ゴミ拾いで3体の夫ができた人間

那原涼

文字の大きさ
91 / 163

危ういもの

しおりを挟む
アロンがチケットを使ってしまったことを後悔している間、トセルはただ黙って差し出されたチケットを見つめていた。

普段なら黙ってもらうが、この時はなぜかすぐに手が出なかった。

「おい、いらないのか?必要だろ?」

アロンがぐいっとチケットをトセルの手に押し付けた。

「……お前も必要だろ」

「安心しろ!俺はもうすぐ使わなくなる!」

アロンが自信ありげに自分の胸をたたいた。おそらくあと2日ほどで出られることを言っているのだろう。

トセルは簡単に「そうか」と返し、チケットを自分のポケットに入れた。













その日の夜、アロンはベッドの上で上段のベッドを見つめながら考え事をした。

後々知ったのだが、トセルがいるこの部屋にはトセルとアロンの2人しかいない。

なぜかといえば、アロンが入る前、トセルとこの部屋を使っていたのはこの監房のリーダーである。

トセルが入ってきた初日に喧嘩となり、リーダーを1ヶ月独房送りにしたらしい。関わりを少なくして、戻ってきたリーダーの怒りに触れないようみんな近づきたがらないため、この部屋だけガラガラである。

アロンはもしかしたらと考えた。

この監房のリーダーが探している人なんじゃないか?と。

アロンはちらっとトセルを見た。もう寝ていると思われる。わざわざ起こして聞くのも悪い。かといって気になりすぎて眠れない気がする。何より時間がない。

相手に脱出方法を考えてもらわないと自分も出られないので、焦りで最近はまったく寝れない。

もう期限が目の前まで迫ってきている。

アロンは迷ったあと、小声にトセルに呼びかけてみた。

「トセル……」

「………」

「やっぱり寝ているよな」

アロンはトセルのベッドの前まで来て、その見えない寝顔を見つめながら眉を寄せた。

やっぱり起こさないほうがいいよな?明日の朝に聞いてもいいだろうし。

くよくよ悩んでいる間に眠気が襲い、我慢できなかったアロンはガクンと頭を布団に乗せた。

静かな寝息が響き、寝たフリをしていたトセルが目を開けた。

お腹に頭を乗せてきたアロンを見つめてその目に複雑な感情が湧き上がってくる。

今日まで接してきて、アロンの少しお人好しすぎる部分に気づいた。

それに触れてトセルは自分が暮らしていたあの場所を抜け出そうとした理由を思い出し、思わず亡き妹達の姿を重ねてしまった。

妹達は顔のよく似た双子である。あまりおとなしい子達ではなかったが、性格が開放的で人懐きやすく、誰にでも笑いかけるような子達である。

あの汚れきった泥沼みたいな場所では天使のような存在だった。

だが、そんな妹達はまさか自分の父親によって売られてしまうとは思いもしなかった。

トセルが出かけていた間、父親は妹達に自分は病気でもうすぐ死ぬと吹き込み、お金がないと病気は治らないと言った。

そして幼い2人を人身売買に売ろうとする考えを打ち明けた。病気が治るとすぐにお金を貯めて助け出すと約束までした。

だがそんなことあるはずがない。仮に病気が本当だとして、治してからお金を貯めるまでどれだけの時間を要するのか、普通に考えるだけで不可能だとわかる。つまり父親は最初から妹2人を助けるつもりはない。

何より病気など真っ赤な嘘である。

父親は娘2人を売ったお金で賭博に出かけ、そして全額を湯水のように使い込んでしまった。

それを知ったのはトセルが帰った後だった。出かけないように言いつけていた妹達がいないことで父親を問い詰め、判明した事実である。

すぐに人身売買の者達を見つけて妹達を助け出そうとしたが、すでにお金は使い込まれ、救い出せる資金も力もなく、無理やり連れ出そうとしたトセルを数人かがりで殴ったあと、テキトーにその辺の道に捨てられた。

その際に言われた言葉にトセルはこの世を呪いそうになった。

「お前の妹達はいい金になる。散々体を売らせた後、臓器を全て掘り出してやる。いい使い道だろう?こんな人懐きやすい可愛いらしい双子を好むゲスなど吐いて捨てるほどいる。いつになるかわからないが、残った皮だけ届けにきてやるよ。ハハハ!」

トセルは悔しくて仕方がなかった。

こんなゴミのような場所で、守りたいものがありながら無力すぎる自分にどうしようもない怒りを感じた。

もちろんそのまま引き下がるわけではない。トセルは妹達を連れて逃げ出すつもりだった。どんな場所に行き着くかわからない。だけど今ここを離れなければ待つ結末は絶対に変わらない。

しかし、トセルがあれこれ準備している間に妹達は死んでしまった。2人だけで逃げ出そうとしたらしい。だが当然のように見つかってしまい、衆人の前で裸にされ、そのまま火をつけられた。

途中半端に焼いた体を犬に食わせ、まだ息の残る2人が泣き叫ぶ場面を見て笑う人は笑い、無視する人は無視し、誰も助けようとしなかった。

トセルはそれを知った時目の前が真っ暗になった。

現実と夢の境がわからなくなり、現状を受け入れられなかった。何度も吐き、胃液しか吐くものがなくなっても止まらずに吐き続けた。腕の中には犬にかじられた後の骨を抱きながら、誰からも見向きされずに1人で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いた。

その時の後悔と無念、怒りと恨みを抱きながら今日までやってきている。

妹2人もお人好しだった。世間を知らなさ過ぎる故の純粋はただ2人を害する刃先でしかなかった。

その危ういものを似た状況に身を置くアロンが持っているように見え、トセルは長らく忘れていた同情心が戻ってきた気がした。

だがすぐにそれを振り払うように頭から追い出そうとする。

今更同情心を感じたからと言ってなんだろう?アロンを助けるのか?だがグレイシーはきっと賛同しない。

むしろトセルの弱点となりうるアロンを始末する考えなのかもしれない。

トセルは煩わしそうなため息を吐き出し、静かに目を閉じた。





脱出はもう2日後に迫っている。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

さようなら、たったふたつの

あんど もあ
ファンタジー
王子に愛されてる伯爵令嬢のアリアと、その姉のミレイユ。姉妹には秘密があった……。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

同性愛者であると言った兄の為(?)の家族会議

海林檎
BL
兄が同性愛者だと家族の前でカミングアウトした。 家族会議の内容がおかしい

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

処理中です...