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第7話 仇3
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「大丈夫、そのうちに戻って来ますよ」
「おいら河原の方まで探しに行ったんだぜ」
「お恵ちゃんの言ったことだって別におかしなことじゃない、凍夜の心一つさ。あの子が肚ん中に何を溜め込んでるのかってことだろう?」
「まあそうだけど」
三郎太は上がり框に腰かけて、悠の出してくれたお茶をすすった。中途半端に冷めているが、それは悠がぬるい茶を出したのではなく、三郎太がグズグズ言ってる間に冷めたのだ。
「本当に三郎太の兄さんは心配性だねぇ。しっかりしとくれよ。お前さんが拾ってきたんだろう」
「おいらはお恵ちゃんと悠さんを頼りにしてんだよ」
「お恵ちゃんはわかるけど、なんであたしが頼りにされてるんだい?」
「悠さん、子供得意じゃないか」
「子供ったって、凍夜は男の子だろう?」
「それがどうした」
「あたしが得意なのは十歳未満の女の子だよ」
そう言って悠は煙管をコンと叩いた。
「悠さんの性癖なんか聞いてないよ」
「性癖じゃないさ、得手不得手と言っとくれ。男の子は単純でいけない。女の子は十歳過ぎると途端に女に目覚めちまう。あたしはちょっと複雑な小さい女の子が得意なんだ」
――それを性癖と言うんじゃねえか――と思ったが、三郎太は黙っていた。とにかくここは悠にも協力して貰わなくてはならない。
「だけど凍夜はちょっと女の子みたいなところがあるねぇ。複雑なものを隠し持ってる。顔も綺麗だし男色家好きのする雰囲気だ。怪しい中年男には気を付けてやんな」
「悠さんみたいな?」
「あたしはまだ二十八だよ。三郎太の兄さんくらいからを中年と言うのさ。大体あたしは男に興味は無いよ」
「一応悠さんも男だったんだな」
「嫌だよ、何を言い出すんだい、あたしは女の子にしか興味ないよ」
――結局女の『子』なんじゃねえか――なんて思っても言ってはいけない。
三郎太が上がり框で茶をすすっているのには理由がある。悠は見てくれはそれはそれはいい男で世の中の女という女が放っておきはしないくらいの美男子だが、部屋の中は酷いものだ。平たく言えば足の踏み場が無い。どうやってここで寝ているのか、どうやってご飯を食べているのか、とんと見当がつかない。
彼は絵師をしている。文箱屋から蒔絵の注文を貰っているのだ。悠は洒落者で彼の描いたものは特に金持ちや女性に人気がある。いくつかまとめて絵付けをしたりしているので、行く時々によって絵付け前の文箱が積まれていたり、絵付け途中のものが部屋中に並んでいたりする。考えてみればこの狭い長屋でよくそんなことができるものだと三郎太は感心してしまう。
悠も謎の多い人物だが、一番の謎は蜜柑太夫だ。柏原の中心に柏茶屋という待合茶屋がある。そこにいる太夫が悠の幼馴染だという。
柏茶屋では芸者は三味線も弾くし太鼓も叩く、請われれば扇子一つでいくらでも踊る、お客へのお酌だってする。
だが蜜柑太夫はお酌もしないし踊ることもない。彼女の三味線と唄は天下一品で、それ以外の仕事をさせるなど宝の持ち腐れだというわけだ。彼女が唄えば芸者が踊る、彼女が爪弾けば商談も進む。柏原にこの人ありと言われる太夫が悠の幼馴染というのが、なんとも因縁深い。
悠が十歳以上で親しくしている女性は、恐らくこの蜜柑太夫だけだろう。誰にでも笑顔を振りまく悠だが、彼女にだけは素の顔を見せているらしい。
本人の話では二人で会う時は「蜜柑太夫」という名前ではなく、本名で呼ぶそうだ。絶対に本名は教えてはくれないが。
それでも二人がいい仲というわけではないらしいというのが三郎太には不思議だった。美男美女でお似合いだろうと思うのだが。
「凍夜は自分のせいで両親が死んだと思ってるんだね?」
「ああ、確かにそう言った。それでお恵ちゃんが気にしてるんだ」
「ちょっと調べてみた方がいいかもしれないねえ」
「どうやって?」
「まあ、いろいろ伝手を辿ってね。あたしは女にだけは顔が広いんだ」
女ったらしは言うことが違う。そのくせ女には興味がないと来たもんだ。
「へいへい、恐れ入り谷の鬼子母神だ」
「そろそろ凍夜が戻ってくるかもしれない。お前さんは家にいた方がいいよ」
「そうだな。凍夜が落ちつくまで文箱屋さんへの配達は勘弁してくれ」
「凍夜にも手伝わせたらいいのさ。体を動かした方が子供はなつくのが早い」
確かにそれは言えている。これからは凍夜にいろいろ仕事を与えよう、そう考えて三郎太は悠の家を後にした。
「おいら河原の方まで探しに行ったんだぜ」
「お恵ちゃんの言ったことだって別におかしなことじゃない、凍夜の心一つさ。あの子が肚ん中に何を溜め込んでるのかってことだろう?」
「まあそうだけど」
三郎太は上がり框に腰かけて、悠の出してくれたお茶をすすった。中途半端に冷めているが、それは悠がぬるい茶を出したのではなく、三郎太がグズグズ言ってる間に冷めたのだ。
「本当に三郎太の兄さんは心配性だねぇ。しっかりしとくれよ。お前さんが拾ってきたんだろう」
「おいらはお恵ちゃんと悠さんを頼りにしてんだよ」
「お恵ちゃんはわかるけど、なんであたしが頼りにされてるんだい?」
「悠さん、子供得意じゃないか」
「子供ったって、凍夜は男の子だろう?」
「それがどうした」
「あたしが得意なのは十歳未満の女の子だよ」
そう言って悠は煙管をコンと叩いた。
「悠さんの性癖なんか聞いてないよ」
「性癖じゃないさ、得手不得手と言っとくれ。男の子は単純でいけない。女の子は十歳過ぎると途端に女に目覚めちまう。あたしはちょっと複雑な小さい女の子が得意なんだ」
――それを性癖と言うんじゃねえか――と思ったが、三郎太は黙っていた。とにかくここは悠にも協力して貰わなくてはならない。
「だけど凍夜はちょっと女の子みたいなところがあるねぇ。複雑なものを隠し持ってる。顔も綺麗だし男色家好きのする雰囲気だ。怪しい中年男には気を付けてやんな」
「悠さんみたいな?」
「あたしはまだ二十八だよ。三郎太の兄さんくらいからを中年と言うのさ。大体あたしは男に興味は無いよ」
「一応悠さんも男だったんだな」
「嫌だよ、何を言い出すんだい、あたしは女の子にしか興味ないよ」
――結局女の『子』なんじゃねえか――なんて思っても言ってはいけない。
三郎太が上がり框で茶をすすっているのには理由がある。悠は見てくれはそれはそれはいい男で世の中の女という女が放っておきはしないくらいの美男子だが、部屋の中は酷いものだ。平たく言えば足の踏み場が無い。どうやってここで寝ているのか、どうやってご飯を食べているのか、とんと見当がつかない。
彼は絵師をしている。文箱屋から蒔絵の注文を貰っているのだ。悠は洒落者で彼の描いたものは特に金持ちや女性に人気がある。いくつかまとめて絵付けをしたりしているので、行く時々によって絵付け前の文箱が積まれていたり、絵付け途中のものが部屋中に並んでいたりする。考えてみればこの狭い長屋でよくそんなことができるものだと三郎太は感心してしまう。
悠も謎の多い人物だが、一番の謎は蜜柑太夫だ。柏原の中心に柏茶屋という待合茶屋がある。そこにいる太夫が悠の幼馴染だという。
柏茶屋では芸者は三味線も弾くし太鼓も叩く、請われれば扇子一つでいくらでも踊る、お客へのお酌だってする。
だが蜜柑太夫はお酌もしないし踊ることもない。彼女の三味線と唄は天下一品で、それ以外の仕事をさせるなど宝の持ち腐れだというわけだ。彼女が唄えば芸者が踊る、彼女が爪弾けば商談も進む。柏原にこの人ありと言われる太夫が悠の幼馴染というのが、なんとも因縁深い。
悠が十歳以上で親しくしている女性は、恐らくこの蜜柑太夫だけだろう。誰にでも笑顔を振りまく悠だが、彼女にだけは素の顔を見せているらしい。
本人の話では二人で会う時は「蜜柑太夫」という名前ではなく、本名で呼ぶそうだ。絶対に本名は教えてはくれないが。
それでも二人がいい仲というわけではないらしいというのが三郎太には不思議だった。美男美女でお似合いだろうと思うのだが。
「凍夜は自分のせいで両親が死んだと思ってるんだね?」
「ああ、確かにそう言った。それでお恵ちゃんが気にしてるんだ」
「ちょっと調べてみた方がいいかもしれないねえ」
「どうやって?」
「まあ、いろいろ伝手を辿ってね。あたしは女にだけは顔が広いんだ」
女ったらしは言うことが違う。そのくせ女には興味がないと来たもんだ。
「へいへい、恐れ入り谷の鬼子母神だ」
「そろそろ凍夜が戻ってくるかもしれない。お前さんは家にいた方がいいよ」
「そうだな。凍夜が落ちつくまで文箱屋さんへの配達は勘弁してくれ」
「凍夜にも手伝わせたらいいのさ。体を動かした方が子供はなつくのが早い」
確かにそれは言えている。これからは凍夜にいろいろ仕事を与えよう、そう考えて三郎太は悠の家を後にした。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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