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4章 ダンジョンアポカリプス
127話【魂のカタチ/徳川多聞視点】
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「しかし話を総合するに、この世界がオリジナルとも限らないってわけだ」
宗旦がぽつりと呟いた。
迷宮をそぞろ歩き、アカシックレコードから得た知識をつらつらと語ね宗旦の声を聞きながら、モンスターを屠る。
「それは割とどうでもいいかなぁ、俺は」
「まあな、確かに。俺が生きていることに代わりはない」
実在証明なんてものに興味はない。肉体があって、感じられるものがある。それで充分で、物事はシンプル。
いつかは消える。どこかで消えるのだ。そういうふうに出来ている。別に俺はそれでいい。
「だけどまあ、あるとしたらオリジナルの世界は見てみたいかもな」
「宗旦の考えるオリジナルって何なわけ?」
「神の世じゃないか。不足がない世界。命も何もかもが決して欠けない世界。常に満たされた世界」
「子供の御伽噺か天国っぽい」
元は人が滅ぼした生物に人の、罪人の魂の宿った生き物を殺し殺して歩く。
「そうじゃなきゃ、こんな欠けた世界は作らないだろう」
魔術で剣術で槍術で弓術で。殺しながら殺しながら、血に濡れた道を歩く。
洞窟の中でありながら、薄暗くも視界はクリアな迷宮を俺たちは歩き続ける。
「何もかもに満たされて、それを不足に感じるようなひねくれた神様ね。この世界は命も心も欠けている。不自然なほどに欠けている世界を創造した奴なら会ってみたいかもね」
欠けているから埋めたい。人の衝動だ。穴があいていれば、埋めて、平らにならして綺麗にしてみたい。
出っ張っているものは切り落として、やっぱり平らに。ゲームの整地作業動画を思い出す。そんな単純作業を繰り返すことを楽しむことすらできるのが人間だ。
「お前、そいつに会ったらどうする?」
「まずは会話をして――……一番大きな穴を見つけたいな」
人には、人の心、魂には必ず大きく欠けている穴がある。俺はそれを埋めるのが好きだ。
人の欲求が。人の祈りが。人の欠損したものが。
だけどそれをしっかり埋めると、どうにも人間は壊れるように出来ているらしい。
そうなってしまうとつまらない。トロフィーには興味がない。欠けた人間の渇望と欲求。際限がないと思わせて、そうでもない。
次の欲望を満たすのを欲することはあるけれど、その穴はすぐに簡単に塞がる。
一撫でで埋まる小さな穴を撫でて撫でて塞ぐと、人は壊れる。
摩擦のなくなった物体みたいに空回りをはじめてしまったそれは人間性を失って、勝手に死んだり、自発的な行動をしなくなる。
体の穴を埋めるのは気持ちがいい。それ以上に他人の魂の穴を埋めるのが俺は好きだというのに、残念なことに埋めきって綺麗に磨くほど人間は人間ではなくなるらしい。
でもそれが神だというのなら。
摩擦がなくても自発的に『欠けた世界と生き物』を生み出すような、無数の大きな穴を生涯かけても埋められないそれを持つ者がいるとしたら、会ってみたい。
俺は人間を愛しているし、きっと生み出したそいつも愛しているだろう。
欠けたものを埋めて、そして奪ってまた穴を開ける。
全員が満足することのありえないこの世界を、もし作った者がいるならそれは余りに性格が悪くて破綻している。ひどく俺の好みな相手だろう。
隣を歩くこの男のように。
「お前のそういうところ、本当気持ち悪いよな……」
俺の視線に宗旦が表情を歪める。唯一人の同類は、俺の中に自分を見る。
俺の誘惑を唯一撥ね退けられるのは、同類だからでしかない。
誘惑に委ねれば、待つのは死だと知っている。
その手練手管も何もかも。わかっていてもひっかかるのが詐欺ではあるけど、それは宗旦には通用しない。
宗旦は不安がっている人間を安心させるのが上手い。そして不安がっていない救いを欲しない人間を嫌う。
不安を埋めてもう大丈夫だと思わせた人間を不幸にしてまた不安にさせる。相手が死ぬまでそれを繰り返して依存させ、その人生を食らい尽くす。
宗旦は俺を悪魔だ魔王だと言うが、自分も大概そうなのだ。
不安を持ち不満を持ち、救いを欲する人間を見ると、宗旦は笑う。それはもう、天使か菩薩か、救いの神かというほどに、穏やかに魅力的に笑いかけるのだ。
もう大丈夫ですよ、と。
俺からすれば、宗旦の大丈夫ほど大丈夫じゃないことはない。
もう大丈夫ですよ、の文言の先は「地獄にご案内しますので」だと知っている。
いつも最後の最後には、ネタばらしを宗旦はする。いかに不安にさせて突き落として救われたような報われたような気持ちにさせてきたか。
その時も同じ表情で、いかに彼らが騙されていたのかを優しく諭すように語る。
興味を失う俺と、最後の一滴まで啜りきる宗旦。
どちらも相手にすれば悪魔だろう。
時折宗旦をからかいたくなって敵対をしてみるけれど、宗旦の状況をコントロールする力が強いか、俺のついた陣営を俺が破綻させるかのどっちかで勝負はいつも俺の負けで終わる。遊びだから全然それでいい。
宗旦には、最初から穴がなかった。
俺と同じで、摩擦する凹凸を持たない。
ただシンプルに生きたい、生きるためだとうそぶく。
穴がないなりに、穴のようなことを言う。
生きるためならそんな危険な橋を渡る必要はひとつもない。金だって女だって何だって、正攻法で手に入れられるだけの能力がある。
人並みの幸福を得ることは難しくない。家庭や子供を作るのだって不可能ではない。
けれど俺たちには興味がない。
安泰、安寧、そんな日々は、あまりに退屈で死んでしまうに違いない。
そこでは俺たちは、息が出来ないことを、知っている。
宗旦自身は、どうも自分を俺ほど悪い人間だと思っていない節がある。
俺もお前も充分に、頭のおかしい悪人だというのに。変な男だが、魅力的な男でもある。
魅力的な男と言えば、もうひとりいた。
左京さんグループの中に。
「ねえ宗旦」
「何だよ」
「転移ゲットしたら、攫いたい奴がひとりいるんだけど」
俺たちと同じ、完全な球体の魂を持ちながら温かな熱を持つ男。
「誰だ?」
振り返る宗旦に俺は微笑んで答えた。
「真瀬敬命」
さくりさくりと歪んだ命を糧に変えながら。血にまみれた迷宮を歩く足音と共に。
宗旦がぽつりと呟いた。
迷宮をそぞろ歩き、アカシックレコードから得た知識をつらつらと語ね宗旦の声を聞きながら、モンスターを屠る。
「それは割とどうでもいいかなぁ、俺は」
「まあな、確かに。俺が生きていることに代わりはない」
実在証明なんてものに興味はない。肉体があって、感じられるものがある。それで充分で、物事はシンプル。
いつかは消える。どこかで消えるのだ。そういうふうに出来ている。別に俺はそれでいい。
「だけどまあ、あるとしたらオリジナルの世界は見てみたいかもな」
「宗旦の考えるオリジナルって何なわけ?」
「神の世じゃないか。不足がない世界。命も何もかもが決して欠けない世界。常に満たされた世界」
「子供の御伽噺か天国っぽい」
元は人が滅ぼした生物に人の、罪人の魂の宿った生き物を殺し殺して歩く。
「そうじゃなきゃ、こんな欠けた世界は作らないだろう」
魔術で剣術で槍術で弓術で。殺しながら殺しながら、血に濡れた道を歩く。
洞窟の中でありながら、薄暗くも視界はクリアな迷宮を俺たちは歩き続ける。
「何もかもに満たされて、それを不足に感じるようなひねくれた神様ね。この世界は命も心も欠けている。不自然なほどに欠けている世界を創造した奴なら会ってみたいかもね」
欠けているから埋めたい。人の衝動だ。穴があいていれば、埋めて、平らにならして綺麗にしてみたい。
出っ張っているものは切り落として、やっぱり平らに。ゲームの整地作業動画を思い出す。そんな単純作業を繰り返すことを楽しむことすらできるのが人間だ。
「お前、そいつに会ったらどうする?」
「まずは会話をして――……一番大きな穴を見つけたいな」
人には、人の心、魂には必ず大きく欠けている穴がある。俺はそれを埋めるのが好きだ。
人の欲求が。人の祈りが。人の欠損したものが。
だけどそれをしっかり埋めると、どうにも人間は壊れるように出来ているらしい。
そうなってしまうとつまらない。トロフィーには興味がない。欠けた人間の渇望と欲求。際限がないと思わせて、そうでもない。
次の欲望を満たすのを欲することはあるけれど、その穴はすぐに簡単に塞がる。
一撫でで埋まる小さな穴を撫でて撫でて塞ぐと、人は壊れる。
摩擦のなくなった物体みたいに空回りをはじめてしまったそれは人間性を失って、勝手に死んだり、自発的な行動をしなくなる。
体の穴を埋めるのは気持ちがいい。それ以上に他人の魂の穴を埋めるのが俺は好きだというのに、残念なことに埋めきって綺麗に磨くほど人間は人間ではなくなるらしい。
でもそれが神だというのなら。
摩擦がなくても自発的に『欠けた世界と生き物』を生み出すような、無数の大きな穴を生涯かけても埋められないそれを持つ者がいるとしたら、会ってみたい。
俺は人間を愛しているし、きっと生み出したそいつも愛しているだろう。
欠けたものを埋めて、そして奪ってまた穴を開ける。
全員が満足することのありえないこの世界を、もし作った者がいるならそれは余りに性格が悪くて破綻している。ひどく俺の好みな相手だろう。
隣を歩くこの男のように。
「お前のそういうところ、本当気持ち悪いよな……」
俺の視線に宗旦が表情を歪める。唯一人の同類は、俺の中に自分を見る。
俺の誘惑を唯一撥ね退けられるのは、同類だからでしかない。
誘惑に委ねれば、待つのは死だと知っている。
その手練手管も何もかも。わかっていてもひっかかるのが詐欺ではあるけど、それは宗旦には通用しない。
宗旦は不安がっている人間を安心させるのが上手い。そして不安がっていない救いを欲しない人間を嫌う。
不安を埋めてもう大丈夫だと思わせた人間を不幸にしてまた不安にさせる。相手が死ぬまでそれを繰り返して依存させ、その人生を食らい尽くす。
宗旦は俺を悪魔だ魔王だと言うが、自分も大概そうなのだ。
不安を持ち不満を持ち、救いを欲する人間を見ると、宗旦は笑う。それはもう、天使か菩薩か、救いの神かというほどに、穏やかに魅力的に笑いかけるのだ。
もう大丈夫ですよ、と。
俺からすれば、宗旦の大丈夫ほど大丈夫じゃないことはない。
もう大丈夫ですよ、の文言の先は「地獄にご案内しますので」だと知っている。
いつも最後の最後には、ネタばらしを宗旦はする。いかに不安にさせて突き落として救われたような報われたような気持ちにさせてきたか。
その時も同じ表情で、いかに彼らが騙されていたのかを優しく諭すように語る。
興味を失う俺と、最後の一滴まで啜りきる宗旦。
どちらも相手にすれば悪魔だろう。
時折宗旦をからかいたくなって敵対をしてみるけれど、宗旦の状況をコントロールする力が強いか、俺のついた陣営を俺が破綻させるかのどっちかで勝負はいつも俺の負けで終わる。遊びだから全然それでいい。
宗旦には、最初から穴がなかった。
俺と同じで、摩擦する凹凸を持たない。
ただシンプルに生きたい、生きるためだとうそぶく。
穴がないなりに、穴のようなことを言う。
生きるためならそんな危険な橋を渡る必要はひとつもない。金だって女だって何だって、正攻法で手に入れられるだけの能力がある。
人並みの幸福を得ることは難しくない。家庭や子供を作るのだって不可能ではない。
けれど俺たちには興味がない。
安泰、安寧、そんな日々は、あまりに退屈で死んでしまうに違いない。
そこでは俺たちは、息が出来ないことを、知っている。
宗旦自身は、どうも自分を俺ほど悪い人間だと思っていない節がある。
俺もお前も充分に、頭のおかしい悪人だというのに。変な男だが、魅力的な男でもある。
魅力的な男と言えば、もうひとりいた。
左京さんグループの中に。
「ねえ宗旦」
「何だよ」
「転移ゲットしたら、攫いたい奴がひとりいるんだけど」
俺たちと同じ、完全な球体の魂を持ちながら温かな熱を持つ男。
「誰だ?」
振り返る宗旦に俺は微笑んで答えた。
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