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第5話 仇1
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翌朝、薄い味噌汁と麦飯で朝食を終えた三郎太と凍夜は、一緒に井戸で水くみをした。早くこの長屋に慣れて貰わなければならないという三郎太の考えによるものだ。
だが、井戸には先客がいた。割長屋の方のお恵だ。
一間半の間口しかない棟割に比べ、割長屋の方は間口が二間、しかも二階がついている。さすがに夫婦と子供になると、それなりの広さが無いと布団も敷けないのだろう。そういう意味では棟割の方はみんな一人暮らしで広々と使っている。
「三郎太おじさん、おはよう」
「おう、お恵ちゃんおはよう」
元気よく挨拶したお恵は凍夜を見て首を傾げた。初めて見る顔だからだろう。
「おはよう。あたしお恵。あんたは?」
凍夜はしばらくじっとお恵を見ていたが、ぼそりと言った。
「凍夜」
「え? なあに?」
お恵には聞き取れなかったのかと思ったが、どうやらわざとのようだ。朝っぱらからしみったれたような挨拶などしてはならないと両親に教えられているのを三郎太は何度も見かけている。
「凍夜だ」
少し大きな声で言うのを聞いて満足したお恵はニコッと笑った。
「トウヤね、おはよう」
「おはよう」
「三郎太おじさんの甥っ子? 泊まりに来たの?」
凍夜が困ったように目を反らした。ここは三郎太が助け舟を出すしかなさそうだ。
「いや、昨日まで知らなかった子だ。なんだ神田の大明神でおいらと一緒に住むことになったんだ」
「へえ、なんで一緒に住むことにしたの? 他人なんでしょ?」
お恵には全く悪気はないのだが、子供は時として聞かれたくないことを無邪気に聞いてきたりする。三郎太が答えに困っていると、驚いたことに凍夜が自ら口を開いた。
「昨日、おっ母が死んだ。お父は先月死んだ。おいらには身寄りがない。この人がおいらを拾ってくれた」
これにはお恵の方が呆気にとられた。
「おっ母さんが亡くなったの? 一人ぼっちになったの?」
凍夜は今度は黙ったまま頷いた。お恵はしばらく凍夜を見つめたまま突っ立っていたが、やがて口を開くと元気に言った。
「じゃあ、今日からあたしたちが家族ね。枝鳴長屋の家族だよ。凍夜いくつ?」
「八つ」
「あたしの方が一つだけお姉ちゃんだ。ねえ凍夜、お父つぁんは何の仕事をしてたの?」
まるで遠慮がない。これが子供同士の会話なのだろうか、それともお恵の性格だろうか。
「大工」
「へえ、すごいじゃない」
大工といえば花形の職業だ。凍夜は子供心に誇らしかったものだ。父が生きていた頃は人並みの生活をしていた。食うものにも困っていなかった。
三郎太は日銭を稼ぐような生活だから、食事はとても満足とは言い難い。それでも昨夜の三郎太は凍夜にいいところを食べさせ、自分自身はたくあんの尻尾を齧っていた。
「お父つぁん、どうして死んじゃったの?」
「鑿で胸を刺したんだ。お父の鑿で」
お恵の目が真ん丸に見開かれた。
「えっ……自分で刺したの?」
「そんなわけがねえ」
「だけど自分の鑿なんでしょ?」
「お父が自分で死ぬ理由なんかねえ。殺されたんだ」
三郎太は愕然として聞いていた。昨日は母親のことで手いっぱいで、父親の話などほとんど出なかった。だが、相手が同年代という安心感からなのか、お恵の質問能力が優れているのか、昨日聞けなかったことがどんどん見えてくる。
「凍夜のお父つぁん、殺されるような心あたりでもあるの?」
凍夜は視線を落とすと両手をぎゅっと握りしめた。
「ある」
三郎太は目を剥いた。
――今、「ある」と言っただろうか。
「だけど、原因があるとしたらお父じゃねえ。おいらだ。おいらのせいでお父は殺されたんだ。たぶんおっ母も」
「あんたのせいなの?」
「そう、おいらのせいで二人は殺されることになったんだ」
母親も殺された――事故死ではなく。
「なんでそんなこと言うのよ。凍夜のせいとは限らないよ」
「おいらのせいなんだ!」
凍夜はいきなり駆け出した。
「待って、凍夜!」
三郎太が止める間もなく、そのまま木戸を開け、長屋を飛び出して行った。
慌てたお恵が追いかけるが、すぐに諦めて戻って来た。
「どうしよう。三郎太おじさん、ごめんなさい。あたし聞いちゃいけない事聞いちゃったかも」
「そんなこたぁねえよ。おいらたちが三人がかりでも何も聞き出せなかったんだ。お恵ちゃんのお陰で凍夜のことが少しわかった。恩に着るぜ」
「でもあたし……」
しょんぼりとするお恵の頭を撫でながら、三郎太は笑顔を作って見せた。
「大丈夫だ、後はおいらに任せな。それより、これから凍夜のことよろしくな。お恵ちゃんが頼りだ」
「うん。でも凍夜、あたしともう口きいてくれないかも」
「そんなこたぁねえさ。あれだけのことを話したんだ、お恵ちゃんに心を開いたってことだよ」
お恵は頷くと顔を上げた。
「ありがとう。ね、凍夜のこと探してきて」
「合点承知の助だ! 任せときな」
三郎太は心配顔のお恵を残して枝鳴長屋を出て行った。
だが、井戸には先客がいた。割長屋の方のお恵だ。
一間半の間口しかない棟割に比べ、割長屋の方は間口が二間、しかも二階がついている。さすがに夫婦と子供になると、それなりの広さが無いと布団も敷けないのだろう。そういう意味では棟割の方はみんな一人暮らしで広々と使っている。
「三郎太おじさん、おはよう」
「おう、お恵ちゃんおはよう」
元気よく挨拶したお恵は凍夜を見て首を傾げた。初めて見る顔だからだろう。
「おはよう。あたしお恵。あんたは?」
凍夜はしばらくじっとお恵を見ていたが、ぼそりと言った。
「凍夜」
「え? なあに?」
お恵には聞き取れなかったのかと思ったが、どうやらわざとのようだ。朝っぱらからしみったれたような挨拶などしてはならないと両親に教えられているのを三郎太は何度も見かけている。
「凍夜だ」
少し大きな声で言うのを聞いて満足したお恵はニコッと笑った。
「トウヤね、おはよう」
「おはよう」
「三郎太おじさんの甥っ子? 泊まりに来たの?」
凍夜が困ったように目を反らした。ここは三郎太が助け舟を出すしかなさそうだ。
「いや、昨日まで知らなかった子だ。なんだ神田の大明神でおいらと一緒に住むことになったんだ」
「へえ、なんで一緒に住むことにしたの? 他人なんでしょ?」
お恵には全く悪気はないのだが、子供は時として聞かれたくないことを無邪気に聞いてきたりする。三郎太が答えに困っていると、驚いたことに凍夜が自ら口を開いた。
「昨日、おっ母が死んだ。お父は先月死んだ。おいらには身寄りがない。この人がおいらを拾ってくれた」
これにはお恵の方が呆気にとられた。
「おっ母さんが亡くなったの? 一人ぼっちになったの?」
凍夜は今度は黙ったまま頷いた。お恵はしばらく凍夜を見つめたまま突っ立っていたが、やがて口を開くと元気に言った。
「じゃあ、今日からあたしたちが家族ね。枝鳴長屋の家族だよ。凍夜いくつ?」
「八つ」
「あたしの方が一つだけお姉ちゃんだ。ねえ凍夜、お父つぁんは何の仕事をしてたの?」
まるで遠慮がない。これが子供同士の会話なのだろうか、それともお恵の性格だろうか。
「大工」
「へえ、すごいじゃない」
大工といえば花形の職業だ。凍夜は子供心に誇らしかったものだ。父が生きていた頃は人並みの生活をしていた。食うものにも困っていなかった。
三郎太は日銭を稼ぐような生活だから、食事はとても満足とは言い難い。それでも昨夜の三郎太は凍夜にいいところを食べさせ、自分自身はたくあんの尻尾を齧っていた。
「お父つぁん、どうして死んじゃったの?」
「鑿で胸を刺したんだ。お父の鑿で」
お恵の目が真ん丸に見開かれた。
「えっ……自分で刺したの?」
「そんなわけがねえ」
「だけど自分の鑿なんでしょ?」
「お父が自分で死ぬ理由なんかねえ。殺されたんだ」
三郎太は愕然として聞いていた。昨日は母親のことで手いっぱいで、父親の話などほとんど出なかった。だが、相手が同年代という安心感からなのか、お恵の質問能力が優れているのか、昨日聞けなかったことがどんどん見えてくる。
「凍夜のお父つぁん、殺されるような心あたりでもあるの?」
凍夜は視線を落とすと両手をぎゅっと握りしめた。
「ある」
三郎太は目を剥いた。
――今、「ある」と言っただろうか。
「だけど、原因があるとしたらお父じゃねえ。おいらだ。おいらのせいでお父は殺されたんだ。たぶんおっ母も」
「あんたのせいなの?」
「そう、おいらのせいで二人は殺されることになったんだ」
母親も殺された――事故死ではなく。
「なんでそんなこと言うのよ。凍夜のせいとは限らないよ」
「おいらのせいなんだ!」
凍夜はいきなり駆け出した。
「待って、凍夜!」
三郎太が止める間もなく、そのまま木戸を開け、長屋を飛び出して行った。
慌てたお恵が追いかけるが、すぐに諦めて戻って来た。
「どうしよう。三郎太おじさん、ごめんなさい。あたし聞いちゃいけない事聞いちゃったかも」
「そんなこたぁねえよ。おいらたちが三人がかりでも何も聞き出せなかったんだ。お恵ちゃんのお陰で凍夜のことが少しわかった。恩に着るぜ」
「でもあたし……」
しょんぼりとするお恵の頭を撫でながら、三郎太は笑顔を作って見せた。
「大丈夫だ、後はおいらに任せな。それより、これから凍夜のことよろしくな。お恵ちゃんが頼りだ」
「うん。でも凍夜、あたしともう口きいてくれないかも」
「そんなこたぁねえさ。あれだけのことを話したんだ、お恵ちゃんに心を開いたってことだよ」
お恵は頷くと顔を上げた。
「ありがとう。ね、凍夜のこと探してきて」
「合点承知の助だ! 任せときな」
三郎太は心配顔のお恵を残して枝鳴長屋を出て行った。
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作家 蔵屋日唱
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