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第1章 グランフの守り人
第2話 伝説の守り人2
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「全軍停止ッ! 本軍指揮官のセラミド様から敵国への警告が行われる! 敵国代表は傾聴せよ!……それではセラミド様、どうぞ」
「うむ」
あれが指揮官だろうというエイスの予想は的中し、真ん中から態々警告の為に先頭へと出てきた金ピカ鎧のセラミドが小竜から降りること無く目の前へとやって来た。
そしてフルフェイスの兜からルーセリアに住む民族独特の青い瞳がエイスを睨み、それに対して怯むこと無く無表情で返す。数回の呼吸を置いてセラミドはふんっと面白くなさ気に声を出してから、予め考えられていたであろう言葉を紡いだ。
「我々はルーセリア国軍の第四連合大隊である! 我々ルーセリアの技術を盗作し、それで益を得ている劣等人種よ、何か申し開きはあるか?」
「……技術の盗作? なんだそれは」
「白々しい。貴様らの精錬技術は元々我らが開発していたもの! その情報を盗み、作り上げたことは明らかである!」
エイスは思わず苦笑してしまった。彼が生きてきたここ百年で、確かに技術は進歩している。精錬方式を開発し、これまで精錬できなかった金属の精錬に成功もしている。だがその研究は自分の友人が参加していた為、彼もよく知っているのだ。
その苦労と、試行錯誤の末できた結果も。当然、百年前から精錬技術に関しては他の二国を置いて飛び抜けているし、ルーセリアの技術は一歩も二歩も三歩も遅れているので盗む意味すら無い。
要は、奴らが都合のいいようにでっち上げた物語だった。
「ふむ。証拠は?」
「勿論あるとも! 我が国の研究機関には貴様の精錬技術とそっくりそのままの計画書があるのだ! それも五十年前のものがな!」
五十年前って、お前生まれていないだろう。エイスはそう思ったが口には出さない。何故なら、こういう輩には何を言っても無駄だと知っているから。
「まぁ偽物の証拠などどうでもいい。お前たちは此処、グランフ共和国の都市ダルーニャに侵略した。宣戦布告も無しに。これで合っているな?」
「何を言っている、大間違いだ。これは侵略などでは無い。盗まれた我らの技術を取返しに来ただけだ!」
「……埒が明かない。とりあえずお前ら帰れ。俺たちは平和に暮らしてるんだ、面倒事を起こすな」
「貴様、貴族の私に向かってその言い方はなんだ!!」
エイスは心底うんざりしていた。この国、グランフは共和国だ。貴族と平民という身分の違いが存在せず、国民の投票で選ばれた四人が代表として国家の運営を行う。
生まれる前からあるこの国の制度的に、俺は生まれで格差を付けるルーセリアの在り方が嫌いだった。
「まぁいい。俺はグランフ共和国の零一小隊1st、エイス。国家を代表して、やることは一つだ」
エイスは自分の右手にある、黄色の宝石が嵌められた指輪に魔力を込める。ルーセリアでも、もう一つの大国である紋でさえも発展できていない摩訶不思議な力、魔法。
それこそが彼らグランフ共和国における力の一つだった。魔法とは『当たり前』を越える力。世界の自然が生み出した魔力という物質を身体に取り込み、魔力を使って魔法と呼ばれる技、現象を使う。
「な、なんだそれは!? これが、グランフの魔法なのか!?」
「その通りだ。さぁお前ら、さっさと決めろ」
指輪から魔力が溢れ出し、手元で剣を形作る。手を包み込むように光る魔力の色は黄金の色、本来属性を持たない純粋な魔力が宝石よって変化した電撃の魔力。
圧縮され、物体化。そうしてエイスの右手には、電撃を纏う金色の剣が握られた。
「――尻尾巻いて帰るか、此処で死ぬか。さっさと決めろ」
そこから始まるのは、唯の蹂躙劇であった。
「くっ、来るなぁあああああ!!」
「うわああああアアアアア!!! ウグッ、アガ」
「やめろ、降参する、だから、アギッ……」
兵士たちの指揮官セラミドであった身体は既に頭と身体が分かれており、作戦指揮は崩壊した。エイスの忠告に対し反抗を、死を選んだセラミドは一瞬で斬られ華々しく地面を赤く彩った。
そこから多くの花が咲き誇る。一撃で五人も十人もの命が散り、死ぬ者は自身が斬られたと知ることも無く崩れていく。兵士たちはまるで神話のようなその光景に動きを止め、凡そ五十の力亡き身体が生まれた頃、絶叫と共に混乱が始まった。
舞うように剣を振るうエイスは、唯この国を守ることだけを考える。ありがたいことに国が攻めてきた時の対応マニュアルは友人に教えられていた。零一小隊という有事の際だけ動く部隊の隊長を任されている彼にとっては、それくらいは当たり前だった。
何故侵略してきた敵を斬っていいのか、それで国の立場が悪くなるのではないか。その疑問はとても簡単な答えで返せる。
――グランフ共和国は、攻める気は一切無いが攻められた際の防衛手段は何百パターンと技術を用意してある。弱いから全てを奪われたなどという儚い結末を迎えない為に。武力に対して圧倒的武力で潰すのだ。
「このッ!! うっ、ああああああああ!!」
「待て! 待ってく、ぎゃああアアアア!」
一騎当千。一直線に突き進んだエイスは一度に二十人を吹き飛ばす。空に舞い上がった兵士たちは装備の重量と共に地面に落ち、ある者は骨が折れただけで済み、そしてある者は命を落とした。
エイスはなるべく一撃で命を刈り取るが、流石に千人の敵を一人で相手するには数が多すぎる。そこら中から聞こえる呻き声に心の中で謝辞をしつつ、次の敵へと向かっていく。そんな中で。
「弓を番え! 目標、撃て!!」
混乱した部隊の中にも冷静な指揮を取れる人材が居た。しかしエイスに向かって弓を射るということは、周りの味方すらも巻き込んだ攻撃となる。
エイスは当たる物は剣で弾き、それ以外は無視した。その結果沢山の矢が仲間へと降り注ぎ命を刈り取っていく。
「あ、あいつは無視しろォオオオオ!! 街へ入り込むんだ!!」
誰かが上げたその声に兵士たちは全速力で街へ向かう。本能的に悟ったのだろう、向かい合って戦っても絶対に勝てないのだと。街に入れば人質を取ることもできる。それしか自分に生きる道は無いのだと。
だがそれを許すエイスでは無い。直ぐ様横を走り抜けた兵士たちを追おうとするが、何百人という数を一度に追うのは厳しいものがある。どうするべきかを考えたその瞬間、大きな地響きがそれを止めた。
「グラアアアアアアアアオオオオオ!!」
「な、なんだ地面がぁ!?」
「うわああああああアアアア!!」
先頭の兵士たちが走っていた地面が突如隆起し、そこから大きな岩が現れる。それを見たエイスはニヤリと笑みを浮かべて岩に声を掛ける。
「……レレルルか。久しぶりだな」
「グガアアアア、ヒザジブリ、エイズ。ダズゲ、イル?」
「折角だから手伝ってもらおうか。そっちに行った奴らを頼む」
「ググガ、ワガッダ」
岩では無かった。その岩は喋り、同じ岩の四肢と頭を持ち、兵士たちをフルスイングした腕で吹き飛ばす。岩の身体である為か発声器官が弱く、発音も聞き取り難いのだが、それがまた理解の外という恐怖を演出している。
彼の名はレレルル。エイスの率いる零一小隊所属、3rdというコードネームを持つ岩人だ。
「うわああああああアアアアアア!!」
「嫌だ、嫌だああああああ!! 死にたくな……」
悲鳴と共に蹂躙は激化する。もう一つの外壁のように立ちはだかるレレルルは豪快に様々な鉱石が埋まった腕を振り回し、撤退しようにもいつの間にか軍隊の背後に回り込んでいたエイスがそれを許さない。
既に勝敗は決していた。千もの兵はたった二人に封じ込められ、袋の鼠となったのだ。
「エイス様! レレルル様! ご伝言です!」
そこにダルーニャから小竜に乗って駆けてきた一人の騎士が居た。レレルルの近くまで来た彼は小竜から飛び降り、二人に向けて声を上げた。千の……今や二百と少しになってしまった敵軍は既に戦意を消失しているのか、戦場とは思えない声の届けやすい静けさであった。
その騎士、国を守る騎士団のトップである騎士長はそのことに内心驚きながらも、殆ど正体が明らかになっていない零一小隊の方々ならこれくらい普通なのかもしれないと自分を納得させていた。
「シュシュ様が、敵意の無い者を捕虜として拘束してほしいとのことです!」
「分かった。ということだが、お前たちはどうする?」
凡そ二百人。その全ての兵士が武器を投げ捨て、地面へとへたり込んだ。丁度兵士を吹き飛ばす所だったレレルルは寸前でその腕を止めたが、残念ながら風圧で三人程横に吹き飛んでいった。追突され上に飛ばされるよりはマシだろう。
生き残った、生き残ってしまった兵士が全員武装解除し、騎士長に遅れて多くの騎士たちが小竜に乗ってやって来るのを見て、エイスは力を抜いた。
「ふむ。これで一件落着かな」
「お疲れ様ですエイス様。レレルル様。捕虜たちの捕縛は騎士で行わせていただきます」
「助かるよ。……シュシュは鍛冶屋に戻ったのか?」
「はい。エイス様が向かった後、シュシュ様の従業員さんが私の所まで来てくださいまして」
「では俺はシュシュから剣を受け取りに行って来るかね。後は頼んだ」
「はッ!」
エイスは黄金の剣を手放し、手から離れた剣は魔力となって霧散し姿を消した。急な運動だった為少々疲れが溜まった肩を回しながら、ぼんやりと佇んでいるレレルルの元へと歩いて行く。
「よう、レレルル。本当に久しぶりじゃないか」
「ウググ、ビザジブリ」
「あれからずっと山籠りしてるのか? ナガたちが顔を見たがっていたぞ」
「ガガ、ゾウガ、ゾレナラマダ、バイドニガオヲダズ」
「あぁそうしてくれ。それじゃあ俺はシュシュの所に寄るから、またな」
「マダアオウ」
のっそのっそと地響きを立てながら外壁をなぞるように歩き出したレレルル。しかし攻撃に使用する腕とは違い、発達していない足での歩行は遅い。夜遅くまで、暫くダルーニャの街は揺れるだろう。
それを追い越すように南の門へとエイスは歩き出した。そして門を抜けると、見覚えのある兵士が砲弾などの片付けを中断して彼の前に出てきた。
「あ、あの! ででで、伝説のっ、守り人さんですよね!!」
「……あ、あぁ」
「ああああ、あく、握手してくだしゃい!」
初対面の気安さは何処へやら、避難誘導中にエイスに声を掛けた若手女性騎士のノアは金属で作られた人形のような動きで手を差し出した。
それを見たエイスは苦笑を浮かべて優しく手を握る。まだ騎士に成りたてなのだろう。ノアの手は剣タコがあまりできていない、綺麗な手であった。
「ああああ、ああ、あり、ありがとうごひゃいましゅ!!」
「そう緊張するな。なんならおじさんと呼んでくれてもいい」
「そ、そんなの恐れおお、おおおいです!」
それからノアは噛みながらも初対面の時のことを謝罪した。エイスからすれば別になんとも無い、ちゃんと仕事を全うしていた筈だが、彼女からすると憧れの人にとんだ失態をしてしまったと思っているようだ。
「それくらいで頭を下げるな。君のお蔭で住民は助かったんだ」
「で、でも、特に避難しなくても大丈夫でしたよね? エイス様とレレルル様のお蔭で、街に被害は全く無かったですし」
「それでもだよ。住民たちは君たち騎士のお蔭で心が楽になっている。君は立派な騎士だ」
「……あ、ありがとう、ございまひゅ」
最後が締まらなかったが憧れの人に褒められたノアは顔を真っ赤に染めて俯き、エイスは孫を見るように彼女に微笑んで頭を撫でた。それによって更に恥ずかしさが増すのだが、彼が気付くことは無いだろう。鈍感では無いが、彼にとって百歳いかない人は子供以下なのだから。
「それじゃ俺は用事があるから。これからも頑張れよ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
騎士ノアは自分の憧れをその目で見て、自分の目指す目標を見つけた。明日の訓練から自分を苛め抜く彼女の姿が見られるのだが、その成果をエイスが知るのはまた数年後の話だ。
ノアと別れ、伝説の守り人と聞いて握手やサインを求める騎士たちに軽く対応しながら大通りを歩く。いつもは人通りの多い通りを避けているエイスは、避難によって殆ど無人になった大通りを歩くことにした。
人の居ない街は何とも、寂しいものだ。
「さて、報告も兼ねてシュシュの所に行くかね」
寂しいものではあるが、いつもと違う街というのもまた新鮮で面白い。
もう少し堪能するか、とゆっくり歩き出したエイスはこの後に起こる惨事に気付くことは無かった。
――騎士からの報告を聞いた彼女に、伝説の守り人を地に着ける程のボディーブローを喰らうことになるとは。
「うむ」
あれが指揮官だろうというエイスの予想は的中し、真ん中から態々警告の為に先頭へと出てきた金ピカ鎧のセラミドが小竜から降りること無く目の前へとやって来た。
そしてフルフェイスの兜からルーセリアに住む民族独特の青い瞳がエイスを睨み、それに対して怯むこと無く無表情で返す。数回の呼吸を置いてセラミドはふんっと面白くなさ気に声を出してから、予め考えられていたであろう言葉を紡いだ。
「我々はルーセリア国軍の第四連合大隊である! 我々ルーセリアの技術を盗作し、それで益を得ている劣等人種よ、何か申し開きはあるか?」
「……技術の盗作? なんだそれは」
「白々しい。貴様らの精錬技術は元々我らが開発していたもの! その情報を盗み、作り上げたことは明らかである!」
エイスは思わず苦笑してしまった。彼が生きてきたここ百年で、確かに技術は進歩している。精錬方式を開発し、これまで精錬できなかった金属の精錬に成功もしている。だがその研究は自分の友人が参加していた為、彼もよく知っているのだ。
その苦労と、試行錯誤の末できた結果も。当然、百年前から精錬技術に関しては他の二国を置いて飛び抜けているし、ルーセリアの技術は一歩も二歩も三歩も遅れているので盗む意味すら無い。
要は、奴らが都合のいいようにでっち上げた物語だった。
「ふむ。証拠は?」
「勿論あるとも! 我が国の研究機関には貴様の精錬技術とそっくりそのままの計画書があるのだ! それも五十年前のものがな!」
五十年前って、お前生まれていないだろう。エイスはそう思ったが口には出さない。何故なら、こういう輩には何を言っても無駄だと知っているから。
「まぁ偽物の証拠などどうでもいい。お前たちは此処、グランフ共和国の都市ダルーニャに侵略した。宣戦布告も無しに。これで合っているな?」
「何を言っている、大間違いだ。これは侵略などでは無い。盗まれた我らの技術を取返しに来ただけだ!」
「……埒が明かない。とりあえずお前ら帰れ。俺たちは平和に暮らしてるんだ、面倒事を起こすな」
「貴様、貴族の私に向かってその言い方はなんだ!!」
エイスは心底うんざりしていた。この国、グランフは共和国だ。貴族と平民という身分の違いが存在せず、国民の投票で選ばれた四人が代表として国家の運営を行う。
生まれる前からあるこの国の制度的に、俺は生まれで格差を付けるルーセリアの在り方が嫌いだった。
「まぁいい。俺はグランフ共和国の零一小隊1st、エイス。国家を代表して、やることは一つだ」
エイスは自分の右手にある、黄色の宝石が嵌められた指輪に魔力を込める。ルーセリアでも、もう一つの大国である紋でさえも発展できていない摩訶不思議な力、魔法。
それこそが彼らグランフ共和国における力の一つだった。魔法とは『当たり前』を越える力。世界の自然が生み出した魔力という物質を身体に取り込み、魔力を使って魔法と呼ばれる技、現象を使う。
「な、なんだそれは!? これが、グランフの魔法なのか!?」
「その通りだ。さぁお前ら、さっさと決めろ」
指輪から魔力が溢れ出し、手元で剣を形作る。手を包み込むように光る魔力の色は黄金の色、本来属性を持たない純粋な魔力が宝石よって変化した電撃の魔力。
圧縮され、物体化。そうしてエイスの右手には、電撃を纏う金色の剣が握られた。
「――尻尾巻いて帰るか、此処で死ぬか。さっさと決めろ」
そこから始まるのは、唯の蹂躙劇であった。
「くっ、来るなぁあああああ!!」
「うわああああアアアアア!!! ウグッ、アガ」
「やめろ、降参する、だから、アギッ……」
兵士たちの指揮官セラミドであった身体は既に頭と身体が分かれており、作戦指揮は崩壊した。エイスの忠告に対し反抗を、死を選んだセラミドは一瞬で斬られ華々しく地面を赤く彩った。
そこから多くの花が咲き誇る。一撃で五人も十人もの命が散り、死ぬ者は自身が斬られたと知ることも無く崩れていく。兵士たちはまるで神話のようなその光景に動きを止め、凡そ五十の力亡き身体が生まれた頃、絶叫と共に混乱が始まった。
舞うように剣を振るうエイスは、唯この国を守ることだけを考える。ありがたいことに国が攻めてきた時の対応マニュアルは友人に教えられていた。零一小隊という有事の際だけ動く部隊の隊長を任されている彼にとっては、それくらいは当たり前だった。
何故侵略してきた敵を斬っていいのか、それで国の立場が悪くなるのではないか。その疑問はとても簡単な答えで返せる。
――グランフ共和国は、攻める気は一切無いが攻められた際の防衛手段は何百パターンと技術を用意してある。弱いから全てを奪われたなどという儚い結末を迎えない為に。武力に対して圧倒的武力で潰すのだ。
「このッ!! うっ、ああああああああ!!」
「待て! 待ってく、ぎゃああアアアア!」
一騎当千。一直線に突き進んだエイスは一度に二十人を吹き飛ばす。空に舞い上がった兵士たちは装備の重量と共に地面に落ち、ある者は骨が折れただけで済み、そしてある者は命を落とした。
エイスはなるべく一撃で命を刈り取るが、流石に千人の敵を一人で相手するには数が多すぎる。そこら中から聞こえる呻き声に心の中で謝辞をしつつ、次の敵へと向かっていく。そんな中で。
「弓を番え! 目標、撃て!!」
混乱した部隊の中にも冷静な指揮を取れる人材が居た。しかしエイスに向かって弓を射るということは、周りの味方すらも巻き込んだ攻撃となる。
エイスは当たる物は剣で弾き、それ以外は無視した。その結果沢山の矢が仲間へと降り注ぎ命を刈り取っていく。
「あ、あいつは無視しろォオオオオ!! 街へ入り込むんだ!!」
誰かが上げたその声に兵士たちは全速力で街へ向かう。本能的に悟ったのだろう、向かい合って戦っても絶対に勝てないのだと。街に入れば人質を取ることもできる。それしか自分に生きる道は無いのだと。
だがそれを許すエイスでは無い。直ぐ様横を走り抜けた兵士たちを追おうとするが、何百人という数を一度に追うのは厳しいものがある。どうするべきかを考えたその瞬間、大きな地響きがそれを止めた。
「グラアアアアアアアアオオオオオ!!」
「な、なんだ地面がぁ!?」
「うわああああああアアアア!!」
先頭の兵士たちが走っていた地面が突如隆起し、そこから大きな岩が現れる。それを見たエイスはニヤリと笑みを浮かべて岩に声を掛ける。
「……レレルルか。久しぶりだな」
「グガアアアア、ヒザジブリ、エイズ。ダズゲ、イル?」
「折角だから手伝ってもらおうか。そっちに行った奴らを頼む」
「ググガ、ワガッダ」
岩では無かった。その岩は喋り、同じ岩の四肢と頭を持ち、兵士たちをフルスイングした腕で吹き飛ばす。岩の身体である為か発声器官が弱く、発音も聞き取り難いのだが、それがまた理解の外という恐怖を演出している。
彼の名はレレルル。エイスの率いる零一小隊所属、3rdというコードネームを持つ岩人だ。
「うわああああああアアアアアア!!」
「嫌だ、嫌だああああああ!! 死にたくな……」
悲鳴と共に蹂躙は激化する。もう一つの外壁のように立ちはだかるレレルルは豪快に様々な鉱石が埋まった腕を振り回し、撤退しようにもいつの間にか軍隊の背後に回り込んでいたエイスがそれを許さない。
既に勝敗は決していた。千もの兵はたった二人に封じ込められ、袋の鼠となったのだ。
「エイス様! レレルル様! ご伝言です!」
そこにダルーニャから小竜に乗って駆けてきた一人の騎士が居た。レレルルの近くまで来た彼は小竜から飛び降り、二人に向けて声を上げた。千の……今や二百と少しになってしまった敵軍は既に戦意を消失しているのか、戦場とは思えない声の届けやすい静けさであった。
その騎士、国を守る騎士団のトップである騎士長はそのことに内心驚きながらも、殆ど正体が明らかになっていない零一小隊の方々ならこれくらい普通なのかもしれないと自分を納得させていた。
「シュシュ様が、敵意の無い者を捕虜として拘束してほしいとのことです!」
「分かった。ということだが、お前たちはどうする?」
凡そ二百人。その全ての兵士が武器を投げ捨て、地面へとへたり込んだ。丁度兵士を吹き飛ばす所だったレレルルは寸前でその腕を止めたが、残念ながら風圧で三人程横に吹き飛んでいった。追突され上に飛ばされるよりはマシだろう。
生き残った、生き残ってしまった兵士が全員武装解除し、騎士長に遅れて多くの騎士たちが小竜に乗ってやって来るのを見て、エイスは力を抜いた。
「ふむ。これで一件落着かな」
「お疲れ様ですエイス様。レレルル様。捕虜たちの捕縛は騎士で行わせていただきます」
「助かるよ。……シュシュは鍛冶屋に戻ったのか?」
「はい。エイス様が向かった後、シュシュ様の従業員さんが私の所まで来てくださいまして」
「では俺はシュシュから剣を受け取りに行って来るかね。後は頼んだ」
「はッ!」
エイスは黄金の剣を手放し、手から離れた剣は魔力となって霧散し姿を消した。急な運動だった為少々疲れが溜まった肩を回しながら、ぼんやりと佇んでいるレレルルの元へと歩いて行く。
「よう、レレルル。本当に久しぶりじゃないか」
「ウググ、ビザジブリ」
「あれからずっと山籠りしてるのか? ナガたちが顔を見たがっていたぞ」
「ガガ、ゾウガ、ゾレナラマダ、バイドニガオヲダズ」
「あぁそうしてくれ。それじゃあ俺はシュシュの所に寄るから、またな」
「マダアオウ」
のっそのっそと地響きを立てながら外壁をなぞるように歩き出したレレルル。しかし攻撃に使用する腕とは違い、発達していない足での歩行は遅い。夜遅くまで、暫くダルーニャの街は揺れるだろう。
それを追い越すように南の門へとエイスは歩き出した。そして門を抜けると、見覚えのある兵士が砲弾などの片付けを中断して彼の前に出てきた。
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「……あ、あぁ」
「ああああ、あく、握手してくだしゃい!」
初対面の気安さは何処へやら、避難誘導中にエイスに声を掛けた若手女性騎士のノアは金属で作られた人形のような動きで手を差し出した。
それを見たエイスは苦笑を浮かべて優しく手を握る。まだ騎士に成りたてなのだろう。ノアの手は剣タコがあまりできていない、綺麗な手であった。
「ああああ、ああ、あり、ありがとうごひゃいましゅ!!」
「そう緊張するな。なんならおじさんと呼んでくれてもいい」
「そ、そんなの恐れおお、おおおいです!」
それからノアは噛みながらも初対面の時のことを謝罪した。エイスからすれば別になんとも無い、ちゃんと仕事を全うしていた筈だが、彼女からすると憧れの人にとんだ失態をしてしまったと思っているようだ。
「それくらいで頭を下げるな。君のお蔭で住民は助かったんだ」
「で、でも、特に避難しなくても大丈夫でしたよね? エイス様とレレルル様のお蔭で、街に被害は全く無かったですし」
「それでもだよ。住民たちは君たち騎士のお蔭で心が楽になっている。君は立派な騎士だ」
「……あ、ありがとう、ございまひゅ」
最後が締まらなかったが憧れの人に褒められたノアは顔を真っ赤に染めて俯き、エイスは孫を見るように彼女に微笑んで頭を撫でた。それによって更に恥ずかしさが増すのだが、彼が気付くことは無いだろう。鈍感では無いが、彼にとって百歳いかない人は子供以下なのだから。
「それじゃ俺は用事があるから。これからも頑張れよ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
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人の居ない街は何とも、寂しいものだ。
「さて、報告も兼ねてシュシュの所に行くかね」
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