【完結】🧚‍♀️カクヨムコン10中間選考突破作品・マーダ『森の護り人・ファウナ』－ローダ第零章－

第1部 運命の再会

第6話 X(未知)なる存在

　ファウナ・デル・フォレスタの生家とは、まるで異なる現代的な建造物。いずれフ・ォ・ル・テ・ザ・と呼称される街に建っている白いビル。

　吹き抜けの廊下ろうかより負け犬負傷者を、忌々いまいましい顔で上から眺ながめる人間が独り。

「──我がヴァロウズの末席選ばれし精鋭を2人も送って、まさかこの様ざまとは」

　心の底から驚いている。ただの小娘とその護衛で在れば、敗北の要素など見当たらなかった。

　確かにあの娘ファウナには素養そようが在りそうであった。だからこそ暗殺者アノニモと罠使いジレリノという肝煎きもいりの2人を寄越よこしたというのにこの有様である。

「ファウナ・デル・フォレスタ、目・覚・め・た・のであればこれからの付き合い方を考えねば改めねばならぬ」

　苛立いらだちで思わず爪を噛まずにはいられなかった。よもや自身の研究結果部下達よりも、自分で自然ナチュラルに力をこじ開けた者に敗れるとは。

「あら、良いではありませぬか。寧むしろマ・ー・ダ・様のお眼鏡に適かなった者が現れたのだと思えば」

　透明な強化プラスチック越しの集中治療室ICUから甘ったるい女の声が響いて来る。

　シルクの様に長く清らかな銀髪と、白衣と司祭服の中間の様な出で立ち。顔を見ずともその口調だけで此方を煽あおっていると感じ取れる。

　その蒼き両眼と口元、間違いなく笑っていると確信出来た。

「その呼び方は止めよ……今の我はレヴァーラというただの踊・り・子・。そうであろう、リディーナよ」

　──そう、今の我を創りし老・人・が与えた偽りの躰からだはもう捨てた。

　今の我は、名をレヴァーラという。長い黒髪を束たばね、緑色の目を持っている。自分だろうが他人だろうが性別には全く頓着とんちゃくしないが、女の身体だ。

「リディーナ、貴様が我に与えてくれたこの身体ボディ。強しいて言えば、口元の不完全ホクロのみが気掛かりだ」

　これまでの仮初の身体人に作られた肉体から本物の人間へ、そこで緩んでいるリディーナがやってくれた仕事には感謝している。

　だが見た目なんてものは気にしないという態度で在りつつも、余・計・な造形だけは気掛かりである。

「あらあら、私は良きチャームポイントだと思いますが。生き物とは不完全左右非対称だからこそ、進化の歩みを止めないのですよ」

「──フンッ、判らぬ。ままならぬモノを寧むしろ愛めでろと言うのはな」

　負傷者の様子から顔を背そむけず、まるで親か姉貴分の物言いで、受け答えするリディーナである。

　如何にも面白くないといった態度で鼻を鳴らすレヴァーラ。確かに口元のホクロが彼女の美しさを際立きわだたせている様に見えなくもない。

　リディーナは、嘗かつてマーダと呼ばれた存在を造った初老の男に付き従うフリをしつつ、その技術力を盗んだ。

　そしてさらに発展させ、マーダの意識を他人へ移す科学的な手伝いをした言わば新しき生みの親と言えなくもない存在なのだ。

　以後もレヴァーラを献身的けんしんてきに支え、今日こんにちに至る。依ってリディーナには面おもてを上げにくいのだ。

「それはそうと……」

　口元のホクロに変な褒められ方を貰ったレヴァーラがふと思い返す。此処からアノニモとジレリノの様な成功例が10人誕生した。

　その大方を占めている連中についての話だ。

「この実験の成功者の殆ほとんどが、女・というのは一体どうした事だ？」

「さあて……私もただの愚鈍ぐどんなる女。それは神のみぞ知ると言うのが最も外れなき返答ですが。──そうですね、強いて言えば」

　──そうなのだ。暗殺者アノニモ、そして罠使いジレリノとて語るまでもなく女である。

　他の成功例達も多くを占めるのが女という性別の括くくりだ。この身体の元の持ち主レヴァーラも然しかり。

　そして己が精鋭せいえいを退しりぞけた金髪の美少女ファウナとて、間違いなく同じことだ。

　もっとも13年前、この島で一番巨大な火山を吹き飛ばして離反したあの大馬鹿の様な例外とて存在する。

「女の方が遺伝子……染色体、未知Xの数が多い優秀たる存在。男なんてどれだけ偉えらぶった処で子供すら孕はらめないのですよ？」

　自身の下腹を擦さすりながら語るリディーナ。流石に子供を産んだ経験値こそないが、女にそれを語られた男共は、立つ瀬をすべからず失うものだ。

「Xか……。まあ確かにどうとでも化・け・る・存在だな。確かに言い当て妙かも知れぬ」

　綺麗な顎あごを触りながらレヴァーラが考えにふける。未だに平均寿命が高いのも女である。

　女の方が、あの地獄にも耐え得る身体を持っているのかも知れない。無論、憶測おくそくの域を出ないが。

「処でこの出・来・損・な・い・共・、いかが致しましょう。せっかく力が目覚めた貴重な存在サンプル。いっそ取・り・込・ん・で・しまわれますか？」

　──取り込む。此処で言うそれは、具体的に語れば乗・っ・取・る・が正解である。

　要は今の身体踊り子の姿を捨て、この暗殺者アサシンか罠トラップ使いを我が物と成すか？　それこそがこの冷たい科学者リディーナの提案である。

「──いや、確かに貴重な成・功・例・だ。だが影を操るだけと、音を消すのみ。そんな矮小わいしょうなる能力なぞ要らぬ」

　敬愛けいあいしているレヴァーラの発言に「まあ……確かにフフッ」と口元へ手を充て、上品に笑い返した。

「もし今後、我に反旗はんきを翻ひるがすのであれば、無慈悲に消してくれる」

　そう言い残すと後はどうでも良いとばかりにその場から立ち去るレヴァーラであった。カツカツッとヒールが固い廊下を蹴る音を残して……。

　◇◇

「──あ、うん？　わ、私寝てた？」

　ファウナは洞窟の天井より染み出した氷水の如く冷たいものを額に浴びて、その目を覚ました。

　慌てて身体を起こしてしまい「痛たた……」と身体を擦る羽目に陥おちいる。

　寝ているのが洞窟であれば、自然、背にしているのも同じ洞窟の固い岩肌なのだ。

「おぅ、起きたかファウナ」

「こ、此処は──」

　笑顔で自分の目覚めを受け入れてくれた二刀使いのオルティスタである。ファウナがその清き蒼い瞳をキョロキョロさせる。

　人間が5人も入れば満席状態になりそうな小さな洞窟であった。レヴァーラ等が居た場所との落差が激し過ぎる。

　洞窟の一番奥に1つしかなかったのであろう簡易ベッドが置かれており、武闘家のラディアンヌが寝息を立てていた。

　オルティスタは、疲労困憊ひろうこんぱいの身体を圧して見張り役をやっているといった処か。足りない血を補おぎなうべく、幾いくつも簡易食を口へ運んだらしい。

　周囲に缶詰を空けた物が数多く転がっていた。

「──ふぁ、ファウナ様？」

「あ、ゴメンッ、ラディアンヌ。起こしちゃった」

　如何にも眠そうな緑色の目を擦こするラディアンヌ。此方とて生き残れたのが不思議な重傷を負ったばかりだ。起きつつも未だ意識朦朧もうろうとしているのが窺うかがえる。

　主人であるファウナ様・を差し置いて、自分がベッドで寝ている事実に戸惑とまどっていた。

　そんなラディアンヌを見たファウナとオルティスタが思わず笑顔になる。簡易ベッドなんかよりも癒いやしを与えてくれた。

　ひとしきり笑った後、普段の礼儀を忘れるオルティスタが、珍しく膝を揃そろえ、ファウナに向かい深々と頭を下げる。

「お、オルティスタ？」

「ファウナ、そして魔・導・書・と言ったか。今回本当にこの命を拾って貰った。この御恩、生涯しょうがいを尽つくして返させて頂く」

　こんな畏かしこまったオルティスタを見た事がないファウナ。今度は彼女が戸惑う番である。

「──そ、そうだっ！　い、いや、そうです……。私とて全く同じ想い、これまで以上に御奉公ごほうこうさせて頂きます！」

　頭がボーッとしていたラディアンヌであったが、同胞の態度に気分を改め、此方も慌てて立ち上がり、頭が地面に届くのではないかと心配になる程、深々と御辞儀おじぎした。

「や、止めて二人共……こ、困るよ本当ホントに…」

　顔を真っ赤に染めて小さくなるファウナ。声すら小さくなって萎しぼんだ。

　これにはラディアンヌも、オルティスタさえも「やっぱり可愛い」と、口を揃えて笑うのであった。