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第一章 序
第1話 序1
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凄まじい勢いで開け放たれた襖の向こうから、家老が鬼の形相で飛び込んでくる。
「橘、姫はご無事か!」
声をかけられた若者は正座を崩すことなく、顔だけを家老に向けると静かに頷いた。
「こちらに。私が付いておりますゆえ」
彼が落ちつきはらっているせいか、姫もさほど動揺してはいない。
「爺、桔梗丸は母上と一緒ですか」
「若様は奥方様と共に奥の間においでじゃ。喜助が付いておるが、狙いは確実に――」
「姫様でしょう」
落ち着いた橘とは対極を為すように、家老は「おのれ勝孝め、恥を知れ」と怒りの形相で辺りを見回す。
「勝孝様の仕業であれば、姫様と若様まとめて始末しようとお考えになるはず。お二人が御一緒でなければまずは姫様から片付け、若様は後回しになるでしょう。数年の猶予がありますゆえ」
橘の声に被せるように、部屋の外からは「曲者はどちらへ行った」などという声が聞こえてくる。
たった今、自分の命が狙われていることを教育係の青年から教えられたばかりの少女は、柳澤城主の自覚をもって毅然と顔を上げた。
「橘、わたくしは如何すれば良いのですか」
若者は少し考えると、「隠れていただきましょう」と言った。
「私が姫様を連れ出したと見せかけて敵に追わせます。小夜を連れて行きますゆえ、姫様はこのまま城にて身を隠しておられませ。明日、夜が明ければ勝孝様も無茶はできますまい」
姫が頷くのを確認すると、若者は部屋の隅の少女へと視線を移す。
「小夜、闇に紛れる色の着物に着替え、その上から姫の羽織を。なるべく目立つ緋色のものが良い」
「只今」
小夜と呼ばれた僅かに年嵩の少女が急いで部屋を出るのを見て、姫が「なにゆえ目立つ緋色?」と首を傾げる。
「忍はおらぬであろうな、橘」
「心配ご無用。気配はありませぬ」
橘はさらに声を落とし、言葉を継いだ。
「御家老様は喜助と共に、奥方様と姫様と若様にお付き添いください。私は小夜と共に追っ手を山奥へと誘導いたします。追っ手を撒いたら急ぎ城へ戻り、姫様の警護には私がつきましょう」
黒橡の着物に着替え、姫の緋色の羽織を手にした小夜が「これで宜しゅうございますか」と確認する。橘が頷くと、彼女はそれを肩から羽織った。
「小夜、必ず戻るのですよ」
「姫様もお気を付けて」
二人の少女が手を握り合うのへ、橘の声が重なる。
「小夜、急げ。私から離れぬよう」
「はい」
橘は姫の羽織を着た小夜と共に、音もなく出て行った。
「橘、姫はご無事か!」
声をかけられた若者は正座を崩すことなく、顔だけを家老に向けると静かに頷いた。
「こちらに。私が付いておりますゆえ」
彼が落ちつきはらっているせいか、姫もさほど動揺してはいない。
「爺、桔梗丸は母上と一緒ですか」
「若様は奥方様と共に奥の間においでじゃ。喜助が付いておるが、狙いは確実に――」
「姫様でしょう」
落ち着いた橘とは対極を為すように、家老は「おのれ勝孝め、恥を知れ」と怒りの形相で辺りを見回す。
「勝孝様の仕業であれば、姫様と若様まとめて始末しようとお考えになるはず。お二人が御一緒でなければまずは姫様から片付け、若様は後回しになるでしょう。数年の猶予がありますゆえ」
橘の声に被せるように、部屋の外からは「曲者はどちらへ行った」などという声が聞こえてくる。
たった今、自分の命が狙われていることを教育係の青年から教えられたばかりの少女は、柳澤城主の自覚をもって毅然と顔を上げた。
「橘、わたくしは如何すれば良いのですか」
若者は少し考えると、「隠れていただきましょう」と言った。
「私が姫様を連れ出したと見せかけて敵に追わせます。小夜を連れて行きますゆえ、姫様はこのまま城にて身を隠しておられませ。明日、夜が明ければ勝孝様も無茶はできますまい」
姫が頷くのを確認すると、若者は部屋の隅の少女へと視線を移す。
「小夜、闇に紛れる色の着物に着替え、その上から姫の羽織を。なるべく目立つ緋色のものが良い」
「只今」
小夜と呼ばれた僅かに年嵩の少女が急いで部屋を出るのを見て、姫が「なにゆえ目立つ緋色?」と首を傾げる。
「忍はおらぬであろうな、橘」
「心配ご無用。気配はありませぬ」
橘はさらに声を落とし、言葉を継いだ。
「御家老様は喜助と共に、奥方様と姫様と若様にお付き添いください。私は小夜と共に追っ手を山奥へと誘導いたします。追っ手を撒いたら急ぎ城へ戻り、姫様の警護には私がつきましょう」
黒橡の着物に着替え、姫の緋色の羽織を手にした小夜が「これで宜しゅうございますか」と確認する。橘が頷くと、彼女はそれを肩から羽織った。
「小夜、必ず戻るのですよ」
「姫様もお気を付けて」
二人の少女が手を握り合うのへ、橘の声が重なる。
「小夜、急げ。私から離れぬよう」
「はい」
橘は姫の羽織を着た小夜と共に、音もなく出て行った。
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