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第15話 天神屋1
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何日か経って、峠の団子屋に伝次がやって来た。なかなか仕事が終わらないので催促に来たのだろうかと思われたがそうではない。新しい仕事の依頼だった。
茂助がいつものように団子と茶を出すと、伝次は猫背をさらに丸めて出っ歯を茂助に近付け、「ちょっとこれはややこしいんで直接話したいんだが」と言った。いつもは依頼を書いた紙を置いて行くのだが、今日は口頭で伝えたいほどの内容なのだろう。茂助は団子の仕込みを栄吉に、店番をお藤に任せて、自分の茶を持って伝次の隣に座った。
「珍しいじゃねえかい。どうしたい」
「どうもこうもねえよ。天神屋が彦左衛門の殺しを撤回したいと言ってきたんだ」
「なんでえそりゃ。それじゃ仕事は無しか」
「それがそうでもねえ。彦左衛門の仕事は無かったことにして貰いたいが、代わりに始末して欲しい人間が二人いるんだってよ。彦左衛門の撤回はそっちの都合だから、報酬は彦左衛門の分とあと二人分で三人分払ってもらうって言ったんだが、それでいいって言うもんだからよ」
「で、標的は誰なんだ」
「それがな……新しい番頭の弥市っていう若者と、その妻のおりんっていう腹ボテの娘なんだ」
茂助から話を聞いた栄吉はただでさえ漬け物石のような顔がますます梅干しでも漬けたような顔になり、お藤の方は「これはいよいよおかしいね」と首を捻った。
茂助は煙管で火鉢の縁をコンと叩くと、刻み煙草を詰め始めた。そのそばでお藤が栄吉に鋭い視線を投げた。
「これはあの二人に何かあったね」
栄吉は同意するように静かに目を閉じた。
しんと静まった部屋で煙管に火を入れた茂助がゆっくりと刻みを吸う。肺の腑に回った煙を吐き出すと、茂助は独り言のようにボソリと言った。
「もしかすると、三人まとめて殺しちまうと大ごとになるから、若い二人を殺して、その罪を彦左衛門に擦り付ける気かもしれねえなぁ」
「お父つぁん、恐ろしいこと考えるねぇ」
「まあ、お頭の言う通りその方が自然だな」
フンと鼻から息を吹き出してお藤が立ち上がる。
「とにかく何かあってからじゃ遅い。あたしはおりんちゃんのところへ行って来るよ」
「じゃああっしは彦左衛門さんのところに何か変わったことはないか聞いて来よう」
茂助はただ頷いただけで二人が出て行くのを静かに見守った。
天神屋に来たはいいが、おりんの姿も弥市の姿も見当たらない。まさか二人でお使いに出かけるということもないだろう。お藤は丁稚をつかまえて、二人はどうしたのかと聞いた。
「それが……あの、お暇を頂戴しまして」
「は? 店を辞めたのかい?」
「ええ、厳密に言うと、お店を追い出されたんです。なんでも旦那様とお内儀さんの機嫌を非常に損ねたとかで」
丁稚だけあって、まだ物の言い方を弁えていないようだ。追い出されたなどと彦左衛門や弥市なら絶対に言わないだろう。
「いつ?」
「昨日の夕刻です。今日から二人は来ないからと、旦那様に言われまして。彦左衛門さんも弥市さんも居なくては、どうやってお店を回して行ったらいいのやら」
丁稚は前掛けを掴んでほとほと困り果てているようだが、そんなものに構っている暇はない。
「おりんちゃんと弥市さんは一緒なのかい?」
「はい、多分。おりんさんは住み込みでしたので、帰る家が無いはずです」
「弥市さんの家はどこだい。大至急の用事があるんだ」
お藤の勢いに押されて、丁稚はあたふたとすぐ先を指差した。
「ええと、そこの弐斗壱蕎麦の角を右に入って少し行くと、鬼灯長屋というのがございまして、そちらに恐らくお二人で」
「鬼灯長屋だね。あと、あたしがここに来たことはご主人とお内儀さんには言わないでおくれ」
「はい。あの……」
「なんだい?」
「奉公人みんながお二人に早く戻って来て欲しいと思っていることをお伝えいただけませんか」
「わかったよ、必ず伝える。ありがとう、邪魔したね」
用事が住めば長居は不要だ。お藤はすぐに鬼灯長屋に向かった。
茂助がいつものように団子と茶を出すと、伝次は猫背をさらに丸めて出っ歯を茂助に近付け、「ちょっとこれはややこしいんで直接話したいんだが」と言った。いつもは依頼を書いた紙を置いて行くのだが、今日は口頭で伝えたいほどの内容なのだろう。茂助は団子の仕込みを栄吉に、店番をお藤に任せて、自分の茶を持って伝次の隣に座った。
「珍しいじゃねえかい。どうしたい」
「どうもこうもねえよ。天神屋が彦左衛門の殺しを撤回したいと言ってきたんだ」
「なんでえそりゃ。それじゃ仕事は無しか」
「それがそうでもねえ。彦左衛門の仕事は無かったことにして貰いたいが、代わりに始末して欲しい人間が二人いるんだってよ。彦左衛門の撤回はそっちの都合だから、報酬は彦左衛門の分とあと二人分で三人分払ってもらうって言ったんだが、それでいいって言うもんだからよ」
「で、標的は誰なんだ」
「それがな……新しい番頭の弥市っていう若者と、その妻のおりんっていう腹ボテの娘なんだ」
茂助から話を聞いた栄吉はただでさえ漬け物石のような顔がますます梅干しでも漬けたような顔になり、お藤の方は「これはいよいよおかしいね」と首を捻った。
茂助は煙管で火鉢の縁をコンと叩くと、刻み煙草を詰め始めた。そのそばでお藤が栄吉に鋭い視線を投げた。
「これはあの二人に何かあったね」
栄吉は同意するように静かに目を閉じた。
しんと静まった部屋で煙管に火を入れた茂助がゆっくりと刻みを吸う。肺の腑に回った煙を吐き出すと、茂助は独り言のようにボソリと言った。
「もしかすると、三人まとめて殺しちまうと大ごとになるから、若い二人を殺して、その罪を彦左衛門に擦り付ける気かもしれねえなぁ」
「お父つぁん、恐ろしいこと考えるねぇ」
「まあ、お頭の言う通りその方が自然だな」
フンと鼻から息を吹き出してお藤が立ち上がる。
「とにかく何かあってからじゃ遅い。あたしはおりんちゃんのところへ行って来るよ」
「じゃああっしは彦左衛門さんのところに何か変わったことはないか聞いて来よう」
茂助はただ頷いただけで二人が出て行くのを静かに見守った。
天神屋に来たはいいが、おりんの姿も弥市の姿も見当たらない。まさか二人でお使いに出かけるということもないだろう。お藤は丁稚をつかまえて、二人はどうしたのかと聞いた。
「それが……あの、お暇を頂戴しまして」
「は? 店を辞めたのかい?」
「ええ、厳密に言うと、お店を追い出されたんです。なんでも旦那様とお内儀さんの機嫌を非常に損ねたとかで」
丁稚だけあって、まだ物の言い方を弁えていないようだ。追い出されたなどと彦左衛門や弥市なら絶対に言わないだろう。
「いつ?」
「昨日の夕刻です。今日から二人は来ないからと、旦那様に言われまして。彦左衛門さんも弥市さんも居なくては、どうやってお店を回して行ったらいいのやら」
丁稚は前掛けを掴んでほとほと困り果てているようだが、そんなものに構っている暇はない。
「おりんちゃんと弥市さんは一緒なのかい?」
「はい、多分。おりんさんは住み込みでしたので、帰る家が無いはずです」
「弥市さんの家はどこだい。大至急の用事があるんだ」
お藤の勢いに押されて、丁稚はあたふたとすぐ先を指差した。
「ええと、そこの弐斗壱蕎麦の角を右に入って少し行くと、鬼灯長屋というのがございまして、そちらに恐らくお二人で」
「鬼灯長屋だね。あと、あたしがここに来たことはご主人とお内儀さんには言わないでおくれ」
「はい。あの……」
「なんだい?」
「奉公人みんながお二人に早く戻って来て欲しいと思っていることをお伝えいただけませんか」
「わかったよ、必ず伝える。ありがとう、邪魔したね」
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