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第一章
視察官
しおりを挟むギルデウスとダグラスの失踪から1週間。
失踪とは裏腹に村に活気が戻っていた。
そして、アルバートたちが焦り出している。
「やばい!このままギル坊が見つからないままだと絶対にやばい!」
「確かに、どこで何をしているのかわからないですよね。本人のことも心配です。私がもっとしっかりとしていれば」
ウィオルが申し訳なさそうに言うと、アルバートががばっと顔を上げた。机に手をついて身を乗り出す。
「違う………違うんだよ!!」
「え?な、何がですか?」
「2か月に一回ケダイナのほうから視察の人が来るんだよ!ギルデウスがどうしているのか、何をしでかしたのかを帝都に報告するためにな!!」
「そんなことをしていたんですか?」
「ウィル坊よ、おめぇもわかっているんだろ?ギル坊は危険だ。特に意識がない時は!女や子どもの区別もつかないんだぞ?それが失踪したと知られれば絶対支援金減らされる!!」
「……心配ごとはそれですか。お先に失礼します」
「ちょっと、待って行かないでくれぇーー!もっと悩み聞いてくれぇーー!」
だがウィオルは聞かずに二階に上がった。
時間的にもうすぐ真夜中になる。アルバートは明日の巡邏当番を他人に任せたからといってこんな遅くまで酒を飲んでいた。巡邏当番や酒場以外、寝るべき村人たちはすっかり寝入っているはずだ。
アルバートは、唯一まだギルデウスの生活習慣に合わせているウィオルを捕まえて悩みを言うしかなかった。しかし、いつもならウィオルはもう支度して夜の巡邏に当たらなければいけなかった。ギルデウスが失踪してから他の騎士による夜の当番がまた始まったのだ。
その他の騎士たちはアルバートに捕まえられたくなかったため、ウィオルを置いてすでに出かけている。
ウィオルが部屋で剣をベルトに差し込んだ時だった。外から馬の嘶きと車輪の音が聞こえてきた。
こんな時間に?と思っていた時、ダダダダダッとものすごい勢いで二階の階段を駆け上がる足音が響いた。
当番ではない、かつ遊びに行かず、普通に寝ている騎士がその音に起こされて部屋から「うっせぇよ!」と怒鳴った。
しかし足音は止まず、廊下を駆けてウィオルの部屋の前で止まる。訝しんでいるとノックせず勢いよく開けられた。
「ウィオル!!マジでやばい!」
アルバートだった。
「視察のヤツらが来やがった!!!」
!!!!!???
田舎育ちの自分らは学がないからと、帝都から来たウィオルを前に押し出して視察官と対峙させた。
だが、ウィオルは知っている。ここに来る騎士は別に現地育ちじゃないことに。むしろ外から来た騎士が大半で、帝都から来た人もいる。
生贄みたい真前に立たされて、視察官の男が片眉をひそめてウィオルを見つめていた。
視察官は見た目20代半ばのように見えるが、意図して吊り上げたように見える眉や、細い眼鏡をかけた冷ややか目など、近寄りがたい雰囲気がある。
きっちりと着込んだ衣服には好感を持てるが、相手の目にはあきらかな嫌悪感がある。
「私はウィル・ロイ・ジェスタ。この度は突然の訪問をお許しください。少々、おもしろい冗談を聞いたもので」
その目が冷たさを増す。
「ギルデウス・バンデネールが失踪?という知らせを聞いたのですが」
ウィオルは後ろにいるアルバートを盗み見た。目をかっぴらいている。驚きすぎてヒューと息を吸い込んだ頬がへこんでいた。
ウィオルも内心焦ってはいるが、なんとか平静を装って一歩前に出た。
「失礼ですが、それはどこから聞いた情報ですか?」
「あなたは?」
「申し遅れました。私はウィオル・リードという者です。この度、ギルデウス・バンデネールの護衛として就きました」
するとウィルが驚いたようにほんの目を見開いた。そして、ウィオルの態度に対して悪くないと言いたげにふむとうなずいた。その目はウィオルのことを珍しげに眺めている。
「なるほど、あなたが。噂には聞いていましたが、立派ですね。もうこの役職に就いて1か月は過ぎているだろうに、まだ逃げずにいるとは。感心です」
なんだか言い方に棘のある気がして、ウィオルがわずかに眉を動かす。
「ところで、まだ私の質問に答えていません。どこでそんな情報を?」
「あなたに教える義理はありません。私が知りたいのは一つだけ、バンデネールは今どこに?」
相手はギルデウスの生活習慣を把握した上での来訪だということは明白だった。
ウィオルは目だけでアルバートの反応をうかがう。必死に頭を振っていた。
「ギルデウス様のことでしたら今、二階にいます」
ウィルが眼鏡を押し上げて言う。
「会わせていただいてもよろしいですか?」
「ダメです」
すかさず言われて、ウィルの眉がぴくっとする。
「まさか、本当にいないのでは?正直に言ったほうがよろしいかと思いますが」
「いますよ」
「でしたらーー」
「だが、ダメです」
「なぜなのか訊いてもいいかな」
ウィルの声が少々怒りで震える。
「あの方は知っての通り、気まぐれです。最近は私と喧嘩をして、部屋から出てこないのですよ」
ウィルはその言葉の真偽を確かめるようにじっとウィオルの目を見た。
「また日を改めてもらえませんか?すでに予定にない騒がしさであの方が機嫌を損ねています。暴れたら責任を取ってもらえるんですか?」
ウィルが言葉に詰まったようにあごを引いた。
眼鏡を押し上げてため息をつく。
「わかりました。確かに今回は私たちがお騒がせしました。それではまた3日後に来ましょう。その時は会わせていただけるんですね?」
「ええ、本人の機嫌がよければ」
「……楽しみにしています」
そう言ってウィルは駐屯所を出て行った。
馬車の音が遠ざかっていくとアルバートたちがワァーと騒がしくなった。
「よくやったぞ!ウィル坊お前こそ本物だ!」
「あのいけすかないインテリめ!」
「ウィオルと似たような名前しやがって!あいつはパチモンだ!」
「「そうだ!そうだ!」」
騒がしくなるみんなと違ってウィオルは厳しい表情をしていた。
「あのウィル・ロイ・ジェスタという方はもしかして、ケダイナの領主ですか?」
「おっ!よく知ってるな!」
アルバートはうれしそうにウィオルの背中をたたいた。
「笑っている場合じゃないですよ。ジェスタ家の領主が代替わりしてから多くの取捨選択をしてきたと聞いています。見切りをつけた相手は貴族でもバッサリと切っているらしいです」
だが、ウィルが領主になる以前から視察官として接してきたアルバートたちにはいまいちピンと来ないようである。
「つまり、貴族でもなんでもない団長たちは迷いなくバッサリと切られる可能性大です。支援金、なくなるかもしれませんよ」
瞬間、全員の顔色が変わった。
「で、でもよぉ、ギル坊がいるじゃないか。な?」
アルバートたちに豊富な支援金が支給されるのはひとえにギルデウスの存在が大きい。
もっとも、ギルデウスが作った莫大な治療費、修理費だけでかなり持っていかれる。支援金だけでは補えないものもある。精神的損害とか。
「そうです。でも今そのギル坊が失踪していますよね。もし3日後にいないと知られれば、その支援金なくなる可能性が出てきます。あのジェスタという者、噂でもかなり決断力のある人です。失踪させたと知れば、シャスナに頼り続けるよりいっそう他の場所を見繕ってギルデウス様を引き渡すかもしれません。おまけに」
ウィオルは他の騎士たちを見渡した。
「ひかえめに言っても団長たちはだらしないです。あの人が引き続き団長たちに任せるとは思えません」
正直ウィルの態度からもそれは明白だった。
アルバートたちの顔色が完全に変わった。この世の終わりとも思える声で沈む者もいれば、ギルデウスがいなくなるかもしれないことによろこぶ者もいる。
が、一様に最後は少ない駐屯費で酒が買えなくなることを嘆いた。
だらしなさすぎる。
ウィオルもこのまま放っておくわけではなかった。
「団長、馬はありますか?ギルデウス様を探します」
村の中はしらみつぶしに探してもギルデウスとダグラスの姿はなかった。すでに村を離れている可能性がある。むしろ確実にそう思える。
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