【R18】紅い眼が輝く時

ノプリー

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住宅街から少し離れた、木々が囲む屋敷の扉の前で待ち始めて、かれこれ三十分は経った。

時間を間違えたのだろうか。いや、そんなはずはない。大奥様から聞いた日付と時間はメモして何度も確認した。

ーゴンゴンゴンー

三度目になるノックは虚しく響いて消えていった。出直そうかしら、と弱気になってしまうが、そんなわけにはいかない事情があった。

「あきらめちゃダメよ、エルナ」

丸まっていた背すじをピシッと伸ばし、大きめのトランクを手にエルナは玄関を回り込む。今日は雲が厚く、日は射していないが、ここは背の高い庭木が生い茂っていて、さらに少し薄暗く、どことなく甘い空気に湿度を感じる。

「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか」

しかし何処からも返事はなく、屋敷から人の気配も感じない。

「家は合ってるはずだけれど・・・・」

屋敷の外壁が切れている。そちらに近付くにつれて、どうやら甘い匂いのもとが庭の方にあるらしい事に気付いた。

庭を覗き込んだエルナははっと息を飲んだ。

庭には薔薇が咲き誇っていた。それも真っ赤な大輪の薔薇が。エルナは引き込まれるように薔薇の園に足を踏み入れた。

人を探していた事も忘れて、真紅の薔薇に魅入る。エルナも路上の花売りの少女から薔薇を買った事があるけれど、いずれも可憐な野薔薇だった。

こんな美しい薔薇は見たことがない。そしてこの芳しい香りもエルナは嗅いだ事がなかった。噎せかえるような香りの渦に頭がクラクラする。

「何をしている」

後ろから声を掛けられ、エルナははっと振り返る。

少し長めの黒髪に、陶器のように白い肌。長身で、少々細身の引き締まった体躯。そして、黒曜石を思わせる漆黒の瞳。

まるで昔妹に読んであげた絵本の挿絵に描かれていた妖精の王そのもの。私は素敵だと思ったけれど、小さな頃から賢かったあの子は「お花の妖精なのにどうして黒い髪に黒い目なの?」と聞いてきて、困ってしまったのを思い出した。

「用がないなら出ていけ」

彼はそう言うなり、くるりと背を向け、去っていく。

「あ、あのっ!」

エルナはぽーっとしていた頭を降って、慌ててワンピースのポケットから手紙を取り出し、重いトランクを持って小走りで追い掛ける。

「勝手にお庭に入ってしまって申し訳ありませんでした。私エルナと申します」

足を止めるつもりのない様子に焦ってしまう。

「アッヘンバッハ家の大奥様からのご紹介で参りました!」

常にはない大声で呼び掛けるとピタリと足を止めた。

「アッヘンバッハの?紹介とは何の事だ」

訝しげな声と表情は、演技のようには見えない。どんな手違いか、彼に話がいっていなかったようだ。

「大奥様から手紙を預かって参りました」

初見の印象は、控えめに言ってあまり良くはないだろう。せめて少しでも挽回したくて、出来るだけ落ち着いた声音を意識した。

封をされた手紙を手で破って目を通す。

「・・・・・ルドルフ・アッカーマン邸の専属メイドとして、エルナ・フィッシャーを推薦する。」

彼と至近距離で目が合うと、まるで甘美な毒を直接頭に流し込まれたように、脳がじぃんと痺れた。

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