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第3話 たとえ偶然でも
しおりを挟むいつまでも少女に撫でられていたいという気持ちもあったがこちらも大人としてのプライドがある。まぁ無様に泣いた後なので今更なのかもしれないが。
俺は体を起こして少女を見る。まだ子供だろう小柄な体躯、腰まで伸びた薄い綺麗な金髪、そしてなぜかジト目。引かれてしまっているのだろうか。
俺はなるべく小さな声で話しかける。
「ありがとう」
「%&’(’&’(&&%&)(’&」
やはりわからない、というか今度は母音すらも分からない程に意味不明な返答が返ってきた。少女の方も困惑した様子だ。互いに互いの言葉がわからないといった状態なのだろうか。これではお礼すら伝えられない。
悩んでいると少女は右手を口の所にやり握ったり閉じたりした。これは話せというジェスチャーなのだろうか?
「これでいいのか」
俺が話すと少女は首を縦に振った。
「もしかして、俺の言葉がわかるか?」
「…………」
今度は無反応。一体どういうことなのだろうか。黙っているとまた同じジェスチャーをしてきた。話続けろということらしい。
「ええと……俺は日星武、ヒ、ボ、シ、タ、ケ、ル。日本人、美田生まれの25歳。職業は……まぁこれは置いといて、田舎で暮らしている。家は山の中にある。嵐の夜に突然光に包まれたかと思ったらここにいた。正直これが夢であってほしいと願っているが、身体の痛みは本物だ。何かわかるか?」
「…………」
とりあえず自己紹介をしてみたが頷く動作すらしない。ずっとジト目で俺を見ている。髪と同じで綺麗な金の瞳だ。どうすればいいのだろうか、もっと話せばいいのだろうか。
悩んでいると少女はまた話せというジェスチャー。もしかしたら俺の言葉を覚えようとしてくれているのかもしれない。ならばと今度はア行から濁点まで日本語を話してやる。
すると少女は大きく頷いた。もしかして伝わったのだろうか。様子を見ていると彼女は閉じたままだった左手を開いた。そこにあるのは人形の小道具のような小さな本。なんでそんなモノを持っているのだろうか。
次の瞬間、その小さな本が光を放ったかと思うと普通の本、いやまるで辞書のような大きさの本へと変化した。
「のわっ!?」
「っ!?」
しまった、大きな声を出してしまった。
少女の持つ本はまた光を放ち小さなサイズへと変化して拳に納まる。俺と少女は息を殺して黙り込む。聞こえてくるのは車輪の回る音、木箱が揺すられぶつかる音。
しばらく黙り込んでいたが俺たちを連れ去っている人物がこちらの様子を見ることはなかった。
なんとか助かった。一息つくと少女は怒ったような表情で俺を見た。声を出してしまったことを咎めているようだ。
俺は何度も頭を下げる。
少女は再び小さな本を光らせ巨大化させた。今度は声は出さない。内心驚いてはいるが。手枷を邪魔そうにしながら少女はその本をめくっていく。俺もそれを覗く。するとそこには日本語で言葉が書かれていたのだ。
また驚いて声を出しそうになるのを飲み込み、本に目を通していく。書いてある内容は俺がさっき話した言葉を文章にしたものだった。少女は顔を上げて俺を見るとまた話せとジェスチャーを送ってきた。
「この本はなんなんだ?なんで日本語が書かれているんだ?それも俺がさっき言ったばかりの言葉だ。もしかしてお前も日本から来た……わけではないか。なんでこの本は大きくなったり小さくなったりできるんだ?」
「…………」
俺の言葉を聞いたあと少女はまたページをめくる。そこにはついさっき俺が話した言葉が書かれていたのだ。
どうやらこの本はどういう仕組みか知らないが俺の話した言葉が記録されていくらしい。少女は真剣な様子で本を眺めている。日本語で書かれているけど読めるのか?だがよく見ると日本語の下に見たこともないミミズが躍っているかのようなモノが書かれていた。これは何の模様だろうか。もしかしてこれが彼女の持つ言語なのだろうか。
とりあえず今はこの本に言葉を記していこう。俺はその後「ありがとう」や「ごめんなさい」など日常で使いそうな言葉の述べていった。いちおうジェスチャーを交えて。
数ページ程進んだ時だった。彼女が俺の方に向かって手の平を見せてきた。これは話すのを止めろということなのだろう。話すのを止めて黙って少女を見る。すると彼女の口が動いた。
「ヒボシ、タケル」
叫びそうになったところで口を小さな手で押さえられた。本当にごめんなさい。
だが叫びたくなるというものだ。彼女は確かに俺の名前を言ったのだ。それも日本語で。
「そう、俺がヒボシタケル」
「俺、ミーティア」
「ミーティア、ミーティアって名前なのか」
彼女は自身を指さし『ミーティア』と言った。
これまで不安で凝り固まっていた心が解けていく。ついに意思疎通ができるのだ。
「言葉わかるのか?」
「少し、わかる」
「こんな短時間ですごいな。嬉しい、嬉しいよ」
「少し、話せば、もっと、話せる」
本に言葉を写してそれを読めば言葉が理解できるということなのだろうか。仕組みはわからないが本当にすごい。人と話せるということがこんなにもうれしいことだなんて思わなかった。ダメだ、また泣きそうだ。
「どうした?」
「いや、ごめん、なんか安心してっしまって……まだこんな状況だっていうのに」
言いながらも涙は止めることができず瞳から零れ落ちる。また情けない姿を見せてしまった。
だが彼女はこんな俺を見て微笑むとその手をまた俺の頭に向けてくれた。届いてないが撫でようとしてくれていることが伝わってくる。俺はまた泣きながら頭を差し出す。小さな手が頭に触れる。
あぁ、本当に、本当になんて優しい子なんだろうか。こんな子を俺は見捨てようとしたなんてなんてバカなことをしたんだ。こんな状況だ。きっと彼女だって不安かもしれない。いつまでも甘えていてはいけない。
俺は頭を上げて今度は俺の方から手を伸ばして少女の頭を撫でてやる。最初は驚いた様子だったが彼女は目を閉じて受け入れてくれた。
なんとかして彼女は助けよう。ここまでしてもらったお礼をしよう。
お礼、そうだ、まだ伝えていなかった。俺は彼女から手を離して伝えられていない言葉を言おうとした。
その時だった。俺たちが乗せられているであろう荷台が大きく揺れたのだ。
崩れ落ちる木箱、このままでは少女にぶつかってしまう。俺は咄嗟に少女を守るように体を被せた。
硬い木箱が体に当たる。木が肌に擦れて傷を付け、木箱の角は男たちに殴られた時以上に鋭い痛みとなって体を襲う。
叫びそうになるのを我慢する。
この子だけは守らないと。
そんな意思に縋り涙を流して歯を食いしばる。荷台の揺れは次第に大きくなっていきまるでひっくり返されたかのように体が浮くほどの衝撃を受ける。俺の体は少女から離れ体を木箱や壁に強くぶつける。上下の間隔がおかしくなる。
強く地面に打ち付けられる。体の下にあるのはさっきまで横にあったはずの壁。どうやら荷台は倒されてしまったらしい。積み荷が散乱して外から光が入ってくる。俺は体に響く痛みに泣きながら少女の姿を探す。
小柄な少女は荷台の入口まで放り出されていた。気を失ってしまっているのか動く様子がない。近くには木箱から零れ落ちた石がいくつか転がっている。それに頭を体をぶつけたのか綺麗な顔に傷が入っていた。
とにかく彼女を助けようと体を動かし外に出ようとした時、叫び声が聞こえた。
「uaaaaaaaa!」
「aooaaaaa!」
外が騒がしい。何かが激しくぶつかる音が聞こえる。俺は倒れた荷台から出て外の様子を窺った。
視界に入ったのは土の地面、周囲に並ぶ木々、倒れた荷台、血を流して横たわる馬、そして剣を持った男たち、その先にいる巨大な熊だった。
あれを熊と呼んでいいのか。子供の頃に読んだ図鑑や動物園で見た熊とは比べモノにならない大きさ。爪は伸び、体毛は針のように鋭く、大きく口が裂けている。熊の姿をした何かだ。
男たちは剣を振って熊のような何かと戦っているが大きな腕が振るわれると小枝を弾くかのように人が簡単に吹き飛ばされ木に叩きつけられた。人間があんな簡単に吹き飛ぶなんて俺は漫画でしか見たことがないぞ。
頭がおかしくなりそうだ。いや、おかしくなっているのだろう。そうじゃなきゃこんなこと起こらない。
男たちは熊のような何かに攻撃して傷をつけてはいるが圧倒的に不利。二人程吹き飛ばされた辺りで残りの男たちは戦闘を放棄して叫びながら森の中へ逃げて行った。
熊は彼らを追うことなく殺された馬を食べ始めた。
あれ、これどうなるんだ?このままここにいたら、今度襲われるのは俺じゃないのか?
気づいたら、走っていた。手枷が邪魔だけど走った、裸足で石が足に食い込もうが走った。
怖い、怖い、あれは殺される。死にたくない。
男たちに殴られる以上の恐怖が心を支配する。焦り過ぎて足を絡めて地面に無様に叩きつけられるがそれでも少しでも遠くに行こうともがく。
嫌だ、死にたくない。殺されたくない。食われたくない。
今なら、あの馬を食べている今なら逃げられる。追い付かれる前に少しでも遠くへ。熊の狙いが俺ではない誰かの所へ行くように……
俺ではない、誰か?
振り返る。
熊が馬を食べているすぐ近く。荷台の入口のすぐそばに倒れている人がいる。あの少女だ。俺の頭を撫でてくれた優しい少女が取り残されている。
「あぁ……うあぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫んでいた。もうそうするしか自身の中にある恐怖を誤魔化すことはできなかったから。足を震わせながら俺は少女に駆け寄った。
怖い。どうしようもなく怖い。この子を置いてでも自分が助かりたいという思いは確かにある。
でもそれだけはしちゃいけないんだ。ここで逃げちゃいけないんだ。俺は、まだ彼女にお礼すら言ってない。つたない言葉で俺を安心させてくれたお礼を、頭を撫でて慰めてくれたお礼をまだ言ってない。
真に助かるべきはこういう心優しい子だ。こんな矮小で卑怯で臆病な俺なんかが生き延びちゃいけないんだ。
手枷が邪魔で上手に少女を抱えることができない。それでもなんとか両腕を腰の下に入れて持ち上げることに成功した。
この子を連れて逃げよう、少しでも遠くに。
彼女を抱えて振り返った時、そこにあの熊はいた。
「なんで……」
足の力が抜けると同時に尻もちをつくように後ろに倒れてしまう。偶然、さっきまで立っていた場所を熊の巨大な腕が通り過ぎる。こけた拍子に少女を落としてしまう。もう、逃げ場はない。
「なんでだよ、どうしてこんな目にあうんだよ」
足は震えて力が入らず立てない。視界がまた涙で滲む。
「ふざけんな……なんでこんな理不尽なことばっかり……」
熊は大きな口を開く。今度は俺たちを食べるために。身体の震えが止まらない。恐怖と、悔しさで。
「助けたいって思いすら叶えられないのかよ」
俺は近くに転がる石を掴む。やけくそだった。
こんな理不尽な世界など、くそくらえだ。
「ばかやろぉぉぉぉぉぉっ!!」
掴んだ石を投げつける。こんな攻撃、相手を怒らせるだけだ。でもそんなことどうでもよかった。こんなちっぽけな俺でも、無力な俺でも、守りたいものがあったんだ。そんな思いすら踏みにじる世界がただ、憎かった。
ここで俺は、終わるのか。
そんな諦めに心が囚われそうになった時だった。俺が投げつけた石が数個、光を放った。やがてそれは空中に留まり線を結ぶ。言うならば魔方陣。石が点となり空中に光の文様を映し出していく。やがてそれは強く光を放った。
直後、大きな音がする。見れば光の向こう側で後ろに倒れている熊の姿があった。この魔方陣に弾かれたのだろうか。
俺の正面に現れた魔方陣はやがて水平に移動し、さらに光を強める。白色だったその光がやがて金色へと変わっていく。
何が起こっておりかわからない。ただ唖然とそれを眺めることしかできないでいた。
やがて金色に輝く魔方陣の中から何かが飛び出してきた。それは透明の円、まるで理科の実験で使ったようなレンズだ。
いったいこのレンズのようなものに何の意味があるのだろうか。
すると今度はレンズが光輝いた。
「いやーっ、ついに私も召喚デビューというわけか。さてさて、記念すべき主様はどこにいるのかな?」
軽快な声が光の中から聞こえてくる。やがて光は小さくなり、その中から人の姿が現れる。茶髪のショートカット、白衣、そしてその周囲には小さなレンズが数個浮いている。その人物は辺りを見渡してやがて俺の方に振り返った。
「ん?え?全裸……さすがに引くわ……」
どうやら俺の姿を見て引いているらしい。唖然としているとその人物の後方、倒れていた熊が起き上がりこちらに突進してきていた。
「危ないっ!」
「大丈夫っ」
白衣の人物は振り返ることなく指を動かす。そしてそれに指揮されたかのように周囲のレンズが動きヒグマの前に小さな壁を作る。熊はそれに衝突すると簡単に吹き飛ばされてしまった。
「すごい……」
「さて、それでは私を召喚した理由を聞こうか。君の望みはなんだい?あ、変態的なのはNGだから」
白衣の人物は流暢な日本語で俺に話かける。いったい何が起こっているのか全然理解が追い付かない。でも、それでも、今は。
「頼む、この少女を助けてくれっ!俺はどうなったっていいっ!この子だけは、この子だけは助けてやってくれっ!!」
恥も見栄もなく、泣き叫び訴える。
「俺にはどうすることも、できない。俺じゃこの子を助けられない……頼む、どうか、どうか……」
この人物が何者なのかわからない。それでもこの人ならこの状況を打開できるはず。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら俺は懇願する。
すると、その人物は俺に背を向けた。そんな、まさか……
返ってきたのは、はっきりとした言葉。
「気に入った。他人のために泣ける奴に悪い人はいない。その願い聞き届けたよ」
白衣の人物は巨大な熊と向かい合う。
「この熊っぽいの倒せばいいんだな?」
「あぁ、あぁっ!頼む」
「了解した」
熊は再び立ち上がる。明らかに怒気をまとっている。それに対して白衣の人物は怯えることなく堂々と立ち再び指で何かを描くかのように宙を動かす。するとレンズが熊に向けて重なった。
「私の魔術、ご覧あれ『レイバースト』」
光がレンズに収束していった、次の瞬間光は太い線となり、熊目掛けて放たれる。熊の体は光線に貫かれ体に大穴を開けた。
「す、すごい……」
「褒めてくれてありがとう」
熊はさっきの一撃で絶命したのか体は後ろに倒れ地響きを立てる。動く様子は、なかった。
土煙が舞い上がる中でその人はカッコよく白衣をたなびかせ、笑った。
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