柿ノ木川話譚2・凍夜の巻

如月芳美

文字の大きさ
36 / 45

第36話 口入屋4

しおりを挟む
 悠の話を黙って聞いていた栄吉は、彼が話し終えると「ふん」と鼻を鳴らした。
「つまり凍夜の家族を殺したのは口入屋ってことだな」
「恐らくね」
 悠は栄吉の背中にもぐさを置きながら相槌を打った。
「ってこたぁ、凍夜の仇はその口入屋って事になる。だが、その背後には潮崎のお殿様がついてる」
「潮崎の船戸様はボンクラの男色家で、口入屋がそんな悪どい事をしてるなんて知らないんじゃないですかねぇ」
「船戸様の家臣が黙って手配していることも考えられるな」
「まあ、凍夜のことはしのぶに任せておいて大丈夫でしょう。それより三郎太があんな目に遭わされたんですから、あたしたちも用心しないとねぇ」
「そうだな。灸を据えてるようじゃ、いきなり襲われたら手も足も出ねぇ」
「ま、本人は半殺しの目に遭ったのはこれが初めてじゃないなんて言ってましたけどね」
 その時、表で女の声がした。
「ちょいとごめんなさいよ。この長屋に悠さんてお人はおいでかね」
 思わず栄吉と悠は顔を見合わせた。栄吉が頷くと、悠は用心しながら引き戸を開けた。
「あたしが悠ですけど。どちらさんですかね」
 振り返った女は妖艶な美女だった。もちろん、悠には全く影響することはないのだが、こんな婀娜あだっぽい姐さんだ、ここまでの道のりで散々男どもにじろじろと見られただろう。
 彼女はスッと悠に近付くと、声を落として囁いた。
「しのぶのことでちょいと話があるんだよ。家に入れて貰えないかい?」
 悠は警戒した。こういう女には裏がある。
「悪いね。あたしは女は家に入れないことにしてるんだ。しのぶがどうしたんだい?」
 女は更に声を落とした。
「かどわかされたんだ。しのぶからあんたの名前を聞いていたから、ここに来たってわけさ。お恵って子と一緒にいる時に会ったって聞いてるよ」
 かどわかされただって? 悠は栄吉の部屋の引き戸を開けた。
「わかった。入っとくれ」
「女を家に入れないんじゃないのかい?」
「ここはあたしんちじゃないんでね」
 うつ伏せになって背中に艾を乗せたままの栄吉が「どうした」と顔だけを戸口の方へと向けた。その瞬間、二人の声が重なった。
「栄吉さん」「お藤か」
 それっきり言葉の出ない二人に一瞬遅れて、悠がハッと我に返った。
「え? 二人は知り合いなのかい?」
「いいからそこ閉めろ。心張り棒も忘れるな」
 悠より早くお藤が引き戸を閉め、心張り棒をかける。そのまま彼女は上がり框に腰かけると、栄吉をじーっと見つめた。
「なるほどね。あの子がどうやってあたしらを探し当てたのかと思ったら、栄吉さんが教えたのかい」
「いや、俺はアイツには何も言ってねぇ」
「なんだって? じゃ、あの子はどうやって来たんだい」
「あたしが教えたんですよ、峠の団子屋に行けって。それより二人はどういう関係なんです?」
 悠の疑問ももっともである。二人は目を見合わせて、それから栄吉が口を開いた。
「まあ、同じ釜の飯を食ってたというか」
「えっ? 夫婦だったんですか?」
「そんなわけがねえだろう。干支で二周も違うんだ」
「栄吉さんはあたしの先輩なんだ。しのぶはあたしが育てた後輩さ」
 それを聞いて栄吉は目玉が転げ落ちるほど目を見開いた。
「じゃあ、しのぶってのはあの時の赤子か」
「そういうこと。まさか栄吉さんが天神屋の跡地の長屋に住んでるなんてね」
「しかも、凍夜を拾った三郎太がここの住人だったってのがまた奇遇というか、運命というか」
 悠は二人のやりとりを聞きながら頭を目一杯回転させて、やっと一つの結論を導き出した。
「つまり、栄吉さんも峠の団子屋出身の殺し屋だった」
「とっくに足は洗ったがな」
「水臭いねぇ、教えてくれたっていいじゃありませんか。ずっとお隣に住んでたってのに」
 そうは言っても、栄吉も悠がそれまでどんな暮らしをして来たのか知らない。この長屋ができたときに栄吉は一番乗りで住み始め、ここでは一番の古株である。この長屋のことなら何でも知っているが、住んでいる人のことは深く詮索しないことにしている。それは栄吉自身が詮索されたくないからというのもある。
「で、お藤さんでしたっけね。あたしに何の用です? しのぶがかどわかされた?」
 悠は土間から上がると、栄吉の背中に乗った艾を丁寧にとり始めた。
「いや、はっきりしたわけじゃないんだけどね。しのぶをお使いに出したのさ。だけどいつまで経っても戻って来やしない。これはおかしいってんで、みんなで手分けして探したんだけど、今度は鬼火が戻ってこない」
「鬼火?」
 首を傾げる栄吉に、悠が補足する。
「凍夜のことだよ。しのぶが凍夜のことを鬼火って呼んでたって、お恵から聞いた」
「なるほど、凍夜は今、鬼火って名前なんだな」
「しのぶがつけたんだ。それより、鬼火も戻ってこないとなると、あの子もかどわかされたんだろうって事でね。もしかすると鬼火をおびき出す為に、しのぶをかどわかしたのかもしれない」
 悠が艾をすっかりどかすと、栄吉は「よっこいせ」と起き上がり、布団の上に胡坐をかいた。
「悠さんは敵が誰だか知ってるのかい?」
「ええ、だいたいね。楢岡の口入屋が子供の売買をやってるんですよ。中でも綺麗な男の子は潮崎の船戸様のところに御側仕えとして買われて行くんです。凍夜は恐らくそこでしょうね。それ以外の子供は競りにかけられます。直近で三日後。下手するとしのぶはそこで誰かに買われますねぇ。恐らく柏華楼ですけど」
「そんなこったろうと思ったよ」
 そう言うと、お藤は手にした風呂敷の中から巾着を出してきた。
「ここに金がある。これでしのぶを買い戻して欲しいんだよ」
 悠と栄吉はポカンとしたまま顔を見合わせた。
「悠さんならお金持ちの道楽息子で通るさ。なんだろうねぇ、浮世離れしてるんだよねぇ、雰囲気が」
 悠は栄吉と目を見合わせて肩を竦めた。
「そりゃ誉め言葉かい?」
「もちろんさ。どうだい、やってくれるかい?」
「しのぶを買い戻すんだね?」
「そうさ。しのぶさえ帰って来れば、あとはしのぶが持ち帰った情報で鬼火を救出できる。いいとこの若旦那なら、お供がついてるかねぇ」
「あっしがお供をやろう」と栄吉。
「こんな怖い顔のお供がいるかい?」
 とお藤が混ぜっ返すと、栄吉も負けじと
「若旦那なら怖ーい身辺警護がつくだろうよ」と返す。
「わかりましたよ。他ならぬしのぶの為だ、一肌脱ぎましょうかねぇ」
「おめえは幼女の為なら一肌どころか全裸にもなりやがる」
「誤解を招くような言い方しないどくれよ」
 お藤は風呂敷をまとめ直すとヒョイと立ち上がった
「それじゃあとは任せたよ。そこにあるお金は全部使っちまっても構わない。三日後、競りが終わったころに迎えに来るからね」
「任せてくださいよ」
 悠が請け合うと、彼女は引き戸を少しだけ開けて音も立てずに出て行ってしまった。
「さぁて、それじゃあチョイとあたしは衣装を仕入れて来ましょうかね」
 栄吉に報告するように言うと、悠もスルリと引き戸の隙間から出て行った
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

処理中です...