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第4話 ゴロツキ2
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栄吉とお藤は例のゴロツキを探すことにした。彼らに直接当たれば何かわかるかもしれない。もちろんお藤が行った方がいいだろう。きっと鼻の下を盛大に伸ばしてなんでも喋ってくれるに違いない。
「栄吉さん、ちゃんと顔覚えてるんだろうねぇ?」
「ああ、多分な」
お藤は片眉を上げて栄吉に横目で視線を送った。
「多分てのはどういうことだい」
「いや、大丈夫だ」
「栄吉さんのことだから、軽く伸したような相手なんざいちいち覚えてないんじゃないかと思ってさ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。自分で倒した相手の顔も見てねえなんてこたぁねえよ」
と言いつつ、栄吉は少し自信がない。実際お藤の言う通りで、ちゃんとした仕事の標的ならいざ知らず、そこら辺でちょっと殴った程度の相手などいちいち気にしていないからだ。
ゴロツキのいそうなところは大抵決まっている。賭場か待合茶屋か湯屋の二階だ。連中はまとまった金を持っていないから遊郭には行けない。いるとすれば柏茶屋か長命湯辺りか。
「昼時に銭湯には行かねえだろう。賭場辺りじゃねえか」
「どんな馬鹿でも腹は減るさ、あたしゃ一膳飯屋に賭けるね」
「じゃ、あっしもそれに賭けよう」
「それじゃ賭けになんないじゃないのさ」
お藤は笑いながら先を歩く。栄吉はその婀娜っぽい後ろ姿について行く。
「連中がいなかったとしても、お腹が空いたろう? あたしらも食べて行こうじゃないさ。美味しい店を知ってるんだ」
そう言えば栄吉はあまり旨い店を知らない。それはいつも同じ蕎麦屋ばかり行っているからだろう。栄吉はそこで蕎麦打ちの修行をしたことがある。
「ほら、あすこさ。駒屋ってんだ。看板娘があすこの一人娘でお駒ちゃんていうのさ。行ったことあるかい?」
お藤の指す方を見て、栄吉は「待て」と低く言った。
「もしかしてあれかい?」
「ああ、あの二人組だ」
明らかに周りから浮いているのが二人、しかも片方は片腕を吊っている。昨日捻ってやった時には折れた感じはしなかったが、関節が外れてどこかおかしくなったのだろうか。
「ちょうど入るところだね。あたしが行って来るよ。栄吉さんは顔が割れてるから他所で食べて来とくれ」
「やっぱり今日も弐斗壱蕎麦か」
栄吉がすっと自然に離れて行ったのを見て、お藤は一膳飯屋に入って行った。今日も繁盛しているようで、ちょうどよく席が埋まっていた。
お藤はさりげなく二人組に近付くと、座ったばかりの彼らに声をかけた。
「ちょいとお兄さんたち、ここいいかい?」
二人はお藤を見ると、わかりやすく鼻の下を伸ばした。コイツらはチョロそうだ。
「もちろんいいともさ。お駒ちゃん、ここにも一人前頼んでいいかい?」
店の奥から「はい、只今」と若い娘の声が飛んでくる。
お藤は彼らのそばに座ると、二人組に「あんたたちもここの常連さんかい?」と聞いた。
「まあ、そうだな。なんでだい?」
「だってお駒ちゃんの名前を知ってるんだもの。常連さんだろうなってさ」
「ってことは姐さんも常連さんだね」
「そうさ。ここのお菜は美味しいからね」
「違えねえや。特に蜆汁がうめえ」
お駒が「今日は蜆汁ですよぉ」と声をかけると客がどっと沸く。みんなここの蜆汁が好きなのだ。
「姐さん、袖振り合うも他生の縁って言うじゃねえか、今日は俺のおごりだ」
「いいのかい? 遠慮なくご馳走になるよ。ここんとこ懐が寂しくてね」
「俺たちは臨時収入が入ったんでね」
「いいねえ。あたしにもできる仕事なら紹介しちゃくれないかい?」
「いや、ちょっとばかり暴れなきゃならねえから、女の仕事じゃねえな」
「へぇ。どんな?」
さてどこまで喋るだろうか。
「あるお店の主人に頼まれてね」
腕を吊った方がそこまで言うと、もう一人が「それ言っちゃっていいのか?」と嗜める。だが腕を吊っている方が兄貴分のようで、相方を無視して続けた。
「そこの主人が番頭を追い出したかったみたいでさ。主人のいない間に暴れてくれってさ。お店の品物はなるべく手を出さず、ただその辺で大声を出して暴れろって。無茶苦茶だから、大福帳やら文机なんかはばら撒かせて貰ったけどな」
「それ、天神屋さんじゃないのかい?」
「ありゃ、姐さん知ってたのか、随分早耳だな」
「大騒ぎになったからね、みんな知ってるさ。あんたたちがやったんだねぇ」
「言っとくがこりゃ仕事だからな。旦那さんにやれって言われたんだぜ。首尾よく運んだから番頭さんは追い出されちまったみたいだけどな」
そこで弟分の方が口を挟む。
「それで俺たちが昨日歩いてたら番頭さんにばったり出くわして、お前らのせいで馘になったって絡まれてさ」
「そこにやたら腕っぷしの強い爺さんが現れて、ほれ、この通りさ」
兄貴分の方が吊られた腕を少し持ち上げてお藤に見せる。お藤は笑って言った。
「その爺さん、早とちりもいいとこだね」
――栄吉さんのことだけどね。
「ところで姐さん、今日これから時間あるかい?」
ここいらが引き揚げ時か。
「ああ~残念だねえ、今日はこれから仕事があるんだ。また見かけたら声かけとくれよ。ごちそうさま」
「あ、姐さん、名前……」
背後で何か言っている二人を無視して、お藤はさっさと一膳飯屋を出て行った。
「栄吉さん、ちゃんと顔覚えてるんだろうねぇ?」
「ああ、多分な」
お藤は片眉を上げて栄吉に横目で視線を送った。
「多分てのはどういうことだい」
「いや、大丈夫だ」
「栄吉さんのことだから、軽く伸したような相手なんざいちいち覚えてないんじゃないかと思ってさ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。自分で倒した相手の顔も見てねえなんてこたぁねえよ」
と言いつつ、栄吉は少し自信がない。実際お藤の言う通りで、ちゃんとした仕事の標的ならいざ知らず、そこら辺でちょっと殴った程度の相手などいちいち気にしていないからだ。
ゴロツキのいそうなところは大抵決まっている。賭場か待合茶屋か湯屋の二階だ。連中はまとまった金を持っていないから遊郭には行けない。いるとすれば柏茶屋か長命湯辺りか。
「昼時に銭湯には行かねえだろう。賭場辺りじゃねえか」
「どんな馬鹿でも腹は減るさ、あたしゃ一膳飯屋に賭けるね」
「じゃ、あっしもそれに賭けよう」
「それじゃ賭けになんないじゃないのさ」
お藤は笑いながら先を歩く。栄吉はその婀娜っぽい後ろ姿について行く。
「連中がいなかったとしても、お腹が空いたろう? あたしらも食べて行こうじゃないさ。美味しい店を知ってるんだ」
そう言えば栄吉はあまり旨い店を知らない。それはいつも同じ蕎麦屋ばかり行っているからだろう。栄吉はそこで蕎麦打ちの修行をしたことがある。
「ほら、あすこさ。駒屋ってんだ。看板娘があすこの一人娘でお駒ちゃんていうのさ。行ったことあるかい?」
お藤の指す方を見て、栄吉は「待て」と低く言った。
「もしかしてあれかい?」
「ああ、あの二人組だ」
明らかに周りから浮いているのが二人、しかも片方は片腕を吊っている。昨日捻ってやった時には折れた感じはしなかったが、関節が外れてどこかおかしくなったのだろうか。
「ちょうど入るところだね。あたしが行って来るよ。栄吉さんは顔が割れてるから他所で食べて来とくれ」
「やっぱり今日も弐斗壱蕎麦か」
栄吉がすっと自然に離れて行ったのを見て、お藤は一膳飯屋に入って行った。今日も繁盛しているようで、ちょうどよく席が埋まっていた。
お藤はさりげなく二人組に近付くと、座ったばかりの彼らに声をかけた。
「ちょいとお兄さんたち、ここいいかい?」
二人はお藤を見ると、わかりやすく鼻の下を伸ばした。コイツらはチョロそうだ。
「もちろんいいともさ。お駒ちゃん、ここにも一人前頼んでいいかい?」
店の奥から「はい、只今」と若い娘の声が飛んでくる。
お藤は彼らのそばに座ると、二人組に「あんたたちもここの常連さんかい?」と聞いた。
「まあ、そうだな。なんでだい?」
「だってお駒ちゃんの名前を知ってるんだもの。常連さんだろうなってさ」
「ってことは姐さんも常連さんだね」
「そうさ。ここのお菜は美味しいからね」
「違えねえや。特に蜆汁がうめえ」
お駒が「今日は蜆汁ですよぉ」と声をかけると客がどっと沸く。みんなここの蜆汁が好きなのだ。
「姐さん、袖振り合うも他生の縁って言うじゃねえか、今日は俺のおごりだ」
「いいのかい? 遠慮なくご馳走になるよ。ここんとこ懐が寂しくてね」
「俺たちは臨時収入が入ったんでね」
「いいねえ。あたしにもできる仕事なら紹介しちゃくれないかい?」
「いや、ちょっとばかり暴れなきゃならねえから、女の仕事じゃねえな」
「へぇ。どんな?」
さてどこまで喋るだろうか。
「あるお店の主人に頼まれてね」
腕を吊った方がそこまで言うと、もう一人が「それ言っちゃっていいのか?」と嗜める。だが腕を吊っている方が兄貴分のようで、相方を無視して続けた。
「そこの主人が番頭を追い出したかったみたいでさ。主人のいない間に暴れてくれってさ。お店の品物はなるべく手を出さず、ただその辺で大声を出して暴れろって。無茶苦茶だから、大福帳やら文机なんかはばら撒かせて貰ったけどな」
「それ、天神屋さんじゃないのかい?」
「ありゃ、姐さん知ってたのか、随分早耳だな」
「大騒ぎになったからね、みんな知ってるさ。あんたたちがやったんだねぇ」
「言っとくがこりゃ仕事だからな。旦那さんにやれって言われたんだぜ。首尾よく運んだから番頭さんは追い出されちまったみたいだけどな」
そこで弟分の方が口を挟む。
「それで俺たちが昨日歩いてたら番頭さんにばったり出くわして、お前らのせいで馘になったって絡まれてさ」
「そこにやたら腕っぷしの強い爺さんが現れて、ほれ、この通りさ」
兄貴分の方が吊られた腕を少し持ち上げてお藤に見せる。お藤は笑って言った。
「その爺さん、早とちりもいいとこだね」
――栄吉さんのことだけどね。
「ところで姐さん、今日これから時間あるかい?」
ここいらが引き揚げ時か。
「ああ~残念だねえ、今日はこれから仕事があるんだ。また見かけたら声かけとくれよ。ごちそうさま」
「あ、姐さん、名前……」
背後で何か言っている二人を無視して、お藤はさっさと一膳飯屋を出て行った。
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