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第33話 おりんの出産5
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鬼灯長屋に戻ると、おかみさんたちはおろか爺さんたちまで忙しく立ち働いている。
「お藤さん」
二人が振り返ると、そこには三郎太が立っていた。顔が疲れていた。
「ごめんよ、今戻ったよ。ここは今どういう状況だい?」
「おいらもさっき戻ったとこなんですけどね。長屋のおかみさんたちは二人をお芳さんのところで綺麗に清めてます。血が結構凄かったから。おいらたちは弥市さんの家の中を掃除するのを手伝ってます。畳を上げたり夜具やら箪笥やらを運び出して、中を綺麗にしようって。畳、凄かったですよ。弥市さんの血かと思うとおいら泣けて泣けて。ここの差配さん今ちょうど潮崎まで出かけているみたいで、お芳さんが中心になって指示を出してくれてます」
「ご苦労さんだったね」
「いえいえ。おいらが借りてきた大八車はまた畳を入れる時に貸してくれって予約しときましたし、新居の方はあっちの差配さんにこちらの経緯を話したらえらい同情されちゃって。こっちのことは気にするなって言われちゃいました」
そりゃあおめえの顔が助けてやりたくなるような顔だからだろうよ、と栄吉は思った。
「赤ちゃんはどうしてる」
「ああ、それもお芳さんのとこだ。おかみさんたちがみんな集まってるから順番に乳を与えてます」
「そうかい。ありがとよ」
「おいらはどうしたらいい?」
「引き続きお芳さんの指示に従って手伝いをしてやっとくれ」
「合点承知の助だ」
三郎太が行ってしまうと、栄吉がお藤にお芳の家の方を軽く顎で示す。いくら栄吉のような漬け物石でも、さすがにおかみさんたちが交代で赤子に乳をやっている部屋には入れない。自分の倍以上も生きている栄吉のそんなところが、お藤には可愛く見えることもある。
お藤がお芳の家に入ると、みんな一斉に「お帰り」と言ってくれた。さっきまで知らない人ばかりだったのに――というか今でも名前なんか知らないが、お藤はここの長屋の仲間にされているようだ。どうもおりんと弥市の面倒を見ていたのと、お芳の簪を受け継いだのが効いているらしい。
「赤ちゃんは腹いっぱい飲んだかねぇ」
「ああ、もうお腹いっぱいになったみたいで寝ちまったよ」
「そりゃちょうどいいや。赤ちゃん借りて行くよ」
おかみさんたちがギョッとしたように、一斉にお藤を振り返る。さっきまでの好意的な空気が一気に真冬の早朝のように冷え込んだ。
ちょうど赤子を抱いていたおかみさんが慌てるように言った。
「この子をどうする気だい?」
「逆に聞くけど、その子をあんたたちはどうする気だい?」
「え……」
「長屋のおかみさんたちで育てるわけにはいかないだろう? 子供には親が必要なんだ。どうする気なんだい?」
「そ、それは……」
口ごもる女たちを押しのけるようにお芳が出て来た。
「早くその子をお藤ちゃんに渡しな」
「え、だってお芳さん」
「お藤ちゃんの話を聞いてなかったのかい? この子を連れて行くってことはお藤ちゃんには考えがあるんだ。そうだろ?」
お藤はお芳の目を正面から捉えて深く頷いた。
「これから天神屋に乗り込む」
お芳はニヤリと笑った。
「いいねえ。あたしも一緒に行きたいところだけど、ここでみんなをまとめなきゃならない。それに……」
お芳は少し声を落とした。
「あいつは松毬のもんだろ?」
お藤は目玉をひん剥いた。松毬一家を知っている?
「なんでそれを?」
「見えちまったからね。ってことは、あんたは団子の方だ」
「知ってるのかい?」
「伊達に佐倉様のところで女中やってたわけじゃないよ」
「そんなら話は早い。ここはお芳さんに任せた。この子はあたしが預かって行くよ」
「頼んだよ」
周りのおかみさんたちがきょとんとする中、お藤は赤子を抱いて栄吉の下へと向かった。二人で長屋を出えて行こうとしたその時、弥市の家から水瓶を抱えた彦左衛門が出て来た。
「おや栄吉さん」
「おう、勝五郎の旦那はいたかい?」
「ええ、今、中でいろいろ検分してます」
「ちょうどよかった。今から天神屋に乗り込む。おめえさんも行くかい?」
「天神屋ですって?」
彦左衛門は水瓶を地面に置くと、しっかりとした意思を持って頷いた。
「連れて行っておくんなさいまし」
「お藤さん」
二人が振り返ると、そこには三郎太が立っていた。顔が疲れていた。
「ごめんよ、今戻ったよ。ここは今どういう状況だい?」
「おいらもさっき戻ったとこなんですけどね。長屋のおかみさんたちは二人をお芳さんのところで綺麗に清めてます。血が結構凄かったから。おいらたちは弥市さんの家の中を掃除するのを手伝ってます。畳を上げたり夜具やら箪笥やらを運び出して、中を綺麗にしようって。畳、凄かったですよ。弥市さんの血かと思うとおいら泣けて泣けて。ここの差配さん今ちょうど潮崎まで出かけているみたいで、お芳さんが中心になって指示を出してくれてます」
「ご苦労さんだったね」
「いえいえ。おいらが借りてきた大八車はまた畳を入れる時に貸してくれって予約しときましたし、新居の方はあっちの差配さんにこちらの経緯を話したらえらい同情されちゃって。こっちのことは気にするなって言われちゃいました」
そりゃあおめえの顔が助けてやりたくなるような顔だからだろうよ、と栄吉は思った。
「赤ちゃんはどうしてる」
「ああ、それもお芳さんのとこだ。おかみさんたちがみんな集まってるから順番に乳を与えてます」
「そうかい。ありがとよ」
「おいらはどうしたらいい?」
「引き続きお芳さんの指示に従って手伝いをしてやっとくれ」
「合点承知の助だ」
三郎太が行ってしまうと、栄吉がお藤にお芳の家の方を軽く顎で示す。いくら栄吉のような漬け物石でも、さすがにおかみさんたちが交代で赤子に乳をやっている部屋には入れない。自分の倍以上も生きている栄吉のそんなところが、お藤には可愛く見えることもある。
お藤がお芳の家に入ると、みんな一斉に「お帰り」と言ってくれた。さっきまで知らない人ばかりだったのに――というか今でも名前なんか知らないが、お藤はここの長屋の仲間にされているようだ。どうもおりんと弥市の面倒を見ていたのと、お芳の簪を受け継いだのが効いているらしい。
「赤ちゃんは腹いっぱい飲んだかねぇ」
「ああ、もうお腹いっぱいになったみたいで寝ちまったよ」
「そりゃちょうどいいや。赤ちゃん借りて行くよ」
おかみさんたちがギョッとしたように、一斉にお藤を振り返る。さっきまでの好意的な空気が一気に真冬の早朝のように冷え込んだ。
ちょうど赤子を抱いていたおかみさんが慌てるように言った。
「この子をどうする気だい?」
「逆に聞くけど、その子をあんたたちはどうする気だい?」
「え……」
「長屋のおかみさんたちで育てるわけにはいかないだろう? 子供には親が必要なんだ。どうする気なんだい?」
「そ、それは……」
口ごもる女たちを押しのけるようにお芳が出て来た。
「早くその子をお藤ちゃんに渡しな」
「え、だってお芳さん」
「お藤ちゃんの話を聞いてなかったのかい? この子を連れて行くってことはお藤ちゃんには考えがあるんだ。そうだろ?」
お藤はお芳の目を正面から捉えて深く頷いた。
「これから天神屋に乗り込む」
お芳はニヤリと笑った。
「いいねえ。あたしも一緒に行きたいところだけど、ここでみんなをまとめなきゃならない。それに……」
お芳は少し声を落とした。
「あいつは松毬のもんだろ?」
お藤は目玉をひん剥いた。松毬一家を知っている?
「なんでそれを?」
「見えちまったからね。ってことは、あんたは団子の方だ」
「知ってるのかい?」
「伊達に佐倉様のところで女中やってたわけじゃないよ」
「そんなら話は早い。ここはお芳さんに任せた。この子はあたしが預かって行くよ」
「頼んだよ」
周りのおかみさんたちがきょとんとする中、お藤は赤子を抱いて栄吉の下へと向かった。二人で長屋を出えて行こうとしたその時、弥市の家から水瓶を抱えた彦左衛門が出て来た。
「おや栄吉さん」
「おう、勝五郎の旦那はいたかい?」
「ええ、今、中でいろいろ検分してます」
「ちょうどよかった。今から天神屋に乗り込む。おめえさんも行くかい?」
「天神屋ですって?」
彦左衛門は水瓶を地面に置くと、しっかりとした意思を持って頷いた。
「連れて行っておくんなさいまし」
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