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第6部 人が創りし者と造られし者
第60話 己が正義に責任を
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もう薪になりそうな流木はおろか、塵屑すら見えなくなった砂浜の上。後は余りに頼り甲斐の無い段ボールの切れ端でその身を包んで横になる以外の選択肢がない。
しかし休息すら赦されぬ戦場を幾重にも経験した両者。要は横になるだけで眠ったフリをすれば良いだけ。身体を何かに預けるだけでも体力というものは幾分回復するものである。
「──この先どうする気だ」
「そんなの決まってらぁ、想定外の事態が起きた。ならば勝手に動くは法度。必ず部下は上長の伺いを立てた上で行動する。それが下に付く者の責務ってもんだ」
お互い段ボールに包まりながら、背中合わせで会話している。肌寒いの言い訳に、身体を寄せ合う仲ではないのだ。
軍の犬である自分を捨てたアル・ガ・デラロサ。それでも今仕えているレヴァーラへ対する忠義は捨てない。
──忠義……か。
オルティスタが空に瞬く星を繋いで自分の忠義を捧げると決めた魔法少女の星座を創っていた。自分の生まれ故郷と同じ森を守護するフォレスタ家の一人娘に仕えると誓いを立てた。
そんな滾る心が何処かに失せた。
実父が冥途の土産に奪い去ったか。それは絶対在り得ない、あの翁は己が娘の剣に満足して逝ったのだから。
ファウナ、そして盟友であるラディアンヌに申し訳ない想いで胸が張り裂けそうだ。さりとて今の自分は剣を握ることが適いそうにない。
病床の母を生かすべく自分の正義を揺らして迄、生き延びた頃が嘘の様だ。
「──お前、嘗ての味方をその手で殺めたことあるか?」
不意に飛び込むデラロサの声。まるで自分の意識を読まれた上での質問に思えた。
「嗚呼……ある。互いに生きようと杯を交わした翌日にそいつを殺した。──仕方なかった。俺達側の雇い主はもう終いを迎える直前、後は寝返る以外の選択肢何て在り得なかった」
オルティスタ自身も若く、杯を交わした相手も同じ様に若かりし頃だ。大局を見通すには幼過ぎた。偶々オルティスタが自分達の窮地を他の仲間に先んじて小耳に挟んだだけの事。
「──そうだな、それは仕方ない話だ。俺達傭兵に取っての正義……。もっと金を弾んでくれる雇い主。或いはそれが駄目なら後は自分の命をどう守るか。何とも惨めな話さ」
一度は傭兵という立場に身を置いた者なら言わずもがなといった内容。こんな湿っぽい話、何故今さら背中で告げているのだろう。
「しかしだ。それは間違い様のない正義。ホレッ、あそこで正義を気取る連中より余程純度の高い大義名分だと俺は信じる」
デラロサが馬鹿にしている『正義を気取る連中』とは間違いなく連合国軍を見限った奴等の事だ。先程から猪突猛進な男が何とも回りくどいのだ。
「──デラロサ、お前一体何が言いたい?」
もはや我慢の限界点。
オルティスタがアルの背中を刃物の如き言葉で刺した。だけど身動ぎ一つしてはくれない。
「てめぇが傭兵の癖して自分の正義に迷ってんのが見てられんという戯言だ。杯を交わした相手を殺す──それはアンタの正義を貫いた結果ならば仕方がない」
荒げた声だが優しさも存在する『お前は何も間違っちゃいない』──これに帰結するだけなのだが、敢えて背中でウジウジしてる女の人生を思い起こさせ導こうとしているらしい。
「大体今さら悩んでどうなる? ブレッブレの正義に押し切られた相手が余りに哀れじゃねぇか……」
「そ、それは──!」
刺した自分の罪深き手を覗き込むオルティスタ。震えが止まらない。だけどあの笑顔を送ったお陰で自分の生が此処に在る──それは確かだ。
「争いに正も悪もありゃしねぇよ。だがなこれだけは言っとく、その手で相手を滅した行為を正義だと言い張るのなら、てめぇの番になる最後の最期までそれを持ってけ」
──アァァァァ……。
オルティスタの心中に次々と浮かんでは消え逝く自身の正義の証達の顔、顔、顔……。泣きたい、嗚咽すら漏らして慟哭したい。
良く『涙が枯れる』と人は言う。それは泣き尽くした上で、涙腺から溢れ出るものが無くなったことを指す言葉。なれど今の彼女は流す涙の在処を知らない。
涙とは一種の浄化装置。穢れを洗い流してくれるものだ。これがまともに機能しない今のオルティスタは哀れの極みだ。自分が何を浄化すべきか判らずにいる。
「──それが殺した相手へせめてもの手向けだろ? お前が葬送った行為に迷うな。それは死者に対する冒涜だ」
そこ迄言ったデラロサが口を閉じる。人生経験豊富な彼とて女を無理に泣かせる術など判りはしないのだ。
そして2人は夜が明けるまで眠ったフリをし続けた。まんまと敵陣真正面から逃げおおせたのだ。
『このアル・ガ・デラロサ様を知らんとは。此奴等途方もない屑ばかりだ』
『──いや、ワザと泳がされているかも知れんぞ。連中下らない頭は働くと見た』
こんな捨て台詞を残して……。
「──レヴァーラ済まない。買い物が簡単には出来なくなった」
森の木陰に隠していた車に搭載している無線を使うデラロサの浮かない顔。これは専用チャンネル、恐らく敵には気取られない。
彼はア・ラバ商会で聞いた一部始終をレヴァーラに報告した。
「──だ、そうだファウナ・デル・フォレスタ。何か良い知恵は有るかな?」
真横で全てを聴いていたファウナへ話を振るレヴァーラは何とも愉しげな口振り。
「御意──統べからず私達のものと致しましょう」
ファウナが恭順の意を示すとレヴァーラのその笑顔に益々磨きが掛かった。
『な、何だとォッ!?』
慌てて無線機を落としそうになるデラロサ。あの少女、事もあろうに『私達のもの』とほざいた。
──それは駄賃はおろか、この期に乗じて恩着せがましいことをすると告げている。
「──だ、そうだ。アル・ガ・デラロサ、ポイントXまで戻り仲間と合流しろ」
『い、了解!』
それはもう破顔一笑のレヴァーラなのだ。作戦の手段さえ聞かず万事上手く往くと決めつけている。
『──デラロサ様御安心下さい。決して貴方と大事な方々に嫌な思いはさせません』
無線越しにファウナが嗤う。まるで向こう側のデラロサが見えているのかの如く。もうそこにはAI兵に後れを取った憐れっぷりなど微塵も在りはしなかった。
しかし休息すら赦されぬ戦場を幾重にも経験した両者。要は横になるだけで眠ったフリをすれば良いだけ。身体を何かに預けるだけでも体力というものは幾分回復するものである。
「──この先どうする気だ」
「そんなの決まってらぁ、想定外の事態が起きた。ならば勝手に動くは法度。必ず部下は上長の伺いを立てた上で行動する。それが下に付く者の責務ってもんだ」
お互い段ボールに包まりながら、背中合わせで会話している。肌寒いの言い訳に、身体を寄せ合う仲ではないのだ。
軍の犬である自分を捨てたアル・ガ・デラロサ。それでも今仕えているレヴァーラへ対する忠義は捨てない。
──忠義……か。
オルティスタが空に瞬く星を繋いで自分の忠義を捧げると決めた魔法少女の星座を創っていた。自分の生まれ故郷と同じ森を守護するフォレスタ家の一人娘に仕えると誓いを立てた。
そんな滾る心が何処かに失せた。
実父が冥途の土産に奪い去ったか。それは絶対在り得ない、あの翁は己が娘の剣に満足して逝ったのだから。
ファウナ、そして盟友であるラディアンヌに申し訳ない想いで胸が張り裂けそうだ。さりとて今の自分は剣を握ることが適いそうにない。
病床の母を生かすべく自分の正義を揺らして迄、生き延びた頃が嘘の様だ。
「──お前、嘗ての味方をその手で殺めたことあるか?」
不意に飛び込むデラロサの声。まるで自分の意識を読まれた上での質問に思えた。
「嗚呼……ある。互いに生きようと杯を交わした翌日にそいつを殺した。──仕方なかった。俺達側の雇い主はもう終いを迎える直前、後は寝返る以外の選択肢何て在り得なかった」
オルティスタ自身も若く、杯を交わした相手も同じ様に若かりし頃だ。大局を見通すには幼過ぎた。偶々オルティスタが自分達の窮地を他の仲間に先んじて小耳に挟んだだけの事。
「──そうだな、それは仕方ない話だ。俺達傭兵に取っての正義……。もっと金を弾んでくれる雇い主。或いはそれが駄目なら後は自分の命をどう守るか。何とも惨めな話さ」
一度は傭兵という立場に身を置いた者なら言わずもがなといった内容。こんな湿っぽい話、何故今さら背中で告げているのだろう。
「しかしだ。それは間違い様のない正義。ホレッ、あそこで正義を気取る連中より余程純度の高い大義名分だと俺は信じる」
デラロサが馬鹿にしている『正義を気取る連中』とは間違いなく連合国軍を見限った奴等の事だ。先程から猪突猛進な男が何とも回りくどいのだ。
「──デラロサ、お前一体何が言いたい?」
もはや我慢の限界点。
オルティスタがアルの背中を刃物の如き言葉で刺した。だけど身動ぎ一つしてはくれない。
「てめぇが傭兵の癖して自分の正義に迷ってんのが見てられんという戯言だ。杯を交わした相手を殺す──それはアンタの正義を貫いた結果ならば仕方がない」
荒げた声だが優しさも存在する『お前は何も間違っちゃいない』──これに帰結するだけなのだが、敢えて背中でウジウジしてる女の人生を思い起こさせ導こうとしているらしい。
「大体今さら悩んでどうなる? ブレッブレの正義に押し切られた相手が余りに哀れじゃねぇか……」
「そ、それは──!」
刺した自分の罪深き手を覗き込むオルティスタ。震えが止まらない。だけどあの笑顔を送ったお陰で自分の生が此処に在る──それは確かだ。
「争いに正も悪もありゃしねぇよ。だがなこれだけは言っとく、その手で相手を滅した行為を正義だと言い張るのなら、てめぇの番になる最後の最期までそれを持ってけ」
──アァァァァ……。
オルティスタの心中に次々と浮かんでは消え逝く自身の正義の証達の顔、顔、顔……。泣きたい、嗚咽すら漏らして慟哭したい。
良く『涙が枯れる』と人は言う。それは泣き尽くした上で、涙腺から溢れ出るものが無くなったことを指す言葉。なれど今の彼女は流す涙の在処を知らない。
涙とは一種の浄化装置。穢れを洗い流してくれるものだ。これがまともに機能しない今のオルティスタは哀れの極みだ。自分が何を浄化すべきか判らずにいる。
「──それが殺した相手へせめてもの手向けだろ? お前が葬送った行為に迷うな。それは死者に対する冒涜だ」
そこ迄言ったデラロサが口を閉じる。人生経験豊富な彼とて女を無理に泣かせる術など判りはしないのだ。
そして2人は夜が明けるまで眠ったフリをし続けた。まんまと敵陣真正面から逃げおおせたのだ。
『このアル・ガ・デラロサ様を知らんとは。此奴等途方もない屑ばかりだ』
『──いや、ワザと泳がされているかも知れんぞ。連中下らない頭は働くと見た』
こんな捨て台詞を残して……。
「──レヴァーラ済まない。買い物が簡単には出来なくなった」
森の木陰に隠していた車に搭載している無線を使うデラロサの浮かない顔。これは専用チャンネル、恐らく敵には気取られない。
彼はア・ラバ商会で聞いた一部始終をレヴァーラに報告した。
「──だ、そうだファウナ・デル・フォレスタ。何か良い知恵は有るかな?」
真横で全てを聴いていたファウナへ話を振るレヴァーラは何とも愉しげな口振り。
「御意──統べからず私達のものと致しましょう」
ファウナが恭順の意を示すとレヴァーラのその笑顔に益々磨きが掛かった。
『な、何だとォッ!?』
慌てて無線機を落としそうになるデラロサ。あの少女、事もあろうに『私達のもの』とほざいた。
──それは駄賃はおろか、この期に乗じて恩着せがましいことをすると告げている。
「──だ、そうだ。アル・ガ・デラロサ、ポイントXまで戻り仲間と合流しろ」
『い、了解!』
それはもう破顔一笑のレヴァーラなのだ。作戦の手段さえ聞かず万事上手く往くと決めつけている。
『──デラロサ様御安心下さい。決して貴方と大事な方々に嫌な思いはさせません』
無線越しにファウナが嗤う。まるで向こう側のデラロサが見えているのかの如く。もうそこにはAI兵に後れを取った憐れっぷりなど微塵も在りはしなかった。
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