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第41話 反撃2
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夕方になってまたおこうがやって来た。それまで詰将棋に勤しんでいた牢番は慌てて顔を上げた。
「どうだい」
「へえ、特に変わったことはありません」
凍夜は入り口の方に背を向けて座っていた。とにかくこのおこうを見ると腹が立つ。
「交代要員を連れて来たよ。あんたはちょっと休みな」
「へえ、ありがとうごぜえます」
「ただし、コイツは新入りだ。仕事を教えてやってから休んどくれ。孫六、入りな」
「へえ」
誰かが入って来たのが分かった。新入りは孫六というらしい。凍夜は少し振り返ってその新入りを見た。
その新入りと目が合った瞬間、凍夜は声を上げそうになった。殺し屋仲間の先輩の孫六だったのだ。孫六の方は凍夜を見ても顔色一つ変えなかった。
「じゃ、後は頼んだよ。引継ぎしたらそのまま帰っていい。次は明日の昼に来な」
そう言っておこうは出て行った。
牢番の男は「はぁ、これでやっと帰れる」などと言っている。
「さっさと済ましちまおう。あんた孫六って言ったな」
「へえ」
「ここに座れ。牢番の時はここで好きなことをしてていい。厠は見て来たか?」
「へえ」
孫六は余計な事は一切言わない。
「じゃあ、わかってるな。厠はいつ行ってもいい。それと牢の中の子供が厠に行きたいと言ったら、腰縄をつけて連れて行け。用を足している時もお前はその腰縄の先は握っておけ。飯はこいつらと一緒に日に三回誰かが持って来てくれる。厠の横に井戸があったろ。あれは自由に使っていい」
「へえ」
「あと、ここに将棋があるから、暇だったら牢の中の子とやっても構わねえ」
「へえ」
孫六の表情は変わらない。声色にも変化がない。心の内を全く相手に読ませない。もともと無口な方ではあるが、表情は豊かな男だったはずだ。さすがだ、と凍夜は思った。
「あと、こっちに近いやつが凍夜と言って、明日出す子だ。他の二人は三日後だ。間違えるなよ」
「へえ」
「何か聞いておきたいことはあるか?」
「鍵はどこに?」
「あ……一番大事なことを忘れてたな」
そう言って当番は抽斗《ひきだし》の中から鍵束を出して見せた。
「これが牢の鍵だ。あと厠に行くときの腰縄はこれな。必ず一人ずつだ」
「へえ、わかりやした」
「じゃあ、あとは任せた」
「お疲れ様でござんす」
声をかけながら、孫六は出て行く牢番の首の後ろに手刀を振り下ろした。孫六は倒れて行く牢番を後ろから抱え、全く音をさせないまま牢の手前に移動して静かに下した。あまりにも淀みのないその動きに、松太郎とお清は牢番が倒されたことにすら気づいていなかった。
孫六は抽斗から牢の鍵と腰縄を出すと、当たり前のように鍵を開けた。凍夜がするりと牢から出て、兄妹を呼んだ。
「早く出るんだ」
その間に孫六は牢番の男を腰縄で後ろ手に縛り上げ、足首も縛ってしまった。
凍夜は二人を牢から出すと、小屋から外を窺うように入り口の壁に背をつけた。兄妹は凍夜の真似をしてすぐそばで壁に背をつけていたが、孫六が牢番を牢の中に放り込むのを見て息を吞んだ。
「どうなってるの」
「孫六さんはおいらの仲間だ。いいか、これから脱出するけど、おいらとお前たちは別行動だ」
「凍夜はあたしたちと一緒じゃないの?」
凍夜は首を横に振った。
「二人はそのままどこか大きなお店に飛び込んで奉公させて貰うんだ」
鍵を手に戻った孫六が「厠の奥に裏口がある」と言った。そこから逃げろということだ。
「他に出口は?」
「厠と反対の方が口入屋の表側だ。競りをする部屋があってそこを過ぎると表店だ。だがそっちは危険だ。裏から行け」
「わかった。松太郎、感づかれないうちにお清を連れて先に行け」
「凍夜は?」
「おいらは二人が出た後で行く」
「でも」
「いいから行け!」
松太郎は頷くと、お清の手を引いた。
「どうだい」
「へえ、特に変わったことはありません」
凍夜は入り口の方に背を向けて座っていた。とにかくこのおこうを見ると腹が立つ。
「交代要員を連れて来たよ。あんたはちょっと休みな」
「へえ、ありがとうごぜえます」
「ただし、コイツは新入りだ。仕事を教えてやってから休んどくれ。孫六、入りな」
「へえ」
誰かが入って来たのが分かった。新入りは孫六というらしい。凍夜は少し振り返ってその新入りを見た。
その新入りと目が合った瞬間、凍夜は声を上げそうになった。殺し屋仲間の先輩の孫六だったのだ。孫六の方は凍夜を見ても顔色一つ変えなかった。
「じゃ、後は頼んだよ。引継ぎしたらそのまま帰っていい。次は明日の昼に来な」
そう言っておこうは出て行った。
牢番の男は「はぁ、これでやっと帰れる」などと言っている。
「さっさと済ましちまおう。あんた孫六って言ったな」
「へえ」
「ここに座れ。牢番の時はここで好きなことをしてていい。厠は見て来たか?」
「へえ」
孫六は余計な事は一切言わない。
「じゃあ、わかってるな。厠はいつ行ってもいい。それと牢の中の子供が厠に行きたいと言ったら、腰縄をつけて連れて行け。用を足している時もお前はその腰縄の先は握っておけ。飯はこいつらと一緒に日に三回誰かが持って来てくれる。厠の横に井戸があったろ。あれは自由に使っていい」
「へえ」
「あと、ここに将棋があるから、暇だったら牢の中の子とやっても構わねえ」
「へえ」
孫六の表情は変わらない。声色にも変化がない。心の内を全く相手に読ませない。もともと無口な方ではあるが、表情は豊かな男だったはずだ。さすがだ、と凍夜は思った。
「あと、こっちに近いやつが凍夜と言って、明日出す子だ。他の二人は三日後だ。間違えるなよ」
「へえ」
「何か聞いておきたいことはあるか?」
「鍵はどこに?」
「あ……一番大事なことを忘れてたな」
そう言って当番は抽斗《ひきだし》の中から鍵束を出して見せた。
「これが牢の鍵だ。あと厠に行くときの腰縄はこれな。必ず一人ずつだ」
「へえ、わかりやした」
「じゃあ、あとは任せた」
「お疲れ様でござんす」
声をかけながら、孫六は出て行く牢番の首の後ろに手刀を振り下ろした。孫六は倒れて行く牢番を後ろから抱え、全く音をさせないまま牢の手前に移動して静かに下した。あまりにも淀みのないその動きに、松太郎とお清は牢番が倒されたことにすら気づいていなかった。
孫六は抽斗から牢の鍵と腰縄を出すと、当たり前のように鍵を開けた。凍夜がするりと牢から出て、兄妹を呼んだ。
「早く出るんだ」
その間に孫六は牢番の男を腰縄で後ろ手に縛り上げ、足首も縛ってしまった。
凍夜は二人を牢から出すと、小屋から外を窺うように入り口の壁に背をつけた。兄妹は凍夜の真似をしてすぐそばで壁に背をつけていたが、孫六が牢番を牢の中に放り込むのを見て息を吞んだ。
「どうなってるの」
「孫六さんはおいらの仲間だ。いいか、これから脱出するけど、おいらとお前たちは別行動だ」
「凍夜はあたしたちと一緒じゃないの?」
凍夜は首を横に振った。
「二人はそのままどこか大きなお店に飛び込んで奉公させて貰うんだ」
鍵を手に戻った孫六が「厠の奥に裏口がある」と言った。そこから逃げろということだ。
「他に出口は?」
「厠と反対の方が口入屋の表側だ。競りをする部屋があってそこを過ぎると表店だ。だがそっちは危険だ。裏から行け」
「わかった。松太郎、感づかれないうちにお清を連れて先に行け」
「凍夜は?」
「おいらは二人が出た後で行く」
「でも」
「いいから行け!」
松太郎は頷くと、お清の手を引いた。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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