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第1章 グランフの守り人
第1話 伝説の守り人1
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蝶が羽ばたき羊たちは群れを成す。木々の少ない丘陵を抜けた先、大きな岩肌を自慢するかのように晒したダルーニャ火山の麓には小さくも沢山の建造物と、容姿様々な人々が住む街がある。
山の名を取って付けられたその街はダルーニャ。山から取れる鉱物による産業と、火山の熱で作られた温泉の街。
そんなダルーニャの片隅、複雑な路地を迷う素振りも無く歩く壮年期後半の耳の尖った男が歩いていた。
「ふむ、買い出しはこれで済んだな。後はシュシュの所に行って預けておいた剣を受け取ればやることは終わりか」
そう独り言ち、彼は友人が開いている鍛冶屋へと足を進めていく。
辺鄙な場所に鍛冶屋を建てた鍛冶子人の友人はかなり偏屈で、騎士団と魔法士団にしか商品を卸していないことで有名だ。
鍛冶子人という種族は十歳に到達するまでに容姿が止まるらしく、そのせいか誰も彼も幼い子供のような見た目になる。しかし歳を取れば髭を生やし、皺を増えるので非常に違和感のある姿になってしまう。
人のことは言えないか、と彼が独り言で苦笑していると、遠くからでもよく聞こえる、金属を打つような音が鳴り響いた。鍛冶屋が沢山存在するこのダルーニャでも滅多に聞かない、金属の筒が響かせるなんとも気持ちの悪い音。
彼はこれまで生きてきた経験からその音がなんの音なのかを瞬時に察知し、足を先程までとは逆方向へ、音の聞こえる方へ向けて駆けだした。
外壁近くに建てられた見張り台。そこに備え付けられた警鐘が鳴り響くのを聞いて、街の住民たちはざわざわと騒ぎ出す。
かつて知識を持たない獣たちによってあの警鐘が鳴ったのは何十年も前のことだったか。だからこそ彼らはその音が示す危険を理解できずにいる。
だがこの街が、いやこの国が誇る騎士団は実に優秀だった。
「こちらダルーニャ騎士団の副騎士長です! 現在ルーセリア方面から正体不明の軍隊がやって来ているのを確認致しました! 皆さん、騎士たちに従って避難してください!」
指揮系統が統一されている優秀な騎士団が街を駆け巡り、住民たちは火山側にある施設へと集められていく。だが彼はその流れに逆らうように、人通りの少ない路地を警鐘の音の元へと進む。
人混みが一斉に動く大通りを尻目に駆ける彼を見つけた、一人の騎士が慌てて駆け寄って来た。
「そこのエルフのおじさん! 危ないから避難してください!」
「いや、俺は」
軽い装備に兜を外している騎士は、短髪のとても若い女性騎士だった。
彼女は長い耳を持つ彼の容姿を見て、父親と同じくらいの年齢だと考えた。騎士の中でも彼くらいの年齢の人はいるが、誰も彼もが歳には勝てず後続の指南役や引退して家族と共に暮らしている。
それを知っていた彼女は、彼のことを守るべき存在と思った。
「大丈夫です! 私たち騎士団がおじさんの命をお守りしますから!」
「待て、話を」
「あ、ご家族が心配なのですね! 安心してください、私たちが必ずお連れしますので!」
「ちょっと、おい」
「ですから早く! 皆さんと一緒に避難うぉェ!?」
捲し立てるように彼に詰め寄った彼女を止めたのは、先程住民たちに避難を促していた副騎士長と名乗った男性の拳骨だった。頭頂部を一殴りされた彼女は突然の痛みに頭を押さえて蹲る。
「何をしているノア! お前には住民の避難誘導をするように言っていただろう!」
「うひぃ……ふ、副騎士長~! なにするんですか~!!」
「すみませんエイス様。ノアが邪魔をしてしまったようで」
「いや、別にいい。もう行っていいか? 南の門だろう?」
壮年の彼、エイスと呼ばれたエルフのおじさんは特に苛立った気配も無くそう伝えた。未だ痛みに蹲るノアと呼ばれた騎士を可哀想な目で見ていたが。
そしてエイスの言葉を聞いた副騎士長は、綺麗な敬礼をして質問する。
「はっ! ということはエイス様にご協力いただけるのでしょうか?」
「あぁ。俺は守り人だしな」
「ご協力感謝します。我々も避難誘導が終わり次第向かいますので、どうかよろしくお願いします」
「分かった。君たちも頑張ってくれ」
副騎士長の敬礼に見送られながら、再びエイスは警鐘の鳴る方向、南の門へ駆けだした。路地とは言え避難場所へ向かっている人がいるので、その速度は人並みであったが。
漸く痛みが引いてきたのか、騎士ノアは立ち上がって副騎士長を睨んだ。しかし頬を膨らませての睨みには全く迫力が無く、駄々をこねている子供のようにしか見えない。
「副騎士長! どうしてあのおじさんを行かせちゃったんですか!」
「おじさん? お前、エイス様のことを知らないのか?」
「……エイス様? あっ、もしかして貴族の方とか? それじゃあ仕方……なくないですよ!!」
「お前なぁ、この国に貴族はいないだろうが。お前も聞いたことがあるだろ、百年も前からこの国を守り続けている伝説の守り人の話」
「それは勿論! 子供の頃から大好きな絵本ですよ! この国に住んでいる人で伝説の守り人のことを知らない人なんて!……え」
会話の流れから天然でおバカなノアでも理解した。自分が憧れた伝説の守り人の正体を。先程出会ったエルフのおじさんの正体を。
「お前の想像通りだよ。エイス様が伝説の守り人だ」
「……うぇええええええええエエエ!?」
「ほら、避難誘導に戻った戻った」
驚きも束の間、副騎士長に肩を叩かれて避難誘導に戻された。失礼なことをしてしまった、お父さんくらいの見た目で百歳超えてたんだ、サイン貰えば良かった、握手してもらえば良かったと心の中で泣きながら、街を駆け回って避難できていない人がいないか探し回る。
避難誘導が終われば南の門へと加勢に向かい、憧れのエイス様に再会できるという所までは頭が回らないノアであった。
街を包み込むように建てられた外壁の南側、門の傍にある見張り台で警鐘を鳴らしながら敵影を見ている騎士たちの額に冷や汗が流れる。
火山から南側は緩やかな低い丘になっており、その丘の向こうから隊列を組んでこちらに進む夥しい数の鎧が見える。先頭を歩兵が歩き、その後ろには小竜と呼ばれる翼を持たない小さめの竜に騎乗した兵も見えた。
そして幾つも掲げられた大きな旗は見間違えることの無い、南の国境を越えた先にある国、ルーセリアの国旗だ。
「あんなの、何人居るんだよ……」
「そんな言葉を口にするな! 今副騎士長は住民の避難誘導を、騎士長は仲間を連れてこっちに向かってる。俺たちがやることは奴らの動向を監視し、逐一伝えることだけだって」
「わ、分かってるよ! でも騎士団全部合わせても五百人くらいだろ? 魔法士団から派遣された人だって二十人くらいだし、絶対倍くらいはいるぞ!」
「だから不安を言葉にするなって! 俺も不安なんだから!」
会話を聞くに頼りない騎士たちだが、実際騎士になってから行った仕事は街の治安維持と外壁や見張り台での監視が主で、戦闘は日々の訓練と偶に増えすぎた獣の間引き、他都市の騎士たちとの演習くらいだ。
隣国のルーセリア、紋との戦争なんて数百年も前の歴史内のことで、実際脅威が目の前に現れるなんて思いもしなかった。だから震えている騎士を責めることなんて誰もできない。
だが、そんな騎士でさえも。住民を守る為に働く騎士でさえもを。
守ってしまう守り人が居た。
「ふむ。大体千程度か? 隊列もそこまで上手くないようだが、指揮官の質も悪そうだ」
「「えッ!?」」
彼、エイスは突然現れた。ジグザグに組まれた階段を登ること無く、地上から高く建てられた見張り台へと一足で跳んだ。
いきなりの光景に思わず思考停止し、見知らぬ人、つまりもしかしたら敵かもしれないエイスに対して剣に手を掛けることすらできなかった。そんな騎士たちの様子に平和の一端を見て、エイスは少しにこやかになった。
「お仕事ご苦労。君たちの警鐘のお蔭で接敵する前に此処に来れた。感謝する」
「……えっと、貴方は?」
言いたいことは言い終わったとばかり去ろうとするエイスに対し、思考停止から再起動した騎士が声を掛ける。しかしまだ混乱しているのか、剣に手を掛けることはできていなかったが。
そんな騎士に振り返り、エイスは少し考えた。別に自己紹介をすればいいのだが、百歳を超えても若干人見知りな彼は、どうにも人に考えを伝えることを得意としていない。
「……俺は唯の、守り人だ」
たったその一言を残して、エイスは見張り台を飛び降りる。慌てて下を覗き込んだ騎士が見たのは、何とも無く着地して南の門を出ていく男の姿だった。
考えた結果、漸く捻り出した一言だったのだが、騎士たちにはとても不思議な存在に見えた。嵐のように去っていたエイスが南の門へと走って行くのを見ながら、互いに顔を見合わせる。
「なんだよ……あれ?」
「さ、さぁ? でも、さっき守り人って言ってたな」
守り人。森の中にある東の街、スーペに存在する森の守り人。その中でも本や歌として知っている伝説の守り人。
そんな人が此処に居る訳ないと、普段なら馬鹿げていると笑い飛ばしていただろうが、心の奥底では敵が来ているという状況から逃げ出したいと思っている騎士たちは考えてしまう。あの人が伝説の守り人なら奴らをどうにかできるのはないかと。
――騎士たちが自分の妄想が紛れも無い現実だと気付くのは、もうすぐのことだ。
見張り台から飛び降りたエイスは、そのまま多数の騎士が迎撃準備をしている南の門を駆け抜ける。何人かの騎士がエイスを止めようとしたが、どれも老年の騎士に止められていた。
エイスが国の運営をしている幼馴染の女性に頼まれて各街の騎士団に訓練をしたのはもう十数年前の話だった。だから当時居た騎士はエイスのことを知っており、逆にノアや見張り台の騎士のように若い世代はエイスを知らない。
正体を知れば直ぐ憧れの目線を向けるのだが。
「ふむ。ここら辺でいいか」
エイスが止まったのは南の門から百歩程走った丘の中腹。百歩とは言え、門を抜けてからは人が居ないので全速力で走った為、もう見張り台の騎士からは豆粒程度にしか見えていないだろう。
振り返って自分が守るべきダルーニャの街を見る。友人が住む街、同じ人を守りし騎士たちの街。そして守り人が守るべき、この国の一部。
徐々に足音は大きくなり、同時に鎧が軋む音も聞こえ始める。エイスは平和に仇なす部外者に視線を戻し、その隊列の隙間、中心程に見える一際目立つ金ピカで装飾の付いた鎧を着た者を冷たく見詰めた。
分かりやすい。人間至上主義で、平民を貶めることが大好きな貴族たちで成り立っているルーセリアの兵らしさが見えている。きっと奴がこの兵士たちの親玉だろう。
「とは言え、影武者である可能性も捨てきれないか」
息を吐き、また吸って。決して油断をせず、これまで生きてきた中で培った経験を思い出す。
大量繁殖した獣や、はぐれてやって来たドラゴン、演習の筈が伝説に勝つと意気込んで模擬戦を挑んできた四つの騎士団。百年以上、守り人として生きてきた経験があるからこそ、エイスは油断しない。
そんなエイスの前で、敵は歩みを止めた。
山の名を取って付けられたその街はダルーニャ。山から取れる鉱物による産業と、火山の熱で作られた温泉の街。
そんなダルーニャの片隅、複雑な路地を迷う素振りも無く歩く壮年期後半の耳の尖った男が歩いていた。
「ふむ、買い出しはこれで済んだな。後はシュシュの所に行って預けておいた剣を受け取ればやることは終わりか」
そう独り言ち、彼は友人が開いている鍛冶屋へと足を進めていく。
辺鄙な場所に鍛冶屋を建てた鍛冶子人の友人はかなり偏屈で、騎士団と魔法士団にしか商品を卸していないことで有名だ。
鍛冶子人という種族は十歳に到達するまでに容姿が止まるらしく、そのせいか誰も彼も幼い子供のような見た目になる。しかし歳を取れば髭を生やし、皺を増えるので非常に違和感のある姿になってしまう。
人のことは言えないか、と彼が独り言で苦笑していると、遠くからでもよく聞こえる、金属を打つような音が鳴り響いた。鍛冶屋が沢山存在するこのダルーニャでも滅多に聞かない、金属の筒が響かせるなんとも気持ちの悪い音。
彼はこれまで生きてきた経験からその音がなんの音なのかを瞬時に察知し、足を先程までとは逆方向へ、音の聞こえる方へ向けて駆けだした。
外壁近くに建てられた見張り台。そこに備え付けられた警鐘が鳴り響くのを聞いて、街の住民たちはざわざわと騒ぎ出す。
かつて知識を持たない獣たちによってあの警鐘が鳴ったのは何十年も前のことだったか。だからこそ彼らはその音が示す危険を理解できずにいる。
だがこの街が、いやこの国が誇る騎士団は実に優秀だった。
「こちらダルーニャ騎士団の副騎士長です! 現在ルーセリア方面から正体不明の軍隊がやって来ているのを確認致しました! 皆さん、騎士たちに従って避難してください!」
指揮系統が統一されている優秀な騎士団が街を駆け巡り、住民たちは火山側にある施設へと集められていく。だが彼はその流れに逆らうように、人通りの少ない路地を警鐘の音の元へと進む。
人混みが一斉に動く大通りを尻目に駆ける彼を見つけた、一人の騎士が慌てて駆け寄って来た。
「そこのエルフのおじさん! 危ないから避難してください!」
「いや、俺は」
軽い装備に兜を外している騎士は、短髪のとても若い女性騎士だった。
彼女は長い耳を持つ彼の容姿を見て、父親と同じくらいの年齢だと考えた。騎士の中でも彼くらいの年齢の人はいるが、誰も彼もが歳には勝てず後続の指南役や引退して家族と共に暮らしている。
それを知っていた彼女は、彼のことを守るべき存在と思った。
「大丈夫です! 私たち騎士団がおじさんの命をお守りしますから!」
「待て、話を」
「あ、ご家族が心配なのですね! 安心してください、私たちが必ずお連れしますので!」
「ちょっと、おい」
「ですから早く! 皆さんと一緒に避難うぉェ!?」
捲し立てるように彼に詰め寄った彼女を止めたのは、先程住民たちに避難を促していた副騎士長と名乗った男性の拳骨だった。頭頂部を一殴りされた彼女は突然の痛みに頭を押さえて蹲る。
「何をしているノア! お前には住民の避難誘導をするように言っていただろう!」
「うひぃ……ふ、副騎士長~! なにするんですか~!!」
「すみませんエイス様。ノアが邪魔をしてしまったようで」
「いや、別にいい。もう行っていいか? 南の門だろう?」
壮年の彼、エイスと呼ばれたエルフのおじさんは特に苛立った気配も無くそう伝えた。未だ痛みに蹲るノアと呼ばれた騎士を可哀想な目で見ていたが。
そしてエイスの言葉を聞いた副騎士長は、綺麗な敬礼をして質問する。
「はっ! ということはエイス様にご協力いただけるのでしょうか?」
「あぁ。俺は守り人だしな」
「ご協力感謝します。我々も避難誘導が終わり次第向かいますので、どうかよろしくお願いします」
「分かった。君たちも頑張ってくれ」
副騎士長の敬礼に見送られながら、再びエイスは警鐘の鳴る方向、南の門へ駆けだした。路地とは言え避難場所へ向かっている人がいるので、その速度は人並みであったが。
漸く痛みが引いてきたのか、騎士ノアは立ち上がって副騎士長を睨んだ。しかし頬を膨らませての睨みには全く迫力が無く、駄々をこねている子供のようにしか見えない。
「副騎士長! どうしてあのおじさんを行かせちゃったんですか!」
「おじさん? お前、エイス様のことを知らないのか?」
「……エイス様? あっ、もしかして貴族の方とか? それじゃあ仕方……なくないですよ!!」
「お前なぁ、この国に貴族はいないだろうが。お前も聞いたことがあるだろ、百年も前からこの国を守り続けている伝説の守り人の話」
「それは勿論! 子供の頃から大好きな絵本ですよ! この国に住んでいる人で伝説の守り人のことを知らない人なんて!……え」
会話の流れから天然でおバカなノアでも理解した。自分が憧れた伝説の守り人の正体を。先程出会ったエルフのおじさんの正体を。
「お前の想像通りだよ。エイス様が伝説の守り人だ」
「……うぇええええええええエエエ!?」
「ほら、避難誘導に戻った戻った」
驚きも束の間、副騎士長に肩を叩かれて避難誘導に戻された。失礼なことをしてしまった、お父さんくらいの見た目で百歳超えてたんだ、サイン貰えば良かった、握手してもらえば良かったと心の中で泣きながら、街を駆け回って避難できていない人がいないか探し回る。
避難誘導が終われば南の門へと加勢に向かい、憧れのエイス様に再会できるという所までは頭が回らないノアであった。
街を包み込むように建てられた外壁の南側、門の傍にある見張り台で警鐘を鳴らしながら敵影を見ている騎士たちの額に冷や汗が流れる。
火山から南側は緩やかな低い丘になっており、その丘の向こうから隊列を組んでこちらに進む夥しい数の鎧が見える。先頭を歩兵が歩き、その後ろには小竜と呼ばれる翼を持たない小さめの竜に騎乗した兵も見えた。
そして幾つも掲げられた大きな旗は見間違えることの無い、南の国境を越えた先にある国、ルーセリアの国旗だ。
「あんなの、何人居るんだよ……」
「そんな言葉を口にするな! 今副騎士長は住民の避難誘導を、騎士長は仲間を連れてこっちに向かってる。俺たちがやることは奴らの動向を監視し、逐一伝えることだけだって」
「わ、分かってるよ! でも騎士団全部合わせても五百人くらいだろ? 魔法士団から派遣された人だって二十人くらいだし、絶対倍くらいはいるぞ!」
「だから不安を言葉にするなって! 俺も不安なんだから!」
会話を聞くに頼りない騎士たちだが、実際騎士になってから行った仕事は街の治安維持と外壁や見張り台での監視が主で、戦闘は日々の訓練と偶に増えすぎた獣の間引き、他都市の騎士たちとの演習くらいだ。
隣国のルーセリア、紋との戦争なんて数百年も前の歴史内のことで、実際脅威が目の前に現れるなんて思いもしなかった。だから震えている騎士を責めることなんて誰もできない。
だが、そんな騎士でさえも。住民を守る為に働く騎士でさえもを。
守ってしまう守り人が居た。
「ふむ。大体千程度か? 隊列もそこまで上手くないようだが、指揮官の質も悪そうだ」
「「えッ!?」」
彼、エイスは突然現れた。ジグザグに組まれた階段を登ること無く、地上から高く建てられた見張り台へと一足で跳んだ。
いきなりの光景に思わず思考停止し、見知らぬ人、つまりもしかしたら敵かもしれないエイスに対して剣に手を掛けることすらできなかった。そんな騎士たちの様子に平和の一端を見て、エイスは少しにこやかになった。
「お仕事ご苦労。君たちの警鐘のお蔭で接敵する前に此処に来れた。感謝する」
「……えっと、貴方は?」
言いたいことは言い終わったとばかり去ろうとするエイスに対し、思考停止から再起動した騎士が声を掛ける。しかしまだ混乱しているのか、剣に手を掛けることはできていなかったが。
そんな騎士に振り返り、エイスは少し考えた。別に自己紹介をすればいいのだが、百歳を超えても若干人見知りな彼は、どうにも人に考えを伝えることを得意としていない。
「……俺は唯の、守り人だ」
たったその一言を残して、エイスは見張り台を飛び降りる。慌てて下を覗き込んだ騎士が見たのは、何とも無く着地して南の門を出ていく男の姿だった。
考えた結果、漸く捻り出した一言だったのだが、騎士たちにはとても不思議な存在に見えた。嵐のように去っていたエイスが南の門へと走って行くのを見ながら、互いに顔を見合わせる。
「なんだよ……あれ?」
「さ、さぁ? でも、さっき守り人って言ってたな」
守り人。森の中にある東の街、スーペに存在する森の守り人。その中でも本や歌として知っている伝説の守り人。
そんな人が此処に居る訳ないと、普段なら馬鹿げていると笑い飛ばしていただろうが、心の奥底では敵が来ているという状況から逃げ出したいと思っている騎士たちは考えてしまう。あの人が伝説の守り人なら奴らをどうにかできるのはないかと。
――騎士たちが自分の妄想が紛れも無い現実だと気付くのは、もうすぐのことだ。
見張り台から飛び降りたエイスは、そのまま多数の騎士が迎撃準備をしている南の門を駆け抜ける。何人かの騎士がエイスを止めようとしたが、どれも老年の騎士に止められていた。
エイスが国の運営をしている幼馴染の女性に頼まれて各街の騎士団に訓練をしたのはもう十数年前の話だった。だから当時居た騎士はエイスのことを知っており、逆にノアや見張り台の騎士のように若い世代はエイスを知らない。
正体を知れば直ぐ憧れの目線を向けるのだが。
「ふむ。ここら辺でいいか」
エイスが止まったのは南の門から百歩程走った丘の中腹。百歩とは言え、門を抜けてからは人が居ないので全速力で走った為、もう見張り台の騎士からは豆粒程度にしか見えていないだろう。
振り返って自分が守るべきダルーニャの街を見る。友人が住む街、同じ人を守りし騎士たちの街。そして守り人が守るべき、この国の一部。
徐々に足音は大きくなり、同時に鎧が軋む音も聞こえ始める。エイスは平和に仇なす部外者に視線を戻し、その隊列の隙間、中心程に見える一際目立つ金ピカで装飾の付いた鎧を着た者を冷たく見詰めた。
分かりやすい。人間至上主義で、平民を貶めることが大好きな貴族たちで成り立っているルーセリアの兵らしさが見えている。きっと奴がこの兵士たちの親玉だろう。
「とは言え、影武者である可能性も捨てきれないか」
息を吐き、また吸って。決して油断をせず、これまで生きてきた中で培った経験を思い出す。
大量繁殖した獣や、はぐれてやって来たドラゴン、演習の筈が伝説に勝つと意気込んで模擬戦を挑んできた四つの騎士団。百年以上、守り人として生きてきた経験があるからこそ、エイスは油断しない。
そんなエイスの前で、敵は歩みを止めた。
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