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「ひどいわ。会えて嬉しくはないの?」
訪問者は口を尖らせて文句を言った。
「もちろん嬉しいけれど・・・・・・・・だってあなた、忙しくて帰れそうにないって手紙に書いていたじゃないの」
「頑張って課題を進めたのよ。まだ少し残っているけど、復活祭に一人なんて嫌だもの」
エルナはわざと溜息を吐きながら、それでも笑顔でこう言った。
「あなたらしいわね、イザベラ」
イザベラはエルナの背中に回していた腕をほどいた。
小麦色の髪の毛を編み込んで一つにまとめているが、ウェーブの掛かったふわふわとした髪はいつも少しほつれ、彼女の少しきりっとした顔立ちを柔らかく包み込んでいる。目の色は薄いグリーンで、春先の新芽のように生き生きとしている。
この半年ほどで、少し頬の線が大人っぽくすっきりした。
頬は冷たい空気に当たって赤くなっていて、それを優しく手の平で包む。さっきまで暖炉の近くにいたので、エルナの手は温かい。
「元気そうで安心したわ。いつまでいられるの?」
「年明けには大学も始まるから、一週間くらいかな・・・・・」
そう言うイザベラとエルナの間を冷たい風が吹き抜け、二人は肩を縮ませた。
「とにかく、入って」
エルナはイザベラを中に招き入れると、コートと鞄を受け取って、フックに掛けた。鞄には着替えの他に、本でも詰め込んでいるのか随分重い。駅からここに直行してくれたのだろう。
イザベラはチロチロと火が燃える暖炉に手をかざして、冷えた指先を温める。
その間に、エルナは温かい紅茶とクッキーを用意した。
「あっ!ジンジャークッキーね!嬉しい、これが食べられるなんて」
イザベラは昔からこれが大好物なのだ。復活祭には必ず用意するのが、フィッシャー家の決まりだった。この時期に材料を揃えられるように、いつも家計のやりくりをしていた。
イザベラは両手で摘まんで、まるで胡桃に齧りつくリスのようにちょっとずつ食べる。
「沢山あるから、もっと食べてイザベラ」
イザベラは目を丸くして、驚いた表情を浮かべた。二人の時は余裕がなくて、沢山食べられるほどクッキーを焼けなかったからだ。
エルナは月毎に、給料とは別にまとまったお金を旦那様から渡され、現在はそれでやりくりをしている。二人で食べる分には十分過ぎる額なので、高価なバターや砂糖も気兼ねなく買えるし、お肉もほとんど毎日のように口にしている。
自分の分だけは安い食材を揃えようと思っても、旦那様の食べる量が量なので、結局エルナも同じものを食べる方が無駄がなかった。おかげでここで働くようになって、身体のあちこちに脂肪がついたような気がする。
そんな事をかいつまんでエルナが説明すると、
「なるほどね、納得いったわ。姉さん、綺麗になったもの。私てっきり、誰か好い人でもできたのかと思ったけど、随分気前の良い雇い主みたいね」
と、イザベラは熱い紅茶をふう、ふう、と冷ましながら言った。旦那様の顔が浮かんでエルナはどきりとしたが、旦那様と自分は、イザベラが思うような甘い関係ではない。
「そうだ、いけない。姉さんこれ」
「?」
イザベラは封筒を取り出して、エルナは手渡した。開けてみると、中には現金が入っていた。
「どうしたの?これ」
「姉さん仕送りを増やしてくれたでしょう?それを取っておいたの」
「それはあなたの生活費に・・・・・」
イザベラは手の平を向けてエルナの言葉を遮った。
「もともとの仕送りだけで、ちゃんと暮らしていけるわ。それにたまに教授のお手伝いをしたりして、少しだけど賃金を頂いたりしてるの。だからそれは返すわ」
エルナは封筒を手に、ちょっと困ってしまった。この行き場のないお金を一体どうすべきかと。
そんなエルナの様子を見て、イザベラは少々苦笑いを浮かべて言った。
「自分のために使ってって事よ、姉さん」
エルナは少し黙り込んで、
「・・・・・・ありがとう。考えてみるわね」
およそ半年間の上乗せ分なので、それなりにまとまった金額をどうするか、エルナは後回しにする事にした。
それよりも、エルナが気になるのは、
「旦那様が帰ってきたら、今日あなたをここに泊めても良いか頼んでみるわ。幸い、客間は空いているし・・・・・」
そう、イザベラの宿泊場所だ。《お食事》の事もあるから一週間は無理だろうが、今日くらいなら、あるいは許可して頂けるかもしれない。
外では再び雪が降り始めていたし、暗くなるのも早い。姉としては今日くらいゆっくり休ませてあげたい。
あとは友人宅や宿を探すしかない。急な事でどんな伝手があったかと思案していると、
「ちゃんと泊まる所は確保してあるわ。ダミアンの家でね、仕事を手伝うからって事前に頼んであるの」
と、事もなげに言うのだから驚きだ。
ダミアンとはイザベラの幼馴染で、エルナ達が前に住んでいた家と近く、家族で小さな食堂を営んでいる。
「あなた、本当に準備がいいわねぇ」
「だって、いくら良い雇い主って言っても、使用人の家族を一週間も泊めたりしないでしょ・・・・・・」
二人はそれからしばらく、手紙には書ききれなかった出来事をあれこれと話し込んだのだった。
癖のある教授の授業が面白い。寄宿先の食事があまり美味しくない。いけすかない同級生がいる・・・・・。
エルナが話せる事は少なかったが、旦那様とはそれなりに上手くやっている事を伝えた。イザベラは安心したようだった。
「留守中に上がってしまったし、ご挨拶だけでもしていきたいわ」
「そうね。もうそろそろお帰りになると思うのだけど・・・・・。」
と話していると、ちょうど玄関のドアが音を立てた。エルナは立ち上がって、小走りでドアの方に向かいながら、
「旦那様だわ。あなたはここで待っていて」
と言って、玄関へ急いだ。
訪問者は口を尖らせて文句を言った。
「もちろん嬉しいけれど・・・・・・・・だってあなた、忙しくて帰れそうにないって手紙に書いていたじゃないの」
「頑張って課題を進めたのよ。まだ少し残っているけど、復活祭に一人なんて嫌だもの」
エルナはわざと溜息を吐きながら、それでも笑顔でこう言った。
「あなたらしいわね、イザベラ」
イザベラはエルナの背中に回していた腕をほどいた。
小麦色の髪の毛を編み込んで一つにまとめているが、ウェーブの掛かったふわふわとした髪はいつも少しほつれ、彼女の少しきりっとした顔立ちを柔らかく包み込んでいる。目の色は薄いグリーンで、春先の新芽のように生き生きとしている。
この半年ほどで、少し頬の線が大人っぽくすっきりした。
頬は冷たい空気に当たって赤くなっていて、それを優しく手の平で包む。さっきまで暖炉の近くにいたので、エルナの手は温かい。
「元気そうで安心したわ。いつまでいられるの?」
「年明けには大学も始まるから、一週間くらいかな・・・・・」
そう言うイザベラとエルナの間を冷たい風が吹き抜け、二人は肩を縮ませた。
「とにかく、入って」
エルナはイザベラを中に招き入れると、コートと鞄を受け取って、フックに掛けた。鞄には着替えの他に、本でも詰め込んでいるのか随分重い。駅からここに直行してくれたのだろう。
イザベラはチロチロと火が燃える暖炉に手をかざして、冷えた指先を温める。
その間に、エルナは温かい紅茶とクッキーを用意した。
「あっ!ジンジャークッキーね!嬉しい、これが食べられるなんて」
イザベラは昔からこれが大好物なのだ。復活祭には必ず用意するのが、フィッシャー家の決まりだった。この時期に材料を揃えられるように、いつも家計のやりくりをしていた。
イザベラは両手で摘まんで、まるで胡桃に齧りつくリスのようにちょっとずつ食べる。
「沢山あるから、もっと食べてイザベラ」
イザベラは目を丸くして、驚いた表情を浮かべた。二人の時は余裕がなくて、沢山食べられるほどクッキーを焼けなかったからだ。
エルナは月毎に、給料とは別にまとまったお金を旦那様から渡され、現在はそれでやりくりをしている。二人で食べる分には十分過ぎる額なので、高価なバターや砂糖も気兼ねなく買えるし、お肉もほとんど毎日のように口にしている。
自分の分だけは安い食材を揃えようと思っても、旦那様の食べる量が量なので、結局エルナも同じものを食べる方が無駄がなかった。おかげでここで働くようになって、身体のあちこちに脂肪がついたような気がする。
そんな事をかいつまんでエルナが説明すると、
「なるほどね、納得いったわ。姉さん、綺麗になったもの。私てっきり、誰か好い人でもできたのかと思ったけど、随分気前の良い雇い主みたいね」
と、イザベラは熱い紅茶をふう、ふう、と冷ましながら言った。旦那様の顔が浮かんでエルナはどきりとしたが、旦那様と自分は、イザベラが思うような甘い関係ではない。
「そうだ、いけない。姉さんこれ」
「?」
イザベラは封筒を取り出して、エルナは手渡した。開けてみると、中には現金が入っていた。
「どうしたの?これ」
「姉さん仕送りを増やしてくれたでしょう?それを取っておいたの」
「それはあなたの生活費に・・・・・」
イザベラは手の平を向けてエルナの言葉を遮った。
「もともとの仕送りだけで、ちゃんと暮らしていけるわ。それにたまに教授のお手伝いをしたりして、少しだけど賃金を頂いたりしてるの。だからそれは返すわ」
エルナは封筒を手に、ちょっと困ってしまった。この行き場のないお金を一体どうすべきかと。
そんなエルナの様子を見て、イザベラは少々苦笑いを浮かべて言った。
「自分のために使ってって事よ、姉さん」
エルナは少し黙り込んで、
「・・・・・・ありがとう。考えてみるわね」
およそ半年間の上乗せ分なので、それなりにまとまった金額をどうするか、エルナは後回しにする事にした。
それよりも、エルナが気になるのは、
「旦那様が帰ってきたら、今日あなたをここに泊めても良いか頼んでみるわ。幸い、客間は空いているし・・・・・」
そう、イザベラの宿泊場所だ。《お食事》の事もあるから一週間は無理だろうが、今日くらいなら、あるいは許可して頂けるかもしれない。
外では再び雪が降り始めていたし、暗くなるのも早い。姉としては今日くらいゆっくり休ませてあげたい。
あとは友人宅や宿を探すしかない。急な事でどんな伝手があったかと思案していると、
「ちゃんと泊まる所は確保してあるわ。ダミアンの家でね、仕事を手伝うからって事前に頼んであるの」
と、事もなげに言うのだから驚きだ。
ダミアンとはイザベラの幼馴染で、エルナ達が前に住んでいた家と近く、家族で小さな食堂を営んでいる。
「あなた、本当に準備がいいわねぇ」
「だって、いくら良い雇い主って言っても、使用人の家族を一週間も泊めたりしないでしょ・・・・・・」
二人はそれからしばらく、手紙には書ききれなかった出来事をあれこれと話し込んだのだった。
癖のある教授の授業が面白い。寄宿先の食事があまり美味しくない。いけすかない同級生がいる・・・・・。
エルナが話せる事は少なかったが、旦那様とはそれなりに上手くやっている事を伝えた。イザベラは安心したようだった。
「留守中に上がってしまったし、ご挨拶だけでもしていきたいわ」
「そうね。もうそろそろお帰りになると思うのだけど・・・・・。」
と話していると、ちょうど玄関のドアが音を立てた。エルナは立ち上がって、小走りでドアの方に向かいながら、
「旦那様だわ。あなたはここで待っていて」
と言って、玄関へ急いだ。
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