下宿屋 東風荘

浅井 ことは

文字の大きさ
3 / 73

しおりを挟む
 下宿に戻ると既に食事の支度も片付けも終わっており、後は並べるだけで済むがまだ時間が早い。

 今日の夕餉の刺身をどうしようかと考え、夕方に電話して魚屋に配達に来てもらえばいいかと、大根のツマを切って水に晒しておく。
 数度水を変えておけば苦味もなくなるので、夕餉の味噌汁用にも短冊に切っておき、違う容器に入れて同じように水に晒す。
 水を変えれば冬場であれば二三日は持つのでたまに用意はしておくのだが、この50年でだいぶと手際も良くなり中々しなくなってしまった。

 夜のサラダ用にと、畑へ水菜を引きに行き、ザルに乗せて茎の部分を水につけておく。
 キュウリは一度斜めに切ってから、4等分に縦に切り、トマトも種を抜いて1センチ画に切る。
 揚げを適度な大きさに切ってから空焼きし、冷ましている間に水菜の泥を落とし、3センチ程に切って全て盛りつけ用の大鉢に入れる。
 軽く塩コショウ。マヨネーズとフレンチドレッシングを7:3の割合で入れて混ぜると出来上がりなのだが、この配分は芋サラダ……ポテトサラダにも使っている。
 マヨネーズが固まらず、滑らかになるのでまた足して混ぜる必要も無い。

 ラップをして冷蔵庫に入れてから、煮物を作ろうと麻袋からじゃがいもを取り出していると、何人かが起きてきたので、朝餉を温め直して机に並べていく。

「皆おはよう。顔を洗ったらご飯だから、他の子も起こしてきてくれるかい?」と言い、準備を進める。

「みんなで揃って食べるのは久しぶりだねぇ。今日はまっすぐ帰ってきて下さいよ?」

「分かってる。俺は三時くらいには帰れるから、雨樋はその時に直すよ。工具箱って何処にある?」

「出しておきます。私の家の方にあるので。はしごはこの裏にありますけど、気をつけて使って下さい。海都は使いを忘れないで下さいよ?」

「分かってるって」

 各々支度をし、行ってきますと学校へ向う。
 この下宿から高校と大学は歩いても20分から30分もあれば着く。
 なのでみんな歩きだが、坂道がきついので誰も自転車で行こうとは思わないらしい。

 洗い物と洗濯を終え、少し休もうと自室へ戻ろうとしたら電話が鳴った。

「はい、下宿屋 東風荘です」

「あの、チラシを見てお電話をさせて頂いたのですが。今年一年生になる息子がおりまして、部屋が空いているかお聞きしたいのですが」

 すぐにあの子供の母親だとわかり、ついニヤッと笑ってしまう。

「空いていますよ。チラシの通りですが、一度見に来られますか?」

「ご都合の方は?」

「昼間ならみんな学校に行っているのでいつでも構いませんが。明日でも良いですよ?」

「では、息子を連れて明日の13時にお邪魔します。その場で決めても構いませんか?」

「ええ。ですが、この下宿は不動産を通してませんが、敷金礼金が3ヶ月分ずつ掛かります。家賃5万円ですので、30万掛かりますが、綺麗に使っていただけたら、敷金はお戻ししますので」

「はい。入学前からでもと書いてありましたし、転勤で離れたところへ行くのですぐに決めたいと思っていますので。明日宜しくお願いします」

 明日の約束をし、電話を切る。
 引越しは午前中だから、開いたままの部屋は見せれるが、もう1人卒業の者もいるのでなんとか埋めたいものだ。

 そのまま魚屋に電話し、刺身用にといくつか注文する。

 何故だか、商店街の人達は私の事を体の弱い人と思っているらしく、下宿屋も神社の敷地内にあるため、色々と配達をしてくれるので、有難くお言葉に甘える様にしている。

 たまに子供たちに酒屋や八百屋など帰りに買いに行かせるが、日用品なども纏めて軽トラックで持ってきてくれるので、助かっている。

 体が弱いと思われているのは、着流しの着物が地味なものを着ていたため、寝込んでいるとでも思われたのだろう。

 たまに生活がきつくないかと聞かれることもあったが、野菜は農家の子供たちの家族が送ってきてくれるし、下宿を出てからもたまに送られてくる。
 家賃が安い分どうぞと貰うため、米や野菜には困らないし、季節の野菜は裏庭で作っているし、ハウス栽培で年中夏野菜も採れる。

 買うものは殆どが日用品と肉と魚位のものだから、やりくりには全く困らない。

 明日、あの子供はこの下宿に決めるだろう。1人が高校卒業だから、一人だけ入れればいいと思っていたが、一部屋空いてしまうと食べ盛りの子供たちに食べさせる肉代に困ってしまう。

 ひとまず昼寝をと部屋へ戻り、囲炉裏の前でうたた寝をする。

 ピクッ__

「誰か来ましたねぇ……」

 すぐに神社へと行き、木の上から様子を伺う。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

下宿屋 東風荘 5

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆ 下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。 車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。 そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。 彼にも何かの能力が? そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__ 雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!? ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...