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第二章 御奉公
第11話 御隠居様1
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今日は天気が良いので洗濯日和である。朝食前に洗濯を終わらせて朝っぱらから洗濯物を干したので、昼頃には乾くはずだ。
そうなるとあとは布団を干したくなるというものだ。
悠介は主人とお内儀、それに奈津と自分の布団を干してから御隠居様の部屋へ向かった。今日ならきっと御隠居様も布団を干させてくださるに違いない。
部屋の前の廊下に膝をつき、御隠居様が驚かないように中に声をかける。
「御隠居様、悠介でございます」
「おお、入りなさい」
障子を開けると血色の良い顔が出迎えてくれた。今日は調子が良さそうだ。
「ちょうど将棋の相手をして欲しいと思っていたんだ。天気もいいしな」
御隠居様が片目を瞑って見せる。やはり悠介が布団を干しに来るのがわかっていたようだ。
「ありがとうございます。すぐに準備を」
部屋の真ん中に将棋盤を置き、座布団を置く。大旦那は黙っていてもその座布団のところへと移動してくれる。
「駒は儂が並べておこう」
「お願いします」
その隙に悠介は御隠居様の布団を縁側に出して陽を当てる。段取りは完璧だ。
将棋盤を挟んで向かい合うと、御隠居様はいろいろな話を振ってくれる。気難しいところがあると聞いていたが、実際は気配り上手な優しい老人である。
「どうだ、安芸とは上手くやってるか」
安芸というのは佐倉のお内儀、奈津の母のことである。彼女は最初に悠介の恰好を見てとても驚いたようで、少々敬遠され気味である。まあ仕方ないだろう、彼女は大店のお嬢さんで大名主に嫁に来ている。女ものの着物を着てちょっと大人びた口を利く悠介をどう扱ったらいいのかわからずにいるのだ。しかも遊郭から一歩も出たことがなく、そちらの世界の事情をよく知っている。花柳病の母を看取るなど、なかなか体験できるものではない。
そのため安芸は悠介にはあまり近寄って来ないのだ。
「上手くも何も、あたしはただ家の中の仕事をこなすだけですから。お内儀さんには申し訳ないと思っています。あたしがこんなだから気持ち悪いんでしょうねぇ」
「まだ、慣れていないだけだ。気にすることはないよ」
パチン。将棋の駒が置かれる。今日は手合い割りなしでいいのかな……などと考えつつも手は抜かない。手を抜くということは相手に敬意を払っていないということだ。それだけは下男の自分がやってはいけない事だと思う。たとえそれで自分が勝つとしても。
「夏が来たな。お前は奈津と同い年だそうじゃないか」
「ええ」
「こんな暑い日は雪をかぶった山でも見たいものだ」
「ここにお布団を干していれば香炉峰の雪だって見えますよ」
御隠居様がニヤリと笑った。
「こういう話ができる相手がなかなかいなくてのう。お前は話していて楽しい」
「ありがとうございます。柏華楼のお客様からの受け売りです」
唐突に御隠居様が大きなため息をついた。以前は話し相手も大勢いたのだろう。
「また徳兵衛と将棋が指したいのう」
「徳兵衛さんというお友達がいらっしゃるのですね」
「ああ、いつもは儂が徳兵衛のところへ行って二人で指していたんだ。だがもう儂はあそこまで行くことができない。歳をとるということは寂しいことだな」
ふと、悠介はいいことを思いついた。
「徳兵衛さんを呼びましょう。一筆したためていただけませんか。あたしがそれを持って徳兵衛さんのところへ行ってきますよ」
「そうだな、夜にでも一筆書いておこう」
それっきりその話は終わってしまい、悠介の仕事の話になってしまった。
夕方になって悠介は佐倉に呼ばれた。その場には奈津も呼ばれていた。
「お前はよく働く。それで考えたんだが、これからは奈津の三味線の稽古について行って貰えないだろうか。月に三回、白里師匠のところだ。送り迎えだけで良い。奈津が稽古をしている間はお前の休憩時間だ。好きな事をして良い。もちろん小遣いも渡す。それで団子を食ってもよし、蕎麦を食っても良し、服を買っても良し。好きなように使うが良い」
「で、でもあたしは下男ですから」
「私が良いと言っているのだ」
奈津も横から割り込む。
「父上がそう言ってるんだもの、そうしましょ」
結局悠介は父娘に押し切られる形で月に三回、半刻ほどの休憩をいただくことになった。
そうなるとあとは布団を干したくなるというものだ。
悠介は主人とお内儀、それに奈津と自分の布団を干してから御隠居様の部屋へ向かった。今日ならきっと御隠居様も布団を干させてくださるに違いない。
部屋の前の廊下に膝をつき、御隠居様が驚かないように中に声をかける。
「御隠居様、悠介でございます」
「おお、入りなさい」
障子を開けると血色の良い顔が出迎えてくれた。今日は調子が良さそうだ。
「ちょうど将棋の相手をして欲しいと思っていたんだ。天気もいいしな」
御隠居様が片目を瞑って見せる。やはり悠介が布団を干しに来るのがわかっていたようだ。
「ありがとうございます。すぐに準備を」
部屋の真ん中に将棋盤を置き、座布団を置く。大旦那は黙っていてもその座布団のところへと移動してくれる。
「駒は儂が並べておこう」
「お願いします」
その隙に悠介は御隠居様の布団を縁側に出して陽を当てる。段取りは完璧だ。
将棋盤を挟んで向かい合うと、御隠居様はいろいろな話を振ってくれる。気難しいところがあると聞いていたが、実際は気配り上手な優しい老人である。
「どうだ、安芸とは上手くやってるか」
安芸というのは佐倉のお内儀、奈津の母のことである。彼女は最初に悠介の恰好を見てとても驚いたようで、少々敬遠され気味である。まあ仕方ないだろう、彼女は大店のお嬢さんで大名主に嫁に来ている。女ものの着物を着てちょっと大人びた口を利く悠介をどう扱ったらいいのかわからずにいるのだ。しかも遊郭から一歩も出たことがなく、そちらの世界の事情をよく知っている。花柳病の母を看取るなど、なかなか体験できるものではない。
そのため安芸は悠介にはあまり近寄って来ないのだ。
「上手くも何も、あたしはただ家の中の仕事をこなすだけですから。お内儀さんには申し訳ないと思っています。あたしがこんなだから気持ち悪いんでしょうねぇ」
「まだ、慣れていないだけだ。気にすることはないよ」
パチン。将棋の駒が置かれる。今日は手合い割りなしでいいのかな……などと考えつつも手は抜かない。手を抜くということは相手に敬意を払っていないということだ。それだけは下男の自分がやってはいけない事だと思う。たとえそれで自分が勝つとしても。
「夏が来たな。お前は奈津と同い年だそうじゃないか」
「ええ」
「こんな暑い日は雪をかぶった山でも見たいものだ」
「ここにお布団を干していれば香炉峰の雪だって見えますよ」
御隠居様がニヤリと笑った。
「こういう話ができる相手がなかなかいなくてのう。お前は話していて楽しい」
「ありがとうございます。柏華楼のお客様からの受け売りです」
唐突に御隠居様が大きなため息をついた。以前は話し相手も大勢いたのだろう。
「また徳兵衛と将棋が指したいのう」
「徳兵衛さんというお友達がいらっしゃるのですね」
「ああ、いつもは儂が徳兵衛のところへ行って二人で指していたんだ。だがもう儂はあそこまで行くことができない。歳をとるということは寂しいことだな」
ふと、悠介はいいことを思いついた。
「徳兵衛さんを呼びましょう。一筆したためていただけませんか。あたしがそれを持って徳兵衛さんのところへ行ってきますよ」
「そうだな、夜にでも一筆書いておこう」
それっきりその話は終わってしまい、悠介の仕事の話になってしまった。
夕方になって悠介は佐倉に呼ばれた。その場には奈津も呼ばれていた。
「お前はよく働く。それで考えたんだが、これからは奈津の三味線の稽古について行って貰えないだろうか。月に三回、白里師匠のところだ。送り迎えだけで良い。奈津が稽古をしている間はお前の休憩時間だ。好きな事をして良い。もちろん小遣いも渡す。それで団子を食ってもよし、蕎麦を食っても良し、服を買っても良し。好きなように使うが良い」
「で、でもあたしは下男ですから」
「私が良いと言っているのだ」
奈津も横から割り込む。
「父上がそう言ってるんだもの、そうしましょ」
結局悠介は父娘に押し切られる形で月に三回、半刻ほどの休憩をいただくことになった。
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