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第二話 後編
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「・・・そろそろ足を緩めても大丈夫でしょう。大分距離を取りましたから。」
「やりましたね。」
ほとんど話さず、時折駆け足をするように山道を来たので、四人共少し息が上がっていた。
「今頃城は大騒ぎですね・・・?」
「だろうな。悪い、帰ったら一緒に叱られてくれ。」
京様の軽口を皆で笑った。大きな岩がいくつかあったので、そこで座って少し休憩することにした。
「鷹丸殿、あとどれくらいで着きますか?」
那緒は持って来た竹筒の水を飲みつつ尋ねた。鷹丸は手拭いで汗を拭っている。日が高くなり、山の中とはいえ、大分暑くなってきていた。
「最初かなり早足で来たから、あと一時間と少しだと思う。あちらを出たのが九時くらいだったから、昼前には着くんじゃないかな。」
「そうですか。ではもう一踏ん張りですね。」
那緒はそう言って、伸びをしたり、ふくらはぎを揉んで身体をほぐした。
「ありがとう皆。今日は俺のわがままに付き合ってくれて。」
京様が唐突にそんなことを言った。
「何言うんです。俺が言い出したんじゃないですか、出掛けようって。」
「でも四人で、と言ったのは俺だ。出てみたかったんだ、城の外に。初めて出来た同年代の友人と。こんなことすれば怒られることはわかってるのに。だから、ありがとう。」
京様は少し照れくさそうに、腰を掛けて立てていた片方の膝に口許を押し付けて、目をそらした。
「大丈夫ですよ、俺は怒られ慣れてますから。」
「じゃあ、頭に落ちるげんこつは全部周防に受けてもらいましょう。石頭だから、大丈夫です。」
鷹丸が真顔で、珍しく冗談を言った。
「私も今すごく楽しいです。こんな風に内緒で抜け出すなんて、考えたことなかったから。」
「そうだな、那緒。」
周防がうんうんと頷くと、すかさず京様が、
「お前はいつも家を抜け出すんだろ。俺達三人と一緒にするな。」
確かにそうだと皆で笑って、それで雰囲気がいつものように戻った。それからは話をしながら山を登った。この冒険を機に、また少し四人の距離が縮まるような気がして、那緒は嬉しかった。
「見えました。あそこです。」
そう言って鷹丸殿は前方を指差した。目線を上げると、大きな木が重なりあって見えにくかったが、水が光を反射して、きらきらしていて、かすかに水が流れ落ちる音も聞こえる。少し窪んだ所にあったため、斜面を下り、水辺に駆け寄った。
「うわぁ、着いたー!!」
周防と京がさっそく草履を脱ぎ、水に入っている。
「きれいな所ですね。」
「街道から一本逸れていて人通りは多くないから、人目を忍ぶにはちょうど良かった。」
那緒と鷹丸も二人に続いて水に足を浸ける。
「つめたっ」
「山の湧水が流れて来たものだから、飲んでも大丈夫だよ。」
鷹丸はそう言って、顔を洗ったついでに手で水を掬い、ごくごくと飲む。那緒もそうしてみた。山の湧水はとてもおいしかった。
先に水に入っていた二人は一旦上がって、衣類を脱いでふんどし姿になって水に潜っていた。
「那緒も泳いでくる?」
鷹丸がそう聞いてきたが、那緒は首を横に振る。
「いえ、・・・泳げないので。」
「そう。じゃあ枝を集めて火を起こそう。水が冷たいから、たぶんすぐ上がってくるよ。」
二人で薪を拾い集め、火を起こして間もなく、京と周防がぶるぶると身体を震わせてやってきた。小袖を羽織ってふんどしを解き、その辺の木に引っ掛ける。視界には入ったが、あまり目線が行かないよう気をつけた。
「や、やっぱり山の水は冷たいな・・・。」
「で、ですね・・・。」
鷹丸がほら、といった顔をしてみせ、那緒もくすくすと笑う。
二人が少し暖まるのを待って、持って来た握り飯にかじりついた。具は傷みにくいよう全て梅干しで、普段ならあまり好まないが、今日ばかりは夢中で頬張った。それからお腹が落ち着くまで少しうとうとしてから、今度は全員で小さなサンショウウオやカエルを捕まえたり、笹舟を浮かべたりして遊んだ。
楽しい時間は驚くほどあっという間に過ぎた。湧水を竹筒にたっぷり入れ、ふんどしもすっかり乾いていたので、身支度を整えて出発するだけとなった。
「皆準備出来たな。」
「あーあ、もう帰る時間なんですね・・・。」
「今からでは日暮れまでぎりぎりだよ。急がないと。」
「また、来れたらいいですね。今度はきちんと許可を頂いて。」
「そうだな。まぁしばらくはおとなしくしていなくては。」
皆ははは、と笑った。
「さぁ行こう。」
「「はい。」」
そう言って歩き出そうとした、その時。
「痛っ!!」
那緒は足首に鋭い痛みを感じて、咄嗟にしゃがみこんだ。驚いて足下を見ると、一匹の蛇が那緒に噛みついていた。
「那緒!!」
「このっ!」
他の三人が足や枝葉を使って振り払おうとすると、蛇はそのままぱっと離れ、岩場をするする通って林の中に消えてしまった。
「今のは・・・毒蛇です。」
周防が呟く。
「毒はそう強くないけど、抵抗力のない老人や子どもが噛まれると、稀に死ぬ者も・・・。」
「・・・!」
「周防、応急処置はわかるか。」
「えっと、まずは毒を傷口から吸出して、それから傷口の心臓に近い方を少し強めにし縛って・・・。あっ、血の流れは止めないよう、治療するまで何度も縛り直す必要があります。」
「那緒、足を貸せ。」
京様はそう言って私の足を持ち上げて口元まで持っていくと、躊躇いなく傷口を強く吸った。
「あっ!!」
毒蛇に噛まれた恐怖より、強く吸われた痛みより、京様の口づけを足首に受けた事の方が衝撃だった。今全身に広がるこの痺れは、蛇の毒によるものなのだろうか。
それを何度か繰り返し、持っていた手拭いでふくらはぎの下の方を強めに縛る。
「とりあえず、これでいい。急いで山を降りよう。那緒は俺の背に乗れ。」
「そんな、大丈夫です。歩けます。」
「いや、身体を動かせば毒が回る。三人で交代で背負って行こう。」
鷹丸が京を遮って言った。
「京様。私が山を下って大人の助けを呼びに行きます。三人で背負って行くよりも、早いかもしれない。周防は少し毒の知識があるようですし、残った方が良い。」
「・・・そうだな。じゃあ鷹丸が山を下って助けを呼びに行き、連れてくる。出来れば医者を一緒に。そして俺達もやはり山を下って、登って来る助けと合流しよう。毒の処置は出来るだけ早い方がいい。鷹丸、頼んだぞ。」
「わかりました。」
鷹丸は返事をするや否や、来た道を駆け足で戻って行った。
「那緒、早く。」
京様が私に背を向けてしゃがむ。
「でも・・・。」
「那緒、遠慮してる場合じゃない。吸い出せてない毒で熱だって出てくるはずだ。俺も交代するから。」
周防もそう言って、那緒や京の荷物を手に持った。
「・・・申し訳ありません。」
そう言って、私は京様の肩に腕をかけ、身体を預ける。
「周防、他にすべきことはないか?」
「水をたくさん飲んだ方が良いです。そうやって毒を出来るだけ身体から出すんです。」
「よし、わかった。・・・さぁ、行こう。」
身体を鍛えているとはいえ、十二歳の少年が人を背負って山道を行くのは、簡単なことではなかった。歩みは登って来るよりもずっと遅い。
「鷹丸が助けを連れて来るまで、順調に行っても三時間近くかかる。出来るだけ山を下って距離を稼ぎたいが・・・。」
「焦らず行きましょう。怪我をして進めなくなったら元も子もない。次替わります。」
「すみません・・・。」
那緒は自分が役に立たないどころか、迷惑を掛けてしまっていることが歯痒く、申し訳なかった。
「那緒は悪くない。誰が噛まれてもおかしくなかったんだから。」
「そうだよ。もし噛まれたのが鷹丸殿だったら、どうしようもなかったぞ。絶対背負ってなんか行かれない。」
皆の優しさに泣きそうになる。責めてくれた方がよっぽど楽かもしれない。
「それより身体はどうだ?辛いところはないか。」
周防はそう言って、足を縛っていた手拭いを一旦ほどいて結び直す。こうやってこまめに体調を気遣ってくれた。
「大丈夫です。」
今自分が泣いてもどうにもならない。涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。
「・・・それにしても周防があんなに医学の知識があるなんて、知らなかった。」
京様が周防殿に言った。
「知り合いが昔医者をしていて、家にある本を流し読んだりすることがあるんです。こんな風に役立つなんて思わなかったですけど。」
この話の他にも、周防殿が昔、風邪を引いた弟のために蜂蜜を取りに行った時、たくさん蜂に刺されて大騒ぎになったことなどを話してくれた。でも、話が出来たのは最初だけで、険しい山道にだんだんと口数は少なくなっていった。
辺りも暗くなり始め、皆いよいよ何もしゃべらなくなった。那緒も身体が熱っぽくなってきて、だるいのを自覚している。灯りは隠し通路で使ったろうそく一本。この時点で、体力が一番ある京が、ほとんど那緒を背負うようになった。地面を踏み締める足音と息遣い、そして時折動物が草むらで立てるガサガサッという音だけが聞こえる。
急にガクッと身体が傾いたかと思うと、那緒をおぶっていた京と一緒に山道を転がっていた。幸いすぐ近くに大きな木の根があって、そこに引っ掛かった。
「っすまん、那緒!大丈夫か!?」
「は、はい。京様はお怪我はございませんか・・・?」
京様は自分の身体を心配するよりもまず、那緒を気遣ってくれる。もう自分もへとへとのはずなのに。ろうそくを持って前を照らしていた周防も駆け寄って、二人の様子を確かめる。
「・・・かすり傷はありますが、骨は大丈夫そうですね。」
「・・・少し休もう。さすがに疲れた。」
「・・・お二人とも、私を置いて行ってください。」
那緒は静かに言った。もうこれ以上、自分のせいで二人が苦しむのを見たくなかった。何より辺りが暗くなってきて、この道が合っているのかわからない。山の夜は冷える。出来るなら今日中に下山し、救助と合流した方が良い。しかし那緒を抱えては厳しさが増すことは明白だった。
「もういいですから。」
一瞬の間があり、
「馬鹿者っ!!」
京様が怒鳴った。
「ここで諦める奴があるか!!今頑張っているのは俺達だけじゃない。一人で助けと呼びに行った鷹丸も、救助に向かっている大人達も必死なんだ。その気持ちを無下にするな。簡単に諦めるな!!」
言葉が出なかった。
「行こう。日暮れから三十分以上経つ。道は合ってるもうすぐ救助と会えるはずだ。絶対、大丈夫だから。」
はい、と掠れてほとんど声にならない声で返事をして、京様の手を取ったその時だった。
ーーおぉーい・・・ーー
三人共はっとして耳を澄ます。またすぐに声が聞こえた。
ーーおぉーい・・・!ーー
「・・・俺、呼んできます!!」
周防も声を上げながら、駆け足で向かう。
京様は私を背負い、ゆっくりと山道を下る。
「・・・だから言ったろう。大丈夫だって。・・・泣くんじゃない、那緒。」
那緒は泣いていた。嗚咽が漏れ、大粒の涙が京の背を濡らす。今那緒に語りかける声はこの上なく優しかった。ごめんなさい、と嗚咽の合間に何とか口にするが、ちゃんと言えたかはわからない。
「怒鳴って悪かった。・・・こうなった一番の原因は、言い出した俺なのにな。」
安心したせいか、那緒は急にひどい眠気を感じた。ごめんなさい、ともう一度呟く。京様はわかったから、と言って、
「一旦休め・・・。もう大丈夫だから。」
その言葉を聞いたのを最後に、那緒の意識は夜の闇に溶けていった。
「やりましたね。」
ほとんど話さず、時折駆け足をするように山道を来たので、四人共少し息が上がっていた。
「今頃城は大騒ぎですね・・・?」
「だろうな。悪い、帰ったら一緒に叱られてくれ。」
京様の軽口を皆で笑った。大きな岩がいくつかあったので、そこで座って少し休憩することにした。
「鷹丸殿、あとどれくらいで着きますか?」
那緒は持って来た竹筒の水を飲みつつ尋ねた。鷹丸は手拭いで汗を拭っている。日が高くなり、山の中とはいえ、大分暑くなってきていた。
「最初かなり早足で来たから、あと一時間と少しだと思う。あちらを出たのが九時くらいだったから、昼前には着くんじゃないかな。」
「そうですか。ではもう一踏ん張りですね。」
那緒はそう言って、伸びをしたり、ふくらはぎを揉んで身体をほぐした。
「ありがとう皆。今日は俺のわがままに付き合ってくれて。」
京様が唐突にそんなことを言った。
「何言うんです。俺が言い出したんじゃないですか、出掛けようって。」
「でも四人で、と言ったのは俺だ。出てみたかったんだ、城の外に。初めて出来た同年代の友人と。こんなことすれば怒られることはわかってるのに。だから、ありがとう。」
京様は少し照れくさそうに、腰を掛けて立てていた片方の膝に口許を押し付けて、目をそらした。
「大丈夫ですよ、俺は怒られ慣れてますから。」
「じゃあ、頭に落ちるげんこつは全部周防に受けてもらいましょう。石頭だから、大丈夫です。」
鷹丸が真顔で、珍しく冗談を言った。
「私も今すごく楽しいです。こんな風に内緒で抜け出すなんて、考えたことなかったから。」
「そうだな、那緒。」
周防がうんうんと頷くと、すかさず京様が、
「お前はいつも家を抜け出すんだろ。俺達三人と一緒にするな。」
確かにそうだと皆で笑って、それで雰囲気がいつものように戻った。それからは話をしながら山を登った。この冒険を機に、また少し四人の距離が縮まるような気がして、那緒は嬉しかった。
「見えました。あそこです。」
そう言って鷹丸殿は前方を指差した。目線を上げると、大きな木が重なりあって見えにくかったが、水が光を反射して、きらきらしていて、かすかに水が流れ落ちる音も聞こえる。少し窪んだ所にあったため、斜面を下り、水辺に駆け寄った。
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周防と京がさっそく草履を脱ぎ、水に入っている。
「きれいな所ですね。」
「街道から一本逸れていて人通りは多くないから、人目を忍ぶにはちょうど良かった。」
那緒と鷹丸も二人に続いて水に足を浸ける。
「つめたっ」
「山の湧水が流れて来たものだから、飲んでも大丈夫だよ。」
鷹丸はそう言って、顔を洗ったついでに手で水を掬い、ごくごくと飲む。那緒もそうしてみた。山の湧水はとてもおいしかった。
先に水に入っていた二人は一旦上がって、衣類を脱いでふんどし姿になって水に潜っていた。
「那緒も泳いでくる?」
鷹丸がそう聞いてきたが、那緒は首を横に振る。
「いえ、・・・泳げないので。」
「そう。じゃあ枝を集めて火を起こそう。水が冷たいから、たぶんすぐ上がってくるよ。」
二人で薪を拾い集め、火を起こして間もなく、京と周防がぶるぶると身体を震わせてやってきた。小袖を羽織ってふんどしを解き、その辺の木に引っ掛ける。視界には入ったが、あまり目線が行かないよう気をつけた。
「や、やっぱり山の水は冷たいな・・・。」
「で、ですね・・・。」
鷹丸がほら、といった顔をしてみせ、那緒もくすくすと笑う。
二人が少し暖まるのを待って、持って来た握り飯にかじりついた。具は傷みにくいよう全て梅干しで、普段ならあまり好まないが、今日ばかりは夢中で頬張った。それからお腹が落ち着くまで少しうとうとしてから、今度は全員で小さなサンショウウオやカエルを捕まえたり、笹舟を浮かべたりして遊んだ。
楽しい時間は驚くほどあっという間に過ぎた。湧水を竹筒にたっぷり入れ、ふんどしもすっかり乾いていたので、身支度を整えて出発するだけとなった。
「皆準備出来たな。」
「あーあ、もう帰る時間なんですね・・・。」
「今からでは日暮れまでぎりぎりだよ。急がないと。」
「また、来れたらいいですね。今度はきちんと許可を頂いて。」
「そうだな。まぁしばらくはおとなしくしていなくては。」
皆ははは、と笑った。
「さぁ行こう。」
「「はい。」」
そう言って歩き出そうとした、その時。
「痛っ!!」
那緒は足首に鋭い痛みを感じて、咄嗟にしゃがみこんだ。驚いて足下を見ると、一匹の蛇が那緒に噛みついていた。
「那緒!!」
「このっ!」
他の三人が足や枝葉を使って振り払おうとすると、蛇はそのままぱっと離れ、岩場をするする通って林の中に消えてしまった。
「今のは・・・毒蛇です。」
周防が呟く。
「毒はそう強くないけど、抵抗力のない老人や子どもが噛まれると、稀に死ぬ者も・・・。」
「・・・!」
「周防、応急処置はわかるか。」
「えっと、まずは毒を傷口から吸出して、それから傷口の心臓に近い方を少し強めにし縛って・・・。あっ、血の流れは止めないよう、治療するまで何度も縛り直す必要があります。」
「那緒、足を貸せ。」
京様はそう言って私の足を持ち上げて口元まで持っていくと、躊躇いなく傷口を強く吸った。
「あっ!!」
毒蛇に噛まれた恐怖より、強く吸われた痛みより、京様の口づけを足首に受けた事の方が衝撃だった。今全身に広がるこの痺れは、蛇の毒によるものなのだろうか。
それを何度か繰り返し、持っていた手拭いでふくらはぎの下の方を強めに縛る。
「とりあえず、これでいい。急いで山を降りよう。那緒は俺の背に乗れ。」
「そんな、大丈夫です。歩けます。」
「いや、身体を動かせば毒が回る。三人で交代で背負って行こう。」
鷹丸が京を遮って言った。
「京様。私が山を下って大人の助けを呼びに行きます。三人で背負って行くよりも、早いかもしれない。周防は少し毒の知識があるようですし、残った方が良い。」
「・・・そうだな。じゃあ鷹丸が山を下って助けを呼びに行き、連れてくる。出来れば医者を一緒に。そして俺達もやはり山を下って、登って来る助けと合流しよう。毒の処置は出来るだけ早い方がいい。鷹丸、頼んだぞ。」
「わかりました。」
鷹丸は返事をするや否や、来た道を駆け足で戻って行った。
「那緒、早く。」
京様が私に背を向けてしゃがむ。
「でも・・・。」
「那緒、遠慮してる場合じゃない。吸い出せてない毒で熱だって出てくるはずだ。俺も交代するから。」
周防もそう言って、那緒や京の荷物を手に持った。
「・・・申し訳ありません。」
そう言って、私は京様の肩に腕をかけ、身体を預ける。
「周防、他にすべきことはないか?」
「水をたくさん飲んだ方が良いです。そうやって毒を出来るだけ身体から出すんです。」
「よし、わかった。・・・さぁ、行こう。」
身体を鍛えているとはいえ、十二歳の少年が人を背負って山道を行くのは、簡単なことではなかった。歩みは登って来るよりもずっと遅い。
「鷹丸が助けを連れて来るまで、順調に行っても三時間近くかかる。出来るだけ山を下って距離を稼ぎたいが・・・。」
「焦らず行きましょう。怪我をして進めなくなったら元も子もない。次替わります。」
「すみません・・・。」
那緒は自分が役に立たないどころか、迷惑を掛けてしまっていることが歯痒く、申し訳なかった。
「那緒は悪くない。誰が噛まれてもおかしくなかったんだから。」
「そうだよ。もし噛まれたのが鷹丸殿だったら、どうしようもなかったぞ。絶対背負ってなんか行かれない。」
皆の優しさに泣きそうになる。責めてくれた方がよっぽど楽かもしれない。
「それより身体はどうだ?辛いところはないか。」
周防はそう言って、足を縛っていた手拭いを一旦ほどいて結び直す。こうやってこまめに体調を気遣ってくれた。
「大丈夫です。」
今自分が泣いてもどうにもならない。涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。
「・・・それにしても周防があんなに医学の知識があるなんて、知らなかった。」
京様が周防殿に言った。
「知り合いが昔医者をしていて、家にある本を流し読んだりすることがあるんです。こんな風に役立つなんて思わなかったですけど。」
この話の他にも、周防殿が昔、風邪を引いた弟のために蜂蜜を取りに行った時、たくさん蜂に刺されて大騒ぎになったことなどを話してくれた。でも、話が出来たのは最初だけで、険しい山道にだんだんと口数は少なくなっていった。
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「・・・少し休もう。さすがに疲れた。」
「・・・お二人とも、私を置いて行ってください。」
那緒は静かに言った。もうこれ以上、自分のせいで二人が苦しむのを見たくなかった。何より辺りが暗くなってきて、この道が合っているのかわからない。山の夜は冷える。出来るなら今日中に下山し、救助と合流した方が良い。しかし那緒を抱えては厳しさが増すことは明白だった。
「もういいですから。」
一瞬の間があり、
「馬鹿者っ!!」
京様が怒鳴った。
「ここで諦める奴があるか!!今頑張っているのは俺達だけじゃない。一人で助けと呼びに行った鷹丸も、救助に向かっている大人達も必死なんだ。その気持ちを無下にするな。簡単に諦めるな!!」
言葉が出なかった。
「行こう。日暮れから三十分以上経つ。道は合ってるもうすぐ救助と会えるはずだ。絶対、大丈夫だから。」
はい、と掠れてほとんど声にならない声で返事をして、京様の手を取ったその時だった。
ーーおぉーい・・・ーー
三人共はっとして耳を澄ます。またすぐに声が聞こえた。
ーーおぉーい・・・!ーー
「・・・俺、呼んできます!!」
周防も声を上げながら、駆け足で向かう。
京様は私を背負い、ゆっくりと山道を下る。
「・・・だから言ったろう。大丈夫だって。・・・泣くんじゃない、那緒。」
那緒は泣いていた。嗚咽が漏れ、大粒の涙が京の背を濡らす。今那緒に語りかける声はこの上なく優しかった。ごめんなさい、と嗚咽の合間に何とか口にするが、ちゃんと言えたかはわからない。
「怒鳴って悪かった。・・・こうなった一番の原因は、言い出した俺なのにな。」
安心したせいか、那緒は急にひどい眠気を感じた。ごめんなさい、ともう一度呟く。京様はわかったから、と言って、
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