柿ノ木川話譚3・栄吉の巻

如月芳美

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第17話 天神屋3

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 おりんが不安そう弥市の着物の袖を握ると、弥市は「大丈夫」というようにおりんに頷きかけてやる。弥市がおりんに指一本触れたことが無いというのは本当だろう。この二人は主人とお内儀に無理やりくっつけられた割に、案外想い合っているのかもしれない。
「実はあたしの知り合いに殺し屋がいる」
 あたしも殺し屋だけどね、と思いながらもそこは伏せておいた方が良さそうだ。
「少し前になるんだけど、彦左衛門さんの殺しを依頼された」
「誰に!」
「天神屋の主人さ。それも天神屋を馘になった後なんだ」
「それは彦左衛門さんが私のように天神屋に都合の悪いことを巷で話してしまうのを恐れたのでしょうか」
「それが有力だろうね。でも問題はその後だ。今朝になって天神屋は彦左衛門さんの殺しは撤回してくれと言ってきた。その代わり、あんたたち二人を始末してくれと依頼して来たんだ」
「わたしたちですか」
「そう。それを聞いたからここに確認に来たのさ。昨日何かあったのかなってね」
 おりんは思わず口元を両手で押さえた。弥市の方は落ち着いていた。
「それは私たちが天神屋のことを言いふらす前に殺してしまえということなのですね」
「たぶんね」
 弥市は腕を組んで眉間に皴を刻んだ。
「彦左衛門さんの殺しを撤回したのはなぜでしょうね。いっぺんに天神屋の奉公人が三人も死んだら怪しまれるからでしょうか」
「それもあるけど……あんたたち二人を始末して、それを彦左衛門さんの仕業と見せかけようとしているのかもしれないね」
「なんですって?」
 お藤は麦湯を一口すすると話を続けた。
「彦左衛門さんは天神屋を追い出されて、その後釜としてあんたが番頭になったわけだろう? あんたのせいで番頭を馘になったと逆恨みした彦左衛門さんが、あんたたちを殺した……って筋書きを考えているかもしれないよ」
「そんな酷い。彦左衛門さんはそんな人じゃありません。わたしたちのことをいつも見守ってくださって、さりげなく手助けしてくれてたんです。みんな彦左衛門さんを尊敬してました。その彦左衛門さんに罪を擦り付けるなんて。お店の者は誰一人そんなの信じやしませんよ」
「お店のもんはそうだろうねぇ。でも世間はそうは見ちゃくれないかもしれないよ。主人がそれを狙っていたら?」
 二人は目を見合わせて黙りこくってしまった。
「三人いっぺんに死ぬのは不自然だけど、あんたたちが死んで彦左衛門さんが殺したことにすればそんなに不自然じゃないからね」
「確かに」
「まあ、いずれにしろ今あんたたちは狙われてる。なるべく外出しない方がいい。弥市さんはおりんちゃんを絶対に一人にするんじゃないよ」
 弥市は青くなって膝立ちになった。
「殺し屋は来るんですか」
「少なくともあたしの知り合いの殺し屋は来ない。でも殺し屋は他にもいるからね。天神屋の主人が何人かに依頼してたらどうにもならない。だから外出するなって言うのさ」
「でも、買い物とか行かないとご飯も作れないから」
「大丈夫、そこはあたしに考えがあるから任せときな。また来るから、絶対に家から出るんじゃないよ」
 お藤はすっと立ち上がると音もなく長屋を出て行った。
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