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第2話 枝鳴長屋2
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「まずはお前の家に行こう。荷物を取って来ないといけねえ。差配さんに話を通しておきたいしな」
差配というのは平たく言えば長屋の管理人のようなものだ。店子が出て行ったり入ってきたりするときは必ず差配さんを通すことになっている。
少年はむっつりと押し黙ったままどんどん歩いて行く。子供のわりに足が速く、三郎太はいつもより速足で歩かないとついて行けなかった。
暖かい春の日だ。周りには少年と同い年くらいの子が走り回っている。本当ならこの少年だってこうして友達と遊んでいるはずだっただろうに、この子の心の中は今、大嵐なのだろう。
などと三郎太が考える暇もなく、少年はある長屋の木戸をすいと開けて中に入って行った。三郎太が慌てて追うと、中の方から女の声が聞こえてきた。
「凍夜じゃないかい。おっ母さんはどこに行ったんだい? 大根たくさん煮つけたんだ、取りにおいで。おや、あんたは?」
少年を追って来た三郎太を見て、女は訝し気な顔を見せた。
「どうも、おいらは枝鳴長屋の三郎太ってんです。差配さんに話をしたいんですけど」
「差配さんに何の用だい?」
明らかに不審な目で三郎太を見ている。そりゃそうだろう。
「あ、いや、実はその、この子のおっ母さんが亡くなっちまって」
「えっ? お春さんが? ほんとかい、凍夜?」
少年は頷くと、自分の家と思われる引き戸を開けて入って行った。
「あの子はトウヤって名前なんですかい」
「そうそう。凍える夜と書いて凍夜さ。それよりお春さんが亡くなったってほんとかい?」
女は前掛けをぎゅっと握って目をひん剥いている。
「そりゃもうこちとら驚き桃の木山椒の木でさぁ。さっき椎ノ木川で土左衛門が上がって、あの子がおっ母さんだって言うもんで」
「なんてこったい……お春さんが。もうすぐ赤ちゃんが生まれるって言ってたのに」
「さっきの子、凍夜でしたっけ、勝五郎親分と話していて身寄りがないってことだったんで、おいらの家で一緒に暮らそうかって話になったんでさぁ」
「へぇ、あんた凍夜の親戚か何かかい?」
「いや、ついさっきそこで知り合ったばっかりなんで。独り者なもんで子供がもう一人増えたところで問題ないし、うちの長屋には同じ年ごろの子供もいるもんですから」
女は信じられないといった様子で暫く呆然としていたが、世話焼きを絵に描いたような三郎太の顔を見て、やがてしみじみと「そうかい」と呟いた。
「ありがとうねぇ。この長屋もみんな自分の家族だけで精一杯なんだ、あんたがあの子を引き取ってくれるなら助かるよ。長屋を代表してお礼を言うよ」
三郎太が「いや、そんな」と居心地悪そうにもごもご言っていると、彼女は視線を落としてボソリと言った。
「しかし信じられないねぇ。お春さんがねえ。凍夜も可哀想に。ついこの前、父親も亡くなったばかりなんだ。いい大工だったんだけど」
「えっ、立て続けにですかい?」
「そう。まだ四十九日の法要も済んでないんだ。お春さんは身重だし、あたしたちが少しでも助けてあげようって長屋の連中と言ってたんだけどね。まさかお春さんまでこんなことになるなんて」
ひと月そこらでいきなり天涯孤独の身になったということか。三郎太は家に入った凍夜のことが気になった。
「これからあの子の必要なものだけ持って行きますんで、残った荷物は差配さんに処理して貰いたいんですが、頼むわけにはいきませんかね」
「もちろんさ、任しとくれ。ええと枝鳴長屋の三郎太さんだったね。何かあれば知らせに行くよ」
「すんません、お願いします」
三郎太は女に頭を下げると、凍夜の後を追った。
差配というのは平たく言えば長屋の管理人のようなものだ。店子が出て行ったり入ってきたりするときは必ず差配さんを通すことになっている。
少年はむっつりと押し黙ったままどんどん歩いて行く。子供のわりに足が速く、三郎太はいつもより速足で歩かないとついて行けなかった。
暖かい春の日だ。周りには少年と同い年くらいの子が走り回っている。本当ならこの少年だってこうして友達と遊んでいるはずだっただろうに、この子の心の中は今、大嵐なのだろう。
などと三郎太が考える暇もなく、少年はある長屋の木戸をすいと開けて中に入って行った。三郎太が慌てて追うと、中の方から女の声が聞こえてきた。
「凍夜じゃないかい。おっ母さんはどこに行ったんだい? 大根たくさん煮つけたんだ、取りにおいで。おや、あんたは?」
少年を追って来た三郎太を見て、女は訝し気な顔を見せた。
「どうも、おいらは枝鳴長屋の三郎太ってんです。差配さんに話をしたいんですけど」
「差配さんに何の用だい?」
明らかに不審な目で三郎太を見ている。そりゃそうだろう。
「あ、いや、実はその、この子のおっ母さんが亡くなっちまって」
「えっ? お春さんが? ほんとかい、凍夜?」
少年は頷くと、自分の家と思われる引き戸を開けて入って行った。
「あの子はトウヤって名前なんですかい」
「そうそう。凍える夜と書いて凍夜さ。それよりお春さんが亡くなったってほんとかい?」
女は前掛けをぎゅっと握って目をひん剥いている。
「そりゃもうこちとら驚き桃の木山椒の木でさぁ。さっき椎ノ木川で土左衛門が上がって、あの子がおっ母さんだって言うもんで」
「なんてこったい……お春さんが。もうすぐ赤ちゃんが生まれるって言ってたのに」
「さっきの子、凍夜でしたっけ、勝五郎親分と話していて身寄りがないってことだったんで、おいらの家で一緒に暮らそうかって話になったんでさぁ」
「へぇ、あんた凍夜の親戚か何かかい?」
「いや、ついさっきそこで知り合ったばっかりなんで。独り者なもんで子供がもう一人増えたところで問題ないし、うちの長屋には同じ年ごろの子供もいるもんですから」
女は信じられないといった様子で暫く呆然としていたが、世話焼きを絵に描いたような三郎太の顔を見て、やがてしみじみと「そうかい」と呟いた。
「ありがとうねぇ。この長屋もみんな自分の家族だけで精一杯なんだ、あんたがあの子を引き取ってくれるなら助かるよ。長屋を代表してお礼を言うよ」
三郎太が「いや、そんな」と居心地悪そうにもごもご言っていると、彼女は視線を落としてボソリと言った。
「しかし信じられないねぇ。お春さんがねえ。凍夜も可哀想に。ついこの前、父親も亡くなったばかりなんだ。いい大工だったんだけど」
「えっ、立て続けにですかい?」
「そう。まだ四十九日の法要も済んでないんだ。お春さんは身重だし、あたしたちが少しでも助けてあげようって長屋の連中と言ってたんだけどね。まさかお春さんまでこんなことになるなんて」
ひと月そこらでいきなり天涯孤独の身になったということか。三郎太は家に入った凍夜のことが気になった。
「これからあの子の必要なものだけ持って行きますんで、残った荷物は差配さんに処理して貰いたいんですが、頼むわけにはいきませんかね」
「もちろんさ、任しとくれ。ええと枝鳴長屋の三郎太さんだったね。何かあれば知らせに行くよ」
「すんません、お願いします」
三郎太は女に頭を下げると、凍夜の後を追った。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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