柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美

文字の大きさ
11 / 54
第二章 御奉公

第11話 御隠居様1

しおりを挟む
 今日は天気が良いので洗濯日和である。朝食前に洗濯を終わらせて朝っぱらから洗濯物を干したので、昼頃には乾くはずだ。
 そうなるとあとは布団を干したくなるというものだ。
 悠介は主人とお内儀、それに奈津と自分の布団を干してから御隠居様の部屋へ向かった。今日ならきっと御隠居様も布団を干させてくださるに違いない。
 部屋の前の廊下に膝をつき、御隠居様が驚かないように中に声をかける。
「御隠居様、悠介でございます」
「おお、入りなさい」
 障子を開けると血色の良い顔が出迎えてくれた。今日は調子が良さそうだ。
「ちょうど将棋の相手をして欲しいと思っていたんだ。天気もいいしな」
 御隠居様が片目を瞑って見せる。やはり悠介が布団を干しに来るのがわかっていたようだ。
「ありがとうございます。すぐに準備を」
 部屋の真ん中に将棋盤を置き、座布団を置く。大旦那は黙っていてもその座布団のところへと移動してくれる。
「駒は儂が並べておこう」
「お願いします」
 その隙に悠介は御隠居様の布団を縁側に出して陽を当てる。段取りは完璧だ。
 将棋盤を挟んで向かい合うと、御隠居様はいろいろな話を振ってくれる。気難しいところがあると聞いていたが、実際は気配り上手な優しい老人である。
「どうだ、安芸とは上手くやってるか」
 安芸というのは佐倉のお内儀かみ、奈津の母のことである。彼女は最初に悠介の恰好を見てとても驚いたようで、少々敬遠され気味である。まあ仕方ないだろう、彼女は大店のお嬢さんで大名主に嫁に来ている。女ものの着物を着てちょっと大人びた口を利く悠介をどう扱ったらいいのかわからずにいるのだ。しかも遊郭から一歩も出たことがなく、そちらの世界の事情をよく知っている。花柳病の母を看取るなど、なかなか体験できるものではない。
 そのため安芸は悠介にはあまり近寄って来ないのだ。
「上手くも何も、あたしはただ家の中の仕事をこなすだけですから。お内儀さんには申し訳ないと思っています。あたしがこんなだから気持ち悪いんでしょうねぇ」
「まだ、慣れていないだけだ。気にすることはないよ」
 パチン。将棋の駒が置かれる。今日は手合い割りなしでいいのかな……などと考えつつも手は抜かない。手を抜くということは相手に敬意を払っていないということだ。それだけは下男の自分がやってはいけない事だと思う。たとえそれで自分が勝つとしても。
「夏が来たな。お前は奈津と同い年だそうじゃないか」
「ええ」
「こんな暑い日は雪をかぶった山でも見たいものだ」
「ここにお布団を干していれば香炉峰の雪だって見えますよ」
 御隠居様がニヤリと笑った。
「こういう話ができる相手がなかなかいなくてのう。お前は話していて楽しい」
「ありがとうございます。柏華楼のお客様からの受け売りです」
 唐突に御隠居様が大きなため息をついた。以前は話し相手も大勢いたのだろう。
「また徳兵衛とくべえと将棋が指したいのう」
「徳兵衛さんというお友達がいらっしゃるのですね」
「ああ、いつもは儂が徳兵衛のところへ行って二人で指していたんだ。だがもう儂はあそこまで行くことができない。歳をとるということは寂しいことだな」
 ふと、悠介はいいことを思いついた。
「徳兵衛さんを呼びましょう。一筆したためていただけませんか。あたしがそれを持って徳兵衛さんのところへ行ってきますよ」
「そうだな、夜にでも一筆書いておこう」
 それっきりその話は終わってしまい、悠介の仕事の話になってしまった。

 夕方になって悠介は佐倉に呼ばれた。その場には奈津も呼ばれていた。
「お前はよく働く。それで考えたんだが、これからは奈津の三味線の稽古について行って貰えないだろうか。月に三回、白里師匠のところだ。送り迎えだけで良い。奈津が稽古をしている間はお前の休憩時間だ。好きな事をして良い。もちろん小遣いも渡す。それで団子を食ってもよし、蕎麦を食っても良し、服を買っても良し。好きなように使うが良い」
「で、でもあたしは下男ですから」
「私が良いと言っているのだ」
 奈津も横から割り込む。
「父上がそう言ってるんだもの、そうしましょ」
 結局悠介は父娘に押し切られる形で月に三回、半刻ほどの休憩をいただくことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...