだ。
彼は、少年の頃から付いていた主人から離れて、初めて一人になった。その埋め合わせをするかのように愛の女神が降りてきたのだ。
ミケーレ・ダ・コレーリア、チェーザレ・ボルジア第一の腹心、ドン・ミケロットは恋に落ちていた。
ソッラは彼になおも訴える。
「わかっているわ、あなたのチェーザレが生きているって話でしょう。そしてフランスで将軍になるって。あなたはまだそう信じている。だからあなたもフランスに行くんだって。でも、そんなのただの噂よ! チェーザレはナヴァーラで死んだのよ。もう1年近く経つけれど、どこの国であなたの王は立っているの? まぼろしよ! 誰もそんなこと信じちゃいないわ」
彼女の言うことはもっともだった。
彼はソッラの前に立った。
そして、彫刻家が作品の仕上がりを吟味するようにゆっくりと撫ではじめた。首筋、少しだけ丸みを帯びた肩、柔らかい腕、艶めかしくくびれた腰、腕よりさらに柔らかく大きな尻、そして豊かに張りつんと上を向いた胸。
ミケーレの指が動くたび、ソッラは潤んだ目をしてされるがままになっている。
「あなたの大きな手、大好き」とソッラは彼の手をいとおしげに柔らかく握りしめて、頬擦りしはじめた。
不意に、彼はソッラの頬を両手で包み込み、その唇に優しくキスをした。彼女はそれをゆっくりと受け止めた。
そして彼は静かに身体を離した。
「駄目だ……続きは戻ってからだ。待っていて」
「ミケーレ……行かないで」とソッラは消え入りそうな声で懇願した。ミケーレは微笑んで部屋を出ていった。
そしてミケーレ・ダ・コレーリアは外に出た。
今、彼は自由の身である。
彼はニッコロ・マキアヴェッリの出迎えを受けてカステル・サンタンジェロの地下牢からフィレンツェ市民軍の指揮官に迎えられた。そうして一年あまりを戦いのうちに過ごし、今はフィレンツェを出ている。
その後、傭兵隊長の招請を内々に受け、フランス人のミラノ総督シャルル・ダンボワーズ伯の邸宅に向かうのだ。
ミケーレ・ダ・コレーリアをダンボワーズ伯に推挙したのは、チェーザレ・ボルジアではなく、意外なことに建築家であり芸術家であるレオナルド・ダ・ヴィンチだった。残念なことにこの時点で、ミケーレはそのことを知らなかったであろうと思われる。ここで少し説明しておくべきだろう。
ちなみに、この頃レオナルド・ダ・ヴィンチは53歳、まだ老人ではない。
ダ・ヴィンチはローマを去ってのち、フィレンツェに拠点を移した。そして1505年頃前後には、フィレンツェで市庁舎の壁画制作に取りかかっていた。フィレンツェ軍がミラノ軍に勝利した「アンギアーリの戦い」(1440年)をモチーフにしたものである。
しかし制作は著しく難航した。壁画の絵具が剥落してしまうという事態も起こった。ダ・ヴィンチが新しい配合の絵具を使用したのが理由だと言われているが、それは表象的なものだったかもしれない。
この壁画制作は始めから難航していたのである。絵の仕上がり云々だけではなく、フィレンツェを巡る政治状況が混沌としていたことも関係がある。結局、ダ・ヴィンチは制作から手を引くことになる。そして、その後をミケランジェロが引き継ぐ。
私たちは今、この壁画の本物を見ることができない。100年も経たずして、市庁舎の改修の際に取り払われてしまったからである。現代、その壁画のために描かれたデッサンが残っているだけである。模写が残っているが、もちろんレオナルドの手によるものではない。
ダ・ヴィンチはほんの数年前までチェーザレの下で働いていた。
彼はロマーニャ地方を手中に収めた頃のチェーザレ・ボルジアを単身訪ねていった。1502年のことである。チェーザレの噂を聞いて、自身のアイデアを具現化してくれる存在と見込んだからである。
ふらりと目の前に現れたこの年配の男に、チェーザレは非凡な才能を見た。彼は次から次へと自身の建築用のデッサンや都市作りの持論を述べ始めた。その言葉の一つ一つ、そのデッサンの一枚一枚に目を見張った。自身がこれから新しく築いていく国を実現するのに、ヨーロッパのどこにも負けない都市を築いていくのに、最もふさわしい人物だと即断したのである。
精緻な建築デザインにはじまり、街のあらゆるものを描き起こし、かつ俯瞰することもできる才能をチェーザレは讃えた。
チェーザレのダ・ヴィンチに対する崇敬の念は深かった。
自身に従う各国の領主に対して、遠慮なく建築物や書物を見て回れるよう、この男の身分証明書を自ら書き起こしたほどだった。
「私の最も親しい友人、建築技術総監督レオナルド・ダ・ヴィンチのために、あらゆる地域の自由通行と、彼に対する好意的な接待を命ずる。私から、公国内の全城塞の視察の任務を課せられた彼には、その任務を遂行するのに必要な、あらゆる助力が十分に与えられなければならない。さらに、公国内のあらゆる城塞、要塞、施設、土木工事すべては、それを施工する前に、またそれを施工しながらも、技術者たちは、レオナルド・ダ・ヴィンチ総監督と協議し、彼の指示に従うことを命ずる。もしこの私の命に反するような行動に出た者は、いかに私が好意をもっている者であろうとも、私からの非常な立腹をこうむる事を覚悟するように」
(引用「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生 新潮文庫)
しかし、その壮大な夢はチェーザレの父、アレクサンデル6世の死によって急激に光を失っていった。チェーザレがローマで囚われた後、レオナルドはフィレンツェに戻った。偉大な建築家がチェーザレの没落をどのように思っていたかは定かでないが、人並み以上の感情を抱いていたのは間違いないことと思われる。
そのチェーザレほどの付き合いはなかったが、ダ・ヴィンチはミケーレを知っていた。常にチェーザレの影のように付いていた男を。その姿を不気味に感じる者も多かったが、ダ・ヴィンチは天才の目で、彼を一瞬で見抜いたようだった。
奇しくも、ローマのカスタル・サンタンジェロを出たミケーレはダ・ヴィンチと同じフィレンツェに来た。しかし二人はすれ違った。何がしかの交誼をはかれれば言うことはなかったのだが、ミケーレがフィレンツェに入る頃、ダ・ヴィンチはその地を去っている。
しかしカスタル・サンタンジェロで囚われているチェーザレ・ボルジア第一の側近について、ダ・ヴィンチが忘れることはなかった。それを忘れさせない人物がフィレンツェにいたのだ。
ニッコロ・マキアヴェッリである。
直接ふたりが話したという記録は残っていない。しかし、かつてイーモラでチェーザレとともに過ごした2人の人間が同じ市庁舎で仕事をしていたのだから、何がしかの接触があってもまったく不思議ではない。
残念ながら、「アンギアーリの戦い」の壁画制作は首尾よく進まなかった。
そのこともあって、ダ・ヴィンチはいったんフィレンツェを去ってミラノに向かった。一つの訴訟事件が持ち上がりそのためにミラノに行く必要があったのだ。
当時、ミラノは隆盛を誇ったスフォルツァ家に替わってフランスの支配下にあった。それはこれまでにも記した通りである。
ミラノ総督のシャルル・ダンボワーズはダ・ヴィンチを高く評価しており、ミラノで仕事をさせたいと思っていた。イタリアの画家のレベルは群を抜いて高いからである。フィレンツェからやってきた彼にダンボワーズ伯は十分な報酬や仕事場を用意し、ミラノに留まるよう要請した。ダ・ヴィンチはここにしばらく腰を落ち着けることになる。
そんな中でダ・ヴィンチは「ドン・ミケロット」がフィレンツェ市民軍を放擲されたという話を聞いた。
もちろん、前年の春にチェーザレ・ボルジアがナヴァーラで死んだということも聞いていた。
その知らせはこの建築家を悲しませた。
チェーザレ・ボルジアがもしあのまま領主であり続けたなら、チェゼーナもイーモラも、ロマーニャ一帯がより良く変わっていたはずだった。
古き良き部分を最大限に生かして道を整備し、水路を張り巡らせて、人々が集まる場を増やして商いを盛んにし、より強固で合理的に配置した城壁を築き、アドリア海沿岸にはキャラック船やガレー船が何隻も入れる港を整備して……地中海のさざ波のようにローマから広がる、美しく整備された都市をいくつも築けたのに。
チェーザレは宗教の都ローマを取り囲む「ロマーニャ」という大きな都市を作りたいと思っていたのだ。それはイタリア半島の都というだけではない。ヨーロッパの中心だったかつてのローマの姿だった。
レオナルド・ダ・ヴィンチにとっても、それは生涯の残りをすべて使ってもよいと思えるほどの大仕事だったのだ。しかし、今さら言ってもどうしようもないことだったので、その後口にすることはなかった。
ミラノでドン・ミケロットの噂を耳にしたダ・ヴィンチは思った。
「さて、チェーザレ第一の腹心はどこに行くのか」
その疑問が長じたのだろう。ついには自身の庇護者であるダンボワーズ伯に、「ドン・ミケロットをミラノで雇うことは可能なのか」と聞いた。ダンボワーズ伯はレオナルドの口からその名が出たことに驚いた。
「いや、難しい」と伯は答えた。当然の反応である。
レオナルドもそれは分かっていた。
「いや、そうでしょう。しかし、彼はチェーザレ・ボルジアが信を置く有能な将官でした。不世出と言ってもいい男の側近です。それはイーモラで私も見てきました。まったく惜しいことですな」
レオナルド・ダ・ヴィンチは基本的に物静かな男である。他の人間をそのように語ることはあまりなかった。だからこそ、その言葉をダンボワーズ伯は強く心に留めたらしい。
天才の一言が周囲にはかりしれないほどの影響を与えることがある。このときはそうだった。制作費用の交渉でそれができれば言うことはないのだが。
しばらくして、ダンボワーズ伯はミラノにこしらえたレオナルドの仕事場に様子を見に現れたときにこう告げた。
「ドン・ミケロットをフランスに招く話が進んでいる。イタリア半島ではまだチェーザレ・ボルジアの名が強く残っており、ミケロットもミラノではやりにくいだろう」
レオナルドは、「ご慧眼です」と微笑んでみせた。
そのようなことで、ドン・ミケロットすなわちミケーレ・ダ・コレーリアはフランスに招請されることになったのである。
彼はその朝、少し遅く目覚めた。
太陽はすでに街をくまなく照らしている。
真冬のミラノ、宿のベッドの中、隣で寝ているソッラという女性がささやく。
「ねぇ、今日は出かけなければダメなの? 」
夜更けまで、暖炉に火が入ったままだった。
彼は裸のままうーんと伸びをする。無駄なく筋肉がついた腕をしなやかに組む。黒い長髪を掻きあげることもせず、伸び放題の髭が埋め尽くしている顎をなでた。そしてはっとする。
「いけない、もう行かなければ」
ソッラは困ったような顔をする。
「ねぇ、ミケーレ、私何か嫌な感じがするの。怖いわ。今日だけ、今日だけは私の側にいて」
ソッラの甘えた声に彼は少しだけ躊躇する。そして毛布にくるまったままで身を起こした裸の彼女を微笑んで見つめる。
昨晩もソッラと何度も抱き合った。
彼女は吸い付くような肌をしている。触れているだけで天国にいるような心地よさを感じる。身体の相性がいいというのだろうか、何もかもがぴったりはまって一つに溶けていくようだ。
彼女も驚くほど自分に尽くしてくれる。頭のてっぺんから脚の先まで、彼女が愛さなかったところはない。その手も唇も決して器用ではないが、切ない目で懸命に自分に触れる様子を見ると、欲望がどんどんふくらむばかりだ。
ミケーレは彼女の寝顔を見ながらよく考える。
魔法にかかってしまったのだろうか。
なぜだろう、今まで抑えてきた何かが暴走してしまっているのではないかとミケーレは思う。長く地下牢に入れられていたからか。それとも……。
ミケーレは今まで飽きるほど、言ってしまえば数えきれないほどの女を抱いてきた。しかし、そこまで自分に快楽と安らぎを与えてくれる存在に会ったのは初めてだった。
それは、愛といっても差し支えないかもしれない。
彼女は極上の絹の大きい布のように、彼をふわりと包み込んでそのすべてを受け入れた。
そして、ためらうことなく彼女のすべてをミケーレに与えた。
男が皆そういう女を欲するわけではないかもしれないが、ミケーレが欲していたのはそういう女だったのだ。
彼は、少年の頃から付いていた主人から離れて、初めて一人になった。その埋め合わせをするかのように愛の女神が降りてきたのだ。
ミケーレ・ダ・コレーリア、チェーザレ・ボルジア第一の腹心、ドン・ミケロットは恋に落ちていた。
ソッラは彼になおも訴える。
「わかっているわ、あなたのチェーザレが生きているって話でしょう。そしてフランスで将軍になるって。あなたはまだそう信じている。だからあなたもフランスに行くんだって。でも、そんなのただの噂よ! チェーザレはナヴァーラで死んだのよ。もう1年近く経つけれど、どこの国であなたの王は立っているの? まぼろしよ! 誰もそんなこと信じちゃいないわ」
彼女の言うことはもっともだった。
彼はソッラの前に立った。
そして、彫刻家が作品の仕上がりを吟味するようにゆっくりと撫ではじめた。首筋、少しだけ丸みを帯びた肩、柔らかい腕、艶めかしくくびれた腰、腕よりさらに柔らかく大きな尻、そして豊かに張りつんと上を向いた胸。
ミケーレの指が動くたび、ソッラは潤んだ目をしてされるがままになっている。
「あなたの大きな手、大好き」とソッラは彼の手をいとおしげに柔らかく握りしめて、頬擦りしはじめた。
不意に、彼はソッラの頬を両手で包み込み、その唇に優しくキスをした。彼女はそれをゆっくりと受け止めた。
そして彼は静かに身体を離した。
「駄目だ……続きは戻ってからだ。待っていて」
「ミケーレ……行かないで」とソッラは消え入りそうな声で懇願した。ミケーレは微笑んで部屋を出ていった。
そしてミケーレ・ダ・コレーリアは外に出た。
今、彼は自由の身である。
彼はニッコロ・マキアヴェッリの出迎えを受けてカステル・サンタンジェロの地下牢からフィレンツェ市民軍の指揮官に迎えられた。そうして一年あまりを戦いのうちに過ごし、今はフィレンツェを出ている。
その後、傭兵隊長の招請を内々に受け、フランス人のミラノ総督シャルル・ダンボワーズ伯の邸宅に向かうのだ。
ミケーレ・ダ・コレーリアをダンボワーズ伯に推挙したのは、チェーザレ・ボルジアではなく、意外なことに建築家であり芸術家であるレオナルド・ダ・ヴィンチだった。残念なことにこの時点で、ミケーレはそのことを知らなかったであろうと思われる。ここで少し説明しておくべきだろう。
ちなみに、この頃レオナルド・ダ・ヴィンチは53歳、まだ老人ではない。
ダ・ヴィンチはローマを去ってのち、フィレンツェに拠点を移した。そして1505年頃前後には、フィレンツェで市庁舎の壁画制作に取りかかっていた。フィレンツェ軍がミラノ軍に勝利した「アンギアーリの戦い」(1440年)をモチーフにしたものである。
しかし制作は著しく難航した。壁画の絵具が剥落してしまうという事態も起こった。ダ・ヴィンチが新しい配合の絵具を使用したのが理由だと言われているが、それは表象的なものだったかもしれない。
この壁画制作は始めから難航していたのである。絵の仕上がり云々だけではなく、フィレンツェを巡る政治状況が混沌としていたことも関係がある。結局、ダ・ヴィンチは制作から手を引くことになる。そして、その後をミケランジェロが引き継ぐ。
私たちは今、この壁画の本物を見ることができない。100年も経たずして、市庁舎の改修の際に取り払われてしまったからである。現代、その壁画のために描かれたデッサンが残っているだけである。模写が残っているが、もちろんレオナルドの手によるものではない。
ダ・ヴィンチはほんの数年前までチェーザレの下で働いていた。
彼はロマーニャ地方を手中に収めた頃のチェーザレ・ボルジアを単身訪ねていった。1502年のことである。チェーザレの噂を聞いて、自身のアイデアを具現化してくれる存在と見込んだからである。
ふらりと目の前に現れたこの年配の男に、チェーザレは非凡な才能を見た。彼は次から次へと自身の建築用のデッサンや都市作りの持論を述べ始めた。その言葉の一つ一つ、そのデッサンの一枚一枚に目を見張った。自身がこれから新しく築いていく国を実現するのに、ヨーロッパのどこにも負けない都市を築いていくのに、最もふさわしい人物だと即断したのである。
精緻な建築デザインにはじまり、街のあらゆるものを描き起こし、かつ俯瞰することもできる才能をチェーザレは讃えた。
チェーザレのダ・ヴィンチに対する崇敬の念は深かった。
自身に従う各国の領主に対して、遠慮なく建築物や書物を見て回れるよう、この男の身分証明書を自ら書き起こしたほどだった。
「私の最も親しい友人、建築技術総監督レオナルド・ダ・ヴィンチのために、あらゆる地域の自由通行と、彼に対する好意的な接待を命ずる。私から、公国内の全城塞の視察の任務を課せられた彼には、その任務を遂行するのに必要な、あらゆる助力が十分に与えられなければならない。さらに、公国内のあらゆる城塞、要塞、施設、土木工事すべては、それを施工する前に、またそれを施工しながらも、技術者たちは、レオナルド・ダ・ヴィンチ総監督と協議し、彼の指示に従うことを命ずる。もしこの私の命に反するような行動に出た者は、いかに私が好意をもっている者であろうとも、私からの非常な立腹をこうむる事を覚悟するように」
(引用「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生 新潮文庫)
しかし、その壮大な夢はチェーザレの父、アレクサンデル6世の死によって急激に光を失っていった。チェーザレがローマで囚われた後、レオナルドはフィレンツェに戻った。偉大な建築家がチェーザレの没落をどのように思っていたかは定かでないが、人並み以上の感情を抱いていたのは間違いないことと思われる。
そのチェーザレほどの付き合いはなかったが、ダ・ヴィンチはミケーレを知っていた。常にチェーザレの影のように付いていた男を。その姿を不気味に感じる者も多かったが、ダ・ヴィンチは天才の目で、彼を一瞬で見抜いたようだった。
奇しくも、ローマのカスタル・サンタンジェロを出たミケーレはダ・ヴィンチと同じフィレンツェに来た。しかし二人はすれ違った。何がしかの交誼をはかれれば言うことはなかったのだが、ミケーレがフィレンツェに入る頃、ダ・ヴィンチはその地を去っている。
しかしカスタル・サンタンジェロで囚われているチェーザレ・ボルジア第一の側近について、ダ・ヴィンチが忘れることはなかった。それを忘れさせない人物がフィレンツェにいたのだ。
ニッコロ・マキアヴェッリである。
直接ふたりが話したという記録は残っていない。しかし、かつてイーモラでチェーザレとともに過ごした2人の人間が同じ市庁舎で仕事をしていたのだから、何がしかの接触があってもまったく不思議ではない。
残念ながら、「アンギアーリの戦い」の壁画制作は首尾よく進まなかった。
そのこともあって、ダ・ヴィンチはいったんフィレンツェを去ってミラノに向かった。一つの訴訟事件が持ち上がりそのためにミラノに行く必要があったのだ。
当時、ミラノは隆盛を誇ったスフォルツァ家に替わってフランスの支配下にあった。それはこれまでにも記した通りである。
ミラノ総督のシャルル・ダンボワーズはダ・ヴィンチを高く評価しており、ミラノで仕事をさせたいと思っていた。イタリアの画家のレベルは群を抜いて高いからである。フィレンツェからやってきた彼にダンボワーズ伯は十分な報酬や仕事場を用意し、ミラノに留まるよう要請した。ダ・ヴィンチはここにしばらく腰を落ち着けることになる。
そんな中でダ・ヴィンチは「ドン・ミケロット」がフィレンツェ市民軍を放擲されたという話を聞いた。
もちろん、前年の春にチェーザレ・ボルジアがナヴァーラで死んだということも聞いていた。
その知らせはこの建築家を悲しませた。
チェーザレ・ボルジアがもしあのまま領主であり続けたなら、チェゼーナもイーモラも、ロマーニャ一帯がより良く変わっていたはずだった。
古き良き部分を最大限に生かして道を整備し、水路を張り巡らせて、人々が集まる場を増やして商いを盛んにし、より強固で合理的に配置した城壁を築き、アドリア海沿岸にはキャラック船やガレー船が何隻も入れる港を整備して……地中海のさざ波のようにローマから広がる、美しく整備された都市をいくつも築けたのに。
チェーザレは宗教の都ローマを取り囲む「ロマーニャ」という大きな都市を作りたいと思っていたのだ。それはイタリア半島の都というだけではない。ヨーロッパの中心だったかつてのローマの姿だった。
レオナルド・ダ・ヴィンチにとっても、それは生涯の残りをすべて使ってもよいと思えるほどの大仕事だったのだ。しかし、今さら言ってもどうしようもないことだったので、その後口にすることはなかった。
ミラノでドン・ミケロットの噂を耳にしたダ・ヴィンチは思った。
「さて、チェーザレ第一の腹心はどこに行くのか」
その疑問が長じたのだろう。ついには自身の庇護者であるダンボワーズ伯に、「ドン・ミケロットをミラノで雇うことは可能なのか」と聞いた。ダンボワーズ伯はレオナルドの口からその名が出たことに驚いた。
「いや、難しい」と伯は答えた。当然の反応である。
レオナルドもそれは分かっていた。
「いや、そうでしょう。しかし、彼はチェーザレ・ボルジアが信を置く有能な将官でした。不世出と言ってもいい男の側近です。それはイーモラで私も見てきました。まったく惜しいことですな」
レオナルド・ダ・ヴィンチは基本的に物静かな男である。他の人間をそのように語ることはあまりなかった。だからこそ、その言葉をダンボワーズ伯は強く心に留めたらしい。
天才の一言が周囲にはかりしれないほどの影響を与えることがある。このときはそうだった。制作費用の交渉でそれができれば言うことはないのだが。
しばらくして、ダンボワーズ伯はミラノにこしらえたレオナルドの仕事場に様子を見に現れたときにこう告げた。
「ドン・ミケロットをフランスに招く話が進んでいる。イタリア半島ではまだチェーザレ・ボルジアの名が強く残っており、ミケロットもミラノではやりにくいだろう」
レオナルドは、「ご慧眼です」と微笑んでみせた。
そのようなことで、ドン・ミケロットすなわちミケーレ・ダ・コレーリアはフランスに招請されることになったのである。
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