悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第一章

居場所

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ウィオルは馬に乗ってシャスナ村を出ていた。

調べで黒曜草は最近南へ輸出されたことがわかっていた。

確かな根拠はないが、ウィオルはなぜか気になって仕方がなかった。どうしてもギルデウスと無関係とは思えなかったのだ。

実を言うと、ギルデウスは駐屯舎に入る前、ダグラスの嘔吐物を見て笑っていた。ウィオルはそれを思い出し笑いの部類に思っていた。

しかし、今思い出してみると、ギルデウスがそれ以外におかしいと思う行動はしてなかった。駐屯舎に入ったあと、少しおかしいように見えた原因と万が一関連性があると思うと、もしかしたらこの黒曜草が失踪の鍵となるかもしれないと思った。

だから急いで南方向へ向かった。











南———スウェジスタ王国・首都マノフ———

人々がそれとなくにぎわう昼。

ひとつの角で、数人の男が1人の少女を取り囲んでいた。

「ここならバレやしねぇ!」

「小娘、運が悪かったな!」

「ぐだぐだ言ってねぇで、早く連れていくぞ。縄持って来いーー」

「何をしている」

突然響いた第4の声に他の3人が驚き、パッと声の方向を振り向く。

そこに立っていたのはフードを被った男である。

「誰だお前は!」

「俺はただの通りすがりだ。それより今、連れていく、縄、と聞こえたが、まさか最近この近くで子どもの誘拐事件を起こしているのはお前たちなのか?」

最近マノフで子どもの誘拐事件が発生していた。街の至る所に張り紙で注意され、犯人は賞金首としてかけられている。

「うるせぇ!こいつやっちまうぞ!」

男3人がそれぞれ拳を上げてフードの男に走り出した。

その瞬間、シュッ、シュッ、シュッと素早い何かが男たちの後ろ首に刺さる。

男たちが首を押えて驚くが、すぐに体の力を抜いてその場に倒れた。彼らの首には細い針が刺さっていた。

「な、なんだ?」

フードの男、ウィオルは驚いたように針の飛んできた方向を見た。

白い仮面をつけた男が屋根から飛び降り、少女の前にひざをつく。

「この男たちは?」

「わ、わからない!」

少女は怯えたように両肩を抱いて後ろに下がった。

「急にこんなところへ連れ込まれてッ、私、怖かったの!」

少女の目に涙が浮かんだ。

濃い蜂蜜のような褐色の肌に、金色かと見紛うほどに美しい瞳を持った少女である。狙われるのもうなずかれる。

その姿に誰かを思い出す。

褐色の肌も、きれいな目も……が、その美しいものたちが頭に浮かんできたとある凶悪顔で一瞬にして霧散むさんする。

ウィオルは浮かんだ変な考えを頭から追い出して、少女に近づいた。しかし、直前で仮面の男に手で阻止される。

「この子は俺が責任を持って親もとへ帰す」

「そうなのか?この人と知り合いなのか?」

最後は少女に訊くと、戸惑いながらもうなずかれた。

「そうか、わかった。気をつけるように」

「あの!助けてくれてありがとうございました!」

ウィオルはなるべく優しい笑みを意識して笑いかけた。

「何もしてないが、きみが無事でよかった。それじゃあ、俺はこれで失礼する」

仮面の男はじっと去っていくウィオルの背中を見つめた。











夜、ウィオルは酒場の聞き込みからあらかじめ取っておいた宿に帰ってきた。休ませるために馬は朝から宿の小屋に預け、この安さが売りの宿の一室を取った。

敷物だけ床に敷かれているが、誰がどれだけ使って、しっかり洗われているのかどうかもわからない敷物を前にぎゅっと口をへの字に曲げる。

「自分のケープでも敷いておくか」

ウィオルはマノフについてからずっと噂のなんでもわかる情報屋を探していたが、結果は香ばしくない。いろんな人にギルデウスの特徴を言って聞き回り、なんとか望みを持とうとしたが、それも無駄だった。

むしろ今頃ギルデウスがちゃっかりとシャスナ村に戻っていることを祈ったほうがいいのでは?と思うほどなんの収穫もない。

3日期限のうち1日を使い切ろうとしていた。

夜も寝ずに探したいが、すでに寝ずにシャスナ村からはるばるマノフまで来てしまっただめ、疲れが溜まっている。このまま体を酷使してしまっては今後の行動に支障をきたす可能性がある。

せめて仮眠だけでもと、ウィオルがつけていたケープを取ってバサっと広げた時だった。

とつぜん窓の外に白い何かが映り、次の瞬間それは窓を開けて中に入って来た。

反射でケープを手放し、腰の剣に手を伸ばすと、侵入してきた相手は両手を上げて敵意がないことを示した。

剣に手をかけたままウィオルはいぶかしげに相手を見る。

白い仮面をつけた男である。

「お前は……」

「窃盗に来たんじゃない。渡しものだ」

そう言って黒いマントの隙間から二つ折りの紙を差し出した。

警戒しながらウィオルは紙を受け取ると、白い仮面の男が言った。

「変に勘繰るな。これはただの感謝だ」

「感謝?」

「今日お前が助けたあの女の子は俺が守らなければいけなかった人物だ。これはその女の子を助けてくれた感謝だ」

「いや、むしろ男たちを昏睡させたのはお前なんじゃ……」

しかし相手は聞かず、窓から飛び出そうとした。去り際に振り返って、

「お前が求めているはずのものだ」

それだけ言うと窓から姿を消した。ウィオルが慌てて窓の外をのぞくと、もうどこにも男の姿はない。

相手の褐色の肌を思い出して、手の中の紙を見る。

開くと、そこに書かれたことにハッと息を呑む。

ギルデウスの現在の居場所が書かれていた。





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