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第16話 天神屋2
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鬼灯長屋はすぐに見つかった。二人を訪ねると、弥市が腹の大きいおりんに代わって麦湯を出してくれた。
お藤は上がり框に腰かけると、麦湯で喉を潤した。
「いきなり押しかけて済まないね。あれからおりんちゃんが気になって、天神屋へ行ってみたら主人に追い出されたって聞いたもんだから、何かあったのかと思って。奉公人が途方に暮れてたよ。早く戻って来て欲しいって」
弥市はきちんと正座をすると丁寧に頭を下げた。
「先日はおりんがお世話になりましたようで、ありがとうございました。先立ってお店の方にお見えになった時にお名前を伺っておりませんでしたので、おりんからお藤さんと聞いてもどなたのことかわかりませんでしたが、あなたのことだったのですね」
「ああ、済まないねぇ。この前は名前を言わなかったねぇ」
「とんでもございません。こうして私たちのことを案じて来てくださっていたのに、そんなこととは露知らず失礼があったかもしれません。おりんからお藤さんの話を聞いて旦那様の考えを確認しなければと思い、昨日旦那様とお内儀さんにお腹の子の扱いについて問いただしたのです」
「どうだった?」
弥市は拳を握ると悔し気に少し口ごもった。
「やはり男の子だったら天神屋の跡取りとして取り上げるつもりだったようです」
「やっぱりね。そんなこったろうと思ったよ」
ここでおりんが横から入って来た。
「お藤さんがそういう女の人をたくさん見て来たって仰ったから、わたし急に怖くなって弥市さんに相談したんです。お腹の子、弥市さんの子じゃないのに、弥一さん真剣に考えてくださって」
「私が育てると言いましたら、お内儀さんがそれはお前の子じゃないんだよと。そんな事言われなくたってわかってます。私とおりんは手代と女中です。おりんに指一本触れたことはございませんでしたから」
お藤はお内儀の言葉に一瞬呆れたが、それもこれもお内儀の悋気から出た言葉かもしれない。そういう感情になったことのないお藤には今ひとつピンと来ない。
それにしたって、自分の亭主が孕ませた女を前にして、その女を押し付けた男に向かって「お前の子ではない」などとわかり切ったことをいけしゃあしゃあと言ってのける女の気が知れない。天神屋の若旦那はこんな女のどこが良くて所帯を持ったんだか。
「お内儀さんも随分な事を言うねぇ。自分の旦那が孕ませたってのにさ」
「ええ。それで男の子でも女の子でも私の子ですと申し上げましたら、旦那様が激高して出て行けと」
「はぁ。盗人猛々しいとはこのことだね」
お藤が呆れかえっていると、さらに弥市が追加した。
「それで、言い過ぎなのはわかっていましたが、どうしても抑えきれなくなって、また別の女中に子供を産ませるのですか、と言ってやったんです」
「うわーお。随分と派手にやったね」
お藤は思わず拍手していた。やればできるじゃないか、馬面の手代さん。ちょっと見直したよ。
「お内儀さんは狂ったように喚き散らして、旦那様には殴られました。それで、今すぐここを出て行け、二度とこのお店の敷居を跨ぐな、と」
まあ、天神屋にしてみれば一番痛いところを突かれたわけだ、そう言うしかないだろう。
「それで私も踏ん切りがつきました。いいでしょう、そういうことなら柏原中に旦那様とお内儀さんのやったことを吹聴して回ってやると言って出てきたんです」
――ああ、なるほど、つまり天神屋の秘密をばらされる前に二人を始末して欲しかったというわけだ。
「あんたたち、それを誰かに喋ったかい?」
「彦左衛門さんだけに話しました」
あの正義感の塊に話してしまったわけだ。これは非常にまずい。後輩想いの彦左衛門のことだ、天神屋に怒鳴り込むくらいのことはするだろう。
お藤は溜息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「これからあんたたちにあまり気分の良くない話をしなきゃならない。ちょいと覚悟しとくれ」
お藤は上がり框に腰かけると、麦湯で喉を潤した。
「いきなり押しかけて済まないね。あれからおりんちゃんが気になって、天神屋へ行ってみたら主人に追い出されたって聞いたもんだから、何かあったのかと思って。奉公人が途方に暮れてたよ。早く戻って来て欲しいって」
弥市はきちんと正座をすると丁寧に頭を下げた。
「先日はおりんがお世話になりましたようで、ありがとうございました。先立ってお店の方にお見えになった時にお名前を伺っておりませんでしたので、おりんからお藤さんと聞いてもどなたのことかわかりませんでしたが、あなたのことだったのですね」
「ああ、済まないねぇ。この前は名前を言わなかったねぇ」
「とんでもございません。こうして私たちのことを案じて来てくださっていたのに、そんなこととは露知らず失礼があったかもしれません。おりんからお藤さんの話を聞いて旦那様の考えを確認しなければと思い、昨日旦那様とお内儀さんにお腹の子の扱いについて問いただしたのです」
「どうだった?」
弥市は拳を握ると悔し気に少し口ごもった。
「やはり男の子だったら天神屋の跡取りとして取り上げるつもりだったようです」
「やっぱりね。そんなこったろうと思ったよ」
ここでおりんが横から入って来た。
「お藤さんがそういう女の人をたくさん見て来たって仰ったから、わたし急に怖くなって弥市さんに相談したんです。お腹の子、弥市さんの子じゃないのに、弥一さん真剣に考えてくださって」
「私が育てると言いましたら、お内儀さんがそれはお前の子じゃないんだよと。そんな事言われなくたってわかってます。私とおりんは手代と女中です。おりんに指一本触れたことはございませんでしたから」
お藤はお内儀の言葉に一瞬呆れたが、それもこれもお内儀の悋気から出た言葉かもしれない。そういう感情になったことのないお藤には今ひとつピンと来ない。
それにしたって、自分の亭主が孕ませた女を前にして、その女を押し付けた男に向かって「お前の子ではない」などとわかり切ったことをいけしゃあしゃあと言ってのける女の気が知れない。天神屋の若旦那はこんな女のどこが良くて所帯を持ったんだか。
「お内儀さんも随分な事を言うねぇ。自分の旦那が孕ませたってのにさ」
「ええ。それで男の子でも女の子でも私の子ですと申し上げましたら、旦那様が激高して出て行けと」
「はぁ。盗人猛々しいとはこのことだね」
お藤が呆れかえっていると、さらに弥市が追加した。
「それで、言い過ぎなのはわかっていましたが、どうしても抑えきれなくなって、また別の女中に子供を産ませるのですか、と言ってやったんです」
「うわーお。随分と派手にやったね」
お藤は思わず拍手していた。やればできるじゃないか、馬面の手代さん。ちょっと見直したよ。
「お内儀さんは狂ったように喚き散らして、旦那様には殴られました。それで、今すぐここを出て行け、二度とこのお店の敷居を跨ぐな、と」
まあ、天神屋にしてみれば一番痛いところを突かれたわけだ、そう言うしかないだろう。
「それで私も踏ん切りがつきました。いいでしょう、そういうことなら柏原中に旦那様とお内儀さんのやったことを吹聴して回ってやると言って出てきたんです」
――ああ、なるほど、つまり天神屋の秘密をばらされる前に二人を始末して欲しかったというわけだ。
「あんたたち、それを誰かに喋ったかい?」
「彦左衛門さんだけに話しました」
あの正義感の塊に話してしまったわけだ。これは非常にまずい。後輩想いの彦左衛門のことだ、天神屋に怒鳴り込むくらいのことはするだろう。
お藤は溜息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「これからあんたたちにあまり気分の良くない話をしなきゃならない。ちょいと覚悟しとくれ」
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