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3章 運命の輪
79話【アポカリプスの恋人/有坂琴音視点】
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『血の蘇生術のスキルレベルが上がりました。蘇生範囲が広がります』
耳に届いたのはレベルアップ通知だった。
痛みに呻く大学生に「休んで下さい」と告げて、真瀬くんを見る。
真瀬くんも大学生も私を見て一瞬驚いた顔をする。
スマホをインカメラにすると、また一房、髪が白く染まっていた。
「有坂さんも、一休みしよう」
真瀬くんが手を差し出してくれた。その手を掴む。男の子の手だ。なんだか少し、照れてしまう。
「うん。10分だけ、休むね。血の蘇生術のレベルが上がったの。特に調子が悪いとかはないから、心配しないでね」
少し早口になってしまっただろうか。顔が赤くなってなければいいな。
「体調に変化がないならいいんだ。すごく負担をかけてるから、心配で」
「できることをしているだけだから、気にしないで」
血の蘇生術を使うことで私に肉体的な負担はないように感じる。
だけど髪の色が変わってしまう、肉体的変化は誰にでも見えるもの。
それによって心配をかけてしまうのが少し心苦しくもある。
それ以外では本当に何の変化もなくて、節制に使い続けることのデメリットを訊ねたけれど、髪の色が変化する以外身体に変化は起こらないという。
概念的には『呪術的要素』だそうで、髪は人の魂の力に相互干渉するもの、と言われた。
それはみんなに説明してあるし、武藤さんも切った髪は『15年分の願いが篭っている』のを考慮してストレージにとっておいていると言った。
ホールをふたりで歩く。シックなのに豪奢で、とても綺麗な内装。主に結婚披露宴やパーティーで使われる場所。
今はソファがいくつもおかれていて、原国さんの部下の人たちが私が蘇生させた人たちを介抱して聞き取りも行っている。
真瀬くんのお母さんと楓さんは根岸くんや大学生の具合を聞きにいっている。
午後からは真瀬くんのお母さんは付与術を使いに警視庁へ行くらしい。
真瀬くんのお母さんはとても真瀬くんに似ていて、優しい。
旦那さんの話はとてもショックだったと思うのに、もう笑顔で人の心配をしたり、助けたりしている。
親子なんだな、とすごく思った。
「有坂さんの家族はどうしてるの?」
ふたりでソファに座って、サイドテーブルのドリンクを飲む。
「みんな補助系のスキルだったから、警視庁の方でいろいろやるみたい。兄さんがすごく興奮しちゃって大変だったよ」
一度の失敗で引き篭もってしまった兄の豹変振りに、昨日の夜は驚いた。
あんなに機嫌のいい兄を見るのは何年ぶりだろう。
スキルを得て、人生が変わる。
涼香ちゃんも、紅葉さんも人生が大きく変わった。
きっと、誰も彼も、そうなんだろう。
私も、真瀬くんも、大変な役割を与えられてしまった。
「そうなんだ。僕はあんな豪華な部屋に泊まったの初めてですごくびっくりしちゃったよ」
「武藤さんたちと同じ部屋だったよね」
「うん。楓さんが母さんと話があるからって武藤さんと寝たんだ。修学旅行みたいだったなって」
「いいな、楽しそう。私も一緒にいられればいいのにな……」
思わず願望を、言ってしまった。
「へ、変な意味じゃなくて、楽しそうだなって」
「う、うん。そうだよね。男子部屋に遊びに来る、みたいな」
慌てる私に少し驚いてから真瀬くんはニコニコして言う。
「そう! そういう意味だから、その、気にしないでね……」
嘘。本当は意識して欲しいし、気にして欲しい。
でも真瀬くんには好きな人がいる。
「僕も有坂さんといられたらなって思うから、大丈夫だよ」
私は、大丈夫では、ない。
真瀬くんの言葉に期待してしまう私の心臓がどくどくと動いて、真瀬くんに聞こえるのではないだろうか。
恋愛に、現を抜かしていてはいけない。わかっている。
だけど、だけど。あと数日で、何もかもが滅ぶかもしれない世界で。
好きな人と、どんな時間も側にいたいと願うのは、いけないことだろうか。
彼がいる世界を、彼を守りたい。
それが私の今の原動力で。はっきり自覚してから、私はなんだか変だ。
友達の恋愛話をもっとよく聞いてあげればよかった。
こんなふうになるなんて、思ってなかった。自分の気持ちをコントロールするのが、難しい。
「私も、真瀬くんと……その……」
言葉が上手く出てこない。
やるべきことに集中していれば、そんなに意識することもないのに。
昨日ベッドに横になって、思い返したのは、世界のこととかじゃなくて。
ずっと真瀬くんのことばかりだった。
いろんなショックなことがあって、いろんなことを聞かされて、役割もわかっているのに。
頭に浮かぶのは、真瀬くんのことばかりで、少し怖いくらいに好きになっているのを自覚してしまった。
どうしよう。
それを思い出して、目の前にその本人がいて。心臓が痛いくらい早くて。
私は――
「有坂さん、大丈夫? やっぱりちょっと調子が悪い?」
真瀬くんが私を見る。
きっと顔が真っ赤なんだと思う。耳まで熱い。
やっぱり、好きだと、思う以外できなくて、つい言葉が零れる。
「真瀬くん、の好きな人って、きいてもいい?」
良いわけがない。
良いわけがないのに。
なんの心の準備もできてないのに。
なのに、口から零れでてしまった。
「えっと……。有坂さん」
言いよどんで、名前を呼ばれる。
こんな顔で、こんなことをきいたら、好きですと言っているようなものだ。
覚悟を持って伝える、という表情の真瀬くん。
真瀬くんは嘘や誤魔化しができない人だ。
真剣に訊かれたら、真剣に、正直に答えてくれる。
好きな人、私じゃ、ないんだ。
どう伝えていいか、迷ってるんだ。
悲しいのか、苦しいのかわからないくらいショックで。
「はい…っ」
思わず返事をする。
訊かなきゃよかった。
他の誰の名前を言われても、私は、私は――
「ええと、今のは呼んだんじゃなくて、僕の好きな人の名前。有坂さんだよ」
ほんの少し、頬を赤くした真瀬くんが言う。
つい、ぽかんとしてしまう。
「わたし?」
私ならいいなと思った。
真瀬くんの、好きな人。それが、誰でも羨ましいと思った。
「そうだよ。だけど気にしなくていいよ。僕はだからどうして欲しい、とかはなくて。好きな人に、嘘をつきたくないから」
「気にする。だって私も真瀬くんが、その、好きだから」
困ったように言う真瀬くんの腕を、思わず掴む。
逃げないで。
「だから、そんなこと、言わないで……」
どうしよう、泣きそうになってる。どうしてだろう。
嬉しい。真瀬くんが私を好きだと言ってくれている。
「両思い……?」
「……うん」
驚いた顔をして、真瀬くんが言う。
両思い。嬉しい。今まで生きてきた中で、一番嬉しくて、どうしようもない。
どうしたらいいのか、わからない。
付き合う? ということでいいんだろうか。
こんな状況で、そうしていいのだろうか。
「よかった。具合が悪いんじゃなくて……」
真瀬くんが少し照れた顔で、微笑む。
それだけで、何でもできる気がする。
どうしよう。こんな私は、知らない。
ずっと緊迫してきた中で、ほんの少し平穏があったことで緩んだ。
緩んだ中で自覚が強くなった、恋が叶ってしまった。
頭が、どうにかなってしまいそうなくらい嬉しくて。
「うん。でも頭はどうにかなっちゃいそう」
「それは、僕もそうだよ」
ふたりで笑う。手を繋いで。
ふたりきりなら、キスをしたいと思った。
だけどここには人が。
人がいるのに……なにしてるんだろう……!!
真瀬くんのお母さんもいるのに!?
顔をみんなの方に向けると、楓さんと真瀬くんのお母さんは微笑んでいて。
根岸くんは真瀬くんに親指を立てて見せていて。
武藤さんはによによとこちらを見ている。
他の人たちも。
「あのね、真瀬くん。私今すごく、穴があったら入りたい」
「そうなの? 照れるけど、みんな喜んでくれてるみたいだし、いいかなって」
真瀬くんはニコニコと照れながら、根岸くんたちに小さく手を振る。
彼はそういうのを、気にしないんだ。
許されちゃうんだ。人前で、こういうの。
「私、もっと理性を、理性を持とうと思う」
そう、恋が叶った私は、心に誓った。
耳に届いたのはレベルアップ通知だった。
痛みに呻く大学生に「休んで下さい」と告げて、真瀬くんを見る。
真瀬くんも大学生も私を見て一瞬驚いた顔をする。
スマホをインカメラにすると、また一房、髪が白く染まっていた。
「有坂さんも、一休みしよう」
真瀬くんが手を差し出してくれた。その手を掴む。男の子の手だ。なんだか少し、照れてしまう。
「うん。10分だけ、休むね。血の蘇生術のレベルが上がったの。特に調子が悪いとかはないから、心配しないでね」
少し早口になってしまっただろうか。顔が赤くなってなければいいな。
「体調に変化がないならいいんだ。すごく負担をかけてるから、心配で」
「できることをしているだけだから、気にしないで」
血の蘇生術を使うことで私に肉体的な負担はないように感じる。
だけど髪の色が変わってしまう、肉体的変化は誰にでも見えるもの。
それによって心配をかけてしまうのが少し心苦しくもある。
それ以外では本当に何の変化もなくて、節制に使い続けることのデメリットを訊ねたけれど、髪の色が変化する以外身体に変化は起こらないという。
概念的には『呪術的要素』だそうで、髪は人の魂の力に相互干渉するもの、と言われた。
それはみんなに説明してあるし、武藤さんも切った髪は『15年分の願いが篭っている』のを考慮してストレージにとっておいていると言った。
ホールをふたりで歩く。シックなのに豪奢で、とても綺麗な内装。主に結婚披露宴やパーティーで使われる場所。
今はソファがいくつもおかれていて、原国さんの部下の人たちが私が蘇生させた人たちを介抱して聞き取りも行っている。
真瀬くんのお母さんと楓さんは根岸くんや大学生の具合を聞きにいっている。
午後からは真瀬くんのお母さんは付与術を使いに警視庁へ行くらしい。
真瀬くんのお母さんはとても真瀬くんに似ていて、優しい。
旦那さんの話はとてもショックだったと思うのに、もう笑顔で人の心配をしたり、助けたりしている。
親子なんだな、とすごく思った。
「有坂さんの家族はどうしてるの?」
ふたりでソファに座って、サイドテーブルのドリンクを飲む。
「みんな補助系のスキルだったから、警視庁の方でいろいろやるみたい。兄さんがすごく興奮しちゃって大変だったよ」
一度の失敗で引き篭もってしまった兄の豹変振りに、昨日の夜は驚いた。
あんなに機嫌のいい兄を見るのは何年ぶりだろう。
スキルを得て、人生が変わる。
涼香ちゃんも、紅葉さんも人生が大きく変わった。
きっと、誰も彼も、そうなんだろう。
私も、真瀬くんも、大変な役割を与えられてしまった。
「そうなんだ。僕はあんな豪華な部屋に泊まったの初めてですごくびっくりしちゃったよ」
「武藤さんたちと同じ部屋だったよね」
「うん。楓さんが母さんと話があるからって武藤さんと寝たんだ。修学旅行みたいだったなって」
「いいな、楽しそう。私も一緒にいられればいいのにな……」
思わず願望を、言ってしまった。
「へ、変な意味じゃなくて、楽しそうだなって」
「う、うん。そうだよね。男子部屋に遊びに来る、みたいな」
慌てる私に少し驚いてから真瀬くんはニコニコして言う。
「そう! そういう意味だから、その、気にしないでね……」
嘘。本当は意識して欲しいし、気にして欲しい。
でも真瀬くんには好きな人がいる。
「僕も有坂さんといられたらなって思うから、大丈夫だよ」
私は、大丈夫では、ない。
真瀬くんの言葉に期待してしまう私の心臓がどくどくと動いて、真瀬くんに聞こえるのではないだろうか。
恋愛に、現を抜かしていてはいけない。わかっている。
だけど、だけど。あと数日で、何もかもが滅ぶかもしれない世界で。
好きな人と、どんな時間も側にいたいと願うのは、いけないことだろうか。
彼がいる世界を、彼を守りたい。
それが私の今の原動力で。はっきり自覚してから、私はなんだか変だ。
友達の恋愛話をもっとよく聞いてあげればよかった。
こんなふうになるなんて、思ってなかった。自分の気持ちをコントロールするのが、難しい。
「私も、真瀬くんと……その……」
言葉が上手く出てこない。
やるべきことに集中していれば、そんなに意識することもないのに。
昨日ベッドに横になって、思い返したのは、世界のこととかじゃなくて。
ずっと真瀬くんのことばかりだった。
いろんなショックなことがあって、いろんなことを聞かされて、役割もわかっているのに。
頭に浮かぶのは、真瀬くんのことばかりで、少し怖いくらいに好きになっているのを自覚してしまった。
どうしよう。
それを思い出して、目の前にその本人がいて。心臓が痛いくらい早くて。
私は――
「有坂さん、大丈夫? やっぱりちょっと調子が悪い?」
真瀬くんが私を見る。
きっと顔が真っ赤なんだと思う。耳まで熱い。
やっぱり、好きだと、思う以外できなくて、つい言葉が零れる。
「真瀬くん、の好きな人って、きいてもいい?」
良いわけがない。
良いわけがないのに。
なんの心の準備もできてないのに。
なのに、口から零れでてしまった。
「えっと……。有坂さん」
言いよどんで、名前を呼ばれる。
こんな顔で、こんなことをきいたら、好きですと言っているようなものだ。
覚悟を持って伝える、という表情の真瀬くん。
真瀬くんは嘘や誤魔化しができない人だ。
真剣に訊かれたら、真剣に、正直に答えてくれる。
好きな人、私じゃ、ないんだ。
どう伝えていいか、迷ってるんだ。
悲しいのか、苦しいのかわからないくらいショックで。
「はい…っ」
思わず返事をする。
訊かなきゃよかった。
他の誰の名前を言われても、私は、私は――
「ええと、今のは呼んだんじゃなくて、僕の好きな人の名前。有坂さんだよ」
ほんの少し、頬を赤くした真瀬くんが言う。
つい、ぽかんとしてしまう。
「わたし?」
私ならいいなと思った。
真瀬くんの、好きな人。それが、誰でも羨ましいと思った。
「そうだよ。だけど気にしなくていいよ。僕はだからどうして欲しい、とかはなくて。好きな人に、嘘をつきたくないから」
「気にする。だって私も真瀬くんが、その、好きだから」
困ったように言う真瀬くんの腕を、思わず掴む。
逃げないで。
「だから、そんなこと、言わないで……」
どうしよう、泣きそうになってる。どうしてだろう。
嬉しい。真瀬くんが私を好きだと言ってくれている。
「両思い……?」
「……うん」
驚いた顔をして、真瀬くんが言う。
両思い。嬉しい。今まで生きてきた中で、一番嬉しくて、どうしようもない。
どうしたらいいのか、わからない。
付き合う? ということでいいんだろうか。
こんな状況で、そうしていいのだろうか。
「よかった。具合が悪いんじゃなくて……」
真瀬くんが少し照れた顔で、微笑む。
それだけで、何でもできる気がする。
どうしよう。こんな私は、知らない。
ずっと緊迫してきた中で、ほんの少し平穏があったことで緩んだ。
緩んだ中で自覚が強くなった、恋が叶ってしまった。
頭が、どうにかなってしまいそうなくらい嬉しくて。
「うん。でも頭はどうにかなっちゃいそう」
「それは、僕もそうだよ」
ふたりで笑う。手を繋いで。
ふたりきりなら、キスをしたいと思った。
だけどここには人が。
人がいるのに……なにしてるんだろう……!!
真瀬くんのお母さんもいるのに!?
顔をみんなの方に向けると、楓さんと真瀬くんのお母さんは微笑んでいて。
根岸くんは真瀬くんに親指を立てて見せていて。
武藤さんはによによとこちらを見ている。
他の人たちも。
「あのね、真瀬くん。私今すごく、穴があったら入りたい」
「そうなの? 照れるけど、みんな喜んでくれてるみたいだし、いいかなって」
真瀬くんはニコニコと照れながら、根岸くんたちに小さく手を振る。
彼はそういうのを、気にしないんだ。
許されちゃうんだ。人前で、こういうの。
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そう、恋が叶った私は、心に誓った。
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