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第1章 誕生日と入学式と行方不明事件

6.園芸部

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「――たんぽぽ! またの名を、『ダンデライオン』だ!」
 あいつの目を真っ直ぐに見て、オレはそう告げた!
「たんぽぽ……ダンデライオン……」
 あいつがぴたりと動きを止め、ぶつぶつとつぶやく。さあ、どうだ!?
「……そうダ! 我はたんぽぽのフラワースピリット! 『ダンデ』であル!」
「よっしゃ!」
 オレは思わずガッツポーズをする! どうやら、正解だったようだ!
「うむ。よく頑張ったのう」
 いつの間にか、元の姿に戻ったシバがオレの背中に乗り、頭をぽんぽんと叩いてきた。なんか、子ども扱いされてるみたいでちょっと複雑だ。けど、まあ良いか。
「やりましたねカズキさん! 勝利のハイタッチを……」
「ちょっと待て! その手袋をつけたままハイタッチしたら溶けるんじゃないか!?」
「そうでした! うっかりうっかり」
 二宮がそう言うのと同時に、タリスも元の姿に戻った。
 危うく、ラビリンスから脱出する前にうっかりで溶けてしまうところだった! 危ないな!
「にしても、よく分かりましたね。あのライオンさんの正体が」
「まず、見た目がそのままライオンだから分かりやすい方だったと思うぞ。たんぽぽの葉っぱはライオンの歯に形が似てる。だから、英語ではライオンの歯を意味するダンデライオンと言うんだ。それと、ラビリンスの中で響いていた太鼓の音もヒントになった」
「太鼓の音、ですか?」
「ああ。たんぽぽは昔、『鼓草』って呼ばれていたんだ。鼓ってのは太鼓のこと。そもそも、たんぽぽって名前も太鼓を叩いた音から取ったという説があるんだ。あとあいつが愛を伝えるとか言ってただろ? たんぽぽには『愛の神託』って花言葉があって……」
「長話はそこですとっぷじゃ! ラビリンスが崩れるぞ!」
 シバの声でオレはハッとする。辺りの空間に、ヒビのようなものが入っていた。そして、そのヒビの隙間から夕焼け色の光が差し込んでいる。これは……?
「話は後や!」
「早くベラの近くに集まるの~」
 いつの間にか、ベラがまた巨大化していた。そして、シロー先輩と助け出した男子がベラにしっかりとしがみついている。一体、何をしてるんだろう。
「ほら、行くぞい! カズキ!」
「あ、ああ!」
 シバに手を引かれ、オレは巨大化したベラの元に走った! 続いて、二宮とタリスもベラの元に走る!
「なんかよく分からないけど、お前も来い!」
 ベラの元にたどり着いたオレは振り返り、やや離れた位置にいるたんぽぽのフラスピ――ダンデに声をかけた。
「我もカ? しかシ……」
「いいから来い! 早く!」
「わ、分かっタ」
 少しとまどうようなそぶりを見せた後、ダンデが走り始める。オレたちを追いかけてきた時も感じたけど、やっぱり足が速いな。あっという間にオレたちの元にたどり着いた。それとほぼ同時に大きな地震のような揺れが発生し、ガシャン、とガラスが割れるような音が辺りに響く。直後、辺りは夕焼け色の光に包まれ、何も見えなくなった。

 §

「ここは……」
 光が収まったのを見計らって、オレはゆっくりと目を開けた。
 真っ先に視界に入ったのは、咲き誇るシバザクラ。見上げれば、夕焼け空。それらを見て、オレは実感した。ここは、花守自然公園――つまり、現実に戻ってきたのだと。
「いやー、ギリギリセーフやったな! バグスピの正体をあばくと程なくしてラビリンスが崩れるんやけど、そん時にすっごい衝撃が生じてめっちゃ危ないんよ。ベラがクッション代わりになって衝撃を和らげてくれんと、大ケガするやろうなあ」
「そんな大事なことは先に言っておくべきでは!?」
 思わずシロー先輩に突っ込んでしまった。
 危うく、大ケガするところだったぞ! まあ、何事もなかったからいいけどさ!
「まあまあ。なんにせよ、一件落着ですね。頑張りましたねカズキさん」
「まったくだ。事情に詳しそうなお前よりめっちゃ働いてたと思うぞオレ。普通、逆だろ」
 よく分からないままあれこれさせられた感じがすごい。めっちゃ疲れた。
「そこはほら。可憐なアイドルの私がせわしなく働くのはイメージを損ねるので」
「何でも溶かす力を持ってる時点で可憐なアイドルってイメージはないから安心しろ」
「あっ、酷いですね。今度、私のライブに来てください。アイドルのアイドルらしさを見せつけてアイドル大好きアイドルファンにしてあげますから!」
「アイドルって言いすぎて訳がわからないことになってるから落ち着け。……って、そんなことより」
 チラリとシロー先輩と助け出した男子の方に視線を向ける。シロー先輩はともかく、男子の方はちょっと様子がおかしい。どこか、ぼんやりしているというか。
「シロー先輩。そいつ、大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫。ただ、ラビリンスに入ってからの記憶が失われていってるところや」
「へえー。……は?」
 ラビリンスに入ってからの記憶が失われていってる? どういうことなんだ?
「共鳴者以外は、ラビリンスから出るとラビリンスの中に居た時の記憶を失う。そんな仕組みになってるんです。詳しい原理は私にも分からないですけどね」
「おい。ひょっとして花守市で起こる神隠し事件の被害者が記憶を失ってるのって……」
「そう。ラビリンスに迷い込んだ人間が現実で行方不明者になる。そして、その行方不明者がラビリンスから脱出するとラビリンスに居た時の記憶を失う。それが花守市で起きる神隠し事件の仕組みです」
 なんてこった。神隠し事件の謎が一つ解けてしまったぞ。同時に、オレもこの花守市の神隠し事件に巻き込まれてしまったのだという実感がわいてきた。
「ただなあ、最近の神隠し事件は何かがおかしいんや。ワイらも知らない、おかしな謎がいくつかあるんや」
「おかしな謎?」
「ああ。一つは、さっきこの子が言っていた『仮面を付けた女の子』という存在。もう一つは、行方不明になった花守中学校の三年生についてや」
 そう言えば、ラビリンスの中で助け出した男子は言っていたな。ラビリンスに迷い込む前に、仮面を付けた女子に話しかけられたと。行方不明の三年生も、気になる。シロー先輩が言うように、明かされてない謎がまだ残されているな。
「カズキさん。私たちと一緒に神隠し事件を解決しませんか?」
 二宮が真剣な表情でオレをまっすぐ見つめてきた。どうやら、本気で言っているようだ。
「……その前に、教えてくれ。二宮とシロー先輩は前からこんなことをしているのか?」
「こんなこと、と言うと?」
「ラビリンスに囚われた人間やバグスピを助けること、だ」
 フラスピ。バグスピ。共鳴者。鳴力。ラビリンス。それらは、普通に生きていれば知る機会がない言葉だ。そんな言葉を知っている二人は、何者なんだろう。
「おっ。カズキくん、ワイらが何者なのか気になってしゃーないって顔をしとるな」
「分かりやすいですねえ」
「そりゃ気になるだろ。気にならない方がおかしい」
「それもそうやな」
 そう言って、シロー先輩ははっはっはと高笑いした。ひとしきり笑った後、懐から小さな紙を取り出した。
「ほれ、これがワイの正体や」
 シロー先輩が差し出してきた小さな紙には、こう書かれていた。
「『花守中学校園芸部副部長 四ツ谷・フィーア・シロー』って……。これ、名刺ですか?」
「そうや。花守中学校園芸部。正式名称は花守市バグスピ関連事件特殊レスキュー部。なんと、花守市からサポートを受けてる、バグスピに関する事件を解決するための組織なんやで。ワイはそこの副部長や」
「レスキュー……」
 正直、シロー先輩が言っていることはよく分からない。でも、『レスキュー』という単語はよく知っている。人の命を救うという意味がある言葉だ。
「ちなみに、私は小学生の時からアイドルのお仕事の合間に園芸部のお手伝いをしてました。やっと中学生になれたので、私もようやくアイドル兼園芸部員になれます」
「そうなのか。大変そうだな」
「何で他人ごとみたいな反応してるんですか。カズキさんも入るんですよ。園芸部に」
「は!?」
 今、こいつ何て言った? オレが、園芸部に入るだって?
「のう。水を差して済まんが、今日は一旦引き上げた方が良いと思うぞ。このまま長々と話していたら日が沈むぞい」
 そう言って、シバがオレの背に飛びのってきた。こいつ、喋り方はおじいちゃんみたいなのに動作は子供みたいだなあ。……というか、よく見たら新品の制服がピンクの毛だらけになってる。ちょっと悲しい。
「せやな。シバくんの言う通りや。この子も家に送り届けんといかんしな」
「むう。仕方ないですね。話の続きは、また今度ですかねえ」
 助け出した男子がぽかんとした表情でオレたちを見ている。ラビリンスの中の記憶を失ったのなら、そんな顔にもなるよな。うん。
「……その、すまなかっタ」
 現実に戻った後、オレたちを遠巻きに見つめていたダンデがやっと口を開いた。
「バグスピになりたくてなったわけじゃないんだろ? じゃあ、謝る必要はないと思うぞ」
「しかし迷惑をかけたのは事実ダ。詫びになるかは分からんが、これをお主に渡そウ」
 そう言って、ダンデはオレの手に黄色の宝石を載せてきた。夕日を浴びて、キラキラと光って綺麗だ。
「これは?」
「うむ。フラワージュエルじゃな。簡単に言えば、フラスピの心臓じゃよ」
 背中からオレの手をのぞき込んだシバがのんびりとした口調でそう言った。
「へー。心臓か。……心臓!?」
「そうダ。それは我の心臓ダ」
「いや、サラッと心臓を渡されても困るし、心臓が出てるのによくそんな平気な顔で立ってられるな!?」
「壊れない限り大丈夫ダ。安心しロ」
「安心できるか! なんで心臓をオレに渡すんだよ!?」
 万が一壊したら、多分ダンテの命に関わるよな。そんな大事なものをなんでオレに渡してきたんだ!?
「フラワージュエルには、鳴力を高める効果、ある」
「タリスちゃんの言う通りなの~。きっと、カズキくんの役に立つの~。さあ、そのフラワージュエルを胸に当ててみるの~」
 タリスと、小さくなった状態のベラがそう言った。フラワージュエルを胸に当てる、だって?
「こ、こうか?」
 ベラが言った通りに、黄色く輝くフラワージュエルを胸に当てる。すると、フラワージュエルが強い光を放った。そして、なんとオレの身体の中に沈み込んでしまった!
「何だこれ!? オレの中に入ったぞ!?」
「うム。無事、お主の心臓と我のフラワージュエルが混ざったようだナ。これで、お主の鳴力は高まっタ」
「心臓に心臓が混ざったのか!? 大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫じゃよ。素直にぱわーあっぷしたことを喜ぶと良いぞ」
 素直に喜んでいいのかな、これ。
「大丈夫なら良いけど……。とにかく、ありがとうダンデ」
「礼を言うのはこっちダ。ひとまず、我はずっとこの公園にいよウ。だから、もし手助けが必要ならいつでも声をかけてくレ」
「えっ。大丈夫か? 公園に来た人がダンデを見たら驚くんじゃないか?」
「大丈夫じゃよ。現実だと、フラスピの姿や声は普通の人間には認識できないからのう。ワシらの姿や声は共鳴者にしか分からぬよ」
 現実では、フラスピの姿や声は共鳴者にしか分からないのか。そりゃそうか。誰でもフラスピが見えたら、きっと世界は大混乱だ。
「よし! 話はひと段落したようやな! とりあえずワイはこの子と学校に戻って校長と話をするわ。家や警察への連絡はめんどうやから大人に丸投げするのが一番や!」
「丸投げって……。でも、確かに大人が連絡した方が話はスムーズか」
「そういうこっちゃ! って訳で、今日はこれで解散や! また明日学校で待ってるで!」
「ばいばいなの~」
 シロー先輩とベラは、ラビリンスから助け出した男子を連れて学校に向かった。そして、ダンデも一度オレたちに礼をした後、公園の奥に向かっていった。この場に残されたのは、オレとシバ。そして、二宮とタリスだけ。
「私たちも帰りましょうか」
「そうだな。……ふう、とんだ誕生日だった」
「えっ? カズキさん、今日が誕生日なんですか?」
「そうだけど」
 大変な一日がようやく終わったと思ったが、それは勘違いだった。オレの発言のせいで、大変な一日がもう少しだけ続くことが決定してしまったようだ。
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