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第三章
危機感と焦燥感
しおりを挟む部屋をテリオトたちに譲るとウィオルは他の部屋を貸してもらわないといけない。他の騎士たちはギルデウスの向かいと隣を避けて部屋を使っているため、基本どこも人数が上限を達している。
唯一スキスキな部屋といえばギルデウスの部屋とその向かいにあるシュナイン、ガラックの部屋である。
恋人や立場から見てもちろん選択は前者。
ウィオルは自分の布団と枕を肩に担いでドアをたたいた。
ガチャとドアが開くとギルデウスがじろっとした目で見てきた。
「一緒に寝ないか?」
「……向かいがまだ空いてるだろ」
「でもあなたと一緒に寝たい」
「起こすなよ」
許可を得てウィオルが顔を輝かす。
いそいそと中に入り、布団を床に置く。敷布団がないのでいつもかけている布団を下に敷くしかない。
ギルデウスはベッドにひざを立ててじっと床で寝支度を始める姿を見ていた。
そしておもむろに口を開く。
「一緒に寝るか?」
え?とウィオルが振り返る。
「それは、どう……」
どういう意味と言い切る前にギルデウスの手の動きに気づいた。自分のベッドを指先でたたいている。
その意味に気づいてウィオルがバッと立ち上がる。
「い、いいのか?」
「恋人だろ?」
ウィオルはせっかく整えた寝床を崩して持ち上げた。すると、
「布団は置いておけ。枕だけ持ってこい」
その意味するところは一緒の布団で寝れると気づき、ウィオルの顔に赤みが差す。
夜、ギルデウスと向かい合いながら寝ていた。
布団にも重ね気味の枕にも好きな人の匂いが染みついて、ウィオルは今までにない満足感を感じた。本人の見えないところですうと吸い込む。
しかし気づかれないと思っていた動きはバレていた。ギルデウスがスッと目を開ける。
「もっとくっついて嗅いでいいぞ」
ウィオルは目を見開いて抱きつこうとするのをこらえた。なんだが、くっついてしまえば収拾のつかないことになりそうな予感があった。
それなのに大きな手が布団の中で泳ぎ、ウィオルの腰に回してくっつかせた。
「ギ、ギル……!」
下、当たっている!
今まで禁欲的な生活してきたせいでこういった行為には耐性がなく、ウィオルは初めてした時の気持ちよさを思い出しそうになる。
「どうせこういうつもりで来たんだろ」
「違っ!……おい!」
ギルデウスの手がイタズラにも体を巡る。
最初はただ同じ部屋で過ごしたかったが、こういう行為を期待しなかったといえば嘘になる。
結局ウィオルは耐えきれずに手を出してしまった。
その翌朝。
ウィオルは頭を抱えながらベッドにうずくまっていた。隣で寝るギルデウスを起こせず、ゆっくりと床に降りる。
わずかに期待していたとはいえ、自分はこんなに堪え性のない人だったか?と自責の念に駆られる。
振り返って見る。
露出した褐色の肌には曖昧な跡が残っていた。首筋、肩、腕、見えない胸や太ももにも跡はある。
それが恥ずかしく、顔を手で覆ってしまう。事後の片付けに使った布を持って誰も起きないだろうという時間帯に洗う。
「きれいになったか」
布を干して、水を水捨て場に流す。そこへがさりと足音がした。パッと振り返るとシュナインが立っていた。
「お、おはよう!」
「……おはようございます」
妙な後ろめたさにウィオルが少し焦る。
「早いな、起きるのが」
「まあ、コンボルにいた頃もこんな時間帯でした」
そうだった。これが普通なんだ。本当にシャスナに長くいると正常が鈍くなっていくな。
「その習慣を忘れないほうがいい。ここの寝起きの習慣に合わせたら最後、終わりだ」
「はい」
隣を通り過ぎようとするウィオルを見つめてシュナインは唇をもごと動かした。
「………昨夜はお楽しみでしたか?」
何もないところでウィオルがこけそうになる。驚愕の顔で振り返り、無表情なシュナインを見返す。
「な、な……っ」
「あ、盗み聞きじゃないです。たまたまトイレで起きたら……はい」
ウィオルは顔を真っ赤にして2、3歩後退した。
「難しいかもしれないが、き、聞かなかったことにしてくれ」
そう言うその声は震えていた。シュナインはただ静かに、はい、とうなずいた。
ウィオルが去ってから、シュナインはずっと見られないように握っていた手を開いた。手のひらには本人ですらいつつけたのかわからない長い切り傷がある。握り込んだことで指が食い込み、傷がさらに深くなっている。
水溜め桶を見つめながら、無感動な目がわずかに伏せられた。
ウィオルから向けられる奇妙な敵意がなんなのかわかった。
ギルデウスと付き合っていることが騎士のあいだで広められたことで、シュナインの耳にも入っていた。しかし、認識のなかで男同士の恋愛はうまくいかないことが多い。
なんで2人がわざわざ難しい関係を求めたのか理解し難かった。
一階の厨房で朝食を準備していたウィオルは深く後悔していた。
「音の問題があったな……」
他にも聞こえていた人がいるかどうかも問題だし、向かいはともかく、隣はテリオトたちが泊まっている。
聞こえられていないのを祈りながら2人分の朝食が用意できた。それらを一階の隅にある窓寄り席に向かい合うように置く。あとはギルデウスが目を覚ますのを待つだけである。時間的にもうすぐ起きそうなのでこのあと呼びに行く予定だった。
しかし、シュナインが入ってきてその手の傷に気づいた。ウィオルが顔色を変える。
「手を見せてみろ」
近づいてシュナインの手をつかむと手のひらにある切り傷を見た。傷口がギザギザとして何かに引っかかって無理やり引きずってできた傷のように見える。
痛くないのか?
確認してもやはり無感動な顔がそこにあるばかりだった。そしてその手をよく見てから気づいたこともある。古傷が多い。火傷から切り傷、そして袖から隠れ見えする縫い跡もある。
「この傷はどうしたんだ?」
訊かれた本人もわからないというように首を傾げる。
「水で洗ったのか?」
「うん」
「薬も塗っておこう。包帯もあったはずだからここで待っていろ」
厨房の上の棚には使われない食器と薬箱があった。背を伸ばして取り出して戻り、シュナインの手を取りながら薬を塗る。
そこでさっきと同じ疑問を抱く。
「痛くないのか?」
薬を塗るあいだ一度も痛がる素振りがない。痛みで反射的に動く筋肉などの動きもない。
「……痛くはないですね。慣れたので」
「慣れた?」
そこへ低い声が響く。
「何やってんだ」
ギルデウスが階段から降りてきた。その目はウィオルに握られているシュナインの手を見つめている。
「起きたのか!」
「ああ……」
ギルデウスの視線に気づいてウィオルは慌ててシュナインの手を離した。
「い、今のは!」
立ち上がり、なんとか今の状況を説明しようとする。
しかし、ギルデウスは頭の後ろをかいて「飯は?」と訊く。
「え?」
「あれか」
準備された朝食を見つけ、寝起きで猫背気味な大きい体はおとなしく隅で食べ始めた。準備したのは簡単なサンドイッチである。
ウィオルはふと心に湧いた違和感を感じた。
今まで好きだと言われたことがあっても、愛してるや本気かどうかを問う場面でちゃんと言葉にしてもらったことはあっただろうか。
………ない。一度もない気がする。
帝都の郊外で翼竜に乗る時も、初めて行為におよぶ時も、それとなく行動で示しているが、言葉で答えたことはない。
わざと避けている?
急激に襲ってくる危機感と焦燥感にウィオルはガリッと親指の爪を噛んだ。
やはり、もっとこっちの気持ちをわかりやすく伝える必要があるな。
応援ありがとうございます!
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