柿ノ木川話譚3・栄吉の巻

如月芳美

文字の大きさ
3 / 41

第3話 ゴロツキ1

しおりを挟む
 数日後、猫背で出っ歯の男が峠の団子屋にやって来た。
 峠の団子屋というのは柏原から漆谷へ向かう途中の峠の手前にある茶屋で、栄吉が住んでいる家だ。ここには茂助という五十三になる男と、二十一になったばかりのお藤という娘が住んでおり、栄吉は居候させて貰っている身である。
 茂助はこの歳にして既に躑躅つつじの枯れ枝の雰囲気を漂わせている。だが、それと同時に、隙あらば花を咲かせようとする強かさも兼ね備えている。
 一方のお藤は花の盛りの二十一だが、所帯を持つどころか全く男に興味がない。なかなかの美人で艶やかな雰囲気と肉感的な肢体を持ち、歳の割には婀娜あだっぽいという言葉が似合う。
 まるで似ても似つかぬ親子だが、実はこの茂助とお藤には血のつながりはない。つまり栄吉を入れて、三人とも赤の他人なのだ。
 この峠の団子屋は表向きの姿であり、実際のところ三人は茂助を頭とした殺し屋集団なのである。そして猫背で出っ歯の男は伝次と言い、彼らに仕事を持って来る『殺しの仲介人』のようなものだ。
 茂助たちは基本的に断るということをしない。だから伝次からの仲介は一方的でいい。茂助たちからの返事は必要無いのだ。そのため、伝次は普通の客と同じように団子を注文し、食べ終わると前回の殺しの代金から仲介手数料を引いた金額を団子代と一緒に置いて行くのだ。
 今回も、前回分から仲介手数料を引いて団子代を入れた金と共に、次の標的と依頼人を書いた紙を茂助に渡して、長居は無用とばかりに伝次はとっとと帰って行った。
 次回の仕事の依頼人と標的を書いた紙を見て、茂助は黙ってお藤に渡した。二人で考えろということだろう。お藤はそれを一瞥するなり「これ、あたしやりたくないねぇ」と言った。お藤がやりたくないというような相手はいったい誰なんだろうかと思いながらも栄吉は「貸してみろ」と手を出した。栄吉は『総受けの栄吉』と呼ばれている。どんな相手でも必ず受けるし、必ず仕留める。俺に仕留められねえヤツはいねえ、そう思いながら紙を広げた。
 だが、書き付けを見て栄吉は我が目を疑った。標的は彦左衛門、依頼主は天神屋となっていたのだ。
 栄吉の様子を見たお藤が言った。
「どうする? あたしがやろうか」
「いや、ちょっと待て。これは何か裏がある」
「へえ。理由を問わず仕事は総受けする栄吉さんが珍しいじゃないのさ」
「あれはどうもおかしい。調べる必要がある」
 四十年以上も真面目に働いて来た彦左衛門を慌てて追い出すような真似をして、手代を番頭に昇格させる。もしかすると手代を昇格させるために彦左衛門を追い出したのか。それなら他にやりようもある。それに彦左衛門を亡き者とする意味も分からない。
 栄吉が彦左衛門と会って話したことを茂助とお藤に伝えると、二人は途端に眉根を寄せた。
「天神屋さんが急に人が変わったようになったというのが気になるねぇ」
「天神屋さんのご主人にしてみたら、彦左衛門さんは一言えば百わかるような奉公人だ、一番可愛がってるはずなんだがな」
「見てはいけない天神屋さんの秘密を彦左衛門さんが見てしまったとか」
「彦左衛門さんのことだ、四十年も務めてりゃ、そんなことは十も二十もあるだろうよ。そんな事で殺すとは思えねえ。しかも今の主人は生まれたときから彦左衛門さんに面倒見て貰ってる。彦左衛門さんに育てられたと言っても過言じゃない」
 お藤は胸元で腕を組むと「うーん」と唸った。
「そうだよねぇ。これ、ちょっと調べていいかい、お父つぁん」
 茂助が「まあいいだろう」と許可を出すと、栄吉とお藤はすぐに団子屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

ワスレ草、花一輪

こいちろう
歴史・時代
娘仇討ち、孝女千勢!妹の評判は瞬く間に広がった。方や、兄の新平は仇を追う道中で本懐成就の報を聞くものの、所在も知らせず帰参も遅れた。新平とて、辛苦を重ねて諸国を巡っていたのだ。ところが、世間の悪評は日増しに酷くなる。碓氷峠からおなつに助けられてやっと江戸に着いたが、助太刀の叔父から己の落ち度を酷く咎められた。儘ならぬ世の中だ。最早そんな世とはおさらばだ。そう思って空を切った積もりの太刀だった。短慮だった。肘を上げて太刀を受け止めた叔父の腕を切りつけたのだ。仇討ちを追って歩き続けた中山道を、今度は逃げるために走り出す。女郎に売られたおなつを連れ出し・・・

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...