悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第一章

新しい勤務地

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ウィオルは死んだ目を馬車の荷台からのぞかせていた。

進めば進むほど緑豊かになる風景を眺めながら我を疑い始める。

ついにここまで来たか。行き先を考えながらその目がさらにどんよりとなっていく。

さかのぼること数日前。











帝都グレジフォルーー翼竜騎士団団長執務室にて。

翼竜騎士団は有翼竜を操る名手たちで組織された騎士団であり、普段は帝国領空の見回りと偵察、情報収集および必要時の武力要員としてなどが主な任務になる。

事務机前で空の色を表す藍色の制服を身につけたフレング団長がウィオルを見つめていた。その指がビシッと突き出される。

「いいお知らせだよ!」

「はあ……」

ウィオルはすでに心の中でそのお知らせを悪いという部類に振り分けた。

「きみの転勤が決まった!」

「は…は?今、なんと?」

ウィオルは後ろで組んだ手を強く握りしめた。手汗がにじみ出し、背中を冷や汗が流れる。

「転勤!日程は3日後だよ?」

「急すぎませんか?」

ついに来たか、という思いが浮かび出る。“転勤”になる理由に思い当たらないわけではない。

「行き先はシャスナという村だけど人情味のあるいいところだよ。きみも気に入るはずさ」

ウィオルは何も言わない。

「北の都市とはいうけど、まだ手が行き届かない場所だからきみの力の見せ所だと思わない?」

ニコニコとした笑顔が特徴のフレングだが、ウィオルはこのニコニコに振り回されて来た過去がある。なんならこの人の配下になった人全員振り回されたことがある。気まぐれな人と言ってもいいし、人付き合いが上手いーーいや、テキトーと言ってもいい。

よその団長と喧嘩してものらりくらりとして相手を逆上させることがよくある。その度に団員たちが仲裁に入らなければならない。

が、今例えフレングがよその団長たちからリンチされてもウィオルには無視できる自信がある。

「あの」

「なにか?」

ウィオルはちらっと視線を上げる。

左遷させん……ですよね?」

「……………違うよ?気分転換の転勤だよ」

なら今なぜ長い間を空けた?言いたいが言わないほうがいい疑問をのみ下す。

「気分転換、ですか。でも左遷ですよね」

「あそこは愉快な仲間たちがたくさんだからきっといい友達が見つかるさ!ウィオルくんにしかできないことがそこにはあるんだよ。きみが頼りなんだ!」

フレングはいつになく熱く語った。だがウィオルは微塵も感動しない。

「左遷……なんですね」

「…………………………………………。違うよ」

まさになぐさめですらない。

翼竜騎士団は騎士団の中でも入隊が難しいとされていた。竜の気性が荒いと有名だが、その中でも有翼種と呼ばれる翼を生やした翼竜の暴走気性は特に有名だった。

訓練中に命を落とすこともよくある。数々の難しい試験を突破したウィオルはいわばエリートと言ってもいい。それがたった今は左遷させられることとなった。しかも旅立ちは3日後。








こうして、自分にしかできないことを教えてもらえないままウィオルは旅立った。

ケダイナ都市は北からの商人が使う途中経過の場所である。通常はここで物質補充や休憩をしていくことが多い。それにつられて田舎ではあるがそれなりに栄えていた。それより更に北を行くとシャスナ村である。この村も商人や旅人の足休めの場所のひとつである。

「騎士さん、そろそろつきますよ」

「ああ、ありがとう」

シャスナ村の門が見えて来ると、ウィオルは窓から頭を少し出して見た。門前には見張りのひとりもいない。木造の簡単な監視塔にいる騎士らしき人物はこちらに背を向けていて、仕事ぶりや存在感がもはや置物化していた。

「あの、そこの塔に見える騎士はいつもあのようにしているのですか?」

「ん?ああ、首都から来る騎士にゃ散漫な態度に見えるだろうよ」

見えるも何もその通りだが、と突っこみたくなるのをこらてウィオルは次に門について訊いた。

「門前に見張りの騎士も張っていないようですが」

「いつもだよ」

それはいけないだろ。どうなっているんだこの村は。
これが田舎に勤務した騎士の末路なのか?と騎士らしさのかけらもない騎士の背中を見ながらウィオルは冷や汗をかく。自分もそのうちこうなるのではないかと。

いつか帝都に戻った時にはそのまま除隊されるんじゃないか、とそこまで考えた時に、そもそもいつ戻れるのかさえ言われていないので半永久的にここに勤務する可能性だってあることを思い出した。

せめてああならないようにだけしておこう。

固く心に決めてウィオルの乗った馬車が門をくぐった。

門をくぐった第一印象は暗いであった。

なぜか村全体に活気がない。田舎ではあるが、交易品も行商隊とともに流れ込んでくるため食べ物と交換され、そして交換した交易品はさらにお金などの利益として変えることができる。国境に近いせいか文化入り混じるのがそこに暮らす人々の生活特徴である。せめてシャスナ村は国境付近にしては裕福なほうだとウィオルは覚えている。

だからか、村の所々に異国風情のおもむきがある。なのに活気がない。

記憶が間違いでなければここあたりに地域紛争といったことはないはずなんだが……、そう思いながらウィオルは荷物を下ろしてくれている御者に話しかけた。

荷物を受け取って、

「ありがとうございます。ところで、門前に守備がいないようでしたら俺が守りましょうか?」

するとなぜか御者が驚いた顔をした。ウィオルを上から下まで見る。

「帝都から来た騎士だよな?」

「はい、それがどうしました?」

「それならお前の仕事はあの悪魔…じゃなくて、あの方のお守り役だろ!それだけは絶対に怠るな!守備はほら、いるだろ!」

そう言って指を上に向けた。あの簡易な監視塔にいる置物のような騎士のことを指しているらしい。とてもじゃないが、頼りになりそうにない。

「それに盗賊とかの心配ならしなくていいんだよ。さすがに命知らずな盗賊団に遭わなければ誰もこの村を襲おうなんて思わねぇよ、なあ?そうだろ?」

村が比較的栄えているのはそれに関係しているのかもしれない。

だが、同意を求められてもウィオルには盗賊団が襲ってこない理由などまったく知らない。来る前に歴史と地理程度しか頭に叩き込まなかったのだ。だからそれ以外のこととなると知識の盲点もうてんになる。

ウィオルが反応するより先に御者は馬を引いて村の中に消えてしまった。
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