肥後の春を待ち望む

尾方佐羽

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和仁一族の凄絶な最期 一揆の憂愁

成政のつぶやき、親永の嘆き

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 佐々勢の平山城への兵糧入れの命は無事に達成された。

 あくまでも、これは兵糧を入れるだけの行軍だった。
 それでも、これは佐々勢にとって、目覚しい一歩であった。
 これからの策を練る上でも。

 これまでの数多の戦いで一揆勢にかなりの損害を与えたものの、肥後国全土、あるいは近隣諸国にこのような戦いが延々と繰り返されるのであれば、いかに数万の兵を動かす関白秀吉といえども苦戦することは明らかだった。すでに、隈部親永が隈府城に籠城したときから、三カ月近くが経とうとしている。

 大軍が徹底的に叩き潰すより他になかった。

 隈本城の守りを固めている佐々成政のもとにも、平山城への兵糧入れが成功した話はすぐに届いた。平山城を取り囲んでいた隈部勢も立花勢との戦いで将兵を数多く失い、城村城に戻ったという。附城を急造のものにしていたら、あっという間に潰されてしまっていたことだろう。新たに近場の城を手に入れたことは大きかった。それにつけても平山城で耐えた三田村、前野、縦横無尽に動き回った水野らの活躍は見事だった。
 水野六左衛門からは、柳河の立花左近統虎勢の強さをたたえる報告が寄せられた。

 さきに統一がなされた筑前・筑後はじめ助力なくしては、肥後を平定するのは難しい。
 成政は自身の無力を痛感した。そして、自身は何か間違えていたのだろうかと考えた。

朱印状の知行なぞ、方便に決まっている。
肥前と肥後は朝鮮攻めの拠点にするため、秀吉の息がかかった将がやってきた。
もともとの所領なぞ、はなから与えるはずがない。
朱印状に記した分だって、結局は検地の末にさらに取り上げるのだ。
減らされたものは、さらに減らされるのだ。
わしの家臣にだって、ろくに与えられるものがないのだ。
それをどう上手くかどわかすかが大事だったのか。
どうかどわかせと言うのだ。
誰が納得すると言うのだ。

 肥後一揆の鎮圧に小早川隆景と安国寺恵瓊が乗り出してくると聞いた。
 小早川殿については頼もしいばかりだが、安国寺殿とはどうもそりが合わない。肚の底がまったく読めぬ。話を聞いていても真実味が感じられん。それでも助力を頼まなければいけないのだから、こちらも大人にならなければいかん。
 それにしても、いったいいつまで続くのだろうか。

 城村城が落ちれば、すべて片付くのだろうか。筑後の雄、立花勢ですら少なからず犠牲を出すほどの激戦だったという。隈本も阿蘇氏らがこちらに付いて以降、状勢は落ち着いてきている。どのように城村を落とすか、他の肥後衆を従わせるか、まだまだ思案しないといけない。

 そのとき佐々成政の脳裏に、初めて肥後に入ったときの強烈な日差しと、すべてを奪われるような暑さが浮かんできた。そのときの疲労困憊して卒倒しそうになった気分も蘇ってきた。
 肥後を平定すれば次は唐攻め、そこまでは自ら先陣を切って戦わないといけない。それは承知の上だった。そして隠退し、甥の宗能に跡を継がせ佐々の名を継いでいこうと思っていた。しかし、宗能はもういなくなってしまった。なぜだ、誰も継ぐ者がいない。それならば、わしはなぜ戦っている。誰のために、何のために戦っているのだ? 生まれた土地からこんな遠くまでやってきて、何が欲しくて戦っているのだ? 関白秀吉のためか? あぁ、あの男も織田家中の頃は見所があるとわしも思っておった。戦での功名はともかく、あの知恵や人たらしな性質は大いに見習うべきところがあった。しかし、今は何だ? 黄金の茶室だと。サルが黄金をまとっていかがする。中国の次は四国、四国の次は奥州に九州、そして朝鮮に唐国、いったいどこまで攻め入るつもりなのだ?

 何ぞ疲れたで、いかんがや。
 もう十月も暮れてしまうで。

 一方、兵糧入れを止められず自らの勢にも多数の犠牲を出した隈部勢も、今後の戦い方について今一度考えなければならなかった。城村城に立て籠もる当主、隈部親泰は父親永とともに有働兼元と長く話をしている。
「ここは様子を見んといかんばい。知らせによれば、まだ隈本の佐々が動き出す気配はなかけん、こちらも態勢ば立て直さんと」
 親泰は様子を見たほうがよいと言う。そこに有働が新たな報せをもたらす。
「玉名の田中城の和仁勘解由親実(わにかげゆちかざね)ば、姉婿の辺春親行(へばるちかゆき)とともに決起するち言うてくれよりました」
 立花勢が兵糧入れの最後に戦った太田黒城のほど近くにある城である。太田黒城の襲撃の際、和仁、辺春とも兵を出していた。しかし真っ向から斬りかかってきた立花勢になす術もなく敗れた。
 その恨みが新たな決起を呼んだのである。
「それは願ってもない。田中城ならば肥前、筑後からの途上にある。それで佐々勢の援軍を止めてもらえるとたい。肥後のそこらかしこで同様の戦いとなれば、さすがに関白秀吉公も佐々の暴政を糺してくれっとたい」と親泰は素直に喜ぶ。
 そこまで話をただ静かに聞いていた親永が静かに口を開いた。
「これは誰の暴政とね? 」
「それは佐々の……」と親泰は父親の問いに応える。
「わしらは誰と戦っておっと? 」
「それは、佐々の援軍ですばい」と有働兼元がいう。
 隈部親永は目を閉じる。
 言葉を待つ二人にとっては、親永がそのまま眠ってしまうのかと思うほど長い時間に感じられた。
「いや、わしらが戦っとるのは佐々でも立花でもなく、関白秀吉たい。立花が佐々の要請だけで動くと? いや、あれは毛利の小早川の配下にある。小早川は誰の配下にあると? 関白秀吉ばい。すでに筑後衆ば南関に集まっとるばい。鍋島も兵を寄せちょったろう。島津を追い返したときの兵ばまた出てくっとね」
 親永の言葉は的を射ていた。佐々の強引なやり方には承服できない。しかし、それは佐々のやり方に対してであって、関白秀吉の意向に逆らうつもりはない。朱印状の命には従う。その大義名分でここまで戦ってきたのだ。しかし、関白秀吉が直接攻撃の指示をしたということは、肥後衆を逆賊として討伐するという意味だ。親泰は気色ばんで父親に問うた。
「父上、しかしそげんこつ言うたら、あの朱印状ば……」
「あぁ、あれはただの紙切れたい。はなから関白は肥後をいいように切り取るつもりやったとよ」
 親永の吐いて捨てるような一言が座の二人を黙らせた。そして、二人が言葉を発せずにいるのを見て言葉を継いだ。

「すべてわしが始めたこつ。わしは最後まで戦うとよ。しかし、槍刀で打って出る体力はもうなか。ここ城村城で最後ん一人になっても籠城すっとね。やけん、皆は自身の道を決めたらよか。佐々勢に恭順の意を示し、わしを討つんでもよか。あるいは粘れるだけ粘ってできる限りの譲歩を得るか、正面から攻めを打つか、決めてほしか。わしはもう休む」

 うつむく二人の脇を抜けて、親永は座を外した。
 月はどこからも見えない。
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