悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第一章

誤解と噂

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賭博場から帰ってしばらく日が経った。最近ウィオルを悩ませていることがある。

早起きの習慣がないシャスナの駐屯所では、ウィオル以外に朝からばったり会う人はいない。しかし、最近調子がいい同僚たちは早起きをしていた。

例えば、たった今前を歩いている年長の騎士は欠伸をしながら首をかいていたが、ウィオルが歩いて来るのを見るとパッと笑顔になる。

「よお!天才騎士!早いなぁ!」

「……おはようございます」

「俺は今から二度寝だぜ!村と俺の安全は任せた!」

親指を立てながら相手がニカっと笑う。別に元気に言うことではない気がする。それでもウィオルは礼儀を尽くした。

「尽力します」

そのまますれ違い一階に行く。

一階でアルバートが朝っぱらから酒を飲んでいた。そのせいかえらくご機嫌だ。

その向かいに座ってウィオルは自分の頭を押さえる。

「おはようございます。アルバートさん」

「なんだぁ?悩ましげじゃないか」

「それが、最近巡邏中にやたらと街で天才騎士と呼ばれ、手土産を渡されるんです」

ちらりとアルバートを見る。あちらはうんうんとうなずいて理解を示しているようだ。

ちなみに彼の飲んでいる酒はシャスナ村の人々がわざわざ駐屯所にまで持ってきたものだ。その他にも牛乳、パン、果物などなどが送られてくる。貿易の中間地点のひとつであるせいか、異国の食べ物もたくさんある。もはや供物でも捧げる勢いで倉庫を満たしていく。

おかげで余分な予算が余ったと同僚の騎士たちは大喜びだ。

もちろんウィオルも喜んでくれるならそれに越したことはないと思うが、段々とヒートアップしている気がする。

「アルバートさん、もしかしてーー」

「何を言う!俺がしたとでも言うのか!全部お前のお手柄じゃないか!」

ーーまだ何も言っていない。

「俺のこと、天才騎士って呼んだのは確かあなたが最初です。もしかして、みんなと広めている黒幕はあなたですか?」

アルバートの目が泳いだ後、ぷいとそっぽ向いて聞かなかったことにした。わかりやすい。

思わず目をつぶる。眉間のしわを指でもみながら思い出す。

賭博場から帰ってきた日。すでに2週間も前の話になっていることだ。

アルバート達は朝までお祝いとやらを楽しんで来たようで、ほぼ入れ違いで帰ってきた彼らは、ギルデウスを寝室まで運んで降りてきたウィオルをサッと囲んだ。

「聞いたぞ!お前、あの悪徳騎士を従えていたんだって?」

「さすが翼竜騎士!やっぱお前が来てくれて正解だったぞ!」

「おじさんらうれしいぞ!!」

囲まれたウィオルには何がなんだかわからなかったが、話を聞いていくとどうやら「一晩のうちに地下賭博場を消し去った」ということが彼らの耳に入ったらしい。

付け加えるなら消し去ったではなく、摘発したのである。

そしてギルデウスがウィオルの言うことを聞いて何もしなかった、そのうえ、怪我人のひとりもいなかったことが奇跡のように広まっていた。すべてその晩のうちに。

これは帝都育ちでも驚くほどの情報伝達速度である。

しかし、とウィオルは頭を傾げた。そうだったのだろうか?確かギルデウスがドアを蹴り開ける際に誰かに当たって気を失っていたはずである。聴取も彼だけ目覚めずにできなかったのだ。その後仲間達に担がれていったが、あれは怪我人に入らないのか?

疑問をぶつけると、五体満足なだけ幸い中の幸いらしい。

ギルデウスが何をやってきたのかわからないが、半殺しにされた人(元シャスナ村駐屯騎士)もいるので、仲間に対しても手加減を知らない人なのはわかった。

彼らの語るギルデウスの人物像はかなり偏っている。それはもう悪魔を説明しているように詳しく具体的だった。

ギルデウスと接してきて、当初のように襲ってくることはないにしても、力加減のできない人なのは気づいていた。しかし、彼らが言うほど酷くないように思える。もちろん行動の一つ一つが常軌をいっしている。

それはともかく、それからだった。見回りするたびにウィオルにすら向けられるおびえる目線は気になるが、2、3日するとあいさつする者が(ギルデウスを連れ出せず、ひとりで見回りをした時に)現れ、さらに2、3日すると手土産を渡され、それからは駐屯舎にまで物が送られてくるようになった。

そして最近では「天才騎士様おつかれさまです!!」と子ども達に声をかけられることも増えた。

余談だが、夜は基本ギルデウスと一緒にいることが多く、毎回ウィオルが無理矢理ギルデウスを夜の見回りに連れて行くせいで、治安が以前より増して良くなったとレクターが喜んでいた。が、賭博場から帰ったその日に変なところに居合わせたせいで、レクターからあらぬ誤解を招いたようである。

夜の巡邏当番はそこにいるだけで百人力のギルデウスとウィオルに任せて、暇あれば夜の街に繰り出すアルバート達はもっと喜んでいた。

ほぼ疑う余地もないほど、天才騎士という呼び名はアルバートのせいだ。そして他の騎士と手を組んで広めたのも彼だろう。

ギルデウスを従えた、というのは賭博場の人達が言ったはずだからひとりずつ誤解を解くわけにもいかない。このことをこれ見よがしに利用するアルバート達は最近少し太ったように見える。

あくまでしらを切るつもりのアルバートは頑なに視線を合わせようとしない。問い詰めても言わないだろうと悟ったウィオルは席を立ち上がった。

「とにかくもうやめてください。失礼します」

それだけ言うとウィオルは出かけようとした。

「ん?上で寝てこないのか?」

外出しようとするのを見てアルバートが不思議そうにく。

「はい。今日は少し散歩してきます」

ギルデウスの側につきっきりなせいで、彼の生活習慣に合わせようとすると日中は寝ておいた方がいい。

なので、まだまだ翼竜騎士団にいる頃の早起きが抜け切らずにウィオルはよくこの時間帯に目を覚ます。だから夜起きれるようように今日は適度に運動してから寝ようと考えていた。

だがアルバートはなぜか懐疑かいぎ的な目を向ける。

「なんですか、その目……」

ジョッキの飲み口に口をつけながらアルバートがもごもごとしゃべる。

「まさか、散歩と言って逃げ出すんじゃないだろうな?」

「しませんよ。そんなこと」

「本当だろうな?いつも通りの様子で出かけて、隙を見つけると逃げ出さないのか?」

「いたんですか?」

「おう。両手じゃ数え切れないくらいに」

そんなにいたとは思わず、ウィオルは軽く頭を振る。

「まあ、めちゃくちゃな人ですけど、あの人なりに気づかいができないわけではないですよ」

アルバートがジョッキを下ろしてギョッとした目で見返した。

ハッと口を押さえたウィオルが慌てて「行ってきます」と言って出かけていく。

実際に、賭博場の件以降ギルデウスは部屋に鍵をかけなくなった。そのためウィオルはいつでも入れる状態にある。

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