悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第一章

異名の騎士1

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レクターが部屋に入って来たのは夕方過ぎの頃だった。目が覚めてからもう一度眠りについたウィオルは来客の音に目を覚ました。

「あっ、ウィオル!目が覚めたんだな!よかったぁ!」

レクターがうれしそうにベッドそばまで駆け寄った。

「俺が誰だかわかるか?記憶喪失してない?」

「……だい、じょうぶだ」

声はやはりかすれていた。レクターが痛ましそうな顔をする。

「数日間は休んでていいからな?無理するなよ?」

「それより、あの男、誰だ」

「あの方のこと?本当に知らないんだな。ギルデウス・バンデネールって聞いたことない?」

バンデネール?それはやけに耳馴染みのある苗字だった。

「なんなら別名で呼んだほうがわかるか?」

ドアのほうからレオンの声が響いてきた。見ると、レオンとその後ろにガタイのいい男がやけにニヤニヤとした笑顔を浮かべている。

男は騎士の上着を着用しておらず、着ているシャツはボタンの半分が開けられていた。右手に木製ジョッキ持っているところを見るとおそらく酒を飲んでいたと思われる。

別名?とウィオルがき返す。

「そう。大会という大会の掟をぶち破り、老若男女構わず当たりに行き、皇帝主催の宴会に乱入した見境のない狂犬みてーな騎士、人呼んで悪徳騎士」

芝居かかった言い方だったが、説明中のレオンの目は終始死んでいる。よほどその悪徳騎士を嫌っているらしい。

悪徳騎士という不名誉な名前をつけられた騎士ならウィオルも聞いたことある。

「悪徳騎士か……田舎で、療養していると、噂には、聞いていたが、まさか……」

ここだったとは。ウィオルの頭にフレングの顔が浮かんだ。
次会ったら一発と言わずたくさん殴ろう。

「療養、ふっ」

レオンが鼻で笑い、ドア越しに親指で指しながらトントンとたたいた。

「療養という名目の戦力外通告だろ。戦争中ならともかく、今は小さい争い以外におおやけな戦争はどこもしていない。暴れさせてやれる場所はない。おまけに帝都でも手に余る暴れっぷり。で、ここに送られたわけだ」

なんだか戦力外通告という言葉に自分を言われたようでウィオルがどきりとする。

「まさか、俺の仕事って、ギルデウス・バンデネールのこと、だったのか」

「そうだよ。お前の到着を楽しみにしてたんだぜ?それなのに初日で気絶、そこからの丸2日寝込み」

……あれからそんなにも寝ていたのか。

怪我で2日も寝込んだことはウィオルにとってあまりない。

「はあ、楽しみに、してくれていたのに、悪かったな」

「そうそう。翼竜騎士団に勤める騎士なら悪徳騎士を牽制けんせいしてくれるんじゃないかと期待してな。これからも期待してるからな。シャスナ村に平穏をもたらしてくれよ」

「圧力、かけないでくれ」

「俺たちは全員あのイカれた野郎に死ぬ思いさせられた。身に覚えのない理由で殴られ、村を暴れて止めに入ったら賊の襲撃でもないのに人員の半数以上が重軽傷負傷。重いやつでもう辞めちまったやつもいる」

「おう。付け加えるなら、古参人員は俺含めて5本指で数えられる程度しかないぞ。それ以外全員辞めた」

ここに来て初めて、レオンの後ろにいたジョッキ男が口を開いた。

「申し遅れたな。俺のことはアルバートと呼んでくれ。そして、お前らの団長だ!」

上司と知ってウィオルが起きあがろうとするが、すかさずレクターに押し返された。

「動いたらダメだぞ?お腹も顔もひどい状態なんだから」

「ああ、そうだ。こんなジジィに律儀に挨拶しようなんて思わなくていい。テキトーにあしらえ」

レクターもレオンも真面目だ。唯一アルバートだけが、たははっ!と笑う。

「重要なことはわけーやつらに任せるかっ!おっちゃんは一階に降りてるよー」

アルバートが、今日は何賭けよっかなー、と言いながら部屋から出ていった。

「楽しみがないとやってられないだろ。戦友が次々と辞めていったからな」

誰のせいとは言わなかったが、ここまで来れば言わなくてもわかる。

「まあ、お守りと考えれば少しくらい気が楽になるだろ」

穏やかな顔でそう言うが、目には光がない。

「間違いを犯した騎士や罰として送ってくることもあったな」

レクターは、退職間近の騎士が多いと付け加えた。

そういったことでもここにお守りするべく送られるのだな、とウィオルはしみじみ思った。

言い方は酷いが、つまりもう役に立たないと決められたような人たちがここに来るということだ。誰も受けたがらない悪徳騎士のお守り役として。

俺はもう役に立たないのか。

もう翼竜騎士団に戻れないつもりでいたほうがよさそうである。戻れたところで何ができようか。

ウィオルは自嘲気味に、ギルデウス・バンデネールと心の中で繰り返して長いため息を吐き出した。

そこで思い出したように両腕を動かしてみる。

「これは、なんだ?俺の手、大丈夫、なのか?」

ホットドッグみたいに包帯を巻かれた手を見せる。状態がひどいと言った顔やお腹よりも厳重に処置されているように感じる。

「あ、それ俺がやったんだ」

レクターがどこか恥ずかしそうに言う。

「ほら、たくさん巻いたほうが効果良さそうだろう?」

「つまり、意味は、ないと?」

「うん!」

うんじゃない。

ウィオルはてっきり自分の手が複雑骨折でもしたのかと冷や冷やした。もう剣も握れなくなったら騎士として本格にやっていけなくなる。

「俺は、何をどうすればいい」

そもそもの話、

「あの人は、本当に、守りが必要なのか?」

無意識なのにあの強さは並じゃない。“あれ”に護衛が必要と言われたら世の中たいていの人は護衛をつけたほうがいいのではないか、とウィオルは思う。

「必要と言ったら必要なんだよなぁ……でも、俺らも必要と言ったら必要だし」

レクターが何やら要点を得ない話し方をする。見かねてレオンが口を開いた。

「正確にはお前が守るのは俺たち、そしてこの村だ」

「は?」

ウィオルは何を言っているのだと不思議に思った。それはここに駐屯する騎士として当たり前ではないのか?

ただ、村を守るのはわかるが、レオンたちを守るという部分については理解できてない。

「対象はあの悪魔、悪徳騎士だ。悪徳騎士から人々を守れ」

それは予想しなかった言葉だった。

レオンは淡々と悪徳騎士、ギルデウスのことについて話し出した。

そして、一通り話を聞き終えた頃には窓の外はもうだいぶ暗くなっていた。

「つまり、要点をまとめると、あの方は、奇病をわずらっている、と」

レオンがうんとうなずく。一応療養というのはあながち間違いではないらしい。

「寝始めると、体が、勝手に動く。勝手に他人を殴る?」

またもうなずかれる。

「俺はそれを、阻止するために、来た?」

「その通りだ。さすが精鋭部隊と言われる翼竜騎士団の団員だ。すばらしい!」

レオンは拍手しながら誉めているが、おそらく本気で誉めているわけではない。皮肉混じりなのだろう。察したウィオルは静かに視線をそらした。

安静が必要だと言ってレクターはレオンを引っ張って部屋を出て行った。

ウィオルは頭の中で言われたことを簡単にまとめた。

ギルデウス・バンデネールは奇病を患っている。寝ているあいだは突然起き上がるが、意識がある状態ではない。本人が夜行性なので寝る時間は基本朝から昼間にかけての時間帯。そして毎回寝るとこうなるのではない。

通常2時間ほど暴れれば気が済んでベッドに戻るが、満足すればその場で寝ることもある。

レオンが言うには、戦うことを禁止されたせいで、その反動によりこうなったと推測されているらしい。

またも長いため息が部屋の中にもれる。

「毎回、この怪我を、負うのか」

そう考えるだけで背筋が凍る。ウィオルにはなんだかわかった気がした。なぜ辞めていく人が多いのか。なぜ村に活気がないのか。なぜ二階から物音がするだけで騎士全員が消えていなくなるのか。

今、すべてわかった。






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可能であれば今夜21:00にもう一度更新予定です。22:00を回っても更新がなかった場合は明日の更新予定です。
よろしくお願いしますm(_ _)m


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