I my me mine

如月芳美

文字の大きさ
32 / 55

第32話 致命的だろ

しおりを挟む
 それからの俺たちはどう考えても気まずくなるフラグがめちゃめちゃ立っていたにもかかわらず、アイさんが全く気にも留めていない様子でケロッとしていたことで、なんとなく気まずい沈黙などは回避できてしまった。こういうところはアイさんサマサマだ。

 今は和室の半分にどーんと並べて敷かれた布団の横に、どーんと置いてある大きなテーブル(それでも余裕のある部屋って何畳だよ)を挟んで、俺とアイさんがモバイルPCに向かって今日の出来事をまとめている。明日まで放置したら、今日の細かい事を綺麗さっぱり忘れる自信がある。こんなことに自信を持っても仕方ないんだが。
 アイさんの方はサイトを覗いているらしく、たまに「きゃはっ」とか「くふっ」とか言っている。この人はきっと一人で部屋にいる時もこんな感じなんだろう。

「八雲君凄いね。投稿し始めてたったの一カ月で、コメディの帝王にされちゃってるよ」
「コメディ枠は目立った人がいなかったからですよ。運が良かっただけです」

 パソコンを挟んで向かい合わせに座っている俺たちは、顔を上げればお互いに目が合うんだが、何とは無しにパソコンから視線を外さずに喋っている。というか、寧ろアイさんと視線が合わせられないと言った方がこの場合は正しいかも知れない。

 実際サイトではアイさんの言う通り、カテゴリごとに「帝王」だの「女帝」だのと呼ばれている人たちがそれぞれにいる。『I my me mine - side舞』に最初に感想をくれた四天王もまさにそれだ。
 恋愛枠の春野陽子はるのようこ、ファンタジー枠の秋田あきたなまはげ太郎たろう、現代ドラマ枠の夏木大地なつきだいち、詩・童話枠の冬華とうが白群びゃくぐん、ミステリー枠の氷川ひかわえい、だがコメディ枠はずっと空席だったのだ。そこに藤森八雲の名前が収まってしまうのに、一か月とかからなかったというのも謎と言えば謎だが。

 そして帝王と呼ばれる人たちは流石にそれだけのことはあり、彼らは何でもよく知っている。呆れるほどよく知っている。彼らの会話はたまに宇宙語にしか見えない時があるくらいだ。みんな本気で作家になりたくてサイトに集まってきている人たちなんだから、当然と言えば当然だが。
 そして『類友ルイトモ』とはよく言ったもので、素人集団はその会話がさっぱり理解できないものだから、自然と『ランキング上位組』が集まって仲良くなっていく。もちろんアイさんも人気投稿者だ、例に漏れない。

 だが、俺は違う。小説家になりたいと思ったことはただの一度もない。『ヨメたぬき』だって、コンテストなどに応募する気も最初からなく、そもそも投稿するつもりすらなかった。たまたま人気が出た、たまたま拾い上げられた。正直、俺は彼らの会話が全く理解できない。中に入れない。
 そんなこともあって『コメディの帝王』にされてからも他の目立った人たちとの交流はさほど無いのだ。強いて言えば、人見知りで愛想の悪い俺にさえ普通に話しかけてくれる夏木さんと少々交流があるくらいか。
 そう、その夏木さんと昨日、プロットの話になったんだ。そこで俺は『I my me mine』の致命的な欠陥に気づいたんだ。

「あの、アイさん。今ちょっといいですか」
「にゃ?」
「『I my me mine』なんですけど」

 アイさんがPCをパタンと閉じる。

「プロット確認段階でアイさんが三話目までアップしちゃったんで、私も慌てちゃってすぐに後を追うようにアップしちゃいましたけど」
「にゃあ」
「これって、ほっといたらいつまででも続けられちゃいますよね。どういう結末を迎えるんですか?」
「んーとね」

 アイさんは思い立ったようにフリーズドライのコーヒーを淹れながら、最適な言葉を選んでいるようだ。

「続けられるとこまでいって、適当にやめればいいかなって」

 ……?

「は?」
「今、何となく舞と伊織は付かず離れずでしょ? このまま焦らして書けるところまで引っ張って、ネタが無くなったら適当に終了かな」

 ちょっと待て。具体的な構図がさっぱり浮かんでこないぞ。

「ですからね、どういう形で終わらせるか、なんですよ。二人がくっついてめでたくゴールインなのか、横から第三者が割り込んでどっちか持ってかれちゃうのか、そもそもどちらかが二股かけててそれがバレるとか、死別とか、引っ越しによる遠距離恋愛とか、いろいろあるじゃないですか」
「凄いね、八雲君。そんなにすぐパッパと思いつくなんて天才かも。折角だから八雲君考えて」
「はあ? そういうの全く無しでコラボしようって言って来たんですか? まるで人任せじゃないですか。大まかなストーリー展開とか考えてなかったんですか?」
「だって、伊織が実際に舞のこと好きになるかどうかわからないじゃない?」
「好きにならなかった場合の結末と、好きになった場合の結末くらい考えてあったんじゃないんですか?」
「なんにも。くふっ」

 くふっ、じゃねーだろ!

「これ、小説ですよ? 散文詩じゃないんですよ?」
「でもあたしの方は散文詩形態」
「形態の話してるんじゃありません。アイさんの今までの作品は詩やエッセイばかりでしたから、結末ってものが存在しなくても良かったかもしれませんけど、これは小説なんですよ? 全体の大きな流れとか、迎えるであろう結末くらいアバウトに考えてから書き始めるものじゃないですか? それどころか、そんな大きな設定すらないまま書いたものからどんどんアップし始めちゃったんですか? ありえない!」

 俺が一気に捲し立てると、アイさんは上目遣いになって口を尖らせ、あからさまに機嫌の悪そうな顔をする。

「そんなに言わなくたっていいじゃない。あたし、今まで詩とエッセイしか書いた事ないんだから」
「詩とエッセイしか書いたことがないなら尚の事、そういうのを考えるものじゃないですか? 俺なんか長編どころか詩もエッセイも書いた事ないですよ」
「あ、一人称が『俺』になった」
「今それ関係ねーだろ」
「怒らないでよ」

 これが怒らずにいられるかよ。とにかくちょっとクールダウンしよう。ずっと怒っていても何の解決にもならない。

「まあいいですよ。折角こうして一緒にいるんですから、今決めましょう」
「はーい」

 何でニコニコしてんだよ、俺が怒ってんのわかんねーかな。

「ねえ、八雲君。もうずっと一人称『俺』のままでいいよ?」
「今その話じゃねーよ」

 ああ、もう既に心の声が音声化されてるよ……。

「なんだかやっと、普段通りの八雲君に近づいたような気がする」
「は?」
「敬語使わない八雲君。少しお近づきになれたのかな?」

 ……いや、あんた、全然空気読めてない? それとも確信犯なの?

「ああ、もういい。アイさん結末考えてください。宿題です。言い出しっぺなんだからそれくらいは当然の事として提案してください。俺、もう一度温泉浸かってきます」

 俺はブツブツ文句を言っているアイさんを部屋に残して大浴場へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...