悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第一章

せまい空間の中

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馬が入ったのを確認するとダグラスも中に投げ入れた。

しかし、それだけで中の空間はほぼ埋めてしまった。

ギルデウスはただ、声を出すな、と言って馬が理解してるかどうかも気にせず穴を塞いだ。

「私たちはどうします?」

ウィオルが想像しているより中の空間がせまい。

ギルデウスは、普通ならあるはずなんだが、と言いながらあたりの地面を触りながら何かを探す。

竜の鳴き声がまた近くで響く。

「あった」

そう言って地面からまたドア代わりの部分を引き抜いた。

「何個あるんだ……」

「これは子ども用なんだよ」

「なぜ子ども用を別々に?」

そう聞いた時、素早い速度でこちらに接近してくる足音を聞いた。

ウィオルはほぼ反射的にギルデウスを穴に押し込んだ。考えずに穴に飛び込み、ドア部位を引っつかんで穴の上に被せる。

中の空間はかなり低く、姿勢を折り曲げないと無理だった。

上では人間の怒声が聞こえる。

「どこにいやがる!俺が大事に育てた竜の鱗を2枚も抜きやがって!!」

鱗は生え変わるも、無理やり引き剥がすのは竜にとって大きな苦痛である。

聖騎士じゃないのか?

ウィオルはてっきり相手が自分たちを狙っている聖騎士だとと思っていたが、竜の鱗については何も知らない。つまりこの人は別のことで誰かを追っている可能性がある。

しかし、ギルデウスが自分を指差しながらニヤニヤとする。

懐から2枚の鱗を出した。暗いが、少し闇に慣れてきた目で確認できた。地竜の鱗だ。

………犯人はこいつか。

あの竜はさっき逃した個体ではなかろうか?そう考え、そのうえでギルデウスをにらむ。

何をしてくれたんだ。

結局狙っているのは自分たち……と一緒にいる犯人である。さらに知らないうちに別のことで巻き込まれたのだ。ウィオルは怒りが吹き出しそうになるのを感じた。

が、すぐに思考はピタッと固まる。

闇に慣れて来た目で自分が今どんな状態なのかわかってしまった。

ギルデウスを押し込んだ時に確認しなかったせいで、今非常にまずい体制にある。

目だけを動かして確認した。

ウィオルはギルデウスの両脚のあいだに体を納め、ひじ付きで四つん這いの姿勢をとっていた。顔もよく見れば至近距離だ。あと少しでも近寄れば息がかかりそうになる。ほぼ相手を覆い隠すような姿勢だった。

ち、近い!そしてせまい!

ウィオルがあいだに入っていることで、ギルデウスは脚を閉じれず、せまい空間の中で仰向けに大きく開いている。

双方が脚を折り曲げており、体がくっつきそうな距離になる。間近で交わる視線に妙な空気が混じり出す。

あまりにも曖昧な姿勢と雰囲気のせいで、ウィオルはついつい体を上げた。背中がドア部分に当たり冷やっとする。

そんな様子を見て、ギルデウスはもっと近寄れとクイクイと手を動かした。

1秒ほど迷ったあと、指示される通りに体をくっつかせる。ギルデウスの両脚がさらに開いた。

ドッ、ドッ、ドッと誰のかわからない心臓音が双方の体に響く。

せまい空間、冷たい土と相手の体温。

ウィオルはギルデウスからほんのわずかないい匂いを感じ取った。

これは…本人のか?

今まであまり気づかなかったが、ギルデウスから言葉にするのが難しい、花に似た匂いがする。

確かめるようにウィオルはその首筋に鼻先を当てて嗅いでみた。やはりいい匂いがする。香水とは少し違う、人間が持つ独特な匂いである。

ウィオルは気づいてないが、匂いに夢中になりすぎるあまり、そのあいだに追っ手はすでに遠ざかっていった。

ギルデウスはあえてそのことを言わず、ウィオルの反応を片眉をひそめて楽しんでいた。しばらくそうしてから、ウィオルがハッと我に返る。

今、俺は何をやっていた?

自分のやっていたことを認識すると体がガタガタと震え出す。

「も、ももも、申し訳…ありませんでした」

「いちいち断ってくるから男に興味ないと思っていたが、あるならーー」

「ありません!」

「そんなに急いで断言するなよ。ほら、暗い空間に男2人。やりたいことはないか?」

ニヤニヤとする相手の顔から視線をそらし、ウィオルはなんとか平静を取り戻そうとする。そして外に誰もいなくなったことに気づいた。

「もう大丈夫そうですね出ましょう」

早口に言ってせまい空間から抜け出す。

外の空気を大きく吸って、頭から先ほどのことを追い出そうとする。しかし、鼻腔にずっと居残り続ける相手の匂いになかなか火照りが治らない。

男相手に顔を赤くするなッ!

荒れ狂う心臓を抑えてウィオルがもだえる。

「何やってんだ。ほら、行くぞ」

馬にダグラスを投げ乗せ、ギルデウスが歩き出した。もちろんシャスナ村へ帰る方向ではない。

ウィオルは気を取り直して野放しの手綱を握って馬を引いた。

「モレスを探しに行くつもりですか?」

「ああ、その通りだ」

「教会に戻るつもりなんですか?」

「いや?あれはヒントだな。あの爆発を知っている。たぶん、昔あいつを殺し損ねたあの場所だ」

もちろんウィオルはその場所がどこなのか知らない。だから、あの場所と言われてもピンと来ず、かといって訊くのもはばかれる。

「どれぐらいで解決できますか?」

「なんでそう訊く」

「村に視察官が来ています。なるべく早く解決できると支援金が減らされずに済みます」

わざと3日期限のことを言わない。

「ハハハハハッ!なるほどな!」

愉快げに笑ったあと、ギルデウスは目尻の涙をぬぐった。

「いつ解決できるかわからないが、でもあいつを今すぐ殺せるならそうする」

ウィオルはちらっとギルデウスを見た。

口は笑っているが、目は完全に狂気のそれだ。が、その目がすぐ疑惑的なものに変わる。足を止め、くるっと振り返る。

「そういや、逃げる途中から気になっていたが、やけに会話が順調だったな」

「何が、ですか?」

「モレスと知り合いなのか」

冷たく変わる視線と言葉に背筋がぞわりとする。

「……いえ、知りません。教会へ向かう途中に出会っただけーーぐっ!」

ギルデウスはウィオルの首をつかみ、思い切り木へと押し付けた。その際に離された手綱を見て馬が木の後ろに隠れ、2人の様子をこっそりとうかがう。

「なんでモレスが七彩蝶を狙っていると知った?」

「ですから、道で出会って、一緒に向かっただけです!あなたの恨み相手だったなんて、知らなかったですよ!」

「本当か?」

「最初から疑っていたなら、なぜ今訊くんですか?わかっているでしょ!私はモレスと関係がないことを!」

「……そうだな。その通りだ。だがな」

いったん言葉を切って、ギルデウスが妙に優しげと受け取れる表情をした。

「もし、万が一お前とあいつがグルだったら、必ず殺す」

必ずだ。そうつけ加えて手を離す。

そんなに強い力でつかまれていないせいか、ウィオルは軽く咳をするだけだった。

「ケホッ、ケホッ!……本当にわけがわからない」

ウィオルはのどをさすりながらギルデウスの衝動的な行動を悩む。

これで殺すと口にしている以上、平和解決が望めるような状況じゃないな。

「いったいあなたとモレスのあいだに何があったんですか?」

「……仇だ」

「仇……」

「復讐したいことがありすぎて言い切れないな。あの避難所の近くにある小さめの場所、なんで子ども用が別々にあるのか訊いたな」

「ええ、訊きました」

「大きめの避難所は目隠しだ。子ども用よりも見つかりやすい。子ども用の避難所に子どもと金物を入れて、万が一に備えて若いほうの命だけでも助けられるように作られている。俺も利用していた。そしてこの目で、あの男のせいで母親が殺される場面を見た」

静かな深緑の目がじっとウィオルを見つめる。木の隙間からわずかな日が差し込み、ギルデウスの瞳を照らした。

宝石のように深く透明の輝きを放つ瞳はとてつもなく美しかった。森の中ということも相まって、それはとても幻想的に見える。

七彩蝶に見惚れる時よりも、心を奪われる目にウィオルは思わず手を伸ばした。

もう少しで深い輝きの目と触れ合えそうという距離で手首をつかまれる。

ハッとした。

「も、申し訳ありません!」

ウィオルは手を慌てて引っ込めた。身の上話をされているのに、男に見惚れる自分に絶望しそうになる。

「その、いやなことを思い出させて申し訳ありませんでした」

「別に?こうやって、誰かによって思い出させてくれることには感謝している」

「感謝ですか?」

ギルデウスがふたたびあの獰猛な笑顔を見せた。過去話を少し聞いたせいかもしれないが、その笑顔が怒りを耐えているようにも見えた。

「忘れずにいられるからな。自分の記憶だけじゃない。他人に言われるからこそハッキリと思い出せる。俺は必ずこの手で仇をつ」

その目が深く輝きを増した。どこか強い執念のようなものを感じ、ウィオルは背筋が冷たくなるのを感じた。

いつか、この執念が本人を壊してしまわないかーーそんな思いが頭を横切る。
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