柿ノ木川話譚2・凍夜の巻

如月芳美

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第18話 峠の団子屋1

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 凍夜はすぐに峠の団子屋を目指した。悠の話では、椎ノ木川を下って柿ノ木川に出る、そこから柿ノ木川を上流に向かっていくと山があり、その峠の麓に団子屋があるということだった。
 わからなかったどうしようとか、紹介して貰えなかったらどうしようとか、そんな気弱な心配は全く無かった。彼はもうすっかり殺し屋の仲間に入れて貰えるつもりでいたのだ。
 母の遺体が上がった河原を過ぎ、柿ノ木川に出る。もう桜もとっくに終わって菖蒲の季節だ。もう少しすれば紫陽花が花を咲かせることだろう。
 川沿いには魚を釣っている人や蜆を獲っている子供がいる。本当なら自分もあそこにいたのかもしれない。凍夜はひどく情けない気持ちになった。かと言ってあのままお恵に頼んで文字や算術の手習いをしたり、力仕事の手伝いをしていても空しいだけだということはわかっていた。それに、おこうと言ったか、いつあの口入屋の女が来るかと怯えながら過ごすのも嫌だった。
 町から離れ、うら寂しい山道を駆けること四半刻ばかり、何もない山道に一軒の家が建っているのが見えてきた。遠目にも『だんご』の吊り下げ旗が見える。団子屋の前まで来ると、店先の縁台に小さく背を丸めた年寄りが一人、煙管をふかしていた。
 年寄りは凍夜の姿を視界の隅に認めると、「いらっしゃい」と声をかけた。枝鳴長屋からずっと休みなく駆けてきた凍夜は、しばらく息が切れて何も話せずにいた。膝頭に手を置いて大きく呼吸していると、年寄りが「まあ座んなさい」と自分の座る縁台の横をとんとんと手で叩いた。
 凍夜が素直に座ると年寄りは店の中に引っ込んでまたすぐに出てきた。
「喉が渇いたろう。お茶でも飲みなさい」
 凍夜は金を持っていない。お茶はとても飲みたかったが、手を振って遠慮した。
「うちは団子屋だ、お茶の金なんか取らねえよ」
「違う……んだ、おいら、団子、食う、金も、持ってねえ」
「おやそうかい。じゃあどこへ行くのか知らねえが、ここで茶だけ飲んで行けばいい。漆谷に用事かね」
 凍夜はブルブルと首を横に振った。
「へぇ。じゃあまさか木槿山まで行こうってのかい? お前さん一人で?」
 凍夜はもう一度首を横に振ると、少しだけ整ってきた息で言った。
「お爺さんに用事だ」
 年寄りは再び縁台に腰を下ろすと、煙管を手に取った。
「へぇ、あっしにかい?」
「殺し屋を知ってるだろう」
「へえ、殺し屋……」
 年寄りは首を傾げた。ピンと来ない様子だが、これは演技かもしれない。
「殺し屋に頼みたければ、峠の団子屋の爺さんに聞いてみろって言われた」
 年寄りはますます首を捻って眉根を寄せた。
「へぇ。あっしが殺し屋に仕事を依頼するってぇ寸法ですかな?」
「うん。厳密に言うと、殺しの仕事を頼むんじゃなくて、おいらを殺し屋に育てて欲しいんだ」
 年寄りは深く煙管を吸うと、フンと鼻から煙を吐いて立ち上がった。
 表情が変わった。
「団子は醤油ダレとあんこときな粉があるよ、どれがいい?」
「だから団子は食べられないって。一文無しなんだ」
「わかってるよ。お前さん殺し屋になりたいんだろう? こんなところで無駄話しているのは不自然だ。殺し屋ってのは風景に溶け込むもんさ。団子屋の前で一番自然なのは団子を食っていることだろう? そうじゃねえかい?」
 確かにその通りだ。この爺さんもシラを切るのはやめたらしい。凍夜は恐る恐る「醤油ダレ」と言った。年寄りは「待ってな」と言って再び引っ込んだ。
 あの年寄りが殺し屋を紹介してくれる仲介人だとすれば、風景に溶け込めなんて仲介人が言うくらいだ、殺し屋そのものはどれだけすごいのだろうか。そしてあの年寄りを納得させなければきっと殺し屋に紹介して貰えないのだろう。
 そんなことを考えていると、年寄りが今度は団子の皿を持って現れた。凍夜の方へ醤油ダレの団子を差し出すと、自分はゆっくりと煙管をふかした。
「さて、それ食べてちょっと落ち着いたら、話して貰おうかね」
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