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記憶とメモリー6
しおりを挟む部屋に戻ったアロンは体の傷の処置をしてもらったあと、ライネスたちと面向かって座った。
ベッドの上でアロンはうつむきながら黙っていた。
対面には痛ましそうな顔でアロンを見つめるエルヴィスと腕を組んで仮面から鋭い目をのぞかせるライネスが立ち、近くには車椅子に座っているエルドがいる。
「アロン、平気かい?」
「………」
「何かをやらかしそうだと思っていたが、こんなにもバカだとはな」
ライネスの言葉にエルヴィスがその背中を叩いた。
「こんな姿になるまできみは何をしていたんだ!もっと早くアロンを助けられただろう!なんのためにきみを行かせたと思っている!」
「こいつに現実を見させるためだ」
どうやら会話的にアロンが罠にかかっている間、ライネスはじっくりと見ていたようである。
「あの女に何を言われたか知らないが、だまされていると気づいただろ」
「………」
「あの部屋のコードはどのみち間違っていても開く。お前を罠にかかるよう誘導したんだあの女は」
「……………そんなこと、する理由ないだろ」
どこか消え入りそうな声でアロンはつぶやいた。
「お前は支配階級のアンドロイドと3体も結婚している。ああいう連中にとって支配階級のアンドロイドは消えれば消えるほどいい。アンドロイドは基本全てのデータをメモリーカードに保存し、自分の後を継ぐ機体に渡すことで立場を引き継ぐことができる。つまり、メモリーカードさえ手に入れば様々な秘密事項が手に入ることと同じだ。もし内政や軍事に関わるアンドロイドのメモリーカードが敵に渡ったらどうなると思う?」
メモリーカードと聞いてアロンは思わず反応した。
「メモリー、カード……」
「ああ、そうだ。お前が持っていったあのカードだ」
知られている。アロンは身を固くして拳を握った。どこかグレイシーに利用されたことを認めたくないように歯を噛み締める。
「あの中に入っているものは………まあ、いい。敵に渡ったところで大した損害はない。どのみちあの女は中に何が入っているのか知っている。お前に取るよう指示したんだろ?」
アロンは顔を歪ませてひざを見つめた。
「……違う」
「今さらまだ庇うのか?お前を殺そうとしたやつだぞ!」
「違うと言っているだろ!」
「どこか違う!出会って間もないやつをそこまで助ける意味がどこにある!まさか自分の母親に似ているというだけの理由か!?」
ハッとしてアロンは見上げた。
なぜライネスがそれを知っている?
「なんでお前が……」
「あの女のどこが似ている?何もかも違う!貴様は自分の母親でさえ間違えるのか!」
母のことを言及されて、アロンは一気に怒りが湧いてきた。
ダッと立ち上がってライネスをにらんだ。
「間違えねぇよ!でも似ているんだよ!あの人を見ていると母さんの影がずっと頭の中を離れないんだよ!!」
アロンの目に涙がにじみ出た。
それを見てエルヴィスが焦り出したが、そばにいたエルドに腕をつかまれて近づこうとするのを阻止された。
エルドはゆっくりと首を揺らして今はじゃましないように伝えた。
「薄々気づいている!利用されたことくらい……だって、だって………見たんだよ」
ドアを開けたあの通路で、ガラス張りの向こうでほんの一瞬だけグレイシーと目が合った気がした。微笑まれた気がした。
だが、あれは微笑まれたのではない。計画がうまくいったと言いたげな、歪な笑みをふくんだ目をしていた。
遠目だったし、その違和感をアロンは気づかないふりをしていた。利用されたかもしれないという考えから逃げたかった。
だというのに今面と向かってそれを隠すために覆ったものを剥がされていくようで、どうしても耐えられなかった。
「あの目は……ゴミ溜め場で仲間外れにされる時の目とよく似ているんだよ。病原菌を追い出すのに成功したと言いたげな目と……」
母を病で亡くしてならアロンはずっと同じ病気をもらっているのではと遠ざけられた。
「でも……似ているんだよ!母さんと!」
「だからあいつのどこが似ている!いい加減目を覚ませ!」
「お前に何がわかるんだよ!どうせ母親も父親もいたことがないくせに!俺がどんな思いで……っ」
アロンは耐えきれずに涙を流した。ポロポロと落ちる涙にライネスは一瞬言葉に詰まったような表情になった。
「ああ、確かにわからない。だがあの女は最初からお前が目的だったんだ!」
「…………何言ってるんだ?」
「あの晩忍び込んだのはお前に細工するためだ。あの女の声が頭の中で聞こえるんだろ?それが証拠だ。そして目的を果たすとさっさと逃げたんだ。最後の悪あがきにお前を狙ったんだよ」
「どういうことだよ!」
「誘拐のことまだ覚えているだろ。あの時、お前とあの灰色頭を助け出してからあの女と会ってきた。改造だらけの体を維持するコアを破壊してやったからな。あと少しもしないうちに体が暴走して死ぬだろう。その俺に復讐するためにお前を利用した。あの女の手下が意外と有能で、さらった人間が“お前”だとわかったから今回の計画を立てたはずだ」
「でも、もしかしたら……」
「もしかしたらそんなことない、ってか?だったらお前が罠にかかったことはどう説明する?入力されたコードを確認したが、正確なコードとかすりもしないものだった」
アロンの体がびくりとする。
「どうせこれが正解のコードだとても言われたんだろ?本当に純真だな。お前は」
アロンは唇を噛み締めてうつむいた。
ポロポロと涙が落ちて視界が酷くぼやける。
最初から自分が独りで突っ走っていただけだった。最初から期待されていなかった。なのにグレイシーに連れていってもらおうとした。よろこんでもらえると思ってライネスのメモリーカードに手を出した。
亡き母と似ていたから本気で死んでほしくなかった。だからアロンは自分にできることをしようとした。
だが全ては利用されるためだけのことで、何ひとつ信用されたわけではない。
しかもこんなにだまそうとした相手から赤裸々とバラされて、どうしようもなくみじめに思えた。
母さん………っ…!
「もうわかっただろ。今後はーー」
「お前達なんか……ッ、全部消えればいいのに!」
アロンはグレイシーに利用されたショックと小さな思惑を全てを剥き出しにされたみじめさでこの場から逃げたかった。
思いつきとすら言えないほど、頭に浮かんだものを反射的に取り出して大きく振りかぶった。
それがなんなのかを知ったライネスがハッと目を見開いた。
「お前ーーッ」
アロンは手に持ったそれを思い切り床にぶつけた。
小気味良い音とともに小さなメモリーカードは床で割れ、小さな破片が周りに飛び散った。
室内に一瞬で静けさが訪れた。アロンは激しく胸を上下させていたが、やがて冷静になり始めると自分のやったことに顔色を悪くした。
そうなった原因は主にライネスにある。
ライネスは割れたメモリーカードを見て目を見開いたまま固まっていた。
小さく開けた口は何か言いたげだが、すぐに弾き結ばれ、伸ばしかけた手をゆっくりと引っ込めた。
そしてそのまま何も言わずに部屋を出ていく。
アロンは自分が床に投げ捨てたメモリーカードを拾い上げてライネスを追おうかどうか迷った。
だが先の今で追う立場にもない。
「アロン」
そこへエルヴィスが優しい声で呼びかけ、そっとアロンの前で片ひざをついた。
「残念だけど、それをライネスに渡してももう意味がないよ」
「………ッ」
「ライネスの態度を悪く思わないでくれないかな。それは私達アンドロイドにとって記憶と同じなんだ」
「記憶?」
「そうだよ。私達は全てのデータをこのメモリーカードに入れて保存している。だから予備にデータをとって置かない限り、これが壊れてしまうと記憶そのものがなくなってしまう」
「思い出せないのか?」
「思い出せない。例えば今こうしてアロンと話していることも、メモリーカードが破損してしまえば次の瞬間にはもうなかったことになる。何も覚えていないんだ」
アロンの体が少し震え出す。
「俺、そんなつもりじゃ………」
「あ、でも大丈夫だよ!」
「……え?」
「メモリーカードはライネスの部分的な記憶のみ抜き出したもので、軍事情報はいっさい入ってないんだ。それに軍事情報みたいに大事なデータは予備があるから」
アロンはライネスが割れたメモリーカードを見た時の反応を思い出した。
「じゃあ、この中には何が入っているんだ?」
「ライネスの恋人との記憶」
「……あ、え?」
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