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第六話 わたくし南雲屋の長男、太一郎にございます
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昨夜は大変でございました。お風呂がわたくしの知っているものとは全く違いまして、と申しますか、そもそも湯屋ではなく自分の家に風呂があるのでございます。一体どれだけ裕福なお家柄なのでしょう。
さて、風呂ですが。何やら不思議な装置がたくさんたくさんございまして、どうやって使うのかわからず母上様に教えてもらったのは良いのですが、しゃわーと申しましたか、あれは大変な優れものにございました。お湯が出てくるのでございます。
ただ、知らぬ間にわたくし、体が大きくなっていたようでございまして、四尺八寸ほどしかなかった丈が六尺に少し足りないほどになっておりました。
そして服がやはりこのへんてこなものしかなく、どうやって着たらいいのかよくわからず、適当に着てみましたところ前後が反対だと母上に訝られました。
そうそう、黄泉ではふんどしをつけず『ぱんつ』なるものを身につけるようなのですが、これがまた優れものでして一瞬にして履いてしまえるのです。
その上に『ぱじゃま』という寝間着を着て寝るのですが、これは外出用ではないということで、学校に行くときは『せいふく』なるものを着るようでございます。
学校というのはいわば寺子屋や手習い所のようなところで、お師匠様と手習いの子供たちが集まっている場所のことでございます。寺子屋と違うのは同い年の子供たちを集めて同じ事を教えるところでしょうか。わたくしは元服前の子が集まる一年一組に入れていただいていたようでございます。
わたくしは商人の跡取りでございますので、読み書き算術は得意でございますが、ここでは元服前に伴天連の言葉も習うようでございます。日常生活に既に伴天連の言葉が浸透しているらしく、やはり黄泉では様々な国の死者が集まるのだなぁと感心した次第でございます。
ただ、母上がこのままでは学校には行かせられないと、もう一度わたくしを医師の先生のところへ連れて行って下さるそうで、なんでも昨日は蘭学の先生に診ていただいたけれども、今日はまた別の先生に診ていただくとかで。死んでもなお医者に診ていただくというのも不思議な話でございます。
などと言っている間にわたくしの番が参りました。こちらの先生はわたくしの知る医師の先生と違い、髪をひっ詰めない総髪と申しますか、とても短く髪を切っておられます。髷すら結っておられません。そういえばわたくしも若衆髷にしていたはずなのですが。
「まずは君の名前を教えてもらえるかな」
この先生は「南雲さん」と呼んだはずなのに、またわたくしに聞くのでしょうか。
しかしこれも診察の一環かもしれません。いつもどおり背筋を伸ばして腰を折りました。
「お初にお目にかかります。わたくしは御菓子処・南雲屋の長男、太一郎にございます」
「太一君じゃないの?」
「太一郎にございます」
「太一郎君ね。歳はいくつ?」
どうやら気さくな先生のようでございます。
「この皐月で十三になりましたばかりでございます」
「得意なことは?」
「菓子屋の跡取りにござりますれば、職人の真似事を少々。美しさには欠けますが、練り切りや饅頭くらいなら作れます。あとは読み書きと算術も。お店の売り上げはわたくしが管理しております。他には商人の子供の間で流行っております剣術も少々心得がございます」
お医者様が首を傾げておられます。わたくしは何かおかしなことを申し上げましたでしょうか。
「お店って言った?」
「はい、申し上げました」
「じゃあ南雲ってのは屋号かな?」
「もちろんでございます。町人に名字帯刀が許されていないのはわたくしのような元服前の子供でも存じ上げております」
「ええと、お店には他に誰がいるの?」
「番頭に手代に女中がおります。奥には職人が何人か」
お医者様はますます首を傾げておいでです。
「今、我が国のトップは誰か知ってる?」
「とっぷと申しますのは何でしょう?」
「じゃあ、将軍は誰?」
傍にいたお医者様の助手の方がギョッとしてお医者様を振り返られました。将軍様に『様』をつけなかったからにございましょう。案外野性的なところのあるお医者様でございます。
「徳川十一代将軍、家斉公にございましょう」
その時、助手の方が何やら光る箱を見ながら「先生」と声をかけられました。
「日本橋の南雲屋さん、創業二百五十周年のイベントやってますよ」
「君は南雲屋の何代目に当たるのかな?」
「祖父が興したお店でございます。わたくしは三代目になる予定でございました」
「うん、わかった。もういいよ」
いったい何が分かったのかわかりませんが、わたくしへの問診は終わってしまいました。
結論として『多重人格』という聞いたこともない診断名が下されました。ここは黄泉ではなく、ちゃんと生きているということ。そして南雲太一というこの体の人格の他に、わたくし南雲屋太一郎の人格が存在すると。
ですが、南雲太一さんとやらの人格はいつになったら出てくるのでしょう?
さて、風呂ですが。何やら不思議な装置がたくさんたくさんございまして、どうやって使うのかわからず母上様に教えてもらったのは良いのですが、しゃわーと申しましたか、あれは大変な優れものにございました。お湯が出てくるのでございます。
ただ、知らぬ間にわたくし、体が大きくなっていたようでございまして、四尺八寸ほどしかなかった丈が六尺に少し足りないほどになっておりました。
そして服がやはりこのへんてこなものしかなく、どうやって着たらいいのかよくわからず、適当に着てみましたところ前後が反対だと母上に訝られました。
そうそう、黄泉ではふんどしをつけず『ぱんつ』なるものを身につけるようなのですが、これがまた優れものでして一瞬にして履いてしまえるのです。
その上に『ぱじゃま』という寝間着を着て寝るのですが、これは外出用ではないということで、学校に行くときは『せいふく』なるものを着るようでございます。
学校というのはいわば寺子屋や手習い所のようなところで、お師匠様と手習いの子供たちが集まっている場所のことでございます。寺子屋と違うのは同い年の子供たちを集めて同じ事を教えるところでしょうか。わたくしは元服前の子が集まる一年一組に入れていただいていたようでございます。
わたくしは商人の跡取りでございますので、読み書き算術は得意でございますが、ここでは元服前に伴天連の言葉も習うようでございます。日常生活に既に伴天連の言葉が浸透しているらしく、やはり黄泉では様々な国の死者が集まるのだなぁと感心した次第でございます。
ただ、母上がこのままでは学校には行かせられないと、もう一度わたくしを医師の先生のところへ連れて行って下さるそうで、なんでも昨日は蘭学の先生に診ていただいたけれども、今日はまた別の先生に診ていただくとかで。死んでもなお医者に診ていただくというのも不思議な話でございます。
などと言っている間にわたくしの番が参りました。こちらの先生はわたくしの知る医師の先生と違い、髪をひっ詰めない総髪と申しますか、とても短く髪を切っておられます。髷すら結っておられません。そういえばわたくしも若衆髷にしていたはずなのですが。
「まずは君の名前を教えてもらえるかな」
この先生は「南雲さん」と呼んだはずなのに、またわたくしに聞くのでしょうか。
しかしこれも診察の一環かもしれません。いつもどおり背筋を伸ばして腰を折りました。
「お初にお目にかかります。わたくしは御菓子処・南雲屋の長男、太一郎にございます」
「太一君じゃないの?」
「太一郎にございます」
「太一郎君ね。歳はいくつ?」
どうやら気さくな先生のようでございます。
「この皐月で十三になりましたばかりでございます」
「得意なことは?」
「菓子屋の跡取りにござりますれば、職人の真似事を少々。美しさには欠けますが、練り切りや饅頭くらいなら作れます。あとは読み書きと算術も。お店の売り上げはわたくしが管理しております。他には商人の子供の間で流行っております剣術も少々心得がございます」
お医者様が首を傾げておられます。わたくしは何かおかしなことを申し上げましたでしょうか。
「お店って言った?」
「はい、申し上げました」
「じゃあ南雲ってのは屋号かな?」
「もちろんでございます。町人に名字帯刀が許されていないのはわたくしのような元服前の子供でも存じ上げております」
「ええと、お店には他に誰がいるの?」
「番頭に手代に女中がおります。奥には職人が何人か」
お医者様はますます首を傾げておいでです。
「今、我が国のトップは誰か知ってる?」
「とっぷと申しますのは何でしょう?」
「じゃあ、将軍は誰?」
傍にいたお医者様の助手の方がギョッとしてお医者様を振り返られました。将軍様に『様』をつけなかったからにございましょう。案外野性的なところのあるお医者様でございます。
「徳川十一代将軍、家斉公にございましょう」
その時、助手の方が何やら光る箱を見ながら「先生」と声をかけられました。
「日本橋の南雲屋さん、創業二百五十周年のイベントやってますよ」
「君は南雲屋の何代目に当たるのかな?」
「祖父が興したお店でございます。わたくしは三代目になる予定でございました」
「うん、わかった。もういいよ」
いったい何が分かったのかわかりませんが、わたくしへの問診は終わってしまいました。
結論として『多重人格』という聞いたこともない診断名が下されました。ここは黄泉ではなく、ちゃんと生きているということ。そして南雲太一というこの体の人格の他に、わたくし南雲屋太一郎の人格が存在すると。
ですが、南雲太一さんとやらの人格はいつになったら出てくるのでしょう?
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