18 / 45
第18話 峠の団子屋1
しおりを挟む
凍夜はすぐに峠の団子屋を目指した。悠の話では、椎ノ木川を下って柿ノ木川に出る、そこから柿ノ木川を上流に向かっていくと山があり、その峠の麓に団子屋があるということだった。
わからなかったどうしようとか、紹介して貰えなかったらどうしようとか、そんな気弱な心配は全く無かった。彼はもうすっかり殺し屋の仲間に入れて貰えるつもりでいたのだ。
母の遺体が上がった河原を過ぎ、柿ノ木川に出る。もう桜もとっくに終わって菖蒲の季節だ。もう少しすれば紫陽花が花を咲かせることだろう。
川沿いには魚を釣っている人や蜆を獲っている子供がいる。本当なら自分もあそこにいたのかもしれない。凍夜はひどく情けない気持ちになった。かと言ってあのままお恵に頼んで文字や算術の手習いをしたり、力仕事の手伝いをしていても空しいだけだということはわかっていた。それに、おこうと言ったか、いつあの口入屋の女が来るかと怯えながら過ごすのも嫌だった。
町から離れ、うら寂しい山道を駆けること四半刻ばかり、何もない山道に一軒の家が建っているのが見えてきた。遠目にも『だんご』の吊り下げ旗が見える。団子屋の前まで来ると、店先の縁台に小さく背を丸めた年寄りが一人、煙管をふかしていた。
年寄りは凍夜の姿を視界の隅に認めると、「いらっしゃい」と声をかけた。枝鳴長屋からずっと休みなく駆けてきた凍夜は、しばらく息が切れて何も話せずにいた。膝頭に手を置いて大きく呼吸していると、年寄りが「まあ座んなさい」と自分の座る縁台の横をとんとんと手で叩いた。
凍夜が素直に座ると年寄りは店の中に引っ込んでまたすぐに出てきた。
「喉が渇いたろう。お茶でも飲みなさい」
凍夜は金を持っていない。お茶はとても飲みたかったが、手を振って遠慮した。
「うちは団子屋だ、お茶の金なんか取らねえよ」
「違う……んだ、おいら、団子、食う、金も、持ってねえ」
「おやそうかい。じゃあどこへ行くのか知らねえが、ここで茶だけ飲んで行けばいい。漆谷に用事かね」
凍夜はブルブルと首を横に振った。
「へぇ。じゃあまさか木槿山まで行こうってのかい? お前さん一人で?」
凍夜はもう一度首を横に振ると、少しだけ整ってきた息で言った。
「お爺さんに用事だ」
年寄りは再び縁台に腰を下ろすと、煙管を手に取った。
「へぇ、あっしにかい?」
「殺し屋を知ってるだろう」
「へえ、殺し屋……」
年寄りは首を傾げた。ピンと来ない様子だが、これは演技かもしれない。
「殺し屋に頼みたければ、峠の団子屋の爺さんに聞いてみろって言われた」
年寄りはますます首を捻って眉根を寄せた。
「へぇ。あっしが殺し屋に仕事を依頼するってぇ寸法ですかな?」
「うん。厳密に言うと、殺しの仕事を頼むんじゃなくて、おいらを殺し屋に育てて欲しいんだ」
年寄りは深く煙管を吸うと、フンと鼻から煙を吐いて立ち上がった。
表情が変わった。
「団子は醤油ダレとあんこときな粉があるよ、どれがいい?」
「だから団子は食べられないって。一文無しなんだ」
「わかってるよ。お前さん殺し屋になりたいんだろう? こんなところで無駄話しているのは不自然だ。殺し屋ってのは風景に溶け込むもんさ。団子屋の前で一番自然なのは団子を食っていることだろう? そうじゃねえかい?」
確かにその通りだ。この爺さんもシラを切るのはやめたらしい。凍夜は恐る恐る「醤油ダレ」と言った。年寄りは「待ってな」と言って再び引っ込んだ。
あの年寄りが殺し屋を紹介してくれる仲介人だとすれば、風景に溶け込めなんて仲介人が言うくらいだ、殺し屋そのものはどれだけすごいのだろうか。そしてあの年寄りを納得させなければきっと殺し屋に紹介して貰えないのだろう。
そんなことを考えていると、年寄りが今度は団子の皿を持って現れた。凍夜の方へ醤油ダレの団子を差し出すと、自分はゆっくりと煙管をふかした。
「さて、それ食べてちょっと落ち着いたら、話して貰おうかね」
わからなかったどうしようとか、紹介して貰えなかったらどうしようとか、そんな気弱な心配は全く無かった。彼はもうすっかり殺し屋の仲間に入れて貰えるつもりでいたのだ。
母の遺体が上がった河原を過ぎ、柿ノ木川に出る。もう桜もとっくに終わって菖蒲の季節だ。もう少しすれば紫陽花が花を咲かせることだろう。
川沿いには魚を釣っている人や蜆を獲っている子供がいる。本当なら自分もあそこにいたのかもしれない。凍夜はひどく情けない気持ちになった。かと言ってあのままお恵に頼んで文字や算術の手習いをしたり、力仕事の手伝いをしていても空しいだけだということはわかっていた。それに、おこうと言ったか、いつあの口入屋の女が来るかと怯えながら過ごすのも嫌だった。
町から離れ、うら寂しい山道を駆けること四半刻ばかり、何もない山道に一軒の家が建っているのが見えてきた。遠目にも『だんご』の吊り下げ旗が見える。団子屋の前まで来ると、店先の縁台に小さく背を丸めた年寄りが一人、煙管をふかしていた。
年寄りは凍夜の姿を視界の隅に認めると、「いらっしゃい」と声をかけた。枝鳴長屋からずっと休みなく駆けてきた凍夜は、しばらく息が切れて何も話せずにいた。膝頭に手を置いて大きく呼吸していると、年寄りが「まあ座んなさい」と自分の座る縁台の横をとんとんと手で叩いた。
凍夜が素直に座ると年寄りは店の中に引っ込んでまたすぐに出てきた。
「喉が渇いたろう。お茶でも飲みなさい」
凍夜は金を持っていない。お茶はとても飲みたかったが、手を振って遠慮した。
「うちは団子屋だ、お茶の金なんか取らねえよ」
「違う……んだ、おいら、団子、食う、金も、持ってねえ」
「おやそうかい。じゃあどこへ行くのか知らねえが、ここで茶だけ飲んで行けばいい。漆谷に用事かね」
凍夜はブルブルと首を横に振った。
「へぇ。じゃあまさか木槿山まで行こうってのかい? お前さん一人で?」
凍夜はもう一度首を横に振ると、少しだけ整ってきた息で言った。
「お爺さんに用事だ」
年寄りは再び縁台に腰を下ろすと、煙管を手に取った。
「へぇ、あっしにかい?」
「殺し屋を知ってるだろう」
「へえ、殺し屋……」
年寄りは首を傾げた。ピンと来ない様子だが、これは演技かもしれない。
「殺し屋に頼みたければ、峠の団子屋の爺さんに聞いてみろって言われた」
年寄りはますます首を捻って眉根を寄せた。
「へぇ。あっしが殺し屋に仕事を依頼するってぇ寸法ですかな?」
「うん。厳密に言うと、殺しの仕事を頼むんじゃなくて、おいらを殺し屋に育てて欲しいんだ」
年寄りは深く煙管を吸うと、フンと鼻から煙を吐いて立ち上がった。
表情が変わった。
「団子は醤油ダレとあんこときな粉があるよ、どれがいい?」
「だから団子は食べられないって。一文無しなんだ」
「わかってるよ。お前さん殺し屋になりたいんだろう? こんなところで無駄話しているのは不自然だ。殺し屋ってのは風景に溶け込むもんさ。団子屋の前で一番自然なのは団子を食っていることだろう? そうじゃねえかい?」
確かにその通りだ。この爺さんもシラを切るのはやめたらしい。凍夜は恐る恐る「醤油ダレ」と言った。年寄りは「待ってな」と言って再び引っ込んだ。
あの年寄りが殺し屋を紹介してくれる仲介人だとすれば、風景に溶け込めなんて仲介人が言うくらいだ、殺し屋そのものはどれだけすごいのだろうか。そしてあの年寄りを納得させなければきっと殺し屋に紹介して貰えないのだろう。
そんなことを考えていると、年寄りが今度は団子の皿を持って現れた。凍夜の方へ醤油ダレの団子を差し出すと、自分はゆっくりと煙管をふかした。
「さて、それ食べてちょっと落ち着いたら、話して貰おうかね」
1
あなたにおすすめの小説
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる