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第三章 柳澤の章
第60話 真実3
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全員が月守を振り返った。
「どういうことですか、月守殿」
勝宜の目がまっすぐに月守を捉えた。邪心の無い清廉な視線を丸ごと受け、月守はゆっくりと口を開いた。
「勝宜殿はおいくつになられた」
「十五を迎えました」
顔に幼さは残るものの、武芸で鍛えた体は十七、八の青年と互角に見える。
「勝宜殿の姉に当たる姫は、勝宜殿がお生まれになるちょうど一年前、雪の降りしきる日に十郎太殿が稲荷に置いて来られた。奇遇なことにその同じ日、生まれてすぐに置き去りにされた十六の娘がおります」
十六と聞いて、お八重と狐杜が顔を見合わせる。
「しかし月守殿、雪の日などいくらでもござりましょう。十郎太が姉上を稲荷に置いて来た日以外にも雪の日はございます。その十六になる娘とやらが姉であるという確証がござりませぬ」
素直に疑問を口にする勝宜に、月守は穏やかな視線を向けた。
「先程の十郎太殿の話をお忘れか。十郎太殿が姫を置き去りにした日は五年ぶりに雪が降った日。その年に何度か雪が降ったとしても、五年ぶりと言えるのは最初の日以外にはありえない。同じ日に何人もの赤子が同じ場所に捨てられるとは考えにくい」
月守はチラリと十郎太に視線を投げてから続けた。
「増して酷い雪の日と来ている。稲荷は『親子結びのお狐様』と呼ばれているくらいで、何らかの事情で育てることがままならぬ子を他の誰かに託すという目的をもって来る人ばかり。それならばわざわざ大雪の日に連れては参らぬであろう。それは『拾ってもらう』というよりは『死んでもらう』に近い」
確かに――勝宜は目で応じた。
殺すつもりなら稲荷などに立ち寄らず、川にでも投げ込んだ方が早い。誰かに育てて欲しいと願うなら、晴れた日の温かい日中に置いて行くだろう。
大雪の日、それも夕刻にあんなところに置き去りにするなど、よほど切羽詰まっていなければ到底できることではない。
つまり、月守の言うその娘こそが勝宜の姉である可能性が高いのだ。
「しかもその娘、驚くほど萩姫に似ておられる。それはそうだろう、普通の従兄弟と異なり、両親ともに兄弟姉妹なのだからな」
「でも月守さま、あたしもすごく萩姫様に似てるって。本間さまだって間違えちゃうくらい。だからそっくりな人なんて、どこにだっているんじゃ――」
そこまで言って、狐杜は月守の言っていることを正しく理解した。
「あたし……ですか?」
お八重が「まさか」と言ったきり口を噤む。
「懇意にしている大吉という農家から聞いたのだが。大吉の知り合いで竹蔵という男が、五年ぶりに大雪が降った日の夕刻、生まれたばかりの赤子を稲荷で拾ったらしい。竹蔵夫婦は子宝に恵まれず、たびたび稲荷を覗きに行っていたそうだ。ときに狐杜殿、そなたの御父上殿の名は」
狐杜は唇を震わせながら、やっと聞こえるくらいの声で「竹蔵です」と言った。
「そしてこの容姿。この上どのような証が必要か」
本間が「言われてみれば」と呟く。
「萩姫様と瓜二つじゃが、眉は繁孝さまよりは勝孝さまの方によう似ておられる」
「じゃあ、あたしのお父つぁんは」
今にも泣きだしそうな狐杜をお八重が横からしっかりと抱きしめた。狐杜、大丈夫、わたしがついてる、大丈夫――。
呆然と目を見開いた勝孝が「お前があの時の」と呟くと同時に、十郎太が弾かれたように立ち上がり、庭に下りて平伏した。頭を土に擦り付けて「申し開きもござりませぬ」を繰り返し、身も世もなく泣いた。
狐杜はお八重にしがみついたまま、ただただ混乱していた。どうにもこうにも理解が追い付かなかった。
その時、何を思ったのか勝孝が中腰に立ち上がり、くるりと振り返ると背後の床の間に立てかけてあった太刀をガッと掴んだ。
「どういうことですか、月守殿」
勝宜の目がまっすぐに月守を捉えた。邪心の無い清廉な視線を丸ごと受け、月守はゆっくりと口を開いた。
「勝宜殿はおいくつになられた」
「十五を迎えました」
顔に幼さは残るものの、武芸で鍛えた体は十七、八の青年と互角に見える。
「勝宜殿の姉に当たる姫は、勝宜殿がお生まれになるちょうど一年前、雪の降りしきる日に十郎太殿が稲荷に置いて来られた。奇遇なことにその同じ日、生まれてすぐに置き去りにされた十六の娘がおります」
十六と聞いて、お八重と狐杜が顔を見合わせる。
「しかし月守殿、雪の日などいくらでもござりましょう。十郎太が姉上を稲荷に置いて来た日以外にも雪の日はございます。その十六になる娘とやらが姉であるという確証がござりませぬ」
素直に疑問を口にする勝宜に、月守は穏やかな視線を向けた。
「先程の十郎太殿の話をお忘れか。十郎太殿が姫を置き去りにした日は五年ぶりに雪が降った日。その年に何度か雪が降ったとしても、五年ぶりと言えるのは最初の日以外にはありえない。同じ日に何人もの赤子が同じ場所に捨てられるとは考えにくい」
月守はチラリと十郎太に視線を投げてから続けた。
「増して酷い雪の日と来ている。稲荷は『親子結びのお狐様』と呼ばれているくらいで、何らかの事情で育てることがままならぬ子を他の誰かに託すという目的をもって来る人ばかり。それならばわざわざ大雪の日に連れては参らぬであろう。それは『拾ってもらう』というよりは『死んでもらう』に近い」
確かに――勝宜は目で応じた。
殺すつもりなら稲荷などに立ち寄らず、川にでも投げ込んだ方が早い。誰かに育てて欲しいと願うなら、晴れた日の温かい日中に置いて行くだろう。
大雪の日、それも夕刻にあんなところに置き去りにするなど、よほど切羽詰まっていなければ到底できることではない。
つまり、月守の言うその娘こそが勝宜の姉である可能性が高いのだ。
「しかもその娘、驚くほど萩姫に似ておられる。それはそうだろう、普通の従兄弟と異なり、両親ともに兄弟姉妹なのだからな」
「でも月守さま、あたしもすごく萩姫様に似てるって。本間さまだって間違えちゃうくらい。だからそっくりな人なんて、どこにだっているんじゃ――」
そこまで言って、狐杜は月守の言っていることを正しく理解した。
「あたし……ですか?」
お八重が「まさか」と言ったきり口を噤む。
「懇意にしている大吉という農家から聞いたのだが。大吉の知り合いで竹蔵という男が、五年ぶりに大雪が降った日の夕刻、生まれたばかりの赤子を稲荷で拾ったらしい。竹蔵夫婦は子宝に恵まれず、たびたび稲荷を覗きに行っていたそうだ。ときに狐杜殿、そなたの御父上殿の名は」
狐杜は唇を震わせながら、やっと聞こえるくらいの声で「竹蔵です」と言った。
「そしてこの容姿。この上どのような証が必要か」
本間が「言われてみれば」と呟く。
「萩姫様と瓜二つじゃが、眉は繁孝さまよりは勝孝さまの方によう似ておられる」
「じゃあ、あたしのお父つぁんは」
今にも泣きだしそうな狐杜をお八重が横からしっかりと抱きしめた。狐杜、大丈夫、わたしがついてる、大丈夫――。
呆然と目を見開いた勝孝が「お前があの時の」と呟くと同時に、十郎太が弾かれたように立ち上がり、庭に下りて平伏した。頭を土に擦り付けて「申し開きもござりませぬ」を繰り返し、身も世もなく泣いた。
狐杜はお八重にしがみついたまま、ただただ混乱していた。どうにもこうにも理解が追い付かなかった。
その時、何を思ったのか勝孝が中腰に立ち上がり、くるりと振り返ると背後の床の間に立てかけてあった太刀をガッと掴んだ。
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