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第2章 恐怖のラビリンス

12.新たな行方不明者

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 §

「では、カズキさん。また明日!」
「ああ。気をつけて帰れよ」
 二宮とタリスは、「また明日」という言葉を残して駅を去った。
 また明日と言ってくれるやつがいるのって、なんかいいな。オレは、そう思った。
「ん?」
「どうしたんじゃ?」
「いや、何かを忘れているような……」
 帰ろうとしたところで、ふと考える。何を、忘れているっけ?
「あたくしノコト?」
「うわあああっ!?」
 ベンチの下から、スカンクのフラスピ――ユリが勢いよく飛び出してきた!
「こら! 驚かせるでない!」
「ゴメンネ。デモ、大切ナ話ヲシテタミタイダカラ出ヅラクテ……」
「いや、こっちもごめん。すっかり忘れてた」
 どくどくと鳴る心臓を抑えながら、オレはユリと向かい合った。確か、ラビリンスを脱出してから一度も話をしていなかったな。
「アナタ、カズキちゃんダッタワネ?」
「カズキなのは間違いないけどちゃん付けはちょっと……」
「ジャア、カズぴょんッテ呼ンダ方ガ良イ?」
「ぴょんもやめろ! 呼び捨てでいいから!」
 ラビリンスの中では怖い印象を受けたけど、本当のユリは意外と明るい性格のようだ。それは良いことかもしれないけど、ちゃんもぴょんもイヤだ。
「分カッタ。ジャア、カズキさまデ」
「それもなんか嫌だけど、ちゃんやぴょんよりかはまだ……。いや、そんなことより、ユリはこれからどうするんだ?」
 オレは、ふとダンデのことを思い出す。昨日、ラビリンスから脱出した後にダンデは公園に残ると言っていた。なら、ユリはこの駅に残ったりするのだろうか。
「トリアエズ、落チツケル場所ヲ探スワ。ココハ賑ヤカデ落チ着カナイカラネ。オ墓デモ探シテ、ソコデ暮ラソウカシラ。ウフフ」
「ひえぇ……」
 オレは、お墓で暮らすなんて絶対嫌だな。夜中にオバケとか出そうで怖すぎる。
「ケド、ソノ前ニコレヲアナタニアゲルワ」
 そう言って、ユリはオレの目の前に黒い宝石のようなものを差し出してきた。
「いいのか? これ、フラワージュエルだよな」
「エエ。迷惑ヲカケタカラ、ソノオ詫ビ」
 ユリが、黒いフラワージュエルをオレの胸に押し付けてきた。フラワージュエルが、ゆっくりとオレの中に沈み込んでいく。
 ……ああ、また心臓と心臓が混ざったのか。ちょっと怖いけど、パワーアップできるならいいや。そう思おう。
「フフッ。コレデ、ズット一緒ヨ。わたくしガ大好キナカズキ様」
「……は?」
 今、何て言った? 大好き? オレを?
「ラビリンスノ中デ炎ヲ操ルアナタガカッコヨクテ恋シチャッタ。ウフッ」
「おお。モテモテじゃのうカズキ」
 シバがにやにやと笑っている。完全に面白がってるな、こいつ。あと、今思い出した。クロユリには、『恋』という花言葉もあるということを。
「えっと。気持ちは嬉しいけどオレ、恋とかよく分からないし……」
「アラ。フラレチャッタ。ヒョットシテ、サッキノ女ノ子ガ好キナノ?」
「おい! オレとあいつは、昨日出会ったばかりだぞ! 好きなんてそんな……。いや、別にキライではないけど……」
「はっきりしないのう」
「う、うるさい! もう日が暮れるし、オレは帰るぞ! じゃあな!」
 これ以上ここに居たら絶対にからかわれる。そう思ったオレは、ユリに別れの挨拶をした後に、シバを荷台に乗せてから自転車を走らせたのであった。

 §

「そういえば、何故クロユリには『呪い』という花言葉があるのかのう?」
 帰路の途中で、シバがぽつりとそう言った。
「多分、クロユリ伝説のせいじゃないかな」
「クロユリ伝説とな?」
「ああ。オレもちょっとうろ覚えなんだけど、確か……」
 それは、今から何百年も前――戦国時代のこと。
 とある武将が、妾に無実の罪をかぶせて命を奪った。その妾は、ある場所にクロユリが咲けば武将の家は滅びるだろう、といった呪いの言葉を残し、死んだという。その呪いの言葉に効果があったかどうかは知らないが、妾が言ったとおりに、ある場所にクロユリの花が咲いた。その後、武将は切腹することになり悲劇的な最期を迎えたそうな。
「……って感じの伝説」
「なんじゃその話は。恐ろしいのう」
「だよなあ。まあ、この話が本当に起きたことなのかどうかは知らないけどさ。多分、この話の影響を受けて、クロユリに呪いって花言葉がついたんじゃないかな」
 クロユリ伝説の話をして、ふと思った。ラビリンスの中にあった、色んな形の石が五つ積み重なった墓。それは、悲劇的な死を迎えた武将が居た時代によくある形の墓だったりするのかな、と。明らかに、現代では見ない墓の形をしてたもんなあ。ちょっと調べてみたい気もするけど、やめておこう。何故なら、怖いから! 怖いものは、なるべく見たくない!
「にしても、カズキは本当に花のことに詳しいのう」
「そりゃまあ、好きだからな」
「ふふっ。すっかり素直になったのう」
「もう隠す理由はないからな」
 好きなものに関する話は、調べることが苦にならないから不思議だよな。
 ……うん。また、改めて花に関することを調べてみよう。きっと楽しいし、ラビリンスに入った時に役立つかもしれないしな。
   
 §

 家に帰り着いたオレは、夕食を食べた後に部屋に戻り、押し入れを開けた。そして、押し入れの奥にあるものを取り出す。
「何じゃ? それは、本かの」
 押し入れから取り出したものを、シバが興味深そうに眺めてきた。
 今、オレが手に持ったのは二年前までよく読んでいた本。
「花の辞典だよ」
 これは昔、母さんがオレにプレゼントしてくれたもの。花の写真はもちろん、花の咲く季節や育て方、そして、花言葉まで載った優れものだ。
「父さんが居なくなった後、オレは花に関する本を押し入れに封印してた。でも、それも今日までだ」
「ふむ。花の辞典を見て知識を蓄えれば、ラビリンスの攻略にも役立つじゃろうな」
「ああ。あと、花の写真や花言葉を眺めるのって楽しいからな」
 ページをめくると、色鮮やかな花の写真が目に入った。それを見たオレは、思わず笑顔になる。
「あら。物音がすると思ったら……」
 いつの間にか、風呂上がりで首にタオルを巻いた母さんが近くに立っていた。
「それ、お花の本よね」
「そうだよ」
「……驚いた。また、カズくんがお花の本を読む姿を見られるなんて思わなかったわ」
「びっくりさせてごめん」
「何で謝るの? むしろ嬉しいわよ。だって、お花が今でも好きなんでしょ?」
 思わず、オレの口から「えっ」という声が漏れる。
「気づいてたのか?」
「ふっふっふっ。母は何でもお見通し。可愛いものが好きだけど、好きじゃないフリをしてたのなんてバレバレだったわよ」
「うう……」
 そんなに分かりやすいのか、オレ。ちょっと複雑。
「その本を押し入れから出したってことは、もう可愛いものを好きじゃないフリをするのはやめたってことなのね?」
「……ああ。でも、かっこいい人間になるってことも諦めるつもりはないよ。可愛いものが好きなまま、かっこいい人間になりたいと思ってる」
 それは難しいことかもしれない。でも、オレはやると決めた。なら、諦めるわけにはいかない。
「ふふっ。久しぶりに、良い顔をしたカズくんを見られて嬉しいわ」
「良い顔?」
「ええ。父さんが居なくなってから、カズくんはずっと迷子みたいな顔をしてたわよ。でも、今は進むべき道を見つけたって顔をしてる」
 進むべき道を見つけた顔、か。そう言われてもどんな顔か良く分からないけど、不思議と悪い気はしないな。
「心のままに進みなさい。きっと、そうして進んだ先に得られるものは一生の宝物になるわ」
 そう言い残し、母さんは部屋から出て行った。
「ふむ。心のままに進め、か。中々良い言葉じゃのう」
「そうだな」
 父さんが居なくなってからのオレは、心を押さえつけて生きていたかもしれないな。けど、これからは違う。心のままに、進んでみよう。
「のう、カズキ。ワシにもその本を読ませてくれんか?」
「ああ。一緒に読もうか」
 ベッドに転がりながら、オレたちは辞典を読み進めていった。
「おっ。シバザクラも載ってるのう。忍耐、という花言葉は我慢強いワシにぴったりじゃな!」
「忍耐以外にも、シバザクラには色々な花言葉があるぞ。希望、とかな」
「うむ! まさにワシにぴったりの良い言葉じゃな!」
「あと、シバザクラの英名はモスフロックスって言って、このフロックスって言葉には炎って意味が……」

 そうこうしている内にオレたちは眠くなり、気がつけば夢の世界に旅立っていた。

 §

「行ってきます!」
「ええ。今日も一日、頑張るのよ!」
 朝。オレは母さんに見送られながら自転車を走らせた。もちろん、荷台にはシバが乗っている。
「うむ。良い朝じゃ。今日は何をする予定じゃ? カズキ」
「昨日言った通り、遠空小学校の卒業生を注意深く観察しよう。そのためにも、あいつと話をしたい」
「あいつ?」
「ミツバだよ。あいつも、遠空小学校の卒業生だからさ」
「ふむ。ミツバとは、数年前にカズキが大喧嘩をした相手の名前じゃったな。昨日、自転車置き場で絡んできた……」
「そう。そいつ」
 シバが渋い顔をしている。それもそうだろう。オレにきつく当たる姿しか見てないからな。苦手に思うのも仕方ないだろう。
「……オレさ、今日、あいつと仲直りできたらなって思ってる」
「急じゃのう。それはどうしてじゃ?」
「何となく、だよ」
「ふむ。理由がふわっとしておるのう。だが、仲直りは良いことじゃ! 頑張るのじゃ!」
「おう」
 何となく、と答えたが実はちゃんとした理由がある。

 二年前。父さんが居なくなったばかりの頃のオレはイライラしていた。それで、ミツバに八つ当たりしてしまったんだ。悪いのはオレなのに、謝れないまま二年が過ぎてしまったことになる。だけど、本当はずっと謝りたかった。仲直りしたかった。……また、友達に戻りたかった。

 許してもらえるかはわからない。だけど、謝らなければ何も始まらない。だから謝るんだ。心のままに、進むためにも。

「……よし、行くぞ」
 オレは、勇気を出して教室に足を踏み入れた。しかし、そこにミツバの姿は無かった。代わりに、クラスメイトが数人、ミツバの机の周りを囲んでいる。そして、こんな話をしていた。

 ――昨日の放課後から、ミツバが行方不明になっている、と。
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