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危ういもの
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アロンがチケットを使ってしまったことを後悔している間、トセルはただ黙って差し出されたチケットを見つめていた。
普段なら黙ってもらうが、この時はなぜかすぐに手が出なかった。
「おい、いらないのか?必要だろ?」
アロンがぐいっとチケットをトセルの手に押し付けた。
「……お前も必要だろ」
「安心しろ!俺はもうすぐ使わなくなる!」
アロンが自信ありげに自分の胸をたたいた。おそらくあと2日ほどで出られることを言っているのだろう。
トセルは簡単に「そうか」と返し、チケットを自分のポケットに入れた。
その日の夜、アロンはベッドの上で上段のベッドを見つめながら考え事をした。
後々知ったのだが、トセルがいるこの部屋にはトセルとアロンの2人しかいない。
なぜかといえば、アロンが入る前、トセルとこの部屋を使っていたのはこの監房のリーダーである。
トセルが入ってきた初日に喧嘩となり、リーダーを1ヶ月独房送りにしたらしい。関わりを少なくして、戻ってきたリーダーの怒りに触れないようみんな近づきたがらないため、この部屋だけガラガラである。
アロンはもしかしたらと考えた。
この監房のリーダーが探している人なんじゃないか?と。
アロンはちらっとトセルを見た。もう寝ていると思われる。わざわざ起こして聞くのも悪い。かといって気になりすぎて眠れない気がする。何より時間がない。
相手に脱出方法を考えてもらわないと自分も出られないので、焦りで最近はまったく寝れない。
もう期限が目の前まで迫ってきている。
アロンは迷ったあと、小声にトセルに呼びかけてみた。
「トセル……」
「………」
「やっぱり寝ているよな」
アロンはトセルのベッドの前まで来て、その見えない寝顔を見つめながら眉を寄せた。
やっぱり起こさないほうがいいよな?明日の朝に聞いてもいいだろうし。
くよくよ悩んでいる間に眠気が襲い、我慢できなかったアロンはガクンと頭を布団に乗せた。
静かな寝息が響き、寝たフリをしていたトセルが目を開けた。
お腹に頭を乗せてきたアロンを見つめてその目に複雑な感情が湧き上がってくる。
今日まで接してきて、アロンの少しお人好しすぎる部分に気づいた。
それに触れてトセルは自分が暮らしていたあの場所を抜け出そうとした理由を思い出し、思わず亡き妹達の姿を重ねてしまった。
妹達は顔のよく似た双子である。あまりおとなしい子達ではなかったが、性格が開放的で人懐きやすく、誰にでも笑いかけるような子達である。
あの汚れきった泥沼みたいな場所では天使のような存在だった。
だが、そんな妹達はまさか自分の父親によって売られてしまうとは思いもしなかった。
トセルが出かけていた間、父親は妹達に自分は病気でもうすぐ死ぬと吹き込み、お金がないと病気は治らないと言った。
そして幼い2人を人身売買に売ろうとする考えを打ち明けた。病気が治るとすぐにお金を貯めて助け出すと約束までした。
だがそんなことあるはずがない。仮に病気が本当だとして、治してからお金を貯めるまでどれだけの時間を要するのか、普通に考えるだけで不可能だとわかる。つまり父親は最初から妹2人を助けるつもりはない。
何より病気など真っ赤な嘘である。
父親は娘2人を売ったお金で賭博に出かけ、そして全額を湯水のように使い込んでしまった。
それを知ったのはトセルが帰った後だった。出かけないように言いつけていた妹達がいないことで父親を問い詰め、判明した事実である。
すぐに人身売買の者達を見つけて妹達を助け出そうとしたが、すでにお金は使い込まれ、救い出せる資金も力もなく、無理やり連れ出そうとしたトセルを数人かがりで殴ったあと、テキトーにその辺の道に捨てられた。
その際に言われた言葉にトセルはこの世を呪いそうになった。
「お前の妹達はいい金になる。散々体を売らせた後、臓器を全て掘り出してやる。いい使い道だろう?こんな人懐きやすい可愛いらしい双子を好むゲスなど吐いて捨てるほどいる。いつになるかわからないが、残った皮だけ届けにきてやるよ。ハハハ!」
トセルは悔しくて仕方がなかった。
こんなゴミのような場所で、守りたいものがありながら無力すぎる自分にどうしようもない怒りを感じた。
もちろんそのまま引き下がるわけではない。トセルは妹達を連れて逃げ出すつもりだった。どんな場所に行き着くかわからない。だけど今ここを離れなければ待つ結末は絶対に変わらない。
しかし、トセルがあれこれ準備している間に妹達は死んでしまった。2人だけで逃げ出そうとしたらしい。だが当然のように見つかってしまい、衆人の前で裸にされ、そのまま火をつけられた。
途中半端に焼いた体を犬に食わせ、まだ息の残る2人が泣き叫ぶ場面を見て笑う人は笑い、無視する人は無視し、誰も助けようとしなかった。
トセルはそれを知った時目の前が真っ暗になった。
現実と夢の境がわからなくなり、現状を受け入れられなかった。何度も吐き、胃液しか吐くものがなくなっても止まらずに吐き続けた。腕の中には犬にかじられた後の骨を抱きながら、誰からも見向きされずに1人で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いた。
その時の後悔と無念、怒りと恨みを抱きながら今日までやってきている。
妹2人もお人好しだった。世間を知らなさ過ぎる故の純粋はただ2人を害する刃先でしかなかった。
その危ういものを似た状況に身を置くアロンが持っているように見え、トセルは長らく忘れていた同情心が戻ってきた気がした。
だがすぐにそれを振り払うように頭から追い出そうとする。
今更同情心を感じたからと言ってなんだろう?アロンを助けるのか?だがグレイシーはきっと賛同しない。
むしろトセルの弱点となりうるアロンを始末する考えなのかもしれない。
トセルは煩わしそうなため息を吐き出し、静かに目を閉じた。
脱出はもう2日後に迫っている。
普段なら黙ってもらうが、この時はなぜかすぐに手が出なかった。
「おい、いらないのか?必要だろ?」
アロンがぐいっとチケットをトセルの手に押し付けた。
「……お前も必要だろ」
「安心しろ!俺はもうすぐ使わなくなる!」
アロンが自信ありげに自分の胸をたたいた。おそらくあと2日ほどで出られることを言っているのだろう。
トセルは簡単に「そうか」と返し、チケットを自分のポケットに入れた。
その日の夜、アロンはベッドの上で上段のベッドを見つめながら考え事をした。
後々知ったのだが、トセルがいるこの部屋にはトセルとアロンの2人しかいない。
なぜかといえば、アロンが入る前、トセルとこの部屋を使っていたのはこの監房のリーダーである。
トセルが入ってきた初日に喧嘩となり、リーダーを1ヶ月独房送りにしたらしい。関わりを少なくして、戻ってきたリーダーの怒りに触れないようみんな近づきたがらないため、この部屋だけガラガラである。
アロンはもしかしたらと考えた。
この監房のリーダーが探している人なんじゃないか?と。
アロンはちらっとトセルを見た。もう寝ていると思われる。わざわざ起こして聞くのも悪い。かといって気になりすぎて眠れない気がする。何より時間がない。
相手に脱出方法を考えてもらわないと自分も出られないので、焦りで最近はまったく寝れない。
もう期限が目の前まで迫ってきている。
アロンは迷ったあと、小声にトセルに呼びかけてみた。
「トセル……」
「………」
「やっぱり寝ているよな」
アロンはトセルのベッドの前まで来て、その見えない寝顔を見つめながら眉を寄せた。
やっぱり起こさないほうがいいよな?明日の朝に聞いてもいいだろうし。
くよくよ悩んでいる間に眠気が襲い、我慢できなかったアロンはガクンと頭を布団に乗せた。
静かな寝息が響き、寝たフリをしていたトセルが目を開けた。
お腹に頭を乗せてきたアロンを見つめてその目に複雑な感情が湧き上がってくる。
今日まで接してきて、アロンの少しお人好しすぎる部分に気づいた。
それに触れてトセルは自分が暮らしていたあの場所を抜け出そうとした理由を思い出し、思わず亡き妹達の姿を重ねてしまった。
妹達は顔のよく似た双子である。あまりおとなしい子達ではなかったが、性格が開放的で人懐きやすく、誰にでも笑いかけるような子達である。
あの汚れきった泥沼みたいな場所では天使のような存在だった。
だが、そんな妹達はまさか自分の父親によって売られてしまうとは思いもしなかった。
トセルが出かけていた間、父親は妹達に自分は病気でもうすぐ死ぬと吹き込み、お金がないと病気は治らないと言った。
そして幼い2人を人身売買に売ろうとする考えを打ち明けた。病気が治るとすぐにお金を貯めて助け出すと約束までした。
だがそんなことあるはずがない。仮に病気が本当だとして、治してからお金を貯めるまでどれだけの時間を要するのか、普通に考えるだけで不可能だとわかる。つまり父親は最初から妹2人を助けるつもりはない。
何より病気など真っ赤な嘘である。
父親は娘2人を売ったお金で賭博に出かけ、そして全額を湯水のように使い込んでしまった。
それを知ったのはトセルが帰った後だった。出かけないように言いつけていた妹達がいないことで父親を問い詰め、判明した事実である。
すぐに人身売買の者達を見つけて妹達を助け出そうとしたが、すでにお金は使い込まれ、救い出せる資金も力もなく、無理やり連れ出そうとしたトセルを数人かがりで殴ったあと、テキトーにその辺の道に捨てられた。
その際に言われた言葉にトセルはこの世を呪いそうになった。
「お前の妹達はいい金になる。散々体を売らせた後、臓器を全て掘り出してやる。いい使い道だろう?こんな人懐きやすい可愛いらしい双子を好むゲスなど吐いて捨てるほどいる。いつになるかわからないが、残った皮だけ届けにきてやるよ。ハハハ!」
トセルは悔しくて仕方がなかった。
こんなゴミのような場所で、守りたいものがありながら無力すぎる自分にどうしようもない怒りを感じた。
もちろんそのまま引き下がるわけではない。トセルは妹達を連れて逃げ出すつもりだった。どんな場所に行き着くかわからない。だけど今ここを離れなければ待つ結末は絶対に変わらない。
しかし、トセルがあれこれ準備している間に妹達は死んでしまった。2人だけで逃げ出そうとしたらしい。だが当然のように見つかってしまい、衆人の前で裸にされ、そのまま火をつけられた。
途中半端に焼いた体を犬に食わせ、まだ息の残る2人が泣き叫ぶ場面を見て笑う人は笑い、無視する人は無視し、誰も助けようとしなかった。
トセルはそれを知った時目の前が真っ暗になった。
現実と夢の境がわからなくなり、現状を受け入れられなかった。何度も吐き、胃液しか吐くものがなくなっても止まらずに吐き続けた。腕の中には犬にかじられた後の骨を抱きながら、誰からも見向きされずに1人で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いた。
その時の後悔と無念、怒りと恨みを抱きながら今日までやってきている。
妹2人もお人好しだった。世間を知らなさ過ぎる故の純粋はただ2人を害する刃先でしかなかった。
その危ういものを似た状況に身を置くアロンが持っているように見え、トセルは長らく忘れていた同情心が戻ってきた気がした。
だがすぐにそれを振り払うように頭から追い出そうとする。
今更同情心を感じたからと言ってなんだろう?アロンを助けるのか?だがグレイシーはきっと賛同しない。
むしろトセルの弱点となりうるアロンを始末する考えなのかもしれない。
トセルは煩わしそうなため息を吐き出し、静かに目を閉じた。
脱出はもう2日後に迫っている。
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