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第4話 枝鳴長屋4
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悠と三郎太に連れられて、凍夜は栄吉の家に入った。三郎太にしてみたら、悠が「お茶」と言った時は栄吉の家というのはお決まりだったが、凍夜はそんなことを知る由もない。問答無用で知らない人の家に連れ込まれた形だ。尤も、三郎太だってほんの一刻ほど前までは赤の他人だったのだが。
栄吉の家に入ると、悠も三郎太も自分の家のようにさっさと上がり、悠はあんころ餅を、栄吉は四人分の茶を淹れた。
栄吉はそんなに体が大きいわけではないが、妙な貫禄がある。歳は今年で五十三になるだろうか。全体に漬け物石のような風体で、夜鳴蕎麦屋にしておくにはもったいないほどの鋭い眼光の持ち主である。
栄吉が鷲なら悠は丹頂、栄吉が樫の木なら悠は彼岸花といったところか。がっしりとした筋肉質の体を鉄御納戸の着物に包んでいる栄吉と、華やかな雰囲気を身にまとい、身のこなしも優雅で洗練されている悠は、同じ生きものとは思えないほど対照的である。
悠は女物の服を男らしく着崩し、銀杏をちょいとずらした鯔背な髷で街の女たちの視線を独り占めしている。たまに唇に紅を差すこともあるが、これが恐ろしいほど良く映える。左の耳たぶには穴が空いており、そこから翡翠の玉をぶら下げている。どう見ても普通ではないが、それが自然に似合ってしまうのが悠なのである。
そこへ行くと三郎太は見た目は青鷺で雰囲気は鳩だ。ひょろりと丈はあるが、せかせかしていてそれでいてぼんやりしている。どちらかと言えばやはり牛蒡が近い。
「坊主も食え。うめえぞ。あんころ餅、嫌いじゃねえだろ?」
栄吉にあんころ餅を差し出されたが凍夜は押し黙ったままだった。
「あっしは栄吉だ。おめえの名前はなんだ」
凍夜が黙っていたので三郎太が横から「コイツの名前は」と割り込むと、栄吉がぴしゃりと言った。
「三郎太には聞いてねえ。あっしは坊主に聞いてるんだ」
三郎太は「そりゃ無理だ」と目で訴えた。三郎太さえまだ彼の声を聞いていない。
だが栄吉はそれを無視した。悠は黙って成り行きを見ている。
凍夜はゆっくり顔を上げた。
「おいらの名前は凍夜」
思いがけずよく通る声だった。よく通るだけでなく、涼し気な響きを持つ声だった。
「お父が死んで、おっ母も死んだ。さっき上がった土左衛門がおっ母だ」
ここまではっきり言うと、いきなり泣き出した。わあわあと声を上げて、長屋じゅうに響き渡るほどの大声で泣いた。
きっと泣き方すらわからなくなっていたのだろう。声を出したことで、堰を切ったように気持ちが溢れてしまったに違いない。それを知っていて栄吉はわざと彼に答えさせたのだ。泣きじゃっくりで息ができないんじゃないだろうかと心配になるほど泣き続け、終いには泣き疲れて眠ってしまった。
その間、三人の男は黙って凍夜が泣くのを聞いていた。
凍夜が眠ってしまうと、栄吉が「何があった?」と聞いた。三郎太は凍夜について長屋で聞いてきたことを話した。二人は神妙な顔で聞いていたが、話が終わると栄吉が一言「妙だな」と言って悠に視線を送った。悠も「妙だねぇ」と答えた。
どうやら二人は凍夜の両親が相次いで死んだことを偶然とは捉えていないようだ。
「ひょっとすると三郎太の兄さんにも影響があるかもしれませんねぇ」
「えっ? おいらに?」
「だがもう一緒に暮らすって決めちまったんだろう。今更放り出すわけにもいかねえ。まあ、しばらくは凍夜から目を離さねえ方がいいだろうな」
三郎太は言い知れぬ不安に、それでもあんころ餅を一つ頬張った。
栄吉の家に入ると、悠も三郎太も自分の家のようにさっさと上がり、悠はあんころ餅を、栄吉は四人分の茶を淹れた。
栄吉はそんなに体が大きいわけではないが、妙な貫禄がある。歳は今年で五十三になるだろうか。全体に漬け物石のような風体で、夜鳴蕎麦屋にしておくにはもったいないほどの鋭い眼光の持ち主である。
栄吉が鷲なら悠は丹頂、栄吉が樫の木なら悠は彼岸花といったところか。がっしりとした筋肉質の体を鉄御納戸の着物に包んでいる栄吉と、華やかな雰囲気を身にまとい、身のこなしも優雅で洗練されている悠は、同じ生きものとは思えないほど対照的である。
悠は女物の服を男らしく着崩し、銀杏をちょいとずらした鯔背な髷で街の女たちの視線を独り占めしている。たまに唇に紅を差すこともあるが、これが恐ろしいほど良く映える。左の耳たぶには穴が空いており、そこから翡翠の玉をぶら下げている。どう見ても普通ではないが、それが自然に似合ってしまうのが悠なのである。
そこへ行くと三郎太は見た目は青鷺で雰囲気は鳩だ。ひょろりと丈はあるが、せかせかしていてそれでいてぼんやりしている。どちらかと言えばやはり牛蒡が近い。
「坊主も食え。うめえぞ。あんころ餅、嫌いじゃねえだろ?」
栄吉にあんころ餅を差し出されたが凍夜は押し黙ったままだった。
「あっしは栄吉だ。おめえの名前はなんだ」
凍夜が黙っていたので三郎太が横から「コイツの名前は」と割り込むと、栄吉がぴしゃりと言った。
「三郎太には聞いてねえ。あっしは坊主に聞いてるんだ」
三郎太は「そりゃ無理だ」と目で訴えた。三郎太さえまだ彼の声を聞いていない。
だが栄吉はそれを無視した。悠は黙って成り行きを見ている。
凍夜はゆっくり顔を上げた。
「おいらの名前は凍夜」
思いがけずよく通る声だった。よく通るだけでなく、涼し気な響きを持つ声だった。
「お父が死んで、おっ母も死んだ。さっき上がった土左衛門がおっ母だ」
ここまではっきり言うと、いきなり泣き出した。わあわあと声を上げて、長屋じゅうに響き渡るほどの大声で泣いた。
きっと泣き方すらわからなくなっていたのだろう。声を出したことで、堰を切ったように気持ちが溢れてしまったに違いない。それを知っていて栄吉はわざと彼に答えさせたのだ。泣きじゃっくりで息ができないんじゃないだろうかと心配になるほど泣き続け、終いには泣き疲れて眠ってしまった。
その間、三人の男は黙って凍夜が泣くのを聞いていた。
凍夜が眠ってしまうと、栄吉が「何があった?」と聞いた。三郎太は凍夜について長屋で聞いてきたことを話した。二人は神妙な顔で聞いていたが、話が終わると栄吉が一言「妙だな」と言って悠に視線を送った。悠も「妙だねぇ」と答えた。
どうやら二人は凍夜の両親が相次いで死んだことを偶然とは捉えていないようだ。
「ひょっとすると三郎太の兄さんにも影響があるかもしれませんねぇ」
「えっ? おいらに?」
「だがもう一緒に暮らすって決めちまったんだろう。今更放り出すわけにもいかねえ。まあ、しばらくは凍夜から目を離さねえ方がいいだろうな」
三郎太は言い知れぬ不安に、それでもあんころ餅を一つ頬張った。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
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作家 蔵屋日唱
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