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第二章
仕返し
しおりを挟む翌日の剣術競技。報復心の強いギルデウスがほんの開催前の自由時間で、昨日眼帯を取ろうとした騎士をあおって剣術の対戦を約束した。
そしてたった今、前試合が終わり、ギルデウスの番になろうとしている。
ウィオルは剣を貸しながら再三注意する。
「これはあくまで親睦を深めるために開催されているんだ。おもに自分たちの技術の見せつけ合いだが、それでもルールを守らなければならない。わかっているのか?」
「わかっている」
剣を抜いて、日の光でキラリと鈍く輝く剣身を見てギルデウスが笑う。
「だが多少の傷は大丈夫なんだろ?」
「真剣を使う以上、多少なら仕方ないが、それでもくれぐれも相手を重傷に追い込まないでくれ」
「もちろんだ。殺るならきれいにしないとな」
「ギルデウス……頼むからそういう物騒なことを言わないでくれ」
「任せろ」
そう言ってギルデウスは剣の鞘をウィオルに投げて会場の中央へ行く。
観戦する騎士たちと貴賓扱いの貴族たちが観るなか、ケダイナの騎士たちもいた。
中央に出てきた男を見てひとりの騎士が驚きの顔をする。
「どうした、ロヴン。口なんか開けて」
「いや……相手の騎士死んだなって思って」
ロヴンは腹の痛みがまたぶり返してきた気がした。昨晩は痛みで寝れなかったが、午後になるとだいぶよくなった。
腹に一発食わされて吐いたため、お腹のしんどさに朝はお粥しか口に入らなかった。その元凶となった男が今みんなが囲む中央で立っている。
まさかあの人が悪徳騎士だったなんて……あんなに迷いのないひざ蹴りと顔面殴りは初めてだな。
顔に関しては手加減したのか、アザはあるもののお腹の痛みより治るのが早い。
そして相手の騎士はどこからそんな自信が来るのか、どこか見下した顔をしている。
試合開始すぐ相手側が力強い力に剣を弾かれて戸惑っていた。しかしすぐに反撃し、ギルデウスに攻撃を入れようとする。
あの人、本気で切るつもりなのか?
ウィオルは両手を握りしめた。
相手の騎士は剣の振りのどれも渾身の力を入れている。体に当たれば必ずしも切り傷で済まされないだろう。それはアルバートも気づいたのか、酒を飲む手は止まり、じっと相手の騎士をにらんでいた。
「あの騎士、本気だな」
「やはりそう思いますか?」
「ああ、見ろ。ギルデウスが何か思いついた顔で笑ってやがる」
「……心配ですね」
「ああ、相手の騎士がな」
言ってるあいだに大きく振りかぶった剣がギルデウスの目の横をかすめる。
目隠しを外したほうがいいのではないか、そう思ったが、来賓席を見るとあのトレッド・プレウター公爵が興味津々とした顔でギルデウスを見ていた。
その視線にウィオルがギリッと歯を噛み締める。
その時、観客たちのあいだでどよめきが起きる。何かあったのかと焦ったウィオルが目を向けると、ギルデウスの手のひらを剣が貫通していた。
瞬間ウィオルの心臓がドクリと沈んだ。
「ギルデウス!!」
ギルデウスの剣がシュパッと相手の腕を切った。剣を離した相手の騎士は切られた箇所を押さえてもだえて始めた。
ウィオルは人をかき分けて急いで駆け寄る。
「手を見せてみろ!」
ギルデウスは雑に剣を抜いた手を見せた。
「おい!そんなふうに抜くな!さらに傷が悪化したらどうする!」
「心配するな。動ける」
「そういう問題じゃない!」
ギルデウスはそっと顔を寄せた。
「あいつの腕の腱を切った」
低く抑えられた声に、ウィオルはちらりともだえている騎士を見た。腱を切られたうえ、両手利きじゃないならふたたび剣を握るにはだいぶ時間がかかるだろう。腱は自然に繋がらないため、手術できたとしても日常生活に支障をきたす可能性が大きい。
ウィオルは冷たい目で吐き捨てた。
「自業自得だ。こいつが本気であなたを切ろうとしたのは傍目でもわかる。他の人もすべてあなたのせいにはしない」
ん?とギルデウスが眉を上げた。
「もっと説教じみたことを言うかと思ったら、ずいぶんと俺に味方するな」
「当たり前だろ。もともと俺はあなたの味方だから」
「………」
ウィオルは急いで傷の応急手当てをした。
会場から離れた騎士専用の医務室で医者がギルデウスの手を診ていた。ギルデウスも騎士なので連れてくることに問題はないが、
「傷の多い手ですな」
「いつになったら終わるんだ!」
丁寧な治療にギルデウスが我慢できなくなっていた。
「最近の若いやつらは気が立ってらっしゃる」
医者はかけた丸いメガネを押し上げてため息をつく。
「ウィオルも薬が苦手で毎回飲むのに10分以上かかっていたからのぉ」
そばで聞いていたウィオルがパッと顔を上げた。
「いつの話ですか!もうとっくに飲めます!」
「はて?いつの話だったかな?おお、そうだった。もう5年も前か。本当に飲めるようになったかの?」
「飲めます!なんでいつも俺だけそんな昔にとどまっているんですか!」
医者は昔から騎士たちの怪我治療を担当してきた古参医者である。そのためウィオルのこともよく知っていた。
「サナスと一緒にいる時はしょっちゅうわしを困らせたくせに」
「そ、それは……申し訳ありませんでした」
サナスとはウィオルの親友である。翼竜騎士を目指す時もともに努力し、お互い支え合ったかけがえのない友達である。
そして努力しすぎるがゆえにしょっちゅう2人して医者の面倒になった。
「よいよい。もう慣れたわい。逆にお前がいなくなって寂しかったしの」
「昔は本当にいつもお世話になりました。最近サナスはどうしてますか?またよく医務室に来たりしますか?」
「あの子ならお前さんがシャスナに行った後からだいぶ落ち着いたよ。なんだか元気がなかったからねぇ」
「そうですか……離れる時はサナスは他のところへ偵察しに行ったので、あいさつも手紙でしかできませんでした」
「お前さん、知ってるか?」
「何をですか?」
「あの子の机のなかにはお前さん宛の手紙がわんさかあるらしい」
「なんで知ってるんですか」
「あの子酒に酔って井戸に落ちてな。なんとか生き返らせた時に自分からペラペラとしゃべったわい」
「井戸に落ちた!?サナスが?酒は飲まないのに」
「それもお前さんが離れてから飲むようになった」
ウィオルは気まずく顔をそらした。
そこへ、おい、という不機嫌な低い声が響く。
「しゃべってねぇで早くしろ!」
「ギルデウス、少しは敬意を」
「お前もだ!いちいち話しかけんな!いつまでも終わらないだろ!」
医者は「はいはい」とギルデウスの腕をたたいた。
「友達なら喧嘩しない。もう終わりだよ」
「だったら早く言え」
「しゃべるのに夢中だったからのぉ」
「お前……」
ギルデウスが怒り出しそうな雰囲気にウィオルは慌てて本人を引き連れて出口に向かった。
「先生、ありがとうございました。またあらためてお礼させていただきます」
「いらんよ。急いでいるなら早くお行き」
「すみません。失礼します」
◇————————————————————————
昨日更新できずに申し訳ありませんでした(;ω;)
昨日の分と合わせて今日は2話更新です。
応援ありがとうございます!
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