ただいま、君のいる世界

はる

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波のように絶えず

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僕は子供の頃からピアノを習っていた。

今はもうやめちゃったけど、それなりに弾くことは出来る。

でも、現役でピアノをやっている人や音大を目指している人から見ると自分のピアノは趣味程度のものだから、人前でピアノを演奏した事はほとんどない。

ましてや、つい最近会ったばかりのリイドさんが、僕がピアノを弾ける事を知っているはずがない。

「あ、いや、冗談で言ってみただけだよ。でも、そのリアクションは本当に弾けるのかな?」

「なんだ、そういう事か。ピアノは弾けるけど、もう習ってないから趣味程度だよ。」

「そうなんだね。せっかくストリートピアノあるから、もしよかったら聴きたいなぁ…なんて。」

「えぇ!無理だよぉ!」

僕は大げさなくらい首を横に振って両手でバツを作った。

「そうだよね、無茶振りしてごめんね。ルア君のピアノを聴いてみたかったからついリクエストしちゃった。」

その一言で僕の心は揺らいだ。

「リイドさん、僕のピアノを聴きたいと思ってくれているの?」

僕はオウム返しに聞いた。

「うん。」

リイドさんは言葉少なげに返答すると、少し照れたような顔を向けた。

僕はストリートピアノの周辺に人が居ないことを確認し、意を決した。

「ちょっとだけだからね。」

「いいの?ありがとう。」

その時のリイドさんの嬉しそうな顔に胸がドキドキするし、緊張のせいでドキドキもしている。

ドキドキが波のように絶えず、リイドさんと一緒にいると心は荒波の海のようだった。

ピアノの蓋を開けて椅子に座る。

深呼吸をしようとしても、空気は喉の手前でつかえてしまう。

指先が少し震えているのが自分でもわかる。

「ルア君。緊張しないでね。失敗しても大丈夫だから。」

リイドさんの優しい言葉で僕の緊張は少しほぐれた。

彼の澄んだ瞳に胸は高鳴る。

僕はゆっくりと指先に力を込める。

最初の音を落とした瞬間、世界が静かになった。

心臓の音が大きくなるのに、不思議と旋律だけは前に進んでいく。

鍵盤に触れるたび、気持ちがこぼれ落ちていくみたいだった。

うまく弾けているかよりも、今この音が彼の耳にどう届いているのか、そればかりが気になって仕方ない。

最後の音が、冬の空気にほどけていった。

指を鍵盤から離した瞬間、ほっと息をついた。

そのときだった。

顔を上げると、リイドさんが泣いていた。

さっきの卵焼きの時よりももっとたくさんの涙を流していた。

「リイドさん!?大丈夫?」

「ごめん…。何回泣くんだよって感じだよね。」と彼は泣いた顔で小さく笑った。

「嬉しい…」と僕は小さく言葉をこぼした。

「え?」とリイドさんが聞き返した。

「僕、料理を食べてもらったり、ピアノを聴いてもらったりして、泣いてもらった事なんて今まで無いよ。一度もない。」

リイドさんの涙が、心を込めて作った僕の料理や、緊張しながら弾いたピアノの音色をちゃんと受け取ってくれた証みたいで、僕の胸の奥は信じられない程に温かくなる。

「嬉しかった。泣いているのを見て嬉しいなんて変だけど、体が震えるほど嬉しかった。嬉しかったんだよ。」

嬉しかったと何度も繰り返し、気づけば僕も涙があふれていた。

「ルア君…!」

リイドさんは、僕の体を引き寄せてギュッと抱きしめてくれた。

胸に押し当てられたリイドさんの鼓動が、ゆっくり、でも確かに伝わってくる。

その一拍ごとに僕の中で何かがほどけて、同時に結ばれていくみたいだった。

抱きしめられているだけなのに、世界の輪郭がぼやけて、音も匂いも遠のく。

まるで2人だけの世界みたい。

リイドさんの肩口に顔をうずめた瞬間、思いが溢れた。

――ああ、好きだ。

恋心をはっきりと自覚した瞬間だった。
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