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第31話 教えてあげようか
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部屋に戻った俺は、何の気なしに窓際のシングルソファに座ってぼんやりしていた。伊勢エビの余韻に浸っていたとでも言おうか。
そこに二人分のお茶を持ってアイさんがやってきた。
「はい、お茶」
「あ、すいません。ありがとうございます」
「どうしたの、ぼんやりして」
正面に座ったアイさんが俺の顔を覗き込む。
あーやべ。めっちゃ可愛い。何がそんなに可愛いのか判らんが、めちゃくちゃ可愛い。この人、魔物だ。
「いや、別に」
「出版の予定、聞いてるの?」
「一月です」
「そっか」
彼女はお茶を一口含むと、ふと、窓の外に目をやった。
「ホテルってさ、和室に絶対このスペースついてるよね。窓際の板の間スペース」
「そうですね。それで、こういう一人掛けソファとテーブルがありますよね。この謎スペース、なんかついつい居座っちゃうんだよな。畳でのんびりすればいいのに、なぜかここが落ち着く」
「広縁」
「は?」
「っていうんだよ、この謎スペース」
へぇ……変なこと知ってるな。
「アイさん、ボキャブラリ豊富ですよね」
「そっかな。子供のころからずっとずっとずーっと小説家になりたいと思ってたから、いっぱい本読んだし。多分普通の人よりはボキャブラリは多いと思うよ」
子供のころから、ずっとずっとずーっと……。そんなアイさんが、コラボの相手に選んだド素人が、自分を差し置いて本を出してしまう。俺なんか殆ど本なんか読まないから、ジャンルもろくに知らない、ミステリーとサスペンスの違いも判らないのに。
「公式発表はいつかな」
「来月です」
「そっか。発表したら大騒ぎになるね」
「そうですね」
「八雲君、雲の上の人になっちゃうな。手を伸ばしても届かないかも」
「そんな事ないですよ。一緒にコラボしてるんだし」
「あたしを、見失わないでね」
何でそんな寂しげな眼をするんだよ。
「大丈夫ですよ」
「ね、有名になったら『この藤森八雲をスコップしたのは、榊アイさんです!』って宣伝してね。スコッパー・アイとして有名になって、『I my me mine』を成功させて、本にするんだから!」
無邪気に笑うアイさんにつられて、俺も頬が緩む。
「伊織は、舞に恋をするの?」
「えっ?」
急に心臓が跳ね上がる。
「こうやってさ、いろいろ思い出作って、それを小説に落とし込んでいくでしょ? そうやってる中で、八雲君の気持ち次第で伊織は舞に恋をするかもしれないんだよね?」
「そ……うですね」
アイさんの視線がねっとりと絡みついてくる。
「鶴見川の花火」
……うっ、それを今ここで言うか。
「八雲君のキス、超絶下手だった。くふっ」
「ほっといてくださいよ。して、って言われたから仕方なくしたんじゃないですか」
俺はちょっとだけ『仕方なく』の部分を強調して言ってみた。
「仕方ない割に、結構しつこかったよね」
「そんな事ないですよ」
アイさんがソファを立ってこっちに回って来る。
「ねえ、上手なキス、教えてあげようか?」
「あっ、いや、別に、結構です、遠慮します」
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ?」
横からアイさんが俺の首に腕を回して来る。ヤバい。
「いやいやいやいや、ほんと、遠慮します」
あまり拒否するのも失礼だし、この辺で諦めてくれ、頼むから。
「あたしはキスしたい」
うわ、その上目遣いやめろ。浴衣の胸元の合わせから手を滑り込ませるのやめろ。てか俺の胸まさぐるのやめろ……。
「あの、アイさん、創作熱心なのはよくわかりますけど、俺を誘惑すんのやめてください。マジでヤバいですから。俺だって据え膳食いますし」
「くふっ。あははっ」
極力冷静に自分を保ちながら言ったにもかかわらず、アイさんが俺から離れておかしそうに笑い転げてる。なんだよ、今度は何なんだ。
「八雲君、今、素だったよね」
「いつも素ですよ」
「ちがーう。一人称が『俺』になってたー。いつもあたしの前では『私』だもん。今、本気で焦ったでしょ? きゃははは……かーわいいー!」
……は?
布団の上で転げまわって笑ってるアイさん見たら、なんか俺、知らぬ間にソファから立ちあがってた。
「え? 八雲君?」
「俺を試してんの?」
気付いたらアイさんの上に跨ってたよ。なんだか妙に気持ちが落ち着かん。一言でこの気持ちを表現するなら『ムカッ』だ。
「そんなに俺に襲われたいの? 据え膳、食うって言ってんだけど」
「八雲……く……」
なんか腹立って、アイさんの腕を押さえつけた。アイさんが驚いたような顔してるけど、そんなもん知るか。問答無用でその美味しそうな唇に食らいついてやった。
「んっ……」
「何だよ、キスが下手ってか? 教えて貰おうじゃん、アイさんの言う上手なキス。俺より上手いなら教えろよ」
アイさんの浴衣の襟元に手をかけたその時。
「ワイルドな八雲君も素敵。野獣みたいな八雲君に襲われたい」
めちゃめちゃ期待した目で言うアイさんを見た瞬間、俺はいきなり素に戻った。
「あの、ごめんなさい、すいません。何でもありません。ほんと、なんかもう、いろいろすいません」
俺は飛び上がるように彼女から離れ、慌ててお茶を飲んだ。ああ、勿体ない。またアイさんの唇の味が……って、何考えてんだ俺、全く反省の色がないな、俺!
ああああ、俺、どうしよう。なんか、もう、ほんとごめんなさい。ごめんなさい……。
そこに二人分のお茶を持ってアイさんがやってきた。
「はい、お茶」
「あ、すいません。ありがとうございます」
「どうしたの、ぼんやりして」
正面に座ったアイさんが俺の顔を覗き込む。
あーやべ。めっちゃ可愛い。何がそんなに可愛いのか判らんが、めちゃくちゃ可愛い。この人、魔物だ。
「いや、別に」
「出版の予定、聞いてるの?」
「一月です」
「そっか」
彼女はお茶を一口含むと、ふと、窓の外に目をやった。
「ホテルってさ、和室に絶対このスペースついてるよね。窓際の板の間スペース」
「そうですね。それで、こういう一人掛けソファとテーブルがありますよね。この謎スペース、なんかついつい居座っちゃうんだよな。畳でのんびりすればいいのに、なぜかここが落ち着く」
「広縁」
「は?」
「っていうんだよ、この謎スペース」
へぇ……変なこと知ってるな。
「アイさん、ボキャブラリ豊富ですよね」
「そっかな。子供のころからずっとずっとずーっと小説家になりたいと思ってたから、いっぱい本読んだし。多分普通の人よりはボキャブラリは多いと思うよ」
子供のころから、ずっとずっとずーっと……。そんなアイさんが、コラボの相手に選んだド素人が、自分を差し置いて本を出してしまう。俺なんか殆ど本なんか読まないから、ジャンルもろくに知らない、ミステリーとサスペンスの違いも判らないのに。
「公式発表はいつかな」
「来月です」
「そっか。発表したら大騒ぎになるね」
「そうですね」
「八雲君、雲の上の人になっちゃうな。手を伸ばしても届かないかも」
「そんな事ないですよ。一緒にコラボしてるんだし」
「あたしを、見失わないでね」
何でそんな寂しげな眼をするんだよ。
「大丈夫ですよ」
「ね、有名になったら『この藤森八雲をスコップしたのは、榊アイさんです!』って宣伝してね。スコッパー・アイとして有名になって、『I my me mine』を成功させて、本にするんだから!」
無邪気に笑うアイさんにつられて、俺も頬が緩む。
「伊織は、舞に恋をするの?」
「えっ?」
急に心臓が跳ね上がる。
「こうやってさ、いろいろ思い出作って、それを小説に落とし込んでいくでしょ? そうやってる中で、八雲君の気持ち次第で伊織は舞に恋をするかもしれないんだよね?」
「そ……うですね」
アイさんの視線がねっとりと絡みついてくる。
「鶴見川の花火」
……うっ、それを今ここで言うか。
「八雲君のキス、超絶下手だった。くふっ」
「ほっといてくださいよ。して、って言われたから仕方なくしたんじゃないですか」
俺はちょっとだけ『仕方なく』の部分を強調して言ってみた。
「仕方ない割に、結構しつこかったよね」
「そんな事ないですよ」
アイさんがソファを立ってこっちに回って来る。
「ねえ、上手なキス、教えてあげようか?」
「あっ、いや、別に、結構です、遠慮します」
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ?」
横からアイさんが俺の首に腕を回して来る。ヤバい。
「いやいやいやいや、ほんと、遠慮します」
あまり拒否するのも失礼だし、この辺で諦めてくれ、頼むから。
「あたしはキスしたい」
うわ、その上目遣いやめろ。浴衣の胸元の合わせから手を滑り込ませるのやめろ。てか俺の胸まさぐるのやめろ……。
「あの、アイさん、創作熱心なのはよくわかりますけど、俺を誘惑すんのやめてください。マジでヤバいですから。俺だって据え膳食いますし」
「くふっ。あははっ」
極力冷静に自分を保ちながら言ったにもかかわらず、アイさんが俺から離れておかしそうに笑い転げてる。なんだよ、今度は何なんだ。
「八雲君、今、素だったよね」
「いつも素ですよ」
「ちがーう。一人称が『俺』になってたー。いつもあたしの前では『私』だもん。今、本気で焦ったでしょ? きゃははは……かーわいいー!」
……は?
布団の上で転げまわって笑ってるアイさん見たら、なんか俺、知らぬ間にソファから立ちあがってた。
「え? 八雲君?」
「俺を試してんの?」
気付いたらアイさんの上に跨ってたよ。なんだか妙に気持ちが落ち着かん。一言でこの気持ちを表現するなら『ムカッ』だ。
「そんなに俺に襲われたいの? 据え膳、食うって言ってんだけど」
「八雲……く……」
なんか腹立って、アイさんの腕を押さえつけた。アイさんが驚いたような顔してるけど、そんなもん知るか。問答無用でその美味しそうな唇に食らいついてやった。
「んっ……」
「何だよ、キスが下手ってか? 教えて貰おうじゃん、アイさんの言う上手なキス。俺より上手いなら教えろよ」
アイさんの浴衣の襟元に手をかけたその時。
「ワイルドな八雲君も素敵。野獣みたいな八雲君に襲われたい」
めちゃめちゃ期待した目で言うアイさんを見た瞬間、俺はいきなり素に戻った。
「あの、ごめんなさい、すいません。何でもありません。ほんと、なんかもう、いろいろすいません」
俺は飛び上がるように彼女から離れ、慌ててお茶を飲んだ。ああ、勿体ない。またアイさんの唇の味が……って、何考えてんだ俺、全く反省の色がないな、俺!
ああああ、俺、どうしよう。なんか、もう、ほんとごめんなさい。ごめんなさい……。
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